第10話 ようこそ警察へ!

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 しばらくしてようやくルカリオの感情が落ち着き、冷静さを取り戻したところで3人はポケモン警察署へと足を運ぶ。早速受付で「バンギラス巡査との面会です」と伝え、迎えに来るまでしばし待つことに。
 その間、入り口付近では通りかかる警察官達がざわめいている。ルカリオには、その原因は隣に座っている隻眼のヤクザだと確信していた。事実、「出頭か?」という声も聞こえてきた。

「ここが警察でなけりゃ、あいつらに“指導”したいところだがな」

 カメックスのこの発言で一瞬場の空気が凍りつくが、ヒトカゲとルカリオのわざとらしい大声の会話でなんとかごまかすことができた。

「おーい!」

 ちょうどその時、遠くから彼らを呼ぶ声が聞こえた。どすどすと重い音を響かせながら2匹のポケモンがこちらへ向かってくる。
 緑色の岩のようにゴツゴツしており、背中はいくつもの鋭い背びれで覆われているポケモンと、彼より小さい体ではあるが、紫色を基調とした体と大きな耳、尾、角を持ったポケモン――バンギラス巡査と、その上司のニドキング警視だ。

「バンちゃん!」
「ちゃん付けやめろっ!」

 彼は愛嬌があり親しみやすい性格をしているが故、みんなからちゃん付けで呼ばれることが多い。本人はやめろと口では言いつつも、内心恥ずかし半分嬉しさ半分でいる。

「ハハハ、相変わらず元気か?」

 照れ隠ししているバンギラスの横で笑うニドキングは、人情味があり広い懐の持ち主で周囲から信頼されている存在だ。元はバンギラスの父親・ラルフと同期で、昔から良くしてもらっているバンギラスからは「おじさん」と呼ばれている。

「久しぶりだな! わざわざ来てくれて嬉しいぜ」
「いつぶりだろうね、会いたかった!」

 彼が警察官になってからはほぼアイランドに戻っていなく、かつ新人の中でも多忙な部署への配属となったため、ヒトカゲ達と会う機会がなかなか得られずにいた。溜め込んでいた寂しさの分、笑顔が眩しい。

「でも何でこのめんどくせぇ組み合わせなんだ?」

 そしてここでも、ルカリオとカメックスの組み合わせにツッコミが入る。付き合いの長い短いは関係なく、全員が同じ認識を持っているのだろう。

「てめぇ、殴られてぇか?」
(ジュプトルのときより甘くない……?)

 ただ、カメックスの言葉から察するに、付き合いが長い仲間ほど若干甘くなる傾向がある。言い換えれば、それだけ心を許している存在だということだ。

「そんなことより、私達に用があって来たのだろう。どうだ、せっかくなら取調室使って話すか?」
「えっ、ほんと? ちょっと行ってみたいかも」

 面会室ではなく取調室を選択するあたり、ニドキングらしいなとバンギラスは小さく笑う。もちろん当の本人は貴重な体験をさせたいというだけであり、深い意味はない。
 ヒトカゲは純粋に興味を持っているが、その横ではルカリオとカメックスが少々嫌そうな顔をしている。自らが取調べ対象にさせられるのではと、想像するだけでいい気分になれずにいる。

「じゃあ決まりだな。バンちゃ……バンギラス巡査、部屋の確保を頼む」
「了解しました、おじ……ニドキング警視」

 この2人、“バンちゃん”と“おじさん”で呼びあった期間が長かったため、未だにそれが抜けずに職場でもこの呼称を使ってしまうときがある。改善されつつあるものの、気が抜けるとすぐに出てしまう。



「さぁ認めろ。お前が殺ったんだろ!」
「はっ、知らんな。俺には証拠も動機もない。それにアリバイだって成立してんだろ」
「証拠は今に出てくるさ。なぁ、このままでいいのか? 田舎のお袋が泣いてるぞ?」
「知るかよ、お袋なんて。関係ねぇだろ!」
「お前の逮捕の連絡をしたとき、電話の向こうで泣いてたぞ。申し訳ないと何度も何度も謝って、たった1人の大事な息子のために何でもするから返してくれと」
「……お、お袋が……」

 取調室では、ニドキングとバンギラスによる取り調べ寸劇が催されていた。発端はヒトカゲが「取り調べの様子を見てみたい」と言い出し、2人が調子に乗って役者を買って出て今に至る。
 ヒトカゲは食い入るように寸劇を楽しんでいたが、興味のないルカリオは微妙な面持ちで2人を眺め、カメックスは眠そうに目をこすっている。

「茶番はもういいか?」
『あっ、はい……』

 すっかり役に入っていた2人は呆れた顔をしたカメックスの言葉で我に返り、急に恥ずかしくなったのか体が縮こまる。

「んで、今回はどうしたんだ? もうあんな大事じゃないよな?」

 気を取り直して本題に入る。ヒトカゲ達は悪夢の調査で旅に出ていることと、数日前にサイクスと話した内容を共有する。情報整理のためにメモに集中するバンギラスの横で、ニドキングがふと思い出す。

