6-3 遊園地にて叫ぶ文句
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
私とユウヅキを調べている<国際警察>がいるとレインさんに以前聞いていた。もっと強面のおじさんかと思っていたけど、ラストさんはこう、スマートな女性って感じだった。
「えっと……はじめまして、ヨアケ・アサヒです……ラストさん。そちらは……?」
「彼女たちのこと、見覚えありませんか?」
ラストさんに言われ、改めてポンチョの女性を見る。彼女の切れ長の瞳を見ても、どうにも思い出せない。そもそも本当に知り合いなのだろうかとちょっとだけ疑った目線を向けてしまう。
その視線に察したのか、女性は軽くショックを受けていた。エレザードも首周りの襟巻をぱっと広げて驚いている。なんだかこちらも申し訳なくなってくる。
「お久しぶりアサヒ。凄い大きくなったね。やっぱり私のこと覚えてない?」
「ごめんなさい、さっぱり……」
「仕方ないか。じゃあ、改めまして、でいいかしら。私はミズバシ・ヨウコ。こっちはエレザード。またよろしくね」
ヨウコさんは握手を求めてくる。恐る恐る手を伸ばすとしっかりと握られた。
あっけに取られているとユーリィさんが割り込んでくれた。
「あの、うちの同居人に何か御用でしょうか国際警察さん?」
「ラストでいいですよ、美容師ユーリィさん。仕立屋のチギヨさんと配達屋ビドーさんは今外されているようですね」
「……へえ、ずいぶん私たちのことにお詳しいですねラストさんは」
「まあ、調べるのが仕事ですからね」
完全にラストのペースの会話だった。ユーリィさんなんか癪に障ったようでいつもより鋭い眼差しでラストさんを睨みつけている。ラストさんはたいして気に留めずに、私に話しかける。
「私の用は貴方が彼女を憶えているかを確認したかった、ところでしょうか。あとは挨拶と、ついでに聞きたいことも出来ましたが今は置いておくとして……やはり、貴方はミズバシ・ヨウコさんのことは憶えていないのですね」
「ええ、はい。それで……私とヨウコさんは、いったいどういった関係なのでしょうか」
「ミズバシさん、あの写真を」
ラストさんに促され、下げていたカバンから薄いフォトアルバムを取り出すヨウコさん。そのフォトアルバムには王都【ソウキュウ】らしき場所のお祭り風景や人々の姿が映っていた。そしてその写真群の一つに……昔の髪の短かったころの私と、隣には何度も何度も思い返したあの姿が。不器用に笑う彼の姿があった。
「ユウヅキ……」
「……昔、“闇隠し”が起こる前の【ソウキュウシティ】で私ね、貴方たちに会っていたの。思い出せない?」
「ごめんなさい……でも、これ私とユウヅキです。それは、たぶん間違いないです」
「そう……あの時貴方たちはね、確か遺跡について調べているって言っていたの。私はそれなら【オウマガ】に多いって薦めてしまったんだ」
【オウマガ】
その街の名前に聞き覚えはあった。ギラティナに縁ある遺跡の近くの町だ。<エレメンツ>のみんなにも、そこでの私たちの目撃情報はあったって聞いていた。
けれど、ヨウコさんに教えてもらった記憶は抜け落ちている。
どうしても、不自然なまでにその時のことを思い出せない。
その私の様子を見てラストさんが「ふむ」と言葉を漏らした。
「思い出せないようですね。ご協力ありがとうございます」
「お役に立てず、申し訳ありません……」
「いえ。やはりあの方の推測は正しそう、ということが分かっただけでも十分です」
ラストさんが言っていた方の心当たりがあったので、話の流れに乗って尋ねてみる。
「そういえば、ミケさんお元気ですか?」
「ええ。結構ふらふらといなくなる方ですが、お元気ですよ」
「そう、ですか……」
ミケさんは私のせいで<国際警察>に目をつけられて協力させられている部分も多そうなので、申し訳ない。とその旨を伝えるとラストさんは、
「ああ、彼は彼で昔やんちゃしていたので、きっちりその分働いていただいているだけですよ。その辺はあまりお気になさらず」
……ミケさん探偵になる前何やっていたのだろう。詮索はしないほうがよさそうだけど、気になるな。
「そう、ミケさんと言えば、彼も貴方に尋ねようとしていたお話を聞かせていただけないでしょうか。貴方が『事件』以降どんな状況や立場に立たされていたのかを……」
あ、話が戻った。まずい。
うろたえていると、ラストさんがくすりと笑って見逃してくれた。
「……今は止めておきましょうか。どのみち調べればおのずとわかっていく事でしょうし、貴方たちも用事があるのでしょう?」
