ドッペルゲンガー

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 新宿の母帰る――そのニュースは、チェーンメールという形で瞬く間に巷を駆け抜けた。
 ポプラがこの世界で懇意にしている人物に連絡を取ると、直ぐに一人の女性が車で駆けつけ、その女性が仲間うちで情報を回したのだった。

「これで、ヴァーラー、インスティンクト、ミスティックの3チーム全てに連絡が行き渡ったはずです」

 スタイルの良い褐色の肌の女性は、小綺麗な、白のジャケットを羽織っている。

「ふん、大袈裟だねェ。キャンデラ」

「いえ、歌舞伎町のポプラさんのお店は私たちの原点です。ポプラさんは私たちの親みたいなもんですから」

「それじゃ何かい。あたしは、あんたらの母ちゃんかい」

「その通りです。荒れて抗争を繰り広げるだけの私たちに道を示してくれた、まるで母のような存在です。いわば、新宿の母です」

「……ふん、そうかい」

 キャンデラと呼ばれた女性にそう言われると、ポプラはつまらなそうに窓の外の風景に目をやった。
 “新宿の母”と呼ばれているポプラは、その名のとおり、まるで母のようにキャンデラ達を見守り、その道を正してきたのだろう。

 この世界におけるポプラは何だか凄かった。
 カラーギャングと言われ、赤、青、黄に分かれて池袋(特に西口)で抗争していた不良連中をしばき倒し、それぞれのリーダーを更生させ、三つのチームを和平合意させた。これは「池袋ウエストゲートパーク」というドラマになったとサオリも会話に混ざり、熱く語った。何だかよく分からない。

「そのチームのリーダーが、赤のキャンデラ。青のブランシェ、黄のスパークさ。みんな、一人前になったもんだねェ」

 しみじみと言うポプラと私は、サオリと共に、キャンデラの運転する車で新宿に向かっている。
 助手席にはサオリが、後部座席にはポプラと私が座っている。ポプラはピンクのよく目立つ服を着ていた。

「ポプラさん。それにしても、戻られるとは……改めてご無沙汰です」
「私もご無沙汰しています」

 運転するキャンデラはミラーに視線を、助手席のサオリは振り返りながら改めて挨拶する。

「キャンデラも。それからコッチの世界のサオリも久しぶりだね。しかし、サオリや。あのときはこうなるとは予見していなかったが……あの子がそこまで重い病気だとはね」

「サナっちはもう目が覚めないと言われています……」

 どうやら、ポプラは以前もこの世界に来ていたというのは本当であるらしい。
 ブランシェの「ポプラの部屋」で感じた疑念は、微塵の疑いもなく確信へと変わった。

「ふうむ……あたしより若い者ばかりが先に逝こうとするんだねぇ……」
「ポプラさん。やはり、このサナは別世界のサナっちなのですか?」

 尋ねるサオリの口調が全く違う。心からポプラを敬っているような、そんな雰囲気がある。

「そうだね。なあサナ。メイちゃんが居なくなったとき、ワイルドエリアであんたに言いかけたことがあっただろう? メイちゃんを探して色々な世界を巡るうちに、面白い世界があったって。途中までしか言えなかったが、サナ、あんたがポケモンでは無く、人間として生きている世界だよ。そう、この世界さ」

 ポプラはキャンデラ達やサオリと面識があるらしいが、キャンデラとサオリは初対面らしく、キャンデラは気をつかって会話の邪魔にならないように黙って運転を続けている。
 ただ、別世界というワードが出ても、気にした様子もなく、ポプラと関わった者は彼女がこの世界とは異なる世界線から来たことをどうやら事実として受け止めているようだった。

「私が人間として生きる世界……」
「そうさ」

 言われても釈然としなかった。私の今のこの顔は、私ではなく、アローラのマスターのものだ。この顔に似ているということは、それは私ではなく、アローラのマスターに該当する存在が、その“サナっち”ということになる。
 悩んでいる時間は無言となって、静寂を車内に作っていた。