「それ、隣のラインで捜査してる件じゃないか?」

 そう言うと、彼はすぐに部下に連絡を取り資料を持ってくるよう頼んだ。ものの2、3分で部下がやってきて、机の上に分厚い資料の束を置いて早々に去っていった。

「すご……こんなに書くことあるの?」
「無駄だよなぁ。様式が違うだけで、同じようなこと何個も書いてあるんだ」

 ニドキングは慣れた手付きで書類の束から7枚だけ紙をつまみ出し、机の上に全員が見えるように配置する。

「ここのところ発生している、連続殺ポケ事件の被害者とその状況だ。お前達がサイクスと確認したと思うが、悪夢を見たという日に合致している」

 全員が資料を覗くと、それぞれ悪夢を見た日に起きた事件について詳細が記されている。その中には、数日前に助けたラムパルドに関わる事件の内容も残されていた。
 唯一、ラムパルドだけが重症ではあるが生き残っており、残りの6匹のポケモン達は亡くなってしまった。

「共通している手口だが、どうやら特殊技ではなさそうだ」

 被害を受けたポケモン達の体から、いずれも打撲痕や刺し傷などが多く発見された。ここまではサイクスの家で読んだ新聞のとおりである。

「だが鑑識によると、おそらく犯人は1人じゃないと」
『1人じゃない?』

 ラムパルドを助けた時に見た影は1つで手口も共通していたことから、ヒトカゲ達は犯人を1人だと思い込んでいた。そうではないようだ、とバンギラスが鑑識資料を1束手に取り、記述内容を探す。

「えーっと、これか。確かに手口は似てるんだが、傷の深さや技の当て方などを見ると、その時々で違う」
「通常、殴る動作1つにしても癖というか個性みたいなものが出る。遺体から見ると共通している打撲痕や傷もあるが、明らかに違うものもある」

 ということは、と問いかけたルカリオに、ニドキングが1つの仮説を立てる。

「おそらく、複数犯の犯行とみていいだろう」

 話を聞いていた3人は息を呑んだ。正体不明の影だけでなく、まだ存在すら把握していない者が複数いるとなると、簡単に解決できるような事件ではないとこれまでの経験から想像する。
 現にこれだけ被害が出ていても有益な情報が全然入ってこない状況に鑑みると、尻尾を掴むどころか見つけるだけでも難しいだろうと誰もが思っていた。

「犯人像すらわかってねぇとなると、骨折りもんだな」
「確かにな。物理技中心ってだけだと……こんな奴らかもな」

 ふとニドキングが壁の方を指した。何を指したのかを全員が目をやると、そこには格闘遊戯『クマ同盟』のPRポスターが貼ってあった。ポスターの中心に勇ましいメンバーの写真が掲載されている。
 これだけ屈強なガタイならそうだろうな、とポスターを眺めて全員が納得したところで話をもとに戻した。

「まぁそれは冗談として……悪夢の日に殺しだなんて、まるで被害者が助けてくれってメッセージを送ってるみたいだな」

 彼の発言にヒトカゲとルカリオは新たな気づきを得た。悪夢が何かの救難信号のようなものであるとするならば、自分達のことを知っている誰かなのではと想像する。

「だとしたら、被害者が念を送ってるわけでもねぇのが不思議だ。それに、この2人だけだぜ? いくら世界救った英雄とはいえよ」

 バンギラスの言う通り、ヒトカゲ達が半年前に世界を救ったという事実はあるものの、世界中どころか、故郷のポケモン達ですら彼らの功績を知っているわけではない。それでいて2人だけにピンポイントで助けを求めるなんてあり得るのだろうかと疑問が浮かぶ。

「これも詠唱みたいな特殊能力だったりして」
「んなバカな、と言いたいが、案外そうだったりするかもな」

 半分冗談交じりに2人は言うが、可能性は否めないと少しばかり信じているところがある。さすがにこればかりは調べようがないため、次に神族に会う機会があればそこで尋ねようとなった。


 日がすっかり暮れ、気づけば夜となっていた。あれから事件についてあれこれ話したが、思うような情報をこれ以上収集するのは難しいとなり、一旦お開きにすることに。急いで資料を片付けてバンギラスとニドキングは退勤した。

「そういや、お前らどこ泊まるんだ?」
「ちょうど探し始めようとしてたところだよ」

 警察署の入り口で待っていた3人は辺りを見回して宿を探していた。そんなことだろうと思っていたバンギラスはある提案を持ちかける。

「なぁ、明日俺とおじさん休みだから、飲んでいかねーか?」

 彼の提案に、絶対に乗らないわけにはいかない者が1人。

「先に言え。飲まねぇなんてあり得ねぇだろうが」

 口こそ悪いが、カメックスは内心その言葉を待ちわびていた。ヒトカゲとルカリオもここで彼らと別れる理由も特になく、むしろせっかくならもっと話したいと思っていたようだ。

「うしっ、決まりだな!」
「そしたら私の家で飲もう。お前の部屋より広いし、酒も食べ物も揃ってるぞ」

 ありがたいことに、場所も飲食物もニドキングが用意してくれるという。バンギラス含めた若い衆は喜びの声をあげ、素直に甘えることにした。それを見て気分が良くなったのか、彼も嬉しそうな顔になる。

「ハハハ、掃除と皿洗いくらいはやってもらうからな」

 ニドキングを先頭に、足が地につかない様子の一行は彼の家へと向かっていった。
次回、「第11話 夢を潰さないでくれ」

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