【第192話(最終回)】晩夏の北風、怪物の爪音

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


イジョウナ地方での長い旅を終え、チャンピオンの座にまで上り詰めたトレンチお嬢。
スモック博士の見送りでコート家に戻るや否や、皆その功績を口々に讃えた。
特に父親のガウン氏の喜びようは凄まじく、娘の持ち帰ったトロフィーを大切に保管させたという。

……が、そんなムードは数週間ほどで過ぎ去り。
イジョウナリーグでの優勝も、お嬢が今まで積み上げてきた功績のひとつ……その程度のものに変わっていったのだ。
そして戻ってきたのは、彼女にとっていつもどおりの日常であった。

ただ一つ、違うことがあった。
ジャックが居ないのだ。
王者決定戦でお嬢に反旗を翻した彼は、この屋敷には居られなくなった。
ブリザポスの方も、あれ以降戻っては来ない。

そしてマネネは、彼の意志でキルトとともに旅立った。
他のポケモンたちも、今後の彼の生活には不要ということでスモック博士の元に預けられる事になった。

……お嬢は、独りに戻ったのである。

だが、それを悲しいとは思わない。
思わないようにしていた。
あの旅で、自分は変われたのだと……そう信じて。

こうして彼女は、より一層令嬢としての立場を強く意識することになった。
その心の綻びを隠すように、己の在り方を定義した。
自室の机の上に、今まで以上に数多くの参考書を積み上げ……再び押し込めようと務めていた。


……が、そんな生活が1ヶ月ほど続いて。
遂には無理が祟ったのだろう。
彼女は晩夏の陽光の中、机にうつ伏せになったまま眠りに落ちてしまった。

そんな彼女の背中に、手が一つ添えられた。
「……全く。こんな所で寝ていたら、身体を痛めますよ。お嬢様。」
そうしてそこに立っていた純銀髪の男は……彼女の身を背中から抱き上げる。
「……テイラーに頼んで正解でした。この姿じゃないと、貴方に触れられませんからね。」
彼は微笑み、腕の中で寝息を立てる彼女を見つめる。

「(……私が従うのは、このコート家ではない。お嬢様……貴方です。)」
「……ん。」
彼の独白に答えたのか……それとも、ただ寝心地が悪かっただけなのか。
お嬢は軽く一言だけ、言葉を発する。
「(もう、私は貴方から離れない。たとえ貴方がどう変わろうと、私は貴方から逃げない。)」
数歩……彼は窓に近づく。


そんなふたりの姿を、季節外れの北風に揺られたカーテンが遮った。
次の瞬間には……彼らはもう、そこには居なかった。
ただ……遠く彼方に、蹄の音が響くのみであった。

彼らもまた、新たな人生を歩みだす。
令嬢と使用人としてではなく、ただの少女と青年として。
どこか、この屋敷とは無縁の場所で。



ーーポケットモンスター Soul Divide  完ーー
長らくのご愛読、感謝いたします。そしてお疲れさまでした。
皆様の応援あってこその完結です。
本当にありがとうございました。

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