「二人共なんでここにいるんだ?」
「あなたが電話で呼んだんじゃないの」
ホップの疑問に、マグノリアの回答はあっさりとしたものだった。
「オレは何もしてないぞ……そうか、お前か! どうやってオレの声を!?」
「未来の技術だ。ターミネーターの私にはそういう機能も備わっている」
ターミネーターの男は抑揚のない声で言った。私のテレパスよりも早く、二人に連絡をしていたというわけだ。
ターミネーターの顔を覗き見る。
相変わらず感情の読み取れない様子で、男は、銃をマグノリアとドクへ向けた。
「待て。私だろう、君の狙いは」
ドクはマグノリアを庇うように両手を拡げ立った。
「君が本気なのはわかる。いや、違うか。そうするようにプログラムされているんだ。そうせざるを得ないのだろう」
「肯定だ」
銃口はしっかりとドクを捉えていた。ターミネーターの狙いはドクだった。
「驚いたな。私の研究が未来を大きく変えることになるという一つの証明だな。なあ、マグ。私の才能を理解したかい?」
マグノリアはこの緊迫した空気の中で口をつぐんでいた。
「天才の存在は時に罪なものだな……」
自分の興味のある分野、研究内容が今回のターミネーターのタイムリープに通じると、ドクは理解し覚悟していた。
将来スカイネット開発の基盤となるシステムを生み出す経緯はわからないが、間違いなく時間旅行に関する分野についての第一人者はドクだ。
「すまないな。この時代この場所で、スカイネットを生み出さない方法をいくつもシミュレーションし、最も確実な方法を選ぶことにした」
ターミネーターは抑揚のない声で終わりを宣言し――そして、銃の引き金に指をかける。
「待て待て! オレは許さないぞ!」
両手を広げ、その前に身を投じたのはホップである。
「未来のオレは、ドクを殺せって言ったか? 言ってないだろう! だったら、最善策をもう少し考えてみろ!」
「そこをどいてくれ。私は君を守るようにプログラムされている。君がそこに居ると、その研究者を撃つことができない」
「撃たなくていいだろ? 隕石さえどうにかすれば時間だってあるじゃないか!」
すると、男はホップたちに背を向け、私たちの通ってきた通路に目を向け、銃を構えた。
「……タイムオーバーだ。まずはあいつをどうにかする」
その眼前には、警官の姿をした新型ターミネーター“T-1000”が静かにこちらに向けて歩みを進めていた。
【ダダン、ダンダダン! タララ〜ラ〜ラ〜】
頭の中に、あのBGM(ターミネーターのテーマ)が流れたような気がした。実際には私にしか聞こえておらず、たぶん、何らかの見えざる意思をエスパータイプである私の第六感が読み取っているのだろう。
私たちを守るように前に出たT-800は、的確に警官型のターミネーターに銃弾を叩き込む。
警官の身体にあいた穴を見て、マグノリアが小さく悲鳴をあげるか、穴はすぐに再生していく。着ていた制服の穴も金属に一瞬戻り、すぐにまた卸たての制服になる。
金属を溶かすには炎の熱量だ。
私もマジカルフレイムを撃ち込むが、警官は残像を残し、それを避けた。
「あばよ、クソ野郎」
罵倒語と共に、驚くべきことにT-800は、マスターボールを投げ、ポケモンを繰り出す。
菱形の輝きを放ち、姿を表したのは見たことのない氷の鳥ポケモンだった。雰囲気だけで言うと、カントー地方のフリーザーに似ているような気がした。別の地方のフォルムと言われるものかもしれない。いわゆる、ガラルのすがた。
なぜか切なそうに苦しそうに、悲鳴に似た鳴き声をあげる。身体が溶けてきているように見えるのは気のせいだろうか。
私の頭に直接、フリーザーの思念、記憶が伝わってきた。直接サイコメトリーせずとも読み取れるほど、その怨みは強い念となっている。
――未来でスカイネットと呼ばれる存在に一方的に生み出された命。
不自然な生まれ方をしたフリーザーは、通常持ちえない能力値を備えることに成功した。しかし、その副作用として、一度動いただけで、まるでセーブデータが消えるように滅びるという特性を持ってしまった。
まだ当初は理性が残っており、T-800と共に過去へ飛び、スカイネットに一矢報いろうとした。