「ポプラさんの別世界の話ですね。その話を聞いた時、驚きました。そこではスタンドはもっと身近な存在で、ポケモンと呼ばれている。不思議な話です」

 ハンドルを握りながら運転するキャンデラが沈黙を破った。

「待って。ポケモンでは無く人間として? ということは、サナっちによく似たアンタはここでは無い世界で、ポケモンだったってこと?」

 助手席から驚いた様子で、サオリは私の方を覗き込んだ。話がまた戻る。

「その話をじっくりとしようじゃないか。あたしにもわからないんだよ。一体どうなったらそうなるのかねえ」

 ポプラはそう言いかけて、背後に目をやった。私も視線を移すと、この車に付かず離れずでついてくる黒塗りのベンツに気づく。

「GOロケット団かい」
「そうみたいですね。しかも、あれは……」

 キャンデラは何か思い当たる様子でそう言うとさりげなく車を路地裏へ走らせてゆく。人混みが減ってきたあたりで、完全に車を停め、私たちは車を降りた。

 黒塗りのベンツもとまり、中から、色つきのメガネをかけた赤と灰に染めた奇抜な髪型の男が黒のユニフォームのようなものを着込んでいる。胸には大きくRの文字があった。

「ジャマをしようってのかい、若造」
「待ってください、マスター・ポプラ」

 ポプラが関節を鳴らしながら近づこうとしたところを、キャンデラが止めた。

「彼はアルロ。私の古い友人ですが、ロケット団に身を落としました。彼と蹴りをつけるのは私に譲ってくれませんか」

 アルロと呼ばれた男と、キャンデラの間には深い因縁がありそうだった。異邦人である私やポプラには、その確執は計り知れないだろう。
 キャンデラはアルロを静かに見つめ、その背後には怒りを具現化したのか、赤い炎に包まれたファイヤーが静かに佇んでいる。

「そう。そんな暇はありませんよ。頭脳明晰なボクが、ただあなたたちを追いかけていただけだとでも? 手は既に打っています。秋葉原のチーム・インスティンクトはシエラが、新宿のチーム・ミスティックにはクリフがそれぞれ向かいましたよ。いずれも手練の幹部なので、さほど労せず任務は完遂されるでしょう。この場もね……。ええ、それほど落ち込む必要はありませんよ。このような結末は、必然なので」

 アルロはペラペラとよく喋った。
 インスティンクトはスパーク、ミスティックはブランシェがそれぞれヘッドを務めていたはずだ。大丈夫だろうか。私は心配になった。

「いつになく本気ね……」
「我々のボスも帰ってきたのでね……負けるはずがない、負けられないんですよ」
「わかったわ。チーム・ヴァーラーのキャンデラ、受けて立つわ。それに、あの二人も負けない」

 二人の間で話が進んでいた。
 この世界におけるロケット団の幹部三名が、ポプラの愛弟子三名と対峙している。いずれも腕に自信のあるスタンド使いだ。この勝負、簡単には終わらないだろう。そこには信念、あるいは意地のようなものもあるはずだ。

 同時に妙な予感がした。
 彼ら幹部は以前から活動していたはず。なぜ、今このタイミングなのか。それは、彼らの“ボス”の帰還が一つのキーだろう。
 私と同時期に、時空の切れ目に吸い込まれたあの男、サカキが恐らくその背後に潜んでいる。

「行くよ、ふたりとも」

 ポプラは私とサオリに声をかけると、サオリではなく自らが運転席に乗り込んだ。
 私とサオリは後部座席に慌てて乗り込む。

「しっかりつかまっときな!」
「え、ポプラさん。乗ったは良いですけど、これ、あのアルロって人のベンツじゃ……」
「何言ってんだい、サオリ。キャンデラも自分の車がないと追いかけて来られないだろう」

