【第015話】Jealousy

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「………。」
あの後、鎌倉と麒麟寺さんは荷物をまとめて帰っていった。
麒麟寺さんに私の髪やら唾液やら色々なものを取っていかれたが……恐らく、調査のためのデータとして使うのだろう。
それもそのはずだ。
だって、ポケモンという存在が梅咲花子……すなわち私の母さんの遺伝子を持っているというのだから。

「……。」
店を閉め、テーブル上の食器を片付けながら私は考える。
それにしても不自然……というより、おかしいのだ。
もしポケモンが人為的に生み出された生物だとしても……その真犯人が母さんである可能性はほぼ無いと言って良い。

 母さんはただの専業主婦だ。
あんな生物を作り出すような人じゃない。
父さんだって銀行員なので、そういった仕事とは無関係である。

 ……が、しかし。
私が既に2年以上家を開けているのも事実だ。
中学卒業と共に家を飛び出してから、自宅には一切戻っていない。
そして確か、ポケモンが現れたのだってここ2年の出来事だったはずだ。
その間……何かがあった可能性はある。

 ……ならば、確かめるしか無いだろう。
私が直接、母さんの元に訪れて。

『……あのねぇ小枝ちゃん。貴方が何を考えているかは大体分かるけど、絶対にやめた方がいいわ。』
「!?」
そうだ……そういえばポケモンは、契獣者の思考を一部読み取れるのだ。
私の考えは、隣でグラスを洗うオニちゃんに筒抜けになっていた。

『そもそも、優秀な日本の科捜研が個人名まで特定したのよ。キリンちゃんの件の発見から既に1週間以上……何もアクションを起こさなかったと思うかしら?』
言われてみれば……そうだ。
梅咲花子の名前が出た時点で、彼女の自宅に訪れることくらい誰でも思いつく。
しかし、麒麟寺さんはそれをしていない。

『多分だけど、獣対部の中でも梅咲花子の件を知っているのはキリンちゃんと鎌倉だけ。彼らだけで踏み込むのは危険と判断したからこそ、私達に協力を要請しに来たんじゃないかしら。』
確かに……いくらポケモンのエキスパートである獣対部とはいえ、鎌倉1人と裏方の麒麟寺さんのみでは、些か戦力不足だ。
有事の際、武力面での対処ができない可能性が高い。

 その一方で、クマちゃんや狐崎さんなら戦力としても申し分ない。
数人態勢であれば、安全性もいくらか増すというものだ。
『予定は明後日の昼。麒麟寺ちゃんたちと協力して、梅咲家を調査するわよ……!!』
「は、はい……」

 どうにも真実に迫れることの喜びよりも、不安感の方が勝っていた。
あの自宅に帰りたくない……という不安感の方が。

 ……否、本当にそれで良いのか?




ーーーーー同日、昼。
東京都墨田区、すみだトリフォニーホール。

 この日は区の企画する演奏会が開かれていた。
新進気鋭のピアニスト数名が、次々にライブを行う形式だ。
休日ということもあって、多くの家族連れや年配の人々が押し寄せている。
ホール内には小フーガの激しくも厳粛なメロディーが響いている。

そして同所、会場後部に座す青年が二名。

「………。」
「………。」
黙して鍵盤の奏でる音色を聞いていたのは、ロゼットから休みをもらっていたクマ。
そしてその隣には……
「(ふふ……楽しんでいるかい、熊野くん。)」
同伴していた白波累しらなみかさねが、薄ら笑いを浮かべながら小声で話しかける。
「(……っせぇっすよ。)」
それを軽くあしらい、跳ね除けるクマ。
『(そうだぞ累……せめて演奏中くらい黙っていろ。)』
そして追うように、姿を消しているトウヤが念話で話しかけた。

 彼らは互いの休日に、演奏会へと足を運んでいたのである。
誘ったのは白波の方だ。
彼は何故かこのコンサートホールを行き先に指定し、今此処にこうして座っているのである。
しかしどうにも、クマの方は表情が浮かない。
無理やり連れてこられたから、というだけではない。
他に理由があったのだ。

『(お、オデ……ここ、苦手……アシカの奴も……苦手……)』
「(わかったわかった。演奏が終わったらすぐ帰るから、それまで待っててくれ。)」
ホールの外で待機しているガチグマと、遠隔の念話で離すクマ。
ガチグマはどうにもこのピアノの音に嫌悪感を示しているようで、ホールの外へと逃げてしまったのだ。

 彼らクマたちが会話をする一方で、白波もまた自身のポケモンと念話をしていた。
『(しかし累……お前、煩いのは苦手じゃなかったか?)』
「(あぁ、死ぬほど苦手で嫌いさ。でも、確認したいことがあったからね。)」
『(……?)』
そう言うと白波は、隣のクマの顔を見つめる。
気味悪そうに距離を置くクマを横目に、彼はトウヤに合図を送る。



「(だが、それも済んだ。)」
『(あぁ……そういうことか。)』
そう言うと白波は、顎を軽く差し出す仕草を見せる。
そしてただ一言、こう呟いた。






「……殺れ、トウヤ。」







 そして次の瞬間、ホール内の空間に黒い斬撃が数発……鋭い音とともに駆け抜けていった。
鍵盤を叩きつける激しい雑音が鳴り、演奏がピタリと止まってしまう。

「………は?」
とっさの出来事で、クマは状況の理解に時間を要した。
しかし彼が眼の前の事実を飲み込み始めたときには、既にホール内は屍山血河の地獄と化していた。

「アンタ……この一瞬で……何処にそんな力が!?」
そう、ホールの観客も奏者も……断末魔すら上げることなく一瞬で絶命したのだ。
はっきり言ってポケモンの技としては……あまりにも規格外の出力である。
「まぁね。『ひけんちえなみ』を使えばこの程度は容易いさ。」
『流石に出力が大きすぎるだろ。もう少し加減しろ。』
そう言いつつトウヤは前足を払い、小手の刃を研ぎ始める。
しかしこの程度、朝飯前……という余裕が表情に表れている。

