マーブル・ラブ

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作者:鶴我 零
読了時間目安:9分
水平線から朝日が昇る。パシオにいるバディーズたちの新しい一日がはじまった。
早くから鍛錬に励む者、バディとともに散歩を楽しむ者、まだ夢の中にいる者と様々だ。
黒のキャップを被りなおした青年Nにも新しい一日がやって来た。
海岸ですっかり昇った朝日を見送り、今日はどうしようかと思案する。
森の方に赴くのもいいし、天気がいいからゼクロムに乗せてもらって空を散歩するのもいだろう。
きっと今日も素敵な一日になると海を背に歩き始めた。

この人工島パシオは綿密な計算で生み出された自然は存在するが、野生のポケモンはいない。
Nは最初そのことを残念に思っていたが、出会ったトレーナーのトモダチと話すことでそんな気持ちはなくなっていった。
そうしているからかNがポケモンの言葉を解すると知っているトレーナーが徐々に増えていて、たまに相談を受けることもある。
最近ではバトルに負け続けたバッドガールがバディに愛想を付かされているのではと心配し、バディにどう思っているか聞いてくれという相談を受けた。
そのバディがクロバットの時点でなにも心配はいらなかったのだけれども。
それでもその頼みを無下にすることなく、クロバットが語るスキという気持ちを全て伝えた。
最初は恐る恐る聞いていた彼女も、徐々に顔をほころばせて最終的に自分もクロバットのことが大好きと叫んでいた。
まさにラブである。
互いの気持ちを確認しあった後、Nに感謝の言葉を伝えたクロバットと彼女の笑顔はとても良いものだった。
ここにいるトレーナーの大半はNのトモダチの言葉を理解する力のことを好意的に受け入れてくれている、それはNがこの人工島を美しく感じる理由のひとつである。
「あの、Nさんですか?」
今日は散歩がてら出会ったトレーナーとそのトモダチとお喋りでもしようかと街に向けて歩き出したNを呼び止めた園児もそんな一人だろう。
小さな体にトモダチであろうビッパを抱きかかえている。
「そうだよ、こんにちは」
「こんにちは!りっちゃんです」
視線を合わせるため屈んだNに元気よく挨拶を返し、抱えたビッパをよく見せるようにしてバディのびっちゃんですと紹介してくれた。
そして園児が拙くも言葉を紡いでいく。
「あのね、きのうパシオにできたマラサダのおみせにびっちゃんといったの。ポケモンといっしょにたべられるんだよ」
「へぇ、それは素敵だね」
「うん!それでね、びっちゃんとマラサダはんぶんこしたの。それでねカレーあじのするマラサダにしたの」
園児の体格でひとつは食べきれないからだろうか、トモダチと分けあう姿は想像するだけで心が穏やかになる。
「いいね。キミはカレーが好きなのかい?」
「ううん、びっちゃんがからいものがすきなの」
それに同意するようにビッパが鳴いたが、その言葉を解するNはひっそりと首をかしげる。
けれども気づいていない園児はさらに言葉を続けていく。
「びっちゃんはね、どんなにおおきくてこわいポケモンにもにげないんだよ。すっごくゆうかんでしょ!」
トモダチのことが誇らしいのだろう園児は自慢げに胸を張った。
その言葉が嬉しいビッパが腕の中で力強く鳴く。
互いを自慢に思えるということは、このバディはいい関係を築けているのだろう。
だからこそNは先ほどの違和感が気になった。
そこでもう少し詳しく話を聞いてみようと話題を先ほどのマラサダに戻すことにする。
「ところで、マラサダはおいしかったかい?」
そう方向転換すると、園児は目的を思い出したようにはっと表情を変えた。
それからだんだんと顔が曇っていく。
「マラサダちょっとからかったの。でもびっちゃんがからいのすきだから、いっしょにたべたかったの」
先ほどの張った胸から発せられる自慢げな声はみるみるしぼんでいく。
「びっちゃん、とてもバトルがんばってくれたからすきなのたべてほしかったの。
それでね、ちゃんとしらべたんだよ。
ゆうかんなこは、からいのがすきって。
でもびっちゃんあんまりうれしそうじゃなかったの。
だからNさんに、びっちゃんがカレーすきかどうかきいてもらおうとおもったの」
園児のおおきな瞳に膜が張られたが、必死に泣くまいと目に力をいれているのだろう、険しい表情になった。
そんな園児にNはトモダチに触れる時のように優しく頭を撫でてやる。
「キミはとてもトモダチおもいなんだね」
ポケモンにはせいかくによって好む味、好まない味があるといわれている。
それを知った園児は自分のトモダチのためにせいかくを見極め、それから好むであろう味をちゃんと調べたのだろう。
相手に喜んでもらいたいという心からの行動は素晴らしい。
そしてトモダチも園児のことを思いやっているのがNにはわかる。
しかしそれでもすれ違うことはあるのだ。
お互いに思いあっている人とポケモンがこうしてすれ違うのを、今のNは心苦しく思う。
だからNは自分が聞いたトモダチの言葉を伝えることで解消できるならと言葉を続けていく。
この優しい子に伝わるようゆっくりと。
「キミのトモダチは確かにゆうかんな子で、からい味がすきみたいだね。
でもね、あまいのも嫌いじゃないって言っているよ」
Nの言葉に園児はえっと驚く。
そうだろう、ゆうかんなせいかくのポケモンは一般的にからさを好み、あまいものを嫌う傾向がある。
しかし全てが画一的に決まっているわけではないのだ。
そう、この世全てを黒と白だけで分けられないように。
「一番スキなのは、笑顔のキミと一緒に食べることだって。
キミが一生懸命考えて選んでくれたのは嬉しい。
けれどキミはからい味が得意じゃあないんだろう?
だから自分のために我慢するんじゃあなく、一緒にあまいマラサダを食べたい、キミに笑顔でいてほしい……そうトモダチは言っているよ」
しっかりとその言葉を受け止めた園児の瞳から遂に涙が零れ落ちた。
「びっちゃん、ごめんね、ありがとう。
りっちゃんも、びっちゃんといっしょがいちばんすき!」
しゃくりながらもめいいっぱい言葉を伝える園児にビッパもこたえる。
しばらくの間、辺りには園児とビッパの声が響いていた。
「Nさんありがとう。きょうはびっちゃんとあまいマラサダたべるね」
ひととおり泣いて落ち着いた園児は、Nに礼を言って別れた。
最初にNの元に来たときよりも幸せそうだ。
お互いが好きで思いあっているならば、このバディーズはこれからもきっと大丈夫。
「それにしても、すこしおなかが空いたかな」
マラサダの話をしていたからか、空腹を覚えたNは街に足を向けた。

