環境の王者

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「あんたと二人きりで話すのは初めてだね、フェアリーの娘サーナイト
 木製のベンチに隣り合って座って気づいた。
 言われてみれば、こうしてこの老婆と会話することは少なかった。
「フェアリーの娘、あんた名前はサナだったかね?」
 その意図を図りかねていると、ポプラは「別に取って喰おうってわけじゃないさ」と笑った。
「あんたにね、頼みたいことがあるんだ。老いぼれの頼みだ。聞いてくれないかい」
『私にできることで、マスターの迷惑にならないことであれば……ひとまず話だけ聞きます』
 言うと、ポプラは「そうこなくっちゃ」と私の肩をポンと叩いた。

「頼みたいのは、メイのことだよ。あの子を拾ったのは他でもないあたしなんだが、どういうわけかずっと怖がられててね……あんたのマスターの作ったここの孤児院に連れて来たんだが、それもどうにも馴染めやしない。あの子はずっと探してるんだ……“お姉ちゃん”をね」
『姉がいるんですね』
「いや、居ないんだよ。いや、居た……と言うべきかね。あの子は生まれたときから虐待されて育ったんだが、あの子が生まれるより前に、同じように虐待されてた姉がいたんだよ」
『姉が、いた……?』
 過去形だ。

「ああ。獰猛な獣の群れに襲われ、その娘はおとりにされたんだよ。獣が幼子を襲っているうちに、事もあろうに親どもは逃げたんだよ」
 ひどい話だと思う。当然その子どもは助からなかったのだろう。
「悪い歴史は繰り返すもんだ。それでもその馬鹿親は、また子供を作って、虐待したんだ。そうさ、それがメイさ。幸か不幸か、その馬鹿親はついに事故でポックリ逝っちまって、身寄りが居なかったもんだから、あたしが見かねて引き取ったっていうわけさ……」
 話だけ聞くのであれば、それだけの説明で終わってしまう短いストーリーだ。だが、あの娘の人生は、本人からすれば筆舌に尽くし難い地獄のような毎日に違いなかった。
 今はレオンと地面に落書きして楽しそうに遊んでいる。その姿を見ると、胸が締め付けられる想いがした。
 
「変だなと思ったのは、すぐだった。あの子はずっと、『おねえちゃんはどこ』って尋ねるのさ。あの娘に姉が居たことは調べた私にはわかっていたが、あの娘が産まれるよりも前に死んだもんだから、あの娘は何も知らないもんだと思ってた。だがどうやら違っていたらしい。馬鹿親が教えたのか姉のことを知っていたメイは……親に虐待される度に、そのお姉ちゃんを心の拠り所にしちまったんだろうねえ……いつからか、架空の姉を作り上げ、それがあたかも何処かにいるように信じ始めたんだね」
 
 だが、メイちゃんが頭の中に作り出した架空の姉だ。
 両親が亡くなり虐待が途絶えてから、その姉は忽然と姿を消してしまい、以後はどこかに行ってしまった姉を探すようになったという。
 
「誰彼かまわずお姉ちゃんって呼ぶんだが……すぐに否定されて違うって本人も認識するんだろうね。またすぐ探し始める……その繰り返しさ。だが、サナ。あんた否定しなかった。だから、頼みたいんだ。このまま、“メイのお姉ちゃん”を演じてくれないかね?」
 言われてみるとそうだった。私はまずは話を聞こうと思い、メイちゃんの話に合わせたのだ。
 視線をメイちゃんに移すと、白い歯を見せ、ブンブンと私に向けて手を振ってみせた。
 
「実は、あたしはさ……フェアリーステッキの力で、いくつもの平行世界を飛んで、異世界のあの娘の周辺を探ってみた。だけど、どの世界でもあの娘の姉は死んでいるんだ。かわいそうに、そういう宿命にあるんだと思ったよ……あるときはあたしの目の前で死んで行ったよ。フェアリーパワーなんてあっても、小さな子ひとり救えやしないんだ」
 
 もしかしたら、そうでない世界線もあるのかもしれなかったが、ポプラはそういうものだと受け入れ、別の方法を探すことにした。
 孤児院で多くの子どもたちと過ごせば、何か変化があるかもしれないと考えたのだ。
 メイちゃんを預けた後、ワイルドエリアに居たマスターに、もう別の世界なんて見たくないと考えたポプラは何だかんだ理由をつけてフェアリーステッキを託したのだという。 
 マスターがあのステッキを持っていた理由がわかり、話は繋がった。
 
