しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:20分
 ダンデが去り、私たちはただ呆然と立ちすくんでいたが、すぐに我に返る。
 メイちゃんに声をかけようとすると、寂しそうに私の顔をじっと見つめ、小さな唇を開いた。
 
「おねえちゃん……ポケモンなんだよね?」
『黙っていてごめんね』
「いいの、おねえちゃんははわたしの言うことちゃんと聞いててくれたもん。うれしかったもん……」
 
 そんなメイちゃんの元へ、ポプラが歩み寄る。
 一瞬身構えたメイちゃんだが、すぐに緊張を解いた。ポプラの手にモンスターボールが握られており、それがメイちゃんに差し伸べられていたからだ。さっき、即興シアターで使用した小道具モンスターボールだ。
 どうやらこの老婆は話題を変えようとしてくれているらしい。
 
「あたしにはわかるよ。ポケモンをゲットしようと思って、ここの島に来たんだろう」
 
 メイちゃんの顔を見つめて、ポプラは問いかけた。
 
「うん……レオンが言ってたモフモフしたのがほしくなったの」
「イーブイだね?」
「うん、さいしょはトトロだとおもってた……いんたーねっとで調べたらちがうって。あと、みつけちゃったの。おねえちゃんがポケモンバトルしてるの」
 
 そして、悲しそうな顔をしてメイちゃんは私を見つめた。胸がひどく締め付けられる想いがして、私は声をかけることができそうになかった。
 
「……おねえちゃんはポケモンで、あと、レオンが言ってたモフモフはトトロじゃなくてイーブイだった。かなしかった」
 
 私が出場したランクマッチバトルの様子は、対戦相手の“配信者”の一人にポケチューブで流されていた。
 メイちゃんは偶然それを見てしまい、私の正体がポケモンであると知ったのだ。迂闊でしかないが、遅かれ早かれこうなることは予想できていた。無理に引き延ばさずに済んだだけ良かったのではないかとすら思う。
 
「もやもやしちゃって、わたしもポケモンつかまえたら、なにかわかるかもって。ボールもこっそりもらったの」
「どうやってここに来たんだい」
 
 ポプラは諭すようにメイちゃんに語りかけ、モンスターボールをその小さな手にしっかりと握らせ微笑んだ。慈愛に満ちたポプラを見て安心した。今度こそポプラはちゃんと、メイちゃんの保護者の役割を演じられている。
 
「ワイルドエリアで、岩のヘビみたいなポケモンに追いかけられて逃げてたとき、イーブイのおねえちゃんにたすけられたの。イーブイがいるっておしえてくれて、ついてきたの」
 
 メイちゃんはたどたどしく、しかし、しっかりと自分の想いを言葉として形にしていく。とてもしっかりした子だ。
 だから、もういいだろう。
 この役割は、もういいだろう。
 私の役割は終えた。これからは――それは。
 
「ん? なんだい?」
『ポプラさんも、気づいているんでしょう。実際のところ』
 
 私は足元に転がっている小さな器具を拾った。別世界のダンデがさっき落としていったものである。耳にかけるフックの部分に『スカウター maid in Japan』と書かれている。シルフカンパニー製品らしい。
 見様見真似でそのスカウターとやらをこめかみに装着してみる。
 ――ピピピッ!
 電子音が鳴り、それは片目の視野一面にデータを映し出した。
 
 ダンデが調べたデータの中には、私の最初の親であるトレーナー名もあったような意味のことを述べていたが、どうやら正解らしい。
 スカウターの機能で確認したハルとメイちゃんのデータ。その親の項目には、間違いなく同じ人物の名前が記されている。
 
「この場に来るまで、あたしも気づかなかったんだよ。でも、顔を見てすぐにわかった。他のどの平行世界でも生きて存在しなかった、メイちゃんの姉のサツキだよ、このイーブイ娘は! まったく奇跡としか言いようがないよ、ほんとに! まさか、まさかね、そもそも死んじまったと思ってたこの世界に居たなんてね……なんという奇跡なんだい? とんでもなくピンクだ!!」
 
 ポプラは口調こそいつものそれを崩さず、本人は至っていつもの通りの自分を演じているつもりの様子だったが、その両目が涙をたたえているのは誰がどう見ても明らかだった。
 
【森を侵した人間が我が牙を逃れるために投げてよこした赤子がハルだ。人間にもなれず、イーブイにもなりきれぬ、哀れで醜い可愛い我が娘だ】
 春に拾い、ハルと名づけた少女の生い立ちを、巨大イーブイのモロはそう語った。