「あら、Nくんじゃない」
街に着いたNにそう声をかけてきたシンオウリーグチャンピョンのシロナが、手にしていた紙束から一枚抜き出しNに手渡してきた。
「きみも良かったらどうかな」
Nが受け取ったチラシには『クラフト教室~てづくりモンスターボールに挑戦してみよう~』と書かれている。
「これだけのトレーナーが集まっているんだもの、せっかくだからヒスイ地方……昔のシンオウ地方のことを知ってもらおうと思ったの」
シロナによると、シンオウ地方はかつてヒスイ地方と呼ばれていて、そこでは開発されたモンスターボールを使って調査隊がポケモンを捕獲し、図鑑を作っていたと伝わっている。
そしてその時代のモンスターボールはぼんぐりなどの素材を材料にして手作り……クラフトしていたという。
現代では工場で生産されているモンスターボールを自らの手で作成して歴史を知ってもらおうというのがワークショップの目的らしい。
昔のNならば、とんでもないことだと憤りを感じていただろう。
モンスターボールの歴史は、トモダチを束縛してきた歴史。
ポケモン図鑑はトモダチをボールに閉じ込めて、人間の勝手で作られるもの。
モンスターボールが生み出されたことで世界が間違ったかたちになってしまったと。
けれどもNはもう、そうではないと知っている。
「友達と一緒に参加してくれると嬉しいな」
シロナの言葉に、Nの脳裏にこの島で再会した彼らが浮かぶ。
もしも昔のNが夢見た、黒と白がはっきりと分かたれた世界では得られなかった光景。
それが素晴らしいと今のNはそう思えるのだ。

まだまだチラシを配り歩くシロナを見送り、Nは思案する。
太陽が真上まで昇ってきた、今くらいの時間ならポケモンセンターに居るだろうか。
一緒に昼食でもどうかと誘い、それからこのチラシを渡して一緒に行こうよと言ったらどうなるだろうか。
きっと、目を輝かせて喜んでくれるだろうな。
そう予測を付けて、ともだちを探しにNは歩き始めた。

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