【第144話】こぼれ落ちる心、露呈する狂気(vsショール)

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:11分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


トレンチの精神の奥深く。
SDを起動し、魂と肉体をマネネと共有したお嬢。
暴走を始める彼女を止めに入ったのは、マネネ……否、その精神に宿るキルトだった。
「駄目だよトレンチ……!今SDを起動するのはマズいって……!!」
「……どきなさい。この勝負に勝つにはこれしかないの。」
「駄目だって……!この力に溺れた者がどうなるか……キミだって知らないわけじゃないだろ!」



躊躇なく迫りくるお嬢を、キルトはその身を呈して止めに行く。
ここで食い止めなければ、また大切な存在を失ってしまう……。
その恐怖心から、彼は縋るようにお嬢に迫っていたのだ。
だが……
「……どきなさい。迷ってる時間はないの。」
お嬢がそれを聞き届けることはない。



「ホントに今はマズいんだってば……!キミも薄々感じているだろ?キミの心は今、崩れかけている!次に起動したら、確実に心か身体のどっちかがダメになる!!」
「……黙りなさい。」
「冷静になれってば!いまキミと心が繋がっている僕ならわかる……キミだって本当は覚えてるんだろ!?彼のこと……ぶり……」
「黙   れ   ッ !」
彼の言葉を遮るように、お嬢はキルトの首を締める。
その場で彼を押し倒し、握り殺さんばかりの勢いで迫っていく。



「……黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!!!」
「ッ……がっ………!」
「これ以上口を利くなッ………アタシは……アタシはッ……!!」
錯乱するお嬢の腕の中で、キルトは意識が遠のいていくのを感じていた。
……そして気づけば、この精神領域は完全にお嬢のみの支配下となっていたのだ。







ーーーーー『アレはマズい……!マネネの人格がお嬢様に乗っ取られてる……!!』
「そんな……!」
マネネの肉体は、確かに戦場で動いている。
しかし本人の意志は、そこにほとんど介入していない。
「………。」
ただ黙って、殺意に満ちた目で相手を見つめるだけだ。
こうなってしまっては、お嬢によって操られる傀儡と同義である。



「アタシはアンタに勝つ……今……ここでッ……!!」
お嬢がショールに向かって啖呵を切った……その直後。
「………!!!」
マネネの魔杖から、青い雷が叩き落される。
冷気と電気の入り混じった大業『フリーズボルト』だ。
ポニータを先手必勝で沈めんと、全力で乱射した。



「なんとダイナミックな攻撃……!しかし……遅いッ!!」
「ぶるるるるっ!」
フィールドのあちこちに雷が落ちるが、その一撃たりともポニータにはヒットしない。
理屈は単純明快……相手が全て、爆速で走って避けているだけだ。
そのまま間合いを詰め、マネネの苦手とする近接圏内まで迫る。



「ば……馬鹿なッ!このフィールドは絶対零度未満の気温だぞ!?どうしてあんなに動けるんだよ……!」
『ポニータだってSDを発現しているからな……自分の体温までは奪われていないんだろう。しかしあの間合いはマズいッ!』
事実、ポニータは近接戦にはめっぽう強い。
一方のマネネ側は、魔杖があるとは言え肉弾戦はそこまで得意なわけではないのだ。
この距離では勝機がない。



「……さて、決めましょう。『ドリルライナー』です。」
「ぶるるるるーーーーッ!」
マネネの眼前まで迫ったポニータは、全身をスクリューのように回転させて突撃をかます。
加えて彼の全身は、再び七色の炎に燃え上がった。
『せいなるほのお』との併せ技だ。



「小癪なッ……!!」
マネネはとっさに魔杖を横に構え、ポニータを抱え込むようにして受け止める。
……が、爆発的な回転力と推進力は、よりその勢いを増していく。
加えて彼の纏う体温は、途方も無い高温になっていた。



故に氷の魔杖では、この攻撃を耐えきれない。
溶けて抉られた杖はその場で溶け落ち、攻撃はマネネの肉体へと貫通した。
「ぐっ………!!」
その痛みは、お嬢にも伝わってくる。
渾身の一撃が、釘を打つように一つの動作の中で何度も叩き込まれている。
エースバーンが一撃でやられたのも、納得の猛攻だ。



「押してますよポニータ。……そのまま追撃なさい。」
「ぶるるるるるーーーーーーッ!!」
ここが好機……そう言わんばかりに、ポニータは回転の速度を更に強めていく。



だがお嬢とマネネも、タダでやられるわけではない。
「舐めんじゃ……ないわよッ!!!!!」
お嬢が叫ぶと同時に、マネネの持っていた魔杖の片割れが突如光りだす。
すると魔杖は形をみるみる変えていった。
完成したのは鋭く伸びた円錐状の物体……そう、ドリルだ。



瞬間、そのドリルがカウンターの如く、ポニータの脇腹を抉る。
「ぶるるっ!?」
「ポニータッ……!?ぐはっ……!」
激しい攻勢に出ていたが故に遅れた反応……氷のドリルの一撃は、見事にクリーンヒットを決めた。
「アイツ……さては『ドリルライナー』を取得したな!?」
『あぁ。「ものまね」を使い、即座に近接攻撃の手段を得たんだろう。』
マネネ本来の攻撃機能を活用し、反撃に出たのである。
お嬢の土壇場での反射神経は、一切鈍っていない。



