マボロシ島の神隠し

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 マッシュとノエルに連れられ、高台に上ると、そこからは島を一望できた。移動中のアーマーガアタクシーで空から見たときより、ゆっくりと見渡せる。
 海には巨大なホエルオーが遠くに見え、以前マスターと見たアニメを彷彿させた。確か、何とかの夢を見る島というタイトルだった。うろ覚えの記憶は脇に追いやり、視線を他に移す。
 確かに見渡す限り、周囲を海に囲まれており、島としか言えない。鬱蒼と茂る“集中の森”、隣接する岩肌の下には“ファイトケイブ”と呼ばれる鍾乳洞が広がっているはずだ。悪の塔の裏、北部には鍋底砂漠がその荒々しさを誇示するようにその姿を見せている。
 ノエルの手元の地図と一致させながら確認していった。

「ほんっとに、島なのな……」
「不思議なことにこの島、ウチらも知らんかったんよ。いきなりパッと出てきた感じなんやわ」

 船乗りの町バウタウンの者にも誰も知る者は居なかったという。

「けどな? ここに島を見かけたことある言うヤツがおってな……まあ、ええ加減なヤツやからまた何か言うとるわくらいに思ってたんやけど」

 ノエルの知り合いの海賊の男ルヒィが酔っ払ったときに言っていたので、ホラ吹き扱いしたそうだが、今回の騒動でノエルはそのことを思い出したらしい。

「ある嵐の夜に、このへんの海域をわたってたら……見たこともない島があったんやと。でも、暗いし、灯台も無くて、岩礁に乗り上げる危険性もあるし、近づかずにバウタウンに戻ったっちゅーねん。で、嵐があけて、確かめに行ってみたら、島はもう無かった、と……そういうことらしいわ。もっと詳しく聞いてたら良かったんやけどなー。ふらふらどっか行くようなヤツらやし、確かめようがないわ」

 残念そうに言うノエルだが、私はこれと少し似た話を、ガラルに来る前に聞いたことがあった。
 別の地方の伝承だ。私はついにその島へ渡ることは無かったが、実際に見聞きした中では、どうやら実在するということらしかった。

 ――マボロシ島。
 ホウエン地方の130番水道に、どういう条件か現れるという。その名の通り、幻の島である。
 気象条件なのか、日時によるのか、その謎はわからなかったが、私の当時のマスターは、“トレーナーごとに日によって確定する”という結論にたどり着いていた。
 このヨロイ島がそれと同じかどうかはわからないが……、仮に同一条件ということであれば、何者かが引き金になり、このガラル地方に出現したということになるのだろうか。

「……おやおや」
 悪の塔から、ひとりの老婆が出て来た。
「久々にヨロイ島が現れたっていうから観光しにきたら、なんだい。他にももう来客がいるのかい」
 異様なほど大きな、キノコのような髪型をし、奇抜で派手な洋服を着込んだ老婆だ。そして、なぜか、目を細め、たまたま一番近くに居た私に近づく。

「あんた、サーナイトかい」
『……はい』
 その異様な容貌と、威圧的な雰囲気に圧倒される。まるで、ミュウツーの特性のプレッシャーのようである。
「…… 主を守る騎士サー・ナイト。ふん。贅沢な名だねえ。今からお前の名前はサナだ。いいかい、サナだよ」
 元より私の名前はサナなのだが、ややこしそうなので黙っておくことにした。
 私の隣で、マッシュとノエルがヒソヒソと、「千と千尋」やら「神隠し」やら「湯婆婆ユバーバ」などと言っている。

「ゆばーば……あ、いや、ポプラさん。今日は何しに来られたんですか?」
 そう声をかけたノエルは、老婆の正体を知っていたらしい。
 フェアリージムの元ジムリーダーのポプラその人である。ポプラは目を細め、ノエルの競泳水着のような服装を眺め、あまり豊かではない胸もとで目が止まる。

「そのコスチューム……ルリナのとこのかい。あたしはあのモデル体型がキライだよ。それに比べてお前は……ふん。今からお前の名前は“チチナシ”だ。いいかい、チチナシだよ」
「……!?」

 ノエルは胸元を手で抑え絶句し、隣でマッシュが「ち、乳なしだって! ヒャハハ!」と大笑いするものだから、その股間をまたもや蹴り飛ばした。

『あの、ポプラさん……?』
「なんだい、サナ」
 案外すんなり返事してくれる。気難しい人では無さそうだった。

『前にもこの島に来たことがあると?』
「何度か来たことがあるんだ。島が現れる周期がわかるんだよ、フェアリーパワーのお陰でね。だが……今回はどうにも様子がおかしいねえ。固定されちまってるようだ」

 そう言って、何かのステッキを得意気に見せびらかす。
 島の出現と周期とは何か。湯婆婆は多くを語ろうとはせず、端的に呟いた。

「あたしはこの島のジジイに会いに来ただけさ」
 ジジイ、と誰かを指して言う。
 私の顔を見て、「格闘道場の主さ。大昔、若かりし頃にはリーグで決勝を争ったこともあった」と過去を思い、笑う。

