電撃の巨人

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「やあマグ。ダイマックスって、キミの研究かい? マーティたちが元の時代に戻るために必要らしいんだ!」
 研究所に入り、マグノリアの姿を見つけたドクは開口一番に訊く。ホップの「オレはマーティじゃないって」という反論は無視だった。
 急に詰め寄るドクの顔を見て、マグノリアは少し眉間に皺を寄せる。
「ダイマックス? 急になに?」
 ホップはそんなマグノリアの反応を見て、顔を曇らせる。
「そうなのか……まだこの時代、ダイマックスはないのか……」
「さっきホップがその単語を口にしたときに言いそびれていたけど、その“ ダイマックス”というものを知らないの。未来の技術なのかしら?」
「……ねがいぼしに宿ったガラル粒子のエネルギーをポケモンに浴びせることで、巨大化する現象のことだぞ。貴方が見つけるはずなんだ」

 マグノリアは、なるほど、と合点がいった様子だった。私たちを研究所の奥へ案内し、地下へ続く階段を降りていく。
 屋敷に地下フロアがあることを初めて知った。地下はさらに本格的な研究が出来るように、様々な設備が整えられており、試験管やら、何かの薬品の並ぶガラス式の冷凍庫なども置いてある。
 無造作に配置された何世代も前の箱型のデスクトップパソコンを操作し、壁面にプロジェクターで画面を投影する。
「私がしているのは巨大化の研究よ。このイーブイを見て」
 画面には1匹のイーブイが映っている。イーブイは研究所の一角の芝生の上に座っているが呼吸は荒く、酷く衰弱しているように見えた。
 画面にマグノリアが映る。
【……年6月20日。ポケモンに害は無いことは前回の報告データのとおり。5月付報告データのとおり、カントー地方で入手したリングに嵌め込まれた隕石からエネルギーを抽出した。それを、この奇形のイーブイに照射する……大丈夫よ、怖くないわ】
 マグノリアは画面を停止させ、補足する。
「このイーブイの名はウォル。彼女は、ワイルドエリアで拾われたの。下半身だけが成長せず、小さなままだった。不治の病よ。自然界で生きていくことも厳しかったわ。外見上みられる障害だけじゃなく、臓器もそれぞれの大小のバランスがおかしかった。先天性の病で、このまま成長を続けると臓器にかかる負荷も大きくなり、生命すら危うい。何とか助けたかった」
 マグノリアは画面を再生した。
 画面では、イーブイが再度映される。そのイーブイに、赤い光が向かっていく。モンスターボールとポケモンを繋ぐ光によく似ている。
【照射後、1分。変化が見られてきた……ウォルの下腿が大きくなってきたわ】
 そして、マグノリアは早送りする。マグノリアより大きくなったイーブイの画面で停止する。画面ではなく、目前のマグノリアが解説する。
「ウォルは一日後に私の身長を上回った。体毛も増え、見るからに健康を取り戻したわ。けど、巨大化は止まらなかった。私はその後、ウォルを地上に出し、屋外に小屋を作り、そこに住ませたわ。だけど……脱走してしまった。以来、ウォルの足取りは途絶えたままよ。これが記録された最後のウォルの姿。今はもう少し大きくなっているかもしれない」

 画面にはマグノリアの身長の3倍はあるイーブイが映っていた。胸元には豊かな体毛をたたえている。
「ウォルの命はきっと助かったはず……そして、この巨大化の研究はウォルと同じようなポケモンを救うことができるだろうし、ポケモンたちの可能性を拡げることができる……きっかけは、バウタウンの古い石像よ」
 話しながら、マグノリアは、画面をバウタウンの灯台へと変える。灯台の下部を拡大すると、ストリンダーの石像が映った。

「ガラルに伝わる伝説の中に、“ 巨人”に纏わる者が幾つかあるの。有名なのがこのバウタウンの“ 電撃の巨人”ね」
 私も見た、バウの灯台の下にあったストリンダーの石像。かつて、外敵が攻めて来たときに、バウタウンを守ったという伝承。
「かつてのガラルは悪魔の住む島として、隣国から攻めいられ、支配されようとしていた……神話に伝わる初代ガラル王は、豊穣の奇跡を宿した茨の王冠をその頂に、青の覇気を鎧に纏い、あらゆるものを断ち切る刃を右手に、全てを護る盾を左手に。王が西の海に高く咆哮すると、嵐の夜に、雷を纏った数多の巨人が現れ、王の命じるまま戦地へ赴いたという……」

 急に昔語りを始めるマグノリアに、ホップは唖然としていた。
「敵地の支配に抗った、自由の尖兵。自由を求めて戦ったその巨人の名は……電撃の巨人」
 マグノリアは勇ましい表情をし、何のポーズか右手首を左手で抑え、遠くを見つめてみせた。自分に酔っているような、若干のドヤ顔がそこにある。
 現代のマグノリアからは程遠いが、ソニアにひどく似たそのお茶目な一面が微笑ましい。ホップも同意見だったらしく、お腹を抱えていた。

「え、そんなにおかしかった?」
「ははっ、いや、何だかソニアに似てるなって思って……」
「貴方から見れば現代の、私から見れば未来の、私の孫ね? もう。あまり私に未来の話をしないでくれる? ダイマックスにしてもそう。貴方たちの未来が変わったらどうするの?」

「わかってる。マグノリア博士に、今やっているダイマックスの研究をもっと進めてほしいだけなんだ。差し支えない範囲で協力する。お願いだ、帰るためにはダイマックスしたポケモンが複数体は必要なんだ!」
 
