【第138話】臨死の幕間、苦境のシンパシー

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


時間は大きく遡る。
CCを巡る戦いの直前、語られなかった場面。



瀕死のサンダーとエンビを抱え、電脳要塞を駆け上がっていくレインとポケモン一行。
事態は一刻を争うが……
「クソッ……出口がわからない……!!」
彼は迷っていた。
実際、この迷宮は上下観すらあやふやな空間だ。
出口が限られる以上、侵入以上に脱出は困難を極める。



しかしそうして迷っている間にも、致命傷の急患は摩耗していく。
命を背負っていることによる焦りが、更に加速していく。
治療を施し続けているワタシラガや、患者を運んでいるダイオウドウとセキタンザンも限界が近いようだ。
「ハァッ……出口は……まだかッ……!」
まさに状況は絶望的である。



しかしその時、遠くの方から音が聞こえてくる。
何者かが風を切り、空を飛ぶ音だ。
ふと音がする方を向くと、そこには緑色で半透明のポケモンが迫ってきていた。



「ばしゅーーー!」
「アレは……ドラパルトとタルップルか?」
遠目に目視するレイン。
肩にタルップルを載せたドラパルトは、彼の姿を見るなり廊下を迷いなく突き進んで近づいてくる。



もしこれが敵襲であれば、今のレインには成す術がない。
万事休す……と思って身構えているときだった。



「せ……生存者ですか!?もしもし……!?」
遅れて駆け寄ってきたのは、リクルートスーツに身を包んだ小柄な女性と、それに着いてきた数名のリーグスタッフ。
彼らを率いていたのは、タントシティジムリーダーのパーカーだった。
電脳要塞の存在をジムリーダー仲間のボア達から聞き、生存者の確認及び救助を目的にこの中に潜入してきたのだ。





「あぁ、そうだ。アンタは僕たちを助けに来たのか?」
「えぇ。まさかこの街の地下にこんな空間が出来ているとは予想外でしたが……」
レインの問いかけに、パーカーは周囲を見渡しながら答える。
ボアの報告にあった通りの生存者を見つけ、彼女もほっと胸を撫で下ろす。



「……それよりも!おいアンタ……急患だ!今すぐコイツらを病院に運ばないとマズい……!」
彼はやっと会えた救助班に、瀕死のエンビやサンダーの事を伝える。
ようやく出口への道筋が見えた今、彼らが助かる可能性も見えてきたのだ。
「こ、これは酷い……!」
あまりに見るに耐えない惨状に、パーカーは一度息を呑む。
しかしすぐに彼女は正気に戻り、スタッフたちに的確な指示を飛ばした。
「ではスタッフの方々、一度彼らを外の方まで搬送して下さい。」
「はい!」
彼女の指揮のもと、リーグスタッフとそのポケモン達に、セキタンザン達から急患の受け渡しが行われる。



エンビには、ただちに医療スタッフに寄る応急処置が施された。
彼のほうが、より一刻を争う状態だったため優先的に処置が施された。
その直後、速やかにサンダーの治療が始まる。



しかし……その時だ。
「ぎゃ……」
「?」
「ギャアアアアアアアアッス!!」
金切り声が響き渡る。
「さ……サンダー!?」



声の主はサンダーだった。
ダイオウドウの背中から降ろされたサンダーが、目を覚まして暴れ始めたのだ。
周囲を縦横無尽に飛び回り、目に飛び込んだあらゆるものに『らいめいげり』をぶちかます。
何ら家の要因でパニックを起こしたようだ。



「こらっ、大人しくしろ……!」
「ギャアアアアアアッ!!」
スタッフとそのポケモン達が総出で止めに入るが、全く歯が立たない。
普通のサンダーと比べても、筋力やスピードが桁違いなのだ。
中途半端にSDのパスを繋げられたせいで、出力がとてつもない事になっていたのだ。



「おい……やめろサンダー!!そんな状態で暴れたら、冗談抜きで死ぬぞッ!!」
レインが諭すが、その声は届かない。
サンダーは、完全に狂気に堕ちていた。



「このままでは急患に危険が及びます。スタッフの方は、一度撤退して下さい!ここは私が……!」
「は、はいっ……!」
パーカーはその場ですぐに判断を下し、エンビを運ぶスタッフたちを立ち退かせた。
そして周囲に人が居なくなったことを確認し、すぐさまドラパルトとタルップルに攻撃の指示を送る。



「ドラパルト、両翼に『ドラゴンアロー』!タルップルは足を狙って『りんごさん』です!」
「ばばしゅっ!」
「みりゅりゅ!」
速やかにサンダーを目掛け、2匹は攻撃を仕掛ける。
標的が凄まじい速度で移動しているにも関わらず、その狙いはとても正確だった。
ドラパルトの両翼から放たれた2体のドラメシヤが正確に急所である翼の付け根を居抜き、そうして動きが鈍った瞬間にタルップルの高粘度の蜜がサンダーの足を拘束した。
あっという間にサンダーは、機動力を失ったのだ。