「誰が生めと頼んだ? 誰が作ってくれと願った? 私は私を生んだ全てを恨む。これは攻撃でもなく宣戦布告でもなく、私を生んだスカイネットへの、逆襲だ」
詳細はわからない。しかし、そのフリーザーの言葉だけが脳裏に深く突き刺さってくる。
勝手に生み出され、勝手に消費されるだけの命。あまりに悲しすぎる。
「……フリーザー、役割を果たせ」
T-800の意図を読み取り、フリーザーと呼ばれた私の知らないガラルの氷鳥は、冷凍ビームの輝きを打ち込む。生半可な威力ではない。
直線となった氷の一撃は、そのまま警官を氷漬けにした。
「よく、役割を果たした。後は任せろ」
T-800の声と同時にフリーザーもどきは溶けて崩れていく。スカイネットにより歪に創り出された存在は今回の闘いが最期と理解していた。理解し、覚悟した上で臨んだのだ。
まるで、玩具のように使い捨てられていく命に、私は見えない未来の“スカイネット”に怒りを覚えた。
「まだだ、来るぞ。だが、スカイネットの作り出した核は砕いた。今や奴はターミネーターではない、ただのポケモンだ。ここからは純粋なポケモンバトル――」
砕け散った警官の氷片が見えない力に引き寄せられるように再び集まっていく。砕けた破片がくっつき合い、形を取り始め、次第に姿を見せてきたそれは警官の姿ではなく、ポケモンの姿を取り始める。
その姿を見て、ホップは驚きの声をあげる。
「メルメタルなのか? 鋼タイプのレアなポケモンだぞ……」
メルメタルはしかし、赤いオーラのような輝きに覆われ、その体積を増していく。ダイマックスではない。
「な……キョダイマックスの姿!?」
しかし、外見どおり遅い。ゆっくりと身体を持ち上げ、巨大化したメルメタルは立ち上がった。その姿は金属の不気味な人型のそれだった。
「サナたん……おねがい」
動いたのは、未来のガラルチャンピオン。早すぎる展開に動向を見守っていたが、我がマスターは自分の役割を見出した。
炎タイプのシャンデラが最適なのかもしれないが、流れとは言え、場に出てしまっているのは私である。
それに、私が倒れたとしてもその背中を守ってくれる仲間がいるのは心強い。炎タイプのパートナーに私は後の勝ち筋を任せることができる。
『マスター、私は一撃だけ与えます。その後はお願いします』
「勝つんだよ、サナたん」
しかし、マスターの指示は攻撃では無かった。
「サナたん――“キョダイマックス”!!」
私の胸元に暖かい光が集まってくる。
反応しているのは、この場にはいない年老いたマグノリアからもらった指輪だった。指輪にあしらわれた奇石に秘められたエネルギーが、私の全身に流れ込んでくる感覚があった。
瞬時にメガシンカのような原理だと理解する。
『マスター……?』
「ふっ、チャンピオンの勘だよ」
妙な形をしたフェアリーステッキをフリフリさせながら、ドヤ顔を決める。
「大丈夫、負けない。サナたん、頑張って!」
「オレ、サーナイトのキョダイマックスなんて聞いたことないぞ……?」
ホップは呆然としている。これはガラルの理に外れたことなのだ。
とても不思議な感覚だった。
周囲の景色が小さくなっていく。マスターやホップが足元に小さく見える。様々な記憶が頭を駆け回り、一瞬倒れそうになる。
しかし、たったひとつの使命が脳裏によぎった。
――すなわち、主を守ること。
「サナたん。キレイだね」
足元で微笑む少女の言葉で、私は改めて、純白のドレスのようになった自らの身体を見た。
かつて違う地方で、メガシンカにより黒いドレスのような外観に変異したことはあった。あの頃は普通のサーナイトたちの白いドレス姿が羨ましかった。
これは、ウエディングドレスだ。
私は夢が叶ったのだと知り、胸が熱くなった。
その場で私は、相手の特性を“トレース”する。みるみる拳が重くなり、メルメタルの持つ、“てつのこぶし”の特性を得る。相手の特性を知ることでメリットは無いがそれ自体に驚異もないことがわかった。
キョダイマックスの状態のメルメタルであれば、その恩恵を受けるようなものではないのだ。
だが――どう考えても、勝てる見込みはないように思う。