【獰猛な獣の群れに襲われ、その娘は囮にされたんだよ。獣が赤子を襲っているうちに、事もあろうに親どもは逃げたんだ】
 メイちゃんの姉のサツキの哀しき運命を、ポプラはそう説明した。
 
 点と点が結ばれ、それは一つの線になる。数多にある世界と世界を繋ぐウルトラホールのように。
 私はメイちゃんにしっかりと向き合う。告げなければならない。
 
『メイちゃん。あなたのお姉ちゃんは生きてたんだよ。ここに、ちゃんと居る。5月に生まれたサツキは、春に生まれ変わりハルになったんだよ』
 これは同時に、メイちゃんの姉役を降板するという意味でもあった。

「イーブイのおねえちゃんが……わたしのホントのおねえちゃん?」
 メイちゃんはハルを見つめ、小さく、確かめるように口にし、すぐにそれの意味することを理解した。
 
「おねえちゃん……?」
「ブイ……?」
 その言葉に、ハルもかすかに体を震わせる。その表情には戸惑いもあったが、様々な感情の色が浮かんでいる。
 
「おねえぢゃぁぁん!」
 泣き出したメイちゃんを見て、いよいよ困惑したハルはどうしたら良いかわからず、あたふたし、私やポプラに視線を移したが、最終的に、メイちゃんを強く抱きしめることに決めたらしい。
 全身でぎゅっと抱きしめた。
 
「ぐぇ、くるしい、おねえちゃん……」
 ――ハルのホーヨー。
 もちろん、キョダイマックスはしていないので、“キョダイホーヨー”ではない。今だけは、抱擁ポケモンの座を譲っても良いとさえ思う。
 
 この姉妹は今まで一緒に過ごした時間もなければ、そもそも生まれてから一度も会ったことはない。けれども、姉妹という絆は、時間を超えて今ここに確かに存在していた。
 ハルも突然のことでありながら、今は自然と姉であることを受け入れている。理屈ではないのだ。抱きしめあった互いのぬくもりが、二人を結びつけた。
 
 私はそのとき、ふと、この姉妹の感覚をどこかで味わったことのあるような気がし、すぐに一人の顔が頭に浮かんだ。
 このガラルで出会った、危なかしく、守ってあげたくなる少女。
 あの子は、私にとって、頼れるマスターというよりは、私が守ってあげなければいけないような感覚がある。思えばそれは、妹というものなのかもしれなかった。

――――――――――
【補足】スカウターとは?
 それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる物品、いわゆるオーパーツのひとつ。
 レインボーロケット団が何らかの手段で未来の品を手にしたようであるが、ロケット団の技術では量産は困難であるため、一品物である可能性が高い。
 サナの今いるこの時代においては“場違いな技術”であるが、原理としては、旧ポケモン図鑑より最新版まで一貫して備わっている、相手の強さ等をデータ化し、可視化する仕組みの応用である。
 材質にメルメタルの金属を使用することで軽量化に成功し、まるで片眼鏡のように着用して使用できる。また、データ容量も飛躍的に向上した。
 未来のカントーでは衛生観念も向上しており、密閉・密集・密接をできる限り回避しようという“3密”を徹底しており、対面での販売を避け、オンラインや雑誌の裏面の通販などで販売された。
 雑誌掲載時には、バスタブに札束を大量にいれた中に、両脇に美女を抱えた男(目元に黒線)の写真が載っており、利用者からの喜びの反響のコメントが載せられていた。
以下、一例である。
「この商品のお陰でダイエットに成功!」
「身長が伸び、彼女ができました!」
「お陰でロトムくじが当たりました!」
「かがくのちからってすげー」
「個体値たったの2Vか……ゴミめ」
「シルフの技術は世界一ィィィィーーーー!」
――――――――――

「サナたん……」
 ポプラの連絡を受けたマスターがやってきて、少し口を尖らせていた。
 危ないことはするなとあれほど言ったのに、とばかりの表情だ。この子は自分が守らなきゃいけないと思っている。いや、思ってくれている。嬉しいことに、こんな少女が私を大事に考えてくれているのだ。
 
「もう! 心配してたんだからね?」
 私は咄嗟に思いついた。
問題なしオールクリア目標ターゲットも確保した』
「サナたん、それサオリさんのマネ?」
『そのつもり、でしたが……』

 孤児院ホームの特殊部隊仕込みのメイドのモノマネをしてみせると、マスターは吹き出しゲラゲラ笑い始めた。
 
「サナ。あんた、なかなか才能あるね……あたしの弟子になるかい? そしたら、姉妹弟子だがね」
 
 ポプラの発言で、予想どおりと言うか何と言うか。マスターのモノマネ――もとい、演技はポプラ仕込みであったことがわかった。
 この小さなチャンピオンはガラルを旅し、ガラルを救う中で、色んな人の考えに触れ、色んなことを吸収してきたのだろう。冒険が今の彼女を育てた。
 