 私たちの来ているこの時代、ダイマックスそのものは運用こそまだ為されていないが、ここの研究所内では“巨大化 ”の存在は確認されており、その研究は少しずつ進められている。ホップが提案したのは、あくまでも助手としての協力だ。

「研究自体はいずれ遅かれ早かれ、マグノリア博士が完成させるんだ。それなら歴史を変えることにはならないだろ?」

「いいじゃないか、マグ。彼らの時代に送るためのエネルギーは、今のポケモンの力を借りても全く足りない。キミの研究の成果が実を結べば、彼らを救うことができる。これも人助けだよ」

「だけど。私は私の力で研究を進めたいわ」

「オレはまだまだひよっこだから、助手になれるかどうかも怪しいレベルだぞ! 結局はマグノリア博士。貴方が完成させることになるんだ!」

 渋るマグノリアに、ホップが熱く語り掛け、そしてそれをドクがフォローする。テンポく会話は進む。
 しかし、私には全く別の懸念があった。
『あの……』
 議論に水をさすかもしれない。しかし言っておかなければならないような気がした。
『……このガラルは、私とホップのいた時代へ繋がらないと思います。私たちは、ワイルドエリアの北東の終点駅からやってきました。しかし、私たちのいたガラルには、元々そのような土地はなく、ある日、忽然と姿を表したものです』

 元々、私たちの時代の土地ではないのだ。ヨロイ島はおそらく、平行する世界線のどこか……別のガラルのものだ。ヨロイ島にはレイドと言われる赤い柱が数多く存在する。隕石のエネルギーであるガラル粒子が結合しているからだ。それは、過去にひときわ大きな隕石が落下したことを意味する。
 また、同じ海域に出現した幽霊船アクア号。その廃墟と化した船室で見た新聞には、隕石落下へのカウントダウンが刻まれていた。

『推論でしかありませんが、私の知る情報を繋ぎ合わせると……今ここにある世界はいずれ隕石の落下により滅びます』

 ※

 行動ひとつで未来を変えるなとか、そういうのは、未来が続くから許される言葉で。
 私の発言ひとつで、このガラルの未来を変えてしまったのだと思う。
 
 マグノリアは隕石落下について、まずはその可能性を調べた。
 遠く離れたホウエン地方とタイムラグはあるが、通信システムを利用し、宇宙に関する状況を確認した。特に、トクサネ宇宙センターの協力を得られたことは大きかった。

「……一週間後、流星群があるらしいわ。そのうちの隕石のひとつの軌道がおかしいらしいの」

 マグノリアという博士の肩書と功績というのはこの世界にとって大きく、遠くホウエンの学会の協力を全面的に得ることに成功した。加えて、デボンコーポレーションという、世界最先端の科学を突き進む大企業のバックアップまで取り付けたというから驚きだ。

 隕石の軌道はまだ読めていない。しかし、マグノリアの忠告により、デボンの科学の粋を集めて、来たるべきときのために準備しているという対隕石及び未確認飛行物体迎撃ミサイルの試験運用に入ったという。
 今回の一件が無ければ、まだゆっくりと、じっくりと時間をかけて進められていたであろうプロジェクトだ。急に隕石の進路が判明してからでは対策が間に合わなかったとデボンの責任者も述べていたらしい。

 デボンコーポレーション。トクサネ宇宙センター。異なる二つの組織の連携はそこまで上手く取れていない。
 その点と点を結んで線にしたのはマグノリアだ。

「私の研究も……あと少しデータがあれば、解析の糸口にもなりそうなのだけど」
 そう言って、マグノリアは隕石のかけらのあしらわれたリングを見つめた。
 マグノリアはダイマックスの研究を、ドクはタイムトラベル、タイムパラドックスの研究を、私たちのために急ピッチで調べてくれていた。

 ダイマックスとタイムパラドックス。異なる二つの研究が私たちを未来へ返す術だ。
 万が一、隕石が落下してしまい、この世界が破滅する可能性はまだ十分に残っているからだ。この世界とは無関係の私たちをせめて、そのときまでに返そうと考えてくれていた。

『……あの、マグノリア博士。研究もですが、孤島のことも決して忘れないでくださいね』

 私は一つ細工をお願いした。
 私たちの飛んだ、ワイルドエリア北東のステーションのことだ。このまま未来が変わった場合に、ヨロイ島に及ぼす影響を限りなくゼロにするための方策だ。

「大丈夫よ。未来にヨロイ島と呼ばれるようになるその座標軸の土地を物理的に工事するなりして切り離し、ガラル粒子を多く含ませるようにする……結果どうなるかは、もっと細かくシミュレーションしてみないとはっきりしたことは言えないけれど、理論上は貴方たちの居た時間軸のその場所と大きく変わらない環境になると思うわ。もしかしたら、そこの土地の“レイド”とやらが少し弱まるかもしれないけれど」

 私は目の前の、この時代もっとも優秀なガラルの研究者の頭脳と行動力に全て託すことにした。
 そもそも私が何故あの場であえて未来の話をしたかというと、話しても大丈夫だという妙な確信があったからだ。
 それは、エスパータイプの所以と言えよう。

「……なあ、サナ。この世界の未来は変わるかもしれないけど、オレたちの世界じゃないんだよな? だったら、じいちゃんに会いに行ってもいいよな?」
『ここは私たちの居た世界じゃなくて、平行世界の過去だけど、干渉はできる限り避けたほうが……』
「わかってる。上手くやるさ」
 ホップはそう言うと部屋を飛び出してしまった。
 心配なので私も後を追いかけ、ホップの故郷、ハロンタウンへ向かった。
special thanks,
進撃の巨人

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