 そう言うとポプラは上質そうな革張りのシートを引き、運転スペースをしっかり確保する。

「あと運転免許は……」
「そんなもん、異世界から来たあたしが持ってるわけないじゃないか。おかしなことを言う子だね」

 そう言うと、ポプラは「どれがアクセルだい」と足元を確認している。はっきり言って恐怖でしかない。

「ポプラさん、気をつけて! 盗難車に無免許運転……それにもし、人身事故が加わったら大変なことに……」

 言っていると、周囲からわらわらと人が集まってくる。その全てが黒地にRの文字が付けられたユニフォームを着込んでいる。
 ロケット団のしたっぱだろう。

「女は度胸だ。お前達援護しな!」

 そして、ポプラは次々とボールからポケモンを繰り出す。見慣れたそのボールはこの世界ではとても奇妙なものに見えた。
 したっぱのロケット団員たちもスタンド使いである。それぞれズバットやコラッタを繰り出すが、ポプラの操るガラルマタドガス、トゲキッス、マホイップは、したっぱのロケット団員を次々と倒していく。

「行くよ、つかまってな!」

 ポプラはアクセルを強く踏み込み、あまりのスタートダッシュに私の頭の帽子が宙に浮きそうになり、慌てておさえた。
 ポプラは運転しながら器用にトゲキッス、マホイップをボールに戻していく。ガラルマタドガスはボールに戻る直前にガスを撒き散らし、私たちの乗る車は煙幕の中、どこかに向かって走り始めた。

「道がわかんないから案内頼むよ、サオリ。あたしを病院に連れていきな」
「病院?」
「この子のさ」

 そう言ってポプラは私を指した。

「あ、サナっちの……?」

 一瞬首を傾げたサオリだが直ぐにそれは私に顔の似た友人のことを言っているのだと理解する。

「そうさ。女の勘だがね、そこに敵が居る気がするよ」

「恐らく正解です。この世界で今、暗躍しているのはサカキだと思います。私と、冠雪原の洞穴の奥で、私と共に時空の裂け目に吸い込まれたのを見ました。私のこの身体の変化はいつ生じたものか確証はありませんが……サカキは知っていて、人間としての外見の私を探しているのでしょう」

 私は自身の推測を口にした。サカキは強くなることに執着していた。私のことを「強くなるための土台」とさえ言い捨てたその目の奥には歪んだ光があったように思う。

「そういうこった、サオリ。案内を頼むよ。ぶっ飛ばすよ!」

 全力で踏み込んだ勢いで、前輪が浮き上がり、サオリは慌てて叫んだ。
 反動で私の頭の上のベレー帽がふわりと宙に浮く。

「私サオリめが運転しますいやさせてください死にたくない許してくださいお願いします!!」

「そ、そうかい……そこまで言うのなら……」

 ポプラは渋々、車をとめ、運転を交代した。安全運転で私たちは、サナっちの入院する病院へと向かった。

 ※

 榊脳神経外科病院。
 屋上から天に向かって妙な柱が立っている。私たちスタンド使いにしか見えない“レイド”だ。そこには、人工的に生み出された凶悪なポケモンが静かに佇んでいるのが見える。

 道すがらサオリはそこにサナっちが入院していると語っていた。かれこれ半年になるという。
 人間の病名もよくわからないし、この世界の病名が私の居た世界のそれと同じかわからないので、詳細は不明のままではあるが、サナっちはここで深い眠りについた状態、つまるところ植物人間ということは理解できた。

「とても危険な状態であるらしいわ」

 サオリが説明する横で、ポプラは「ガラケー」と呼ばれる携帯電話の画面を見ながらずっと、「なんで画像が開けないんだい!」や「スタンプくらい使って愛想見せたらどうなんだい! なんだい顔文字って!」などと一人で怒っていた。誰かと連絡を取ろうとしているらしい。
 ただでさえ派手な服を着ているので悪目立ちしている。

「ポプラさん。その携帯はドコモなので、相手の人からは7メールで送ってもらえないと届かないです。あとスタンプって機能はたぶん無いです、顔文字が最大限、愛想よくしている表現方法です」