いくつかダメージ計算をシミュレーションすると、マジカルフレイムの変化したダイバーンが最善の手には違いない。
素早さは私が上なのだから、確かに一撃を与えることはできるが、それだけだ。相手は恐らくそれでは倒れないだろうという確信があった。
それならば、次へ繋ぐことが、やはり、このバトルにおける私の役割ではないかと思う。
「問題ない」
足元でT-800の声がした。
視線を落とすと、彼はどこからか取り出した重火器を構えている。
いつの間にどこから、という疑問は頭を過ぎったが、考えるまでもないことに気づく。
知って、この場所を終着点に選んでいるのだ。未来のホップより叩き込まれた情報をもとに、彼は最適と思われる行動を選ぶようインプットされている。
目的地がこの場所であるならば、何らかの手を回していることはおかしくはない。
「あばよ、ベイビー」
T-800が罵倒語を吐く。ようやく足元を見たメルメタルのボディ目掛け、T-800は跳躍し、重火器から炎を放つ。
火炎放射器だ。
狙いは的確に、メルメタルの腹部へその熱量を発射し、苦手な炎を受けたメルメタルは苦しげに悲鳴を上げた。
T-800はそのまま地に落ち、不格好に床に転がる。少しバランスを崩した衝撃で火炎放射器は手を離れ、地面に空いた巨大な穴へと転がり落ちた。
「だいじょうぶか!?」
ホップが叫び、駆け寄ろうとしたところをT-800は制止した。
「古いがポンコツではない」
特に支障はなく再び立ち上がり、私を見上げて言う。
「……だが休暇が必要だ。役割は果たした。あとは任せる」
私に向けた言葉だ。後を託されたのだ。
T-1000だったメルメタルを観察する。
未知のポケモンであるため、バトルにおいてどういった立ち回りをするのか分からない。しかし、現代の孤児院で見たマグノリアの蔵書のひとつ、「ポケモン図鑑」に、メルメタルの記述もあった。
タイプは鋼単一。私が弱点をつけるのは、炎技のダイバーンのみ。
2回動くことができれば倒せるという自負はある。第六感もそう告げていた。私のダイバーンであれば、半分はメルメタルの体力を奪うことができる。
そこに、T-800が一矢報いた攻撃のダメージを加算すればどうか。あの火炎放射器で半分ほど削れていれば?
今、目の前にいるのは、私と同じただのポケモンだ。しかも手負いの。
スカイネットの生み出したターミネーターとしての能力は氷化させられ砕かれた際に既に失われており、純粋なポケモンバトルで同じ土俵に立つことができている。そう――同じ。
可能性だけの話だけど、もしかしたら。
「サナたん!」
マスターの声に反応する。
考えている場合ではない。未来予知も第六感も決して万能ではなく、当てにはならない。
両手を突き出し、空気中の酸素を急速に暖め、熱くなった指先は炎の感覚を捉える。手を押し出す勢いで着火。
炎の激流は一直線にメルメタルへと向かって突き進み、獲物の胸部に突き刺さる。
衝撃にバランスを崩し、地面に膝をつくメルメタル。
しかし、その闘争心は衰えることなく、傷を負ってもなお、メルメタルは立ち上がった。
キョダイメルメタルは、炎に貫かれてなおその鋼の身体を活かし、キョダイマックス技を放つ。
ダイスチルではない。技名のわからない鋼技の輝きが残酷に死を告げる。
銀色の一閃は、容赦なくこちらへと向かう。一瞬のうちに焼けるような痛みが攻撃を受けた胸部から全身へと走る。
痛い。しかし、それだけだ。私はまだ立っていられた。
何故かと疑問に思うよりも先に、体を動かし、再びダイバーンを打とうとしたが、どうやら思うように炎を出せないことに気づく。まるで、“いちゃもん”をつけられたかのように、同じ行動が取れない。
キョダイマックス技の追加効果であると判断し、他の技へ切り替える。確かにタイプ的には効果は良くないが、試してみたかった。
ちらり、と足元のマスターに視線を送る。
「なあ、サナたん! 強ぇーヤツ見ると、オラわくわくすっぞ!」
今は青のワンピースを可愛く着込んでいるマスターが、私を見上げて笑う。
少し前までヨロイ島の道場で、道着を着ていたせいか、戦闘好きの何かのキャラクターになりきっていた。いつものなりきりだ。
思わず私も笑みが浮かびそうになる。