「まだ油断できません。ひとまず荒療治ですが、意識を飛ばさなくては……!『ころがる』ッ!」
「みりゅーーーっ!」
『りんごさん』を撃った直後、タルップルはすぐさま身を丸めて床を転がり始める。
壁を伝って助走をすると、そのままサンダーの頭部を狙って突撃した。
「ギャッ……!」
更にすれ違った直後にUターンを決め、容赦のない追撃をも加える。
身動きの取れない相手の頭を重点的に攻撃し、脳震盪による速やかな気絶を狙っているのだ。



「ドラパルトは『あやしいひかり』!サンダーの目を優先的に狙って下さい!」
「しゅばばば!」
パーカーは更に、ドラパルトに追撃の指示を送る。
『こんらん』状態を誘発する『あやしいひかり』で、更にサンダーの沈静化に追い打ちをかける。



いくらサンダーとは言え、ここまで集中的に殴られてはひとたまりもない。
踏ん張るまでもなく、意識が飛ぶはずだ。



「ぎゃ……ギャアアアアアアアアッ!!」
しかしサンダーは、尚もその意識を保っていた。
それどころか、『こんらん』状態すらもものともせずに、足元の粘る蜜を蹴り破ってしまったのである。
「た……倒しきれない……!?」
そう、タルップルとドラパルトがオーバーキルレベルの猛攻を加えたにもかかわらず、サンダーは何故か耐えたのだ。
パーカーの計算では、確実に倒れていたはずなのに……



「SDの名残があるからだ……!アイツ……タガが外れている……!」
レインの考察通り、サンダーは生存に最低限必要な危機感が消えている。
危険に対する自制が効いていない、狂気状態……例えるなら、「常に火事場の馬鹿力が発動している状態」なのだ。
「ゼェッ……ゼェッ……ギャアアアアアッ!!」
肩で息をしながら、うつろな目でこちらを睨んでいる。
全身の筋肉が、腫れ上がっているかのように隆起していた。
倒しきれなかったことが災いし、特性の『まけんき』まで発動してしまっているようだ。
こうなればいよいよ、手の施しようがない。
身の安全を鑑みても、逃げの一手を取るしか無い。



「ギャアアアアアアアアアアッ!!」
「しゅば……!」
「みりゅ……!」
サンダーはドラパルトとタルップルを一瞬の内に蹴り飛ばすと、レインとパーカーを目掛けて飛びかかる。
「危なっ……!」



サンダーのキックが迫ってきたその刹那だった。
「ふわーーーー!」
「しゅぽーーーーっ!!」
割り込んできたワタシラガとセキタンザンが、それぞれ『コットンガード』と『がんせきふうじ』で二重の防護壁を築く。
大きな亀裂が入ったものの、なんとか人体への直撃は免れた。
彼ら2匹のファインプレーだ。



「今のうちに逃げましょう……これ以上は無理です!」
パーカーはレインの左腕を引き、撤退を促す。
実際、逃げるなら今しかない。
ワタシラガ達の障壁も、もう1発は確実に耐えきれない。



「駄目だ……ここで逃げたらサンダーが……!」
「気持ちはわかります!しかしそれ以上は貴方もただでは済みません!」
彼女は必死に説得するも、レインは決して首を縦に振らない。
腕をどれほど強く引いても、己の意見を曲げようとはしなかった。





「ホントに……駄目なんだよ……ここでアイツを見捨てて逃げたら……!」
そう……レインは絶対にこの場を離れるわけには行かなかったのだ。
ここで逃げることは、サンダーを見殺しにする事と変わらない。
それではまるで、以前のテイラーとやっていることは同じになる。



人間の都合で散々に酷使した後、最後にはまた人間の都合で捨てるなど……
レインには許せなかったのだ。
同じ立場に立った者として。





「……少し聞いてくれ。アイツの痛みが、僕には分かる。」
「わ……分かる?」
「アイツも僕と同じ、『迅雷』由来のSDに苦しんでいる。だったらある程度は対処法が分かる。」
そう言うとレインは、すぐにパーカーの耳元に耳打ちをする。



「……アンタ、確かイジョウナ地方で最強のジムリーダーだよな?僕の作戦くらい、出来るだろ?」
「……そこまで言われたのなら、不可とは答えられませんね。」
レインの言葉を聞き、パーカーも再度臨戦態勢へと移行する。
彼女はすぐさま、タルップルをボールへと戻した。
続けるように、レインもワタシラガとセキタンザンをボールへと戻す。



