第132話 わたしの決意
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
追いかけっこがはじまる前夜――
「ルギア、空を飛ぶ!」
「仕方のないトレーナーだ……」
マイは現在ワカバタウンの上空をルギアの背中に乗って飛んでいる。
現在の時刻はほとんどの住人が就寝している深夜2時。星の瞬きが煌めく、清々しい程の青黒い夜空。
「何度も言うけど、役目を終えたら自由にするから」
「自分も何度も問うが。それだとお前の夢である、ゴールドとの空中散歩はどうなる。白紙にするのか、別に自分は構わないが」
マイは研究所に保管されていたルギアのモンスターボールを持ち出して、言う事を聞いてもらっている。
元々はマイが捕獲したポケモンなのだから大抵は命令を実行してくれるが、このルギアは別モノ。伝説上のポケモンだからか、なかなかマイや他の研究員の言う事をきいてはくれない。
だから、マイはある契約をする。わたしを2の島まで連れて行ってくれたら自由にする、そう契約を交わした。
「大丈夫、もうなんでもよくなった」
「答えは言わない、か。まあ、いい。もうすぐカントー地方へ入る。しっかり掴まれ!」
「掴まれってどこだよー!」
カントー地方に入ったのか急降下。ルギアの毛並みにギュッと手で掴み、払い落されないように態勢をとる。
「海はいい。生き返るようだ」
「ふぅん、そうなんだ。ルギアは海が好きなんだね!」
泳ぐようにルギアの巨体は海に浸かる。全体に浸かっている訳ではない、身体のほんの一部だけ、腹と翼を脚だけを海を撫でるように泳ぎ進む。
「もっと静かに泳げないの? 波、すごい事になってるけど」
「知らん。いくら波が発生しようと自分には襲いかかっては来ないからな」
ルギアにとっては優しく海を触っているつもりだろうが、小さなポケモンに取ったら大波。ルギアが通った後ろを見るとポケモン達が顔を出して迷惑そうにしている。
「おっーここはマサラタウン。何度か来た事あるよ。でも、行き先はここじゃないんだよね」
「あぁ。もっともっと海の向こう側だ。俺……自分に掛かればあっという間だがたまにはのんびり行きたい」
「のんびりされたくないんだけどなぁ」
視力だけはゴールドよりも良いマイは、向こう岸に見えるマサラタウンを発見してルギアの背中を叩いて知らせる。興味無さげに話題をスルーされて、変えられた話題にマイは体を項垂れさせる。
『流星群』『ボルテッカー』を使用しない今は身体に変化はないから、のんびりでもいいのだが、ワカバタウンに置いて来た人達と離れるのは嫌らしい。
「ねえ、ルギアはどうしてわたし達を襲ったの?」
「夢見が悪かった、そう言う事にしておいてくれ」
「えー、なにそれ。まぁいいや」
ルギアに背を預けて大の字になって夜空を見上げる。街とは違い何も遮る物がない、この大海原。プラネタリウムみたいに綺麗で、思わずゴールドのことを思い出す。
振り払うように頭を左右に振り、ルギアに話しかけると曖昧な返答。聞いたマイもそこまで知りたくなかったようで深くは追求しない。何よりもゴールドが怪我をした、その事実が蘇りそうで怖くなった。
「ほら、あれが2の島だ。どうやら歓迎されているみたいだな。クククッ」
「歓迎してくれてるの!? わー、来てよかったなぁって……ハァ!? あれのどこが!?」
真っ直ぐ前だけ見ていたはずのルギアの目とマイの目が合う。首を曲げてくれたのだ。
這うようにマイは背中から頭へと移動して「歓迎」とやらを見ると、島の海辺にはミニリュウ、ハクリュウ、カイリューがずらりと並んでこちらを見ていた。それも大口を開けて。
「ようは試されてる。この攻撃に耐えられないようなら修行の価値はないって事だな」
「あんなにいたらわたしのポケモンでも太刀打ちできないよ! うわーっもっと考えておけばよかった! ルギア、上昇して攻撃を回避して!」
ニヤリと意地悪そうに口元を上げるルギアにゲンコツをくれてやるが自分の手が痛いだけ。攻撃態勢のポケモン達から逃げようとマイが指示をする。
「回避? この俺様が回避なんてするわけないだろう! これでもくらえ!」
「ねえなんかキャラ変わってない!?」
「俺様を誰だと心得ているんだ、この愚か者め!」
回避する所かルギアまでもが大口を開けて、空気を目一杯肺に詰め込む。
マイの言う通りキャラが変わっている。冷静な性格だと感じてはいたが血の気が多いらしい。
「バウッー!」
「来る! カイリュー達の破壊光線!」
両手で数えられない程のドラゴンポケモンの攻撃にマイは目の前が真っ白になる。意識が遠のくのでなく、物理的に白く。
「ルギッ」
「――!!」
肺から口へと出る圧倒的な空気の風圧が、波を揺らして一本の道筋を作る。
マイの声が掻き消される程のルギアの砲撃。空気と波のコラボレーション技にカイリュー達は倒れ込む。
「わーお……流石伝説ポケモンだね」
「まあな。自分の役目は終わった。自由にしてもらうぞ」
「うん。ありがとう、お父さんにはうまいこと言っておくから」
目を回しているカイリュー達を避けながらマイは島への上陸を果たした。ルギアはと言うと海に行き浮かんでいて、こちらに来る気配はない。
モンスターボールを半分に割って壊すとルギアは自由の身になる。待ち望んでいた瞬間。
「ばいばい、これで君は自由だよ」
「自由か。マイ、またな」
簡単に割れてしまうモンスターボールを砂浜に落としたのを確認して、ルギアは身震いする。
「またなって、もう会わないじゃん」
「どうだか。海は広いが、自分には狭すぎる。どこかで会えるかもしれない。その時はまた力を貸してやる」
「うわー、ウソっぽい。けど、まあ……ありがとうね!」
海にどっぷりと浸かり、心地よさそうに目を細めるルギアに心残りはなさそうだ。
案外ロマンチストなルギアの台詞にマイは鳥肌を立てて、二の腕を摩る。
「だから、またな」
「うん、またね!」
海に潜って姿が見えなくなるまでマイは手を振り続けた。
「さてと」
ルギアと別れたマイは一息ついてから島を見つめた。この島の海辺どこかにあのオバちゃんはいる。
「さあみんな! 探すぞー!」
海岸を走り抜け、まず目指すのは森の中だ!