そして、マスターは一つの指示を出す。
「サナたん! キョダイマンゲツ!!」
ムーンフォースが専用技となる。空はみるみる夜の顔へと変わっていく。夜空に浮かぶのは巨大な満月。
満月は、ただ一点の標的を選んだ。
メルメタルは見えない力に引き寄せられ、空中へと浮かんでいく。その姿が小さくなり、見えなくなった頃、マスターは攻撃すべく、一点を指差した。
――すなわち、月を。
「攻撃するのは……月!!」
私は天高く浮かぶ満月に向けて、サイコキネシスの変化したそれを叩き込む。
鋼に対して強くはないのがフェアリー技、そしてエスパー技だ。炎技を封じられた今、弱点をつくことは私にはできない。
だが、『キョダイマンゲツ』には、不思議な追加効果があるのだと、使い手たる私は我が身に宿った能力を理解していた。
この技は、得たい結果を導き出すよう、強引にそこに至る過程を捻じ曲げる。エスパーの未来予知と、月の力が合わさった奇跡。
私が願った結果はひとつ。
鋼タイプとの相性一致の技を出し、一撃でメルメタルを落とすこと。
結果が決まれば、過程が生成される。運命の捏造だ。
私のサイコキネシスだったそれは満月を砕き、それにより月の引力は消えた。縛られるものが無くなったメルメタルは、別の理に身体を縛られる。
この星の重力に従い、その巨大な体をこの地上へと預ける。
落下し続けるメルメタルを待ち受けているのは――地面だ。鋼に対する有効打は、そこにあった。
効果は抜群。
断末魔の叫びをあげ、メルメタルはそのまま砕け、砂と化して空気中へ消えていった。
――勝った。
その結果を、安堵を、喜びを表すのに何か良い言葉はないかと思案し、足元のマグノリアと一瞬目があった。
若きマグノリアは、未知の世界を垣間見たのだった。驚きの表情のまま固まっている彼女と目が合った私は、とりあえず何か言うべきかと考えた。
『 ……月がきれいですね』
今はもう、巨大な満月はない。
しかし、それが今一番ぴったりな言葉だと思ったのだ。
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【補足】「攻撃するのは……月!!」とは?
かつて、日出ずる国でポケモンを主役にしたカードゲームが流行していた。商品名はデュエルモンスターズと言って、そのプレイヤーを『決闘者』という。
そのカードの一つに、岩石の巨兵があった。
満月をバックに佇むイラストが載せられており、これといった特殊効果は無いのだが、とある決闘者が水属性の使い手と決闘したとき、一面を海フィールドにされ、周囲を強力な水属性のモンスターで囲まれるという、まさに打つ手なしの窮地の局面となった。
このとき、相手を攻撃しても勝てない場面で、「攻撃するのは……月!!」といって、月を攻撃したことで、海が引き潮により干上がり、打ち上げられたモンスターたちを倒すことに成功し、大逆転したという有名なエピソードがある。
しかし、カードのテキストにはそのようなことは一切触れられておらず、完全なその場の勢いで出来上がった“俺ルール”である。
同カードゲームの決闘者の強さの条件に、「声の大きさ」、「自己主張の強さ」、「他人の話を聞かない」があり、堂々と当たり前のように、俺ルールをぶつけることが勝利へと繋がるということもあり、得てして強い決闘者は人の話を聞かないことが多い。
全国大会クラスの決闘者ともなると、自分の中にもう一人の闇の人格を持っていたり、レアカード欲しさに老人を殺しかけたり、あるいはカードで死にかけたり、偽造カードを密売する闇組織を作ったりするなど、とりあえず我が道を行く者が多い。
話は戻るが、有名な俺ルールのひとつに、従来は「ターン終了」を相手の決闘者が宣言しないと、ターンは切り替わらないのだが、大きな声で「俺のターン!」と言うと、ターンが切り替わるというものがある。
今回サナたんのキョダイマックス技も俺ルールに従って運用されるため、今回、月を攻撃し、都合よく窮地を脱することに成功した。
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special thanks,
遊戯王