 ドメイン以降の「ne.jp」の間に7を付け加えて、「ne7.jp」にしないと、特定の携帯電話には画像が送れないらしかった。
 またこの世界のこの時代の技術は古く、「スタンプ」や「絵文字」と言ったものは容量を食いすぎるため、文字記号を組み合わせた「顔文字」というものを使用するらしい。

「そうだった、忘れてたよ。久しぶりだからね」
「それに、院内は携帯電話禁止のようですよ」
「わかってるよ、いちいちうるさい子だね」

 まるで孫に通院介助に来てもらった高齢患者のようにポプラは病院へ入っていく。
 そして、サオリは気づき、私も気づいた。目線を合わせ、頷く。“いる”のだ。それも複数。そして際立って強大なそれが。
 ――スタンド使い同士はひかれ合う。
 どうやら、この病院に居るスタンド使いのうち一人は相当の手練であるようだった。そのプレッシャーがひしひしと伝わってくる。

「榊なんとか病院だったかね、この病院の名は。そりゃあ出るだろうよ、サカキが」

 ポプラはその名を口にする。榊。サカキ。

「ヤツは屋上だね。さっき、この病院の上にレイドが出来ているのを見たろ?」

 そして、そこにはミュウツーも居た。今、レイドの主となっているのだろう。恐らくはサカキの手が入っている。

「さて、行こうかね。まあ、ミュウツーは放っといて、まずはサナっちに会いに行こうかね」

「サナっちは、最上階の特別個室に居ます」

 私たちはエレベータに乗り込む。サオリは最上階のボタンを押した。
 病室に向かう最中、ポプラの携帯電話が鳴り始めた。私の知るスマホロトムの流暢な音楽とは異なる、単調な和音だ。

「なんだい、まったく……ああ、キャンデラかい。え、なんだい、あと2人も一緒? 何の話だ全く。え? ……ああ、病院だよ、ここは。なんだって、聞こえないよ! ああ、着いたのかい。そうかい、迎えを寄越すよ。え、迎えだって言ってるだろう。つべこべ言わずに待ってな!」

 電話を切り、ポプラは「まったく……ここはちゃんとバリ3になっているのかい」とブツブツ呟いた。完全に耳の遠い老人のそれである。

「サオリや。状況が変わった、キャンデラを迎えに行ってくれないかい。サナっちの病室はこのフロアだろ。あとは看護婦さんに聞いて、こっちは何とかするよ」

「あ、はい。看護婦の詰所を超えて、突き当たりの部屋です……たぶんその、サナが親戚だと言って声をかけたら、案内してくれると思います。本人そっくりですから」

 地下アイドルとは言え、コアなファンのついているサナっちの病室だ。すぐには案内してもらえないだろうと思っていたのだが、私のこのよく似た顔があれば何とかなるような気はした。
 私とポプラはサオリと別れ、詰所内で忙しなく働く、白いナースキャップを被ったナース服の看護婦に声をかけ、適当に事情を説明した。

「一番奥の、特別個室ですね。703号室です」

 看護婦はすぐに教えてくれた。割とあっさりと難関を超えて、部屋を教えてもらえた私たちは病院の廊下を歩く。
 歩きながら、ポプラは言う。

「なあサナ。不思議な世界だろう。この世界では、ポケモンは操り出されて戦うものではなく、トレーナーと一心同体の存在なのさ。1人につき1体しか持ちえない能力として存在している。また、トレーナーがポケモン。どちらかが倒れれば、その片割れも大きなダメージを受ける。不思議だろう。また、あたしたちの世界のように、ポケモンは多彩な技を使えない。ごく限られた能力しか使えないのさ。ポケモンバトルを知るあたしらから見ると、絵にならない退屈なもんさね」

 廊下の突き当たりには外が見えるよう、大きくガラスで景色が切り取られていた。
 ポプラはそこから外の街並みを指す。そこには、ポケストップと呼ばれる丸い円盤や、レイドと言われる柱が立ち並んでいる。