「サナたんならプロデビューできるよ! あたしはしなかったけどね〜。わたしは色んな才能があるから一所に収まらないのだ!」
 
 そう言って薄い胸を張る。
 
「自惚れるでない、幼きチャンピオンよ……己が才能に飲まれると、たちまちポケモンバトルの暗黒面ダークサイドに堕ちることになる……」
 
 暗黒面ダークサイドという聞き慣れないワードだが、言葉の持つ意味合いは何となく理解できる。
 それに屈してしまった例が、先ほどの異世界のダンデだろう。数多ある世界の中の可能性の一つではあるが、ありえない話ではない。
 
 ブラッシータウンの外れの小川で、あの満月の夜に美しいポケモン博士のソニアが言っていた。
 もし、ソニアが負けず。
 もし、ダンデが勝てなければ。
 そして、そこに不確定な要素が絡まりあえば――未来は変わっていたかもしれないと。
 それは運命と呼ぶにはあまりに残酷で、宿命と呼ぶにはあまりに理不尽だったが、そういう世界、そういう未来もあり得ただろう。
 
『ところでマスター。マッシュやコウタローは?』
 ふと、メイちゃんを一緒に探していた二人のことを思い出した。
 
「コウタローは問題が解決したなら役目は終わりだって、そのままどっかにふらっと行っちゃったよ。マッシュは……」
 
 言いかけて、イーブイの群れ、いや、ひとりの着ぐるみ少女で目線を止める。なるほど、だからマッシュはここに来ないのだなと理解する
 当の本人のハルは首を傾げていた。
 
「あの子のことも、マッシュにポプラさんは伝えてくれてたんだけどね。なんでか照れくさいみたい。悪夢が何とかかんとか言ってた」
 
 前にレイドバトルをしたときに、ダークライが見せた悪夢。
 私は全員の悪夢をこの身でもって見聞きしているので、理由を察した。マッシュは確か、ハルとニットがイチャイチャし始めて、失恋して――。
 少女と幼女の交わる様子を思い出し、私も少し恥ずかしくなり、そこで思考を止めた。『百合の間に挟まってはいけない』とカントー地方のことわざにもあるくらいだから、そっと私の胸のうちに留めておこうと思う。
 
 そんな私たちの会話を遮るように、ハルは何かを思い出し、足元に散らばった進化のための石を拾い集め始めた。
「ブイ〜!」
 集め終わったハルは声を張り上げる。
 その周囲にたくさんのイーブイ達が集まってくる。私たちを取り囲むイーブイは思いのほか多いが、ハルは意に介した様子もなく、かみなりの石、ほのおの石、みずの石などをイーブイ達に投げ始める。
 石はイーブイに物理的にぶつかることなく、イーブイの手前でまばゆい光を放つと、進化の奇跡を巻き起こす。
 私たちの周りには、赤や青、黄色、様々な光があがり、イーブイたちは各々の進化を遂げていく。
 カラフルな色合いを見せる進化の様相はまるで、虹の輝きのようであった。
 
「……しんか、ぎしき」
 聞き慣れない声がし、一瞬誰が話したかわからず、周囲を見渡す。
 ハルだった。片言ではあるが、人語をしっかりと発している。

『やっぱり話せるんだね』
 聞くと、コクリと頷いた。それきり、ハルはイーブイたちに視線を集中させた。
 まだ迷いも多くあるのだろう。イーブイ少女のハルは、メイちゃんをどう受け止めているのだろうか。
 その回答が、今の短い言葉だったのかもしれないとも思う。
 
 ハルはポケモンとして長く生きすぎた。けれども、マッシュを通じて、人間としての道を歩みだしていることもまた事実である。
 だとすれば、メイちゃんとの出逢いは、ハルにとっても一つの“進化”であるに違いなかった。
 
「メイちゃん。好きなのをゲットしな。さっきまでのバトルのおかげで、あんたとイーブイたちはすでに仲間みたいなもんだ。サンダースでもシャワーズでも、好きなのがあんたのポケモンになるだろうさ。あたしのオススメはニンフィアだがね」
 
 ポプラはメイちゃんの背をそっと押した。眼前にはたくさんのブイズが居る。ポプラの言うとおり、メイちゃんも私たちも、この場においては、共に一つのバトルを乗り越えた仲間であり、既にメイちゃんとイーブイたちにはある種の絆が生まれている。
 しかし、メイちゃんは首を振り、後ろを振り返った。そこには瀕死(正確にはHP1)の状態のポケモン――ダンデに痛めつけられたサーナイトが倒れている。

