レッドは、グリーンの質問にすぐ答えられなかった。
今までは何に対してもそれっぽいことを答えれば良かったのだが、彼の繊細な質問にはそれが出来ない。
どうしても、出来ない。
「言いたいことは分かったよ。俺がエキシビションで、満足させるバトルが出来るかどうかはわからない。でも、出せる全ては出すよ。今は、それしか言えない」
その答えに、グリーンはポカンとした顔を浮かべる。きっと彼の中の”レッド”は、そんなことを言わないのだろう。
”レッド”ならばどう答えるのだろうか。見とけよ、とでも言えば良かったのか。そんな強気で単純な人間か。
積み重ねの上でしか適切な言葉は出てこない。どう考えても、今言える言葉はあれだけだった。
「一体どうしたんだ。カントーにそんなトレーナーがいるとも思えないが、会わないうちにとんでもない負け方でもしたか?」
「さあ、どうだろうな。なあ、グリーン。質問に質問を返すのは申し訳ないが、一つだけ答えてくれるか? 俺がチャンピオンの座をすぐに捨てたこと、どう思ってる?」
「なんだ今更。色々文句を言う奴もいるみたいだが、俺はなんとも思ってない。この俺を倒してチャンピオンになった奴が、協会認定の殿堂入りトレーナーとしてチャンピオンの座に収まっているよりよっぽど良い。レッドらしく、自由にやっていていいと思うよ。カントーのトレーナーとして模範的とか、そういう役割はお前じゃ無理だ。そういうのは、やっぱワタルさん達に任せておいた方が良い」
別にワタルさんを悪く言っている訳じゃないからな、とグリーンは加えた。
「そっか。そうだよな。俺は、俺らしく、か」
それまで鏡越しに会話をしていたが、レッドは立ち上がってそのまま、ソファに腰掛けるグリーンの前まで歩く。改まった様子で近付くと、ソファに背を預けていたグリーンは背中を浮かせて身構えた。
「な、なんだ?」
「君が欲しい言葉は、俺からじゃ言えない。どうやったって、言えないんだ」
「どういうことだ?」
「言葉通りさ」
レッドの曖昧な言葉を、グリーンは真剣な面持ちで受け止めた。
場が膠着する。二人とも何も話さず、沈黙が支配する。
しばらく目を合わせていた二人だったが、やがてグリーンは両膝を叩いて溜息を付き、片手で頭を掻きむしった。
「もういい、分かった。ここまでにしよう」
「悪いね」
何が分かったのか。全てを察したのか。一体グリーンは、どこまで知っているのか。
「せっかくトキワに来たんだ。ちょっと遅いが俺のジムリーダー就任祝いに、お前が町を盛り上げてくれ。それを花道に、カントー最難関ジムの名は、俺が引き継ぐ」
観衆の熱狂する声が、テレビから響く。腕を上げ、勝ち名乗りをあげるトレーナーが映っている。
優勝者を称える歓声が大きい。ここトキワシティ大会は、強者が集まることで有名だった。かなりの実力であるのは間違いない。
勝てるだろうか。ずっとそう思ってきた。誰と戦う時も、いつもどこか不安だった。
ポケモンバトルなんて、経験がある訳ない。
ポケモンとコミュニケーションなんて、取ったことがある訳ない。
技? 戦略? そんな蓄積はない。ずっと行き当たりばったりだった。当たり前だ。そんなものあるはずがない。
「花道か。そうだな……うん、盛り上がるよ、きっと、いや、間違いなく、盛り上がる」
「その息だ。やっと、調子出て来たんじゃないか?」
「ああ」
言いながら、レッドはグリーンに背を向ける。苦笑いを見られたくはなかった。
「そろそろ行く。優勝者が決まったところに俺がいないんじゃまずいからな」
じゃあ、頼んだぞ。と言葉を残して、グリーンは足早に去って行く。控室にはレッドだけが残された。
「悪いなグリーン。望んだ通りにはならないかもしれないけど、勘弁してくれ」
レッドとはまったく関係のない、けれどレッドである彼、”瀬良利樹”(せらとしき)という男の、誰にも理解されない独り言が、静かに控室に消えていく。