「あたしはガラルチャンピオンになりそこねた女さ。ポケモンバトルには自信があったし、弟子を鍛えることもそこそこできた……だが、子どもを育てることは、どうしてなかなか難しいさね。ポケモンで言うとこの役割論理だね。それぞれ、適材適所、役割が決まってるのさ。あたしには私の役割があって、あんたにはあんたの役割がある……だから、任せたよ」
 そう言って、立ち去るポプラには無責任さは感じなかった。
 なぜなら、その背中があまりにも寂しそうだったから。そして、唐突に振り返る。
「おもしろい世界線があったんだよ。あんたがね――」
「おねえちゃん! レオンがね、ネコバス見たんだって!!」
 ポプラが立ち去ったと思い、駆け寄ってきたメイとポプラのセリフが被る。
 慌てて私の後ろに隠れるメイちゃんを見て、ポプラはふっと微笑み、「やっぱりあんたにはお似合いの役割だよ」と言い残し、去って行った。
 
『ネコバスって何?』
「テレビで見たやつ。トトロも出てたやつ!」
 抱きついてくる3歳児の頭を、私は自然と撫でていた。
 なぜかひどく愛おしく思う。母性本能というものなのかもしれないが、それが私にもあったのかと思うと新鮮な気持ちだった。
「なあ、サナ。ピンクババアはもう戻って来ないよな?」
「こないよなー?」
 レオンの隣でメイちゃんは可愛く繰り返す。
『たぶん、もう来ないと思う』
「はーっ、よかったー! 連れ去られるかと思ったぜ」
「つれさられるかとおもったー!」
 レオンとメイちゃんは二人して胸をなでおろしていた。私と一緒にいたためか、レオンに対してはメイちゃんは心を開いているようだ。
 レオンも面倒見の良い性格で、そんなメイちゃんの話し相手になっており、ふたりはまるで前から仲が良かったかのように楽しそうに会話していた。
 そんな私たちを、キリンは優しげに見つめていた。すべてを見透かすような目だった。私はその瞳を見ていると、なぜかとても懐かしい感覚におそわれる。それほど、このメロンパンという名のキリンは、どこにいてもおかしくないくらい、世界に溶け込んでいるのだろう。
 
「おーい! チルマーしようよー、おねえちゃん」
「オッケー、いいよ! やろうやろう」
 聞き覚えのある単語と声。
 玄関からこちらの広場へ走ってきたのは、ナギサとニットとマスターだ。
 なぜか無理矢理引っ張られるように、マッシュも付いてきている。なんだかんだ子供に人気なんだな、と微笑ましく感じた。
 女の子3人に、エースバーンの格好をした男が1人。なんだかとてもシュールな光景だった。
「お、サナたん。良いところに……」
 口にする前に、私はマスターにテレパシーを送り、事情を説明した。
 レオンがスランプでありマルチバトルは避けてあげてほしいこと。
 私はメイちゃんに姉(もちろん人間だ)と勘違いされていて、ポケモンとしては認識されていないため、マルチバトルには出られないこと。
 勘の良いマスターはすぐに事情を察すると声を出さず頷いた。
「よし、あたしは何使おうかなあ。それぞれ、2体ずつ選出しよっか」
 マスターが提案すると、異論なく全員が頷き、チーム割が行われた。
 チルマーことマルチバトルは、ニットとマッシュのチームと、ナギサとマスターのチームに分かれた。幼い子どもをバラけさせ、力量の偏りを無くしたのだろう。
「おねえちゃん! どっちが勝つかなあ!」
『どっちだろうね?』
 嬉しそうなメイちゃんに反して、レオンに目をやると、下を向いて俯いていた。今はポケモンバトルを見たくないということなのかもしれない。
「今日はナギサはただただ勝ちに行くよー! いけ、ドラちゃん!」
「その意気だよ、ナギサちゃん! ふふん。ガラルチャンピオンたるあたしも今日はおとなげなく本気出すよ? いけ、コラショ!」
 宣言したのはナギサだ。それに頷くマスター。
 ナギサはドラパルト、マスターはエースバーンをそれぞれ繰り出す。色違いの手持ちの多いマスターには珍しく、通常の色のエースバーンだった。
「マッシュ自身がエースバーンみたいなもんだから、マッシュはエースバーンは禁止だからね?」
 エースバーンを繰り出したマスターは、鼻を鳴らす。
「けっ、構わねえぜ。オレは最近はまってるコイツを使うからよ……いけ、マシュマロ!」
 繰り出したのはトゲデマル。やはり食べ物の名前である。そこに何らかのポリシーがあるのだろう。
「おねがい、ララァ・スン!」
 隣にいたニットは飛び跳ねながら、ラランテスを繰り出した。
「ララァは、あまのじゃくがかわいいんだよねえ」
 幼い少女ニットはいたずらっぽく微笑む。その正面に立ったラランテスもまるで同じ表情をしている。
 今、闘いの幕は切って落とされた。