「ジジイ、昔は強くて良い男だった。弟子を作ってるようじゃだめだ、今じゃ見る影もない」

 似た台詞を、私はカントーのポケモンリーグで聴いたことがある。
 四天王のキクコが、オーキド博士に向けた言葉だ。歳月がふたりを隔てたのだと言わんばかりに、その言葉にはそれ相応の重みがこもっていた。
 
「……と思っておったが……あたしも可愛い弟子を持つようになってわかった。良いものさね。そのことを伝えに来たのさ……」

 湯婆婆、いやポプラはキクコとは違い、かつての好敵手とまたこうして道を同じくしようとしている。
 そして、悪の塔を振り返る。
 
「扉は施錠されておるから、あんたらは入れんよ。……フェアリーパワーを持つあたしには造作ないことだったがね」

 謎のステッキ(マスターが観ていた何かの魔法少女アニメに出ていたように思う)をふりふりしながら、ポプラはウインクした。

「この島の塔と道場は、ジジイが作ったもんだ。駅は元々あったものを修繕したものだがね。今からは想像できないと思うが、駅は元は荒れ果ててたもんだよ……」

 帰る素振りのポプラを見て、私は取り急ぎ聞かなければならないことを聞こうと思った。この老婆はタイミングを逃すと教えてくれない、気紛れさのようなものを感じたからだ。
 なお、そんな私たちの様子にはお構いなく、マッシュとノエルは胸のことで大喧嘩していた。いちいちうるさい。

『この島は、どこから来たのですか?』
「ふん、良い着眼点だ。冥土の土産に教えてやろうかね? それとも普通の土産話にしとくかい? ここは、元々はこの世界には無い島だよ。異世界のガラルの一部だよ。あっちのガラルはとうに隕石の落下で滅んでいるようだがね」
『なぜ、異世界と?』
「初めてこの島に、ジジイと調査に来たとき、唯一の人工物として残っていた駅の記録を見たのさ。あたしたちの知る情報といろいろと違っていたからね」

 そして、苦々しげに言う。
「その世界では、何せ、あたしがガラルチャンピオンだったからね。それはありえないことだって、ジジイに負けたあたしが一番よく理解してるさ」
 だから異世界なのだと、ポプラは語った。
 他にもポケモンの生態系が全く異なることや、別物としか思えないポケモン図鑑のアプリの入ったスマホロトムが廃墟と化した駅に現存していたことをポプラは根拠としていた。

「図鑑アプリは今のスマホロトムと互換性があるようで、全くの異世界ではなく、やっぱりよく似た世界ではあるのさ」
 ポプラはそれだけ言うと、背を向けた。
「この島は以前は不定期にしか姿を見せなかったのさ。そのタイミングで迷い込んだ者もいた。ジジイはそのまま住み着いた一人目さ。その後、ジジイに同調して衣食住を共にする者が増え、道場は栄えた。それこそがこの島の新たな始まりだ。あのダンデも子どもの頃にここに着てしばらく修行のため住んでいたが、次に島が姿を現す周期の際に戻ったさね。……もっとも、そうやって迷い込んだ者が島ごと消えたとき、次にどのタイミングで元のガラルに戻れるかわからないもんだから、『神隠し』なんて言われてたがね」

 歩きながらポプラは、「今は固定されてるから大丈夫さ」と手を振りながら、チャレンジロードへ続く階段をゆっくりと下っていった。
 島の正体を知るにしても、そのくらいしかわかりそうになく、どうしたものかと喧嘩を続ける二人を見て、私はため息をついた。

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【補足】
 フェアリータイプのジムリーダーであるポプラは若かりし頃、格闘タイプのジムリーダーの男と決勝戦で争い、そして敗れた。
 以後はポケモンバトルに一直線の情熱を注ぐことをやめ、キッサキシティ近くに温泉宿を作ったり、マグノリアとアイドルユニットを結成したり、お悩み相談室『ポプラの部屋』というレギュラー番組を持ったり、好きな魔法少女アニメにはまったり、割と自由に生きるようになった。
 なぜか、『湯婆婆(ゆばーば)』と呼ばれたり、道を歩いていると、「テツコさんですか?」と声を掛けられることはあるが、本人の一番なりたがっている魔法少女として認識されたことはない。
 唯一、アラベスクタウンの子供から『荒地の魔女』と言われたことがあるが、魔法少女と魔女は似て異なる存在である。

 かつて、数十年前、ヨロイ島に渡った際に、その島が異次元から来た島であると知る。
島の駅舎に遺されていた一本のステッキを手に入れ、ヨロイ島の現れる周期を知る術を得た。
ステッキには『デボンコーポレーション』と刻印されている。
――――――――――
special thanks,
千と千尋の神隠し

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