【第027話】Flying

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



 碌に働きもせず、日がな酒に浸っていびきをかく親父。
ゴミクズになった馬券や酒瓶が散らばり、ヤニ臭い空気の充満した部屋。
安月給のパートタイムから帰っては、蹴り飛ばされるお袋。
いつかの昔、ある娘が押し入れの隅から見ていた光景だった。

 ……可哀想だなんて思わない。
弱っちいお袋が悪いんだ。
こんな娘なんて置いて逃げれば、まだ助かっただろうに。

 ……いつだってそうだ。
強者は奪い虐げ傷つけて、弱者は奪われ虐げられ傷つけられる。
それが絶対的な摂理なんだ。

 娘は齢7にして、その事実を知っていた。
小学校での体験のせいだ。
身なりが貧相だったり、物覚えが悪かったり……
ちょっとでも弱みがあると、すぐに漬け込まれる。
でも、それを辛いとは考えない。
それが当たり前のことだと、とっくに諦めていた。


 ……だから彼女は、『強者』の側に回った。


 自らを虐げた生徒を、その手にかけたのである。
クラスのガキ大将は階段から突き落とした。
女子たちを牛耳っていた女は池で溺れさせた。
金魚のフンみたいにくっついていたメガネはビニール袋で絞め殺した。


 無論、娘は少年院送致となった。
小学校低学年にして有り余るその凶行を、誰もが恐れ、蔑み、罵った。

 娘にはわからなかった。
なぜ大人たちは、こんな当たり前の事がわからないのか。
強くなくては生きられない世界で、なぜ強くなることが罪になるのか。
アタシは、自分の居場所を守ろうとしただけなのに。



ーーーーーー「ッ………!!」
21時、吾妻橋の梅咲家。
そのリビングにあるソファにて、上半身を急速に起こす者がひとり。
「……どうした夜行?随分うなされていたようだが。」
「は……?アタシがか?」
目を覚ました夜行に、実紀が問いかける。
いまいち信じられない彼女だったが、自分の全身が冷や汗だらけになっている事に気づく。
「いつもの夢か?」
「……まぁ、多分そんなとこだな。」
口直しと言わんばかりに、起きて早々彼女はタバコへと手を伸ばす。

「しかしまぁ、お前も中々に苦労人だよな。当時の児相、お前の家庭の惨状に気づいてなかったんだろ?」
「ハッ、ったりめーだろ。ハナからあんなとこ頼りにしちゃいねぇよ!」
最初の一本を吸うと、半笑いで煙を吐き出す。
「この世のガキを全員救えるだなんて考える方が思い上がりだ。本当の弱者ってのはな、誰の眼にも留まらねぇモンなんだよ。」
「だったら……今、俺に拾われているお前は弱者じゃない。やるべきことは分かっているな?」
「わーってるよ。アタシのやりたいようにやってれば、先生にとってもプラスになるんだろ?」
そう言いつつ、タバコを灰皿に押し付ける夜行。
その直後、彼女は実紀の手からスマートフォンを投げ渡された。

「……んだよコレ。『ハーリティ』?」
「日本で暗躍する、『子供を守るための裏組織』ってやつだ。ある種の都市伝説だと思っていたが……ちょいとガサを入れてみたら、コレが実在することがわかった。」
夜行は半信半疑になりつつも、スマホの画面に目を通す。
しかし実紀のかき集めた証拠の数々を見て、その疑念は徐々に薄れていった。
そして……メンバーリストの中から、ある名前を発見する。
「っておいおい、この『狐崎』って名前……。」
「あぁ、先日熊野が刺し殺した……否、刺し殺した『はずの』男だ。」
皮肉を込めて、実紀は嫌味っぽく強調する。
まるで疑心を抱き続けるかのように。
「………なるほどな。要はコイツらに嗅ぎ回られてる可能性がある、って言いたいんだな?先生。」
「ご名答。とりあえず……怪しいと思う場所は全部焼き払え。」
「了解。ククク、わかりやすい指示で助かるぜ……。」
そうして夜行は、近くに捨ててあったレザージャケットを羽織り、足早に部屋を出ていった。

「さて……白波と熊野には別件を任せているが……どうにもひと悶着ありそうな気がするな。」




ーーーーー同時刻。
墨田区、東京スカイツリーの外周、非常階段。

 私と鷲神さんは、日が完全に落ちきったのを確認して、この場所に潜入した。
本来ならば立ち入ることは出来ない場所だ。
が……
「周囲の人の認識を、月也の念動波でちょちょいと阻害したからね。ま、侵入ならお手の物よ。」
『……あんま使いたくないんだけど、この力。』
どうにも月也くんは空を飛べるだけでなく、そうした妨害系の技まで使えるらしい。
色々と、器用なポケモンである。

 さて、何故に私たちがスカイツリーを登っているのかというと……だ。
まず私たちは、オニちゃんを捜索することにした。
野放しにしておけば、関係のない人を襲ってしまうかもしれない。
もしくは獣対部の人々に殺されてしまうかもしれないのだ。
……が、東京の地はあまりにも広い。
自らの足で探し回っていては、キリがないだろう。