ポニータが大きくノックバックした隙に、マネネは折れた魔杖の片割れを拾い上げ、手元のドリルと接合……すぐさま修理を完了した。
「これで……決めるッ……!!」
前方に差し向けた杖の先端が、周囲の空気を即座に吸収する。
やがて放たれたのは、冷気と熱気の入り混じった攻撃……『コールドフレア』だ。
ドリル状の渦を形成し、ポニータを気圧で押し潰した。



「ぶ……るる………」
致命傷を受けたポニータは動かなくなる。
『ものまね』によるカウンターから、あっという間の逆転だった。



「す……凄い……!」
『あぁ、とんでもない戦いだ。だが……』
そう言うとレイスポスは、ショールの方へと目をやる。
「っ……はぁ………はぁっ………」
彼は口から血反吐を吐き出し、片膝をついた状態でフィールドに立っていた。
息切れも激しく、とても常態であるとは言えない。



「あっ……アイツ、ボロボロじゃないか!」
『だろうな。そもそもSD自体、人体への負荷がすごいんだ。特にそれを2つも連続で起動したとなれば……。』



ハッキリ言って、これ以上の勝負の継続は困難だ。
恐らくこのまま行けば、ショールは3体目のポケモンともSDを発現させるだろう。
しかし、それは命の境界線を跨ぐことにすらなりかねない。
加えてお嬢とマネネも、イレギュラーな状態にある。
長時間の戦闘によって、彼女らのどちらかに何かしらのリスクが降りかかる可能性もある。



『いっそ強引に割り込んででも勝負を中断させよう。これ以上は、マズイことが起こりそうだ……!』
走り出そうとしたレイスポスを、レインが左腕で静止する。
「よせジャック。……今、あのフィールドはマネネの力で極低温の状況下にある。SDも起動してないお前が突っ込んだら、一瞬で全身の細胞が凍死するぞ!」
『でも……!』
客席でそんな会話が成されていた……その時だった。







「ふっ……ははっ………はははははははははははははははははははは!!!!」
「……!!?」
大きな笑い声がこだまする。
耳をつんざくほどの、甲高い声だ。



驚いた客席の二人は、声のする方に目を向ける。
……声の主は、ショールだった。



「感じる……感じるぞォオオオオオオッ!!僕のッ!身体がッ!!魂がッ!!死にゆくのをォオオオオオオオオッ!!!」
……発狂。乱心。錯乱。
まさに異常としか言えない行為だった。
先程まで品行方正だったショールは、人が変わったように叫びだした。
「アイツ……SDの苦痛で、精神がイカれたのか!?」
『もうよせショールッ!!この勝負は中止だッ!!それ以上はお前の身体が……否、命が持たない!!』
見かねたレイスポスが、客席から勝負の中止を促す。
……が、しかし。



「煩いッ!!!!ようやく良い所まで来たんだ……!!」
「!?」
ショールは聞く耳を持たない。
そして正面のマネネとお嬢の方を向き直り、両足で立ち上がって言葉を続けた。



「最高だ……最高だよトレンチ!キミなら……ボクを殺せるかもしれない………否、殺せッ!!ボクの中の醜悪な怪物をッ!!その手で!!!殺せぇえエエエエエエエエエエエエッ!!」
金切り声にも近い声を発したショールは、おもむろに服を脱ぎ捨てて上裸になる。
その姿に、見た者は皆唖然としていた。









「なっ………お前、それは……!!」
ショールの身体は、人間のものではなかった。
確かに、首から上と手首から先は人間だったかもしれない。
だが、それ以外の部位は、黒とグレーの体毛でびっしりと覆われていた。
加えて顔立ちや身長とは不相応なほどに、筋肉が発達している。



「そんな……それじゃ……まるでキメラじゃないか……!」
「キメラ………あぁそうさッ!!ボクはキメラ……ポケモンにも、人間にも……何者にもなれなかったキメラさッ!!!」
そしてショールは、自らの腕に牙を突き立て、己の肉体を貪り始める。
「だがそれも今日で終わり……ボクは今日!ここで!!人間になるッ!!!」



ショールの傷は、腕中に広がっていく。
やがてその無数の傷が、青白く光り始める。
その光と共に、ショールの身体は液体のごとく溶け落ちた。
次の瞬間、その液体は新たな形を成す。
……そう、異形なポケモンの形を。





「あれは……ザルード!!」
『否、ザルードだったら体毛は黒色のはずだ。しかしアレは……』
レイスポスの言う通り、彼の外見は明らかに通常のザルードではなかった。
体毛は白く、筋肉の隆起も異常だ。
腕には凍りついたメリケンサックが握られ、大きく伸びた尻尾には銛のような刃がついていた。
その異常な外見の変化は、まるで……まるで……



『ハーーーッハッハッハッハアアアアッ!3匹目のポケモンは僕自身ッ!!敢えて名乗るなら「ザルード・フロスト」ッ!!さぁ、キミの殺意を見せたまえッ!!!!!』
猛るショール………それに応ずは、殺意に駆られたお嬢。
「……いいわ。そんなに死にたいなら、この手で引導を渡してやる。」
此より始まるは、人外同士の最終戦。
人の域を外れた者と、人の心を失った者……後戻りのできない戦い。


読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想