「この世界にはレイドと呼ばれる柱があり、そこにポケモンが自然発生している。これを倒すことで、パートナーを有しない人間が近くにいた場合、その人間が宿主となる。これが、スタンドとスタンド使いの仕組みさ。スタンドが消えた人間も、新たにスタンドを手に入れることができる。妙な仕組みだが、まあ、そういう世界もあるわけさ」

 ポプラは病室を指さす。

「不思議がまかり通る世界だ。もうひとりのあんたと会うのも一興ではあるが、注意がある。全部が全部というわけじゃあないが、あたしの過去の経験上、安全策という点では間違いなく会わない方が身のためだ。いいかい、よく聞きな。別世界の自分にこちらの存在を認知されてはいけない。わかったかい、知られちゃいけないんだよ」

「もうひとりの自分にこちらの存在を知られてはいけない……?」

「ああ、ドッペルゲンガーともいうね」

 ポプラは「ドッペルゲンガー」という都市伝説を語った。自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象であるらしい。自分とそっくりの姿をした分身……それは、第2の自我とも生霊の類とも言われているという。同じ人物が同時に別の場所に姿を現す現象を指すこともある。
 ひとつの世界には同じものは存在してはいけないのだ。それが世界の理トラッキングである。

「いいかいサナ。もし知られたら、“超振動”と呼ばれる現象が起きて、あんたたちは引っ付いちまう可能性があるんだ」

「超振動とはなんですか?」

「まったく同一の振動数を持つ音素、完全同位体が干渉しあうことで起こる現象さ。ありとあらゆるものを分解し再構築する……って、昔なんかのゲームで見たことがあるんだよ。生まれた意味を知るRPGさ」

 ポプラの言葉の真意を探ろうとするが、ただでさえ言葉の多い彼女の思考を読み取るのは難しかった。

「まあ、それは冗談だけどね。似たようなもんさね。あんたたちのうち、どちらかが消えて無くなるのか。それとも両方が消えて新しいその人に置き換わるのか。当事者じゃないから知らないが……過去に消えた人間をゲームではなく実際にこの曇りなき眼で見たことがあるんだよ、あたしは」

 ポプラはそう言うと、私に、サナっちに存在を知られるなと強く念を押した。
 そのときだった。息を切らせてサオリが駆けてくる。

「ポプラさん……屋上でキャンデラさんたちが、黒服の連中と闘っていますが、全員スタンド使いで数が多すぎて……」

 サオリの言葉にポプラの唇が弧を描く。戦闘を好む、マサラ人の老婆は、闘いを渇望している。

「ふん。この世界の単調なバトルも、数が多けりゃ愉快だろうね。よし、サナ。あんたはそこの病室に寄ってから来な。来た時には全てが落ち着いているだろう」

 ポプラはそう言い捨てると、廊下を歩き出した。サオリはそれについていこうとして、慌てて引き返してきた。

「そうだ、サナ。これ、あんたのリングだろ? ブランシェさんが見つけてくれてたんだ」

「ブランシェが……?」

「ああ。新宿のホストクラブを1軒ずつ回って、これを盗んだホストを探したらしいよ。あんたに渡すようにって言われた。その渡し方がまるで俗に言う“死亡フラグ”のようで不安になってさ……。そんで、ポプラさんを呼びに来たんだ」

 ブランシェは探すという約束を覚えてくれていたのだ。

「じゃあ、私も行くよ。ポプラさんに加勢するから!」

 私の手のひらにチェーンに通ったリングを押し付けるとサオリは走り去っていった。
 サオリにもお礼を言えないまま、私はリングをただ握りしめた。目の間には病室の扉がある。この向こうには、この世界の私なのか、それともアローラのマスターなのかわからないが、ひとりの少女が深い眠りについている。

 会って何が変わるわけでもない。しかし、ただ会ってみたい。その強い気持ちは抑えきれず、意を決して私は扉を開いた。

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