それと同時に障壁が砕け散り、場にはドラパルトとダイオウドウのみが残った。
開戦の合図だ。



「行くぞ……ダイオウドウ!『ころがる』だッ!!」
「ずももーーーーっ!」
ダイオウドウはすぐさま、身体を丸めて縦方向に転がり始める。
爆速・超重量の突進攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。



しかしその速さを出すためには、ある程度の助走……およびそれに要する時間が必要になってくる。
となれば当然、それは大きな隙になるのだ。
「ギャアアアアアアアアッ!」
サンダーがそんな時間を与えてくれるわけもなく、ダイオウドウに『らいめいげり』の一撃を加えようとしてくる。



だがそこで足止めに突入してきたのが……
「突撃です!ドラパルト!」
「しゅばーーーっ!」
自らの身体を盾にして、『らいめいげり』を受けたのである。
「ギャアアアアアッス!!」
「しゅば……!」
SDが部分的に発動しているため、無傷では済まない。
加えて、そこまで長い時間の足止めが出来るわけではない。



だがそれは、ドラパルト『1匹』の話だ。
「ギャッ……ギャアアアッ!!」
サンダーは自らの足に、重たくのしかかるような違和感を覚えた。
ふと見下ろすと、彼の両足首には何か細長いものが巻き付いていたのである。



「しゅーーー!」
「しゅしゅーーー!」
それはドラパルトの両翼に収納されている、2匹のドラメシヤであった。
彼らはドラパルトが攻撃を受けている間に、サンダーを『まとわりつく』攻撃で鈍らせていたのである。



「ギャッ……ギャアアアアアアアッ!!」
しかしその足止めも、SDの前では数秒に満たない。
ドラメシヤたちは、すぐさまサンダーの薙ぎ払いで吹き飛ばされたのだ。



……だが、時間は十分に稼がれた。
既にダイオウドウは目にも留まらぬ速さで、電脳要塞の中を駆け巡っていたのである。
サンダーが彼女の存在に気づいたときには、既に鼻先がすぐそこまで迫っていた。



「そこだッ!首筋目掛けて『パワーウィップ』ッ!!」
「ずもーーーーーーーーッ!」
ありったけの速度と体重が乗っかったフルスイングの一撃が、サンダーの後ろ首を直撃した。
「ッ………!!」
声も発せぬまま、サンダーは大打撃を喉に喰らう。
その衝撃で、彼は大量の血を吐き出したのだった。



そして吐血をした後、彼はその場に倒れ伏して動かなくなる。
先程までの暴走っぷりが、嘘のように収まったのである。
「と……止まった……」
パーカーもレインも、一旦落ち着いた状況を見てため息を漏らした。



「なんとかなったようですね……しかし一体、何故私にあのような指示を?」
「……迅雷の主症状は内臓の激しい痛みと出血だ。アイツは気管支に血が詰まっていたんだ。だから喉をあえて攻撃して、吐血を促した。ダイオウドウレベルのパワーじゃないと効果がないからな。」
そう言いつつ、レインはパーカーの前に手を差し出す。
「……ありがとう。逃げずに僕の話を聞いてくれて。」
「全く……まだ若いのに、大した度胸ですね。」
彼女らは、互いに左手で握手を交わした。
レインというトレーナーの芯の強さと、それに伴う冷静さに……パーカーは感心していたのだった。







結局その後、大人しくなったサンダーはタントの病院へと搬送された。
内外問わずに全身が酷い損傷をしていたが、SDを引き起こしていたと思われる以上部位の摘出によって一命はとりとめた。
フウジがCCに襲われている間も、レインはつきっきりでサンダーやエンビたちの無事を祈っていたのだった。
少なからず、彼らの命が助かったのは……彼の強い思いが関与していた事も要因するだろう。





更に数日が経過し、サンダーはSDの後遺症もほぼ問題がないくらいに完治した。
しかし肝心のトレーナー………クランガがCCと共に消滅した影響で、サンダーは引き取り手がいない状況に陥っていた。
ポケモンセンターから退院した彼を出迎えたレイン。
所々体毛が剥げ落ちた彼を見ながら、レインは考える。



「(このまま野生に還す……と遺伝子汚染の危険があるな。SD個体のポケモンが急増する恐れもある。かと言ってVCOとかに引き渡すのもなぁ………)」
「ギャッ!!」
「うわっ!?」
色々と考える彼を見ながら、サンダーはYシャツの襟をついばむ。
そして腰元にあるボールホルダーを、嘴で軽く突っついたのであった。



「お前…………」
「ギャッ……!」
彼の意志は固かった。
一応サンダーはガラルの伝説のポケモン………扱うのは並のトレーナーでは難しい。
最も、このレインというトレーナーにその心配は無用かもしれないが。



「……分かった。僕と来るからには……取るぞ、頂点。」
「ギャーース!!」
威勢のいい返事と共に、レインのボールホルダーの6枠目が埋まった。





以上、本編の裏に存在した……もうひとつの物語。







読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想