「どっちがかつだろうね??」
 観客に徹する私の隣で、メイちゃんはポケモンバトルに目を輝かせていた。
 ポケモンバトルに抵抗のあるレオンは相変わらず口を閉ざしたままだった。
 初手――マスターはエースバーンをダイマックスさせる。いや普通のダイマックスではない。
 みるみる巨大化するエースバーンとともに、エースバーンよりも遥かに大きな球体が出現したのだ。
 エースバーンはその上に飛び乗り、不敵に両腕を組んでみせた。

 エースバーン、キョダイマックスの姿である。
 コラショと呼ばれたエースバーンはその素早さをアドバンテージに、巨大な火球を作り上げ、瞬時にマッシュのマシュマロに向かって蹴り飛ばした。
 巨大火球の熱量を受けたトゲデマル――マシュマロは、そのまま吹き飛び、地に伏し、よろめきながら立ち上がり、そして、ボールの中へと還っていった。
 圧倒的速さと圧倒的強さを、環境の王者と呼ばれる存在は、遥か頭上から腕を組み見下ろしていた。
 
「すごーい!」
 試合を見て、むじゃきに喜ぶメイちゃん。
 それとは対象的にバトルフィールドに立つマッシュは悔しそうに歯を食いしばる。
「くっそ……厨ポケ使いやがって……」
「この子は……初めから強かったわけじゃないんだよ? ほら、マッシュがくれたタマゴから生まれたあの子だよ。厳密にはマッシュのタマゴじゃなくて、托卵ルーレットってゲームで、誰かが提供したタマゴがマッシュ経由であたしのところに来たんだよね」
 マスターがそう言うと、マッシュは思い当たる節があったのか、唖然とした様子でエースバーンを見上げた。
「そんな、まさか……OMH2なのか?」
 何かの符号をマッシュは口にする。
 私の第六感がそのとき、その暗号めいたアルフェベットの意味を察知した。
 すなわち、「おとなしい、もうか、ヒバニー、2V」の頭文字を取ったものである。
 以前、未来からやって来たターミネーターの男が教えてくれた、ガラルに伝わる“使えないもの”の比喩表現だった。
「バカな……キョダイマックスしてるぞ……?」
「ダイキノコよ。それに、金の王冠も使ったし、ようきミントも使った。あなたのトゲデマルは、生まれたときから陽気だったかもしれない。けれど、あたしのヒバニーは大人しかったの」
 個体値と言われるパラメータを最大のVまで全て上げ、性格のステータス上昇も乗せ、努力値も適切と思われる配分で割り振り、レベルも100に到達した。遺伝技は横遺伝で覚え、特性や色など、およそ現在の人の手の届かぬ領域以外はすべて注ぎ込まれた。
 
 ――環境の王者エースバーン。
 かつて、“おとなしい猛火ヒバニー2V”と呼ばれた、生まれながらの弱者は、貼られたレッテルを捨て去り、環境の王者としてこの闘いの場に君臨していた。

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【補足】ポケモン育成
「天はポケモンの上に人を造らず、ポケモンをの下にポケモンを造らず。ポケモンは生まれながらに平等であって、貴賤・上下の差別はない」
 ジョウトのウツギ博士の著書「育成のすゝめ」の冒頭の言葉にそう書かれている。
 かつては、タマゴから生まれたときに決まった性格、個体値は変えられず、生まれたときにそのポケモンの将来は決まる傾向にあった。また一度育成してしまうと育成前に戻すことはできず、取り返しがつかない事になるということもあった。
 しかし、科学の進歩と共に、努力値の配分の簡素化、努力値リセットによる再育成の実現、性格や個体値の理想値の実現が、現実のものとなった。
 これによって、愛と手間をこめれば、どのポケモンも一定の水準まで育て上げることができるようになり、捨てられるポケモンは減ったという。
 なお、本作の今話の段階で、2つの特性を交互に変更する「特性カプセル」は開発されているものの、隠し特性、いわゆる「夢特性」を変更させる技術はまだない。しかし、それすらも可能とする「特性パッチ」が運用間近まで進められており、これが実現すれば、ますます、ポケモンの個体差よる格差は是正されていくことになるだろう。
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