「そうね。アサヒさんさっさと行きましょう、チギヨたちの所へ」
「う、うん。それじゃあ、失礼します。ラストさん、ヨウコさん」
「ええ、また。ヨアケ・アサヒさん」
「またね、アサヒ」
軽い挨拶をした後、ユーリィさんに手をひかれる形で高台をあとにする。
自分が緊張でうまく呼吸出来てなかったと気づいたのは、大きくため息を吐いたときだった。
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ヨアケとユーリィが国際警察に絡まれていたころ、俺は俺であいつらに遭遇していた。
ユーリィが持ってきた仕事というのは、いつも俺が引き受けているチギヨが仕立てた衣類を依頼主届けることだった。今回の依頼主は、ユーリィの得意先の劇団メンバーからである。衣装のことで悩んでいたそのメンバーに、ユーリィの紹介でチギヨに仕事が回ってきたという訳だった。
リオルにも手伝ってもらいながら依頼主に届け終わった俺らはその場所のにぎやかさを横目にしながら帰ろうとしていた。
今俺らがいるのは【イナサ遊園地】。港町【ミョウジョウ】にあるテーマパークだ。
どうやら、この遊園地で有志の参加者が集まったイベントがあるらしい。
その劇団やらバンド、パフォーマーなどが参加するらしいそのイベントに、何故かあいつらがいた。
見覚えのある丸いピカチュウを連れた赤毛の少女が壁際で休んでいた。
「げ、配達屋ビドーだ。何でここに……!」
「なっ、お前こそ何で」
「お前じゃない、あたしはアプリコットって名前が……じゃなかったまずいっ」
逃げようとするあいつの退路を塞ぐように反射的に壁に左手を打ち付ける。
「逃げるな」
「うええ?!」
「つうかあの時はよくも……っておい、お前がいるってことはジュウモンジの野郎もいるのか」
「だからあの時は仕方がなく……いや、親分は、ええと、ええと」
「……また会った時は覚悟しとけって言ったよな」
「いや無理! この状況じゃ無理!」
何故か慌てている赤毛……アプリコットにいらだっていると、チギヨに後頭部を叩かれリオルに脛を蹴られピカチュウに足首を噛まれた。
「いって、何すんだよ!」
「もめ事を起こすな、ビドー」
チギヨたちに制止され、ようやく周囲から冷ややかな視線が注がれていることに気づく。
そして、アプリコットが怯えていたことに今更気が付いた。
「……悪かった。流石に頭に血が上っていた」
壁から腕を離し、下を向く。足元ではピカチュウがまだ足に噛みついていた。
「もういいよ、ライカ。あと、ビドーももういいよ……ちょっと怖かったけど、貴方が怒るのも、無理ないし……」
ライカという名前のピカチュウを引き剥がし腕に抱えると深呼吸をし始めるアプリコット。
どうして怒っているのかわかるのか? こいつに俺を理解できるのか? と疑問に思ってしまう。
奪う側のこいつらに。奪われた側の俺の気持ちがわかってたまるか。と黒く、どろどろとした感情が腹の中で渦巻く。
右手で顔を抑えようとしたら、持ち上がらなかった。何故なら、リオルが俺の手を掴んでいたからだ。
「リオル、ありがとな」
こちらを心配そうに見上げるリオルに自然と言葉が出て、空いた左手でリオルの頭を撫でていた。
「そっか……リオルと貴方、もう大丈夫そうだね」
「まったく世話が焼けるぜ」
さっきまでと変わって何故か嬉しそうにしているアプリコットとなにもしてないのにやれやれとするチギヨに、逆に俺がついていけていなかった。
他人事なのに、なんでそういう風になれるのだろうか。
そう考えてしまうのは俺自身がひねくれているからというのもあるのだろうけど、よく分からない。
……黒いものは、少しだけ晴れていた。だがその上で引けないものはあった。
逸らしていた視線を再びアプリコットの方に向け、心を落ち着かせて、こちらを見上げる目を見て、彼女に頼む。
「ジュウモンジに聞きたいことがある。もし近くにいるのなら、連れていけとは言わない。居場所を教えてほしい」
「おい、ビドー」
「……頼むアプリコット」
チギヨの制止を無視して発した俺の言葉に、彼女はだいぶ悩んでいるようだった。
アプリコットは何度か俺とリオルを見比べて、それから首を小さく縦に振った。
「今の貴方たちなら、いいよ。ただ……お手柔らかにね?」
「なるべく……善処する」
「できるだけ、努力してよ」
深めに釘を刺される。少し腹が立ったが、抑える。
それからジュウモンジの居場所を教えてもらい、チギヨを置いてそこへ向かった。