 メイちゃんは私の顔を見て、微笑む。
「わたし、このコがいい」
 そして、メイちゃんはモンスターボールをサーナイトに投げた。
 ボールは何度か揺れ、やがてカチャリという音と共に止まった。
 
「ほれ、すごいきずぐすりだ。使ってやりな」
 
 メイちゃんは、ポプラに渡されたすごいきずぐすりを使い、回復したサーナイトを表へ出した。サーナイトは最初は戸惑っていたが、すぐに置かれている状況を理解した。
 ダンデから身を呈して守ってくれたメイちゃんが自分の親だと察すると、嬉しそうにメイちゃんに抱きついた。
 
「なんだろ、これ」
 回復したサーナイトは、リボンではなく、何か不思議なバッジのようなものをつけている。
 私のこめかみに装着したままのスカウターはそれを『多幸たこうのあかし』と判定していた。
 
「それは野生のポケモンがときどき持っている“ あかし”だね……ところで、なんて名前をつけたんだい?」
 ポプラの問いに、メイちゃんは嬉しそうに微笑んだ。そして、証持ちポケモンに許された二つ名と共に、パートナーの名を幼い声で叫び繰り出す。

「いけ! しあわせそうなサナ!」
 ボールを投げる仕草は、私のマスターそっくりだった。きっと、PokeTubeの配信で見て覚えたのだろう。
 何はともあれ、私と同じ名前を持つサーナイトが誕生したのだが、同時にそれは小さなポケモントレーナーの誕生でもあった。
 誰しも最初は小さな一歩を踏み出し、その小さな一歩が積み重なり、それは道となる。道の先には何があるのだろう。
 
 そうだ。
 私の進む道の先には何があるのだろう。
 今こうしてサーナイトと会っても、やはり私のように完璧な意思疎通をできる存在では無さそうだった。あくまでもポケモンだ。
 辺りのイーブイたちは相変わらず進化を繰り広げており、まるで虹のような輝きが満ちている。
 その向こうの空には、大きな虹がかかっていた。
 
 ふと、澄んだ歌声が聴こえた。
“――透明よりも綺麗なあの輝きを確かめにいこう“
“――そうやって始まったんだよ“
 
 歌っているのはマスターだった。少女特有の綺麗な声が、済んだ空へと響き渡っていく。

“――いつか君を見つけたときに“
“――君に僕も見つけてもらったんだな“
 
 何処の誰の歌かはわからなかったが、その歌詞の意味は痛いほどによく身にしみた。
 きっと、トレーナーとポケモンとは、そういうことなのだろう。
 だからきっと、私は悩まなくて良いのだと思う。他のポケモンとは異なる存在であっても。
 先が見えないと感じたときでも――太陽が無くたって、貴女が照らす世界が見えるから。
 悩む必要なんて、なかった。
 私はもう、死ぬまでいたい場所にいるのだから。

――――――――――
【補足】『暗黒面ダークサイド』とは?
 オーレ地方には古の昔、『ジェダイ』と呼ばれる、秩序と平和の守護者が存在していた。
あらゆる生物(ポケモンも含む)が生み出す超常的な力――“波動(オーレでは、フォースという)”を利用して超人的な力を発揮する者たちの総称である。現在、専門家により、渡米したマサラ人たちであることが判明している。
 平和と正義の守護者『ジェダイ』たちがより所としている” 波動フォース”の闇の部分のことを、『暗黒面ダークサイド』という。この境地に足を踏み入れた者は、人間をはじめとする生物の持つ憎悪や悲しみ、怒りなどを原動力とする事で、破壊的な力を引き出すことが出来るのである。
 わかりやすく述べると、暗黒面ダークサイドに足を踏み入れることはすなわち悪の道に走ることである。
 暗黒面ダークサイドに堕ちた者は、自身の感情や欲求に対する自制心が弱まり、暴力的かつ支配的な言動に陥りやすくなり、より暗い色合いの服を好むようになるらしく、最終的には黒い服を着るようになる事が多い。
 本作で登場した、別世界のダンデも例に漏れず、黒のユニフォームを着込んでいた。
 なお、有名な歴史上の人物で暗黒面ダークサイドに堕ちた者として、アナキン・スカイウォーカーなどがいる。
――――――――――
【Season8】虹を探すひと――完。

special thanks,
スターウォーズ、BUMP OF CHICKEN『アカシア』

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想