第118話 ぼくのせかい

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 ライナスが口にした言葉、“創造の神様”――

 だが彼らの目の前にいるのは、幻のポケモンと呼ばれているミュウだ。アルセウスの姿を知らない仲間達はともかく、姿を知っている神族達からすると明らかに違う姿に困惑を隠せない。
 しかし早々に状況を理解したのはパルキアだ。はっと気づくとともに血相を変え、これまで誰も見たことがないほど驚いた顔をしている。そしてディアルガもギラティナも同様に気づき、口を開けたまま固まってしまう。

「も、もしやアルセウス様……まさかミュウに化けて……?」

 ディアルガが“ミュウ”に問いかけると、それまでと異なる口調と声色で“ミュウ”は応えた。



「そのまさかです。ライナス、ディアルガ、あなた達の言う通り、私はアルセウスです」



 そう言うと、“ミュウ”の体はまばゆい光に包まれ、たちまちその姿を変えてゆく。
 白い体と鬣(たてがみ)に、後光を思わせる金色の装飾の様な部位を持った、伝説上の麒麟に似た姿――それが、全てのポケモンの頂点に存在する、創造の神・アルセウスである。

「アルセウスって、神様の中でも1番の……」
「混沌から生まれた、全ての母とも言われる、あの……」

 各々がアルセウスの姿を見ながら、自身の中で「眼の前にアルセウスがいる」という事実を飲み込もうと必死になっている。彼らが受け入れる前に、アルセウスは淡々と話を進める。

「ライナスの言う通りです。私はミュウという存在になりきり、ここにいるリザードン達に助言を与えていました。本来行ってはならない、“運命を特定の方向へ意図的に導く”ために」

 その発言は、神族にとって更に衝撃を与える内容であった。運命には絶対に干渉してはならないという絶対的な掟を、創造主自ら破ってしまっているのだから。

「私はギラティナを現界から完全に引き離したことを、間違いだと反省しました。しかし輪廻転生の概念を覆すと世界は大幅に狂ってしまうため、ギラティナだけに適用できる“例外”を作ろうとしました」

 ギラティナだけに適用できる“例外”と聞き、真っ先に思いついたのはすでに身にまとっているはっきんだま――正確には、その原料となっているフリズムである。

「フリズムか」
「そうです。後は本人に気づいてもらおうとしましたが、私は自身の予想以上にギラティナを傷つけてしまい、混沌へ帰す道を選び始めてしまったのです」

 それが、ギラティナがライナスと戦い、更にはホウオウへの入れ替わりを実行した20年前の出来事である。この時にはすでにアルセウスはミュウとして姿を変え、ライナスを誘導していたという。

「後は、皆さんの認識の通りです。今日に至るまでに少なからず犠牲になった者もいます。しかし先程もいったように、“運命を特定の方向へ意図的に導く”ことは本来あってはならないため、最小限の方法を取らざるを得ませんでした」

 これについて、アルセウスは深々と頭を下げてみんなへ謝罪した。それが意図することは、全ての成り行きを知った上で行動をしていた――つまり、判断次第ではグロバイル壊滅もアーマルドの死も防げたということだ。
 しかし今のメンバーにとってアルセウスの存在を受け入れることに精一杯でそれ以外を考える余裕もなく、今はただただ、リザードンと一緒に現界へ帰りたい、本心はそれだけであった。

「特にリザードン、あなたには相当な苦労をかけました。詠唱を背負い、退化もし、記憶喪失になり……それでも、自身の仲間や神族を巻き込んでここまで来てくれました。純粋にすごいことだと思います」

 神族の頂点たる者、特別な評価をすることはまずないが、一般のポケモンの目線に立って評価したことに他の神族は驚かずにはいられなかった。もちろん、評価されたリザードンも同様だ。

「そんな彼を、私達の事情で本来歩むべき人生を閉ざすのは、あるべき姿とは異なります。ディアルガ、パルキア、ギラティナ、あなた達の判断を聞かせてください」

 アルセウスから第1神族へ求められたのは、リザードンを冥界へいさせるのは不適切ではないか、もっと言うと、現界へ戻すべきことに異論はないかということだ。
 これに対し、彼らの答えはすでに決まっていた。彼の