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「ユーリィさん……ちょっと」
「…………」
「ちょっと待って、ユーリィさん」
ユーリィさんは無言で私の手を引き、遊園地に入って行った。【イナサ遊園地】という名前の遊園地、何か催しものでもあるのか、人が入り乱れていた。彼女の歩くペースに置いていかれそうになる。しかし、ユーリィさんはなかなか早歩きを止めてくれない。
そしてユーリィさんは何故か私を連れて、ジェットコースターに乗ろうとしていた。
「え、ええええ??」
「乗って、アサヒさん」
「の、乗るの?」
「乗るの」
「ええー」
少しだけ待った後順番が回ってくる。座席に誘導されシートベルトをしっかりして、コースターが動き出す。そしてゆっくりレールを上がっていくコースター。その先に見えるレールのラインから、私は覚悟した。
……あ、これ怖い奴だ。
ユーリィさんが息を大きく吸った。レールは登り切った。
下り始めると同時にユーリィさんは叫んだ。
「アサヒさんのばかあああああああああああああああああ!!!!」
「なんでええええええええええええええええええええええ!!??」
いや本当に何で? 何でジェットコースターに乗ってまで怒られなきゃいけないのかわからない、わからないよユーリィさん……!
ああでも、なんかむしゃくしゃしているのは伝わったよ。なんか叫ばなきゃやってられなかったんだね。でも何で私に怒るのかな。むー。
ジェットコースターを乗り終わって、私がふてくされているのを見たユーリィさんは真顔で「ごめん。ムカムカして」と言った。
「私にムカムカしたの?」と意地悪そうに返すと、「うーん。アサヒさんというよりその取り巻く環境。そしてアサヒさんに対してだね」とこれまた真顔で言われた。
ぶーたれると何故か笑われた。
「そうだよ。アサヒさんはもっとみんなに文句言ってもいいんだよ。というか言うべき」
「ええ……」
「じゃなきゃ、私がみんなに文句言いたくなる。だから言ってよね」
「そんなー……」
「いいじゃん。そうでもしないと生き残れないよ……生き返れないよ?」
「え、私も死んでいるの?」
「少なくとも私にはそう見えたけど? 他人の生き返りを望む前に、自分が生き返ってよね?」
そういってふふふと小さく笑うユーリィさんはとても可愛かった。
その後チギヨさんと再会して、ビー君が単身シザークロスの方達へ向かったことを知らされる。ユーリィさんは仕事があるのでチギヨさんと一緒にそちらに、私は慌ててビー君を追いかけた。
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ビー君。ビー君。ビー君……っ。
無茶してないといいんだけど。心配だ。
チギヨさんから聞いた場所へと私は走る。
確かにビー君はケロマツのマツのことでシザークロスに、ジュウモンジさんに腹を立てていた。偶然居合わせて、色々抑えられなかったんだと思う。
でも、ビー君は相手を敵視しすぎだ。悪い人と思った人を許せないきらいがある。それじゃあ、ぶつかるだけだ。衝突して、傷つくばかりだ。
私が止めても無駄かもしれないけれど、それでも、それでも待ってほしい。
催しものの出演者のテントの一つ。そこから歩きながら出ていくビー君とリオルの姿があった。
遅かったのかもしれない。……でも追いかけなくちゃ。そう思い後を小走りで走る。でも、なかなか追い付けない。それは、彼がそれだけ早いスピードで歩いていることに他ならなかった。
「ビー君……!!」
ようやく彼に声をかけることができた。私の声に彼が振り向く。
ビー君は……何か思いつめた表情をしていた。
「どうしたの? リオルも、ビー君も大丈夫?」
頷くビー君。傍らのリオルも俯いたまま、首を縦に振る。でもふたりとも拳に力を入れたままであった。
彼は私にこう言葉をこぼした。
「ヨアケ、俺は……<シザークロス>の奴らは、自分たちが何も奪われたことのない略奪者だと思っていた。そう、思いたかった。だけど、違ったようなんだ……でも、それでも俺は、あいつらを赦したくないんだ……」
「……その話、詳しく聞かせてくれる?」
自分がかけられてぎょっとした言葉をかけるのは忍びないと思いつつ、聞きたいと思いその旨を伝える。ビー君は、頷きで了承してくれた。
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ゲストキャラ
ヨウコさん:キャラ親 くちなしさん