「そもそもキミは今朝、『先生』から『例の力』を貰ってるだろ?そこまで苦じゃないはずだ。」
『それはそうだが、俺が言いたいのはそういうことでは……いや、いい。』
そんなやり取りを交わしながら、白波は前の席の人の返り血がついたカーディガンを脱ぎ捨てた。

「………。」
あまりの出来事に絶句し、立ち尽くすしか出来ないクマ。
そんな彼の元に、白波はにじり寄る。
「しかし意外だなぁ熊野くん。普通なら『どうして人を殺したんだ』って聞くのが先じゃないの?」
「………!?」
「気になるのは僕の力の方かい?そりゃあそうだよねぇ……だってキミ、今の表情……」
そこまで言うと、白波はクマの顎に触れる。


「……笑ってるぜ?」
「!?」
「ホントはスカッとしたんだろ?この演奏会が滅茶苦茶になって。」
「ば……バカ言うんじゃねぇ……!!そんなわけ……」
睨みつけ、否定するクマ。
しかしそんな彼の言葉を、白波の一言が遮った。


「……雅致隈大悟がちぐまだいご。2年前の当時、高校生だった少年の名前だ。」
「……!?」
その名前に、クマは聞き覚えがあった。
「確か音大志望だったのかな?ピアノの腕では誰よりも優れていた、都内有数のルーキーさ。どういうわけか都内でも底辺の『月見学園』に通っていたらしけど、2年前から行方不明……ってことにされてるね。」
「……!!」

 見透かしたように語り続ける白波に、クマは寒気を覚えていた。
「まぁ、その雅致隈ってのが……キミの今連れているガチグマくんのことなんだろうけどね。本人は記憶をなくしてるみたいだけど?」
「ッ……!!」
「提携先の病院を調べてみたんだけどさ……彼、指をクラスメイトに駄目にされたみたいじゃん?有象無象の不良共の抗争に巻き込まれて、奏者の命を絶たれたんだってね。」
次々と雅致隈……もとい雅致隈の過去を語り続ける白波。
その正体は……他人に夢を奪われた学生だったのである。

「そんな雅致隈くんの友達だったキミは、ひどく絶望した。だから2年前のあの時……雅致隈くんがポケモンになって月見学園で暴れた時。キミは生徒や教師をみんな見殺しにした。傷を受けて契獣者になった後も、敢えて衝動的に暴れまわるガチグマを制止させなかった。違うかい?」
「黙れ……黙れ黙れ……ッ!!」
白波の胸ぐらを掴みに行くクマ。
しかしその力も言葉尻も、徐々に弱まっていく。

「まぁその元凶は僕なんだけどさ。やたらと澄ました顔の学生がいるなー……とは思ってたんだよね。すべてを諦めているっていうか、何もかもを憎んでいるっていうかさ……」
「ッ………!!」
白波のその言葉は……まさにクマの内心そのものであった。

 彼は、憎いのだ。
友人の夢を壊した輩も。
その絶望に寄り添ってやれない自分も。
夢を壊されずに前を向いて生きている他者も。
全てが……憎いのである。




「キミは正真正銘、『こちら』側の人間だ。もしキミが『蔓野鶏頭』に来るというのなら……『力』を寄越してやる。」
クマの方に手を回し、耳元で囁く白波。
本心に迫り、そして堕とす……まさしく悪魔の誘いだった。

 その背後では、先程トウヤに惨殺された死体たちが……ポケモンと化して宙を舞う。
黒いカラスのような外見になった彼らは、叫び声を上げながらホール中に飛び立っていった。

「一緒に塗り替えよう……この煩い世界を。キミの憎む世界を。」






ーーーーー同日夕方、すみだトリフォニーホール。
突如としてホール中の人々が姿を消す怪事件を聞きつけ、警察の人間が駆けつけた。
その異常性から、ポケモンが絡んでいることは火を見るより明らか……大規模な事件と見て、獣対部のエース・魚川糸子が自ら出動したのであった。

「これは……。」
血痕はポケモン化の際に全て蒸発するので残らないが、ホールの壁や座席には不自然な傷がいくつか残っていた。
「爪の形を見るに……哺乳類型のポケモンね。乗り出した痕もあるから、サイズもそこそこ……」
生物的な爪痕を見出した魚川は、このポケモンの外見的な特徴をすぐに絞り出していく。

「……イダイトウ、何か匂うかしら?」
『……私と同じ、水属性のポケモンの犯行だろう。しかもかなりの手練だ。最も、主な攻撃手段は斬撃のようだがな。』
現場に居合わせたイダイトウは、その嗅覚や触覚を生かして現場の様子を感知する。
「水……となると夜行ではないわね。」

二人の見出した情報を照合し……彼らはある結論にたどり着く。
『もうひとり居るだろう?指名手配ではないが、獣対部のブラックリストにマークされている男が……』
「……白波累、ですか。」
『あぁ。夜行ほど活発に動かないから足取りは掴みにくいが……コイツは厄介だぞ。奴が契獣者である決定的証拠を掴まないと……』
「ですね。少し私たちの方で、独自に調査をしてみましょう。」

そして彼らは、現場調査を終えて署に戻っていく。


……それぞれの思惑が、動き出す。
東京という狭い盤面の上で。
□ヤミカラス
……凶兆を運ぶと忌避されしポケモン。出会いし際はすらかみ屋は繁盛繁盛とのまじない唱えよと教わる。

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