 そこで、私たちは空から探すことにした。
幸い、月也くんは鳥型のポケモン。
空を飛べる上に、念動波による成体検索まで出来るのだという。
今回のオニちゃん探索には、これ以上無いほどの適材適所だったのだ。

 そしてこんな夜中を選んでいるのにも、理由がある。
野性のポケモンは、昼は物陰で姿を隠して大人しくしているのだそうだ。
そうなると、いくら月也くんでも見つけることは困難を極めるらしい。
だから、ポケモンたちが活発になる夜の時間帯を選んだのだ。

「とは言え、2人分も乗せるとなると、ある程度高度は必要だからね。でも東の東京ってあんまり高い建物もないからさ。」
『そうだね。僕の体力的にも、初期高度400mは欲しい。』
なるほど……無条件でどこでも飛べる、というわけではないようだ。
つまり、私たちはある程度の高度を確保するために、このバカ高い鉄塔を登っているのである。

「……ってか小枝ちゃん?身体は大丈夫?」
息を切らしまくっている私に、心配そうに訪ねてくる鷲神さん。
実際、体力も人並み以下の私には、このウォーキングはかなり応えるものがあった。
「ぜぇ……ぜぇ……ま、まぁ……」
「……いや、なんか顔色悪くない?さっきまでそんなじゃなかったでしょ?」
ただの疲労で、そこまでの症状が出るものか?
そんな大袈裟な……と思う。

 が、言われてみれば。
さっきから妙な頭痛や寒気を感じてはいる。
全身が震え上がるような、そんな違和感が。
階段を登り、上層に上がって行く度に、それは強さを増していった。
……今さっき、鷲神さんに言われてようやく自覚したのだが。

「あの、上の方に何かいません?この上空の方とか……」
「……?月也、なにか感じる?」
『さぁ……僕の探知には引っかからないけど。』
気のせいだろうか。
否……でも、何もないなんてことは無い。
明らかに異質な何かが……そこに鎮座している感覚がある。

「ちょっと小枝ちゃんもキツそうだし……月也、ここから飛び立てる?」
『仕方ないな。……んじゃ、姉ちゃんは足。梅咲さんは背中で。』
そうして鷲神さんたちは、グライダーやハーネスを取り出して飛び立つ準備を始める。
手付きも非常に手慣れたものだ。
まだ予定の高度にはたどり着いていないようだが、私の体調を慮ってくれたのだ。
なんとも申し訳ない話である。

「その……申し訳ありません。」
「良いって良いって。それより、振り落とされないように気をつけてね。」
そうして私は、鷲神さんから手渡されたヘルメットとハーネスセットを装着する。
まさかこの人生で、東京の空を飛ぶ経験をするとは……夢に思わなかった。

 そうして私は、月也くんの背中にまたがる。
背中のぐらつきと、柔らかい体温が、私の手に伝わってくる。
「それじゃ……月也、よろしく!」
『やれやれ……んじゃ、出発っと。』

 フェンスを飛び越え、私たちはついに空に飛び立った。
「うぉおおおおおおおおお!?」
『あ……あんまり下は見ないほうが良いかも。』
言われなくても、そのつもりだ。
自分は高所恐怖症ではないはずだが、流石に全身でこの風邪を受ければ、嫌でも身の毛がよだつ。
先程までの酔いも、悪い意味で冷めてしまった。

「ごめんね小枝ちゃん!しばらくしたら慣れるから頑張って!」
「ひぃ………!!」
絶対に無理だ。
もう全ての感覚を遮って、なんとか正気を保っている状態なのだ。
とてもじゃないが、慣れるなど無理である。
私よりも危ない場所にいるはずの鷲神さんが落ち着いていられるのが、不思議でならない。

「さてと……月也、猫型ポケモンの反応とかある?」
「……ある。江東区方面に1匹。大きな爪と鶏冠持ち。大きな移動はしていない。」
間違いない……その特徴は、ニューラオニちゃんと合致する。
江東区……ここから飛んで向かえば、そこまで時間はかからないだろう。

「よし、月也!降下よろしく!」
『わかった。直行で向かうよ。準備よろしく。』
鷲神さんの言葉を聞いた月也くんは、急速に翼を畳む。
そして速度をあげて直進し、同時に高度を下げ始めた。
突っ込んでいった先は、江東区の夢の島公園。
都内では珍しく緑が豊かで、広大な公園だ。

『………ッ!』
「ど、どうしたの月也……!?」
『不味い!猫型ポケモンのすぐ近くに、生体反応がもう一つ……契獣者だッ!!』
「!!!?」
契獣者がいる!?
つまり、それって……!?
「オニちゃんが、戦ってる!?」
『っ、止まれない!!接触する!!』

 間もなく私たちは、開けた芝生の上に降り立つ。
時間も時間なので、人通りは殆どない。
……そう、一人の契獣者を除いて。

『Gllllllllllllllllll!!!』
「猫型の大型ポケモン……!駆除しなくては……!」

 そこに居たのは、血走った眼で唸り声を上げるオニちゃん。
……そして、大型の魚ポケモンを連れた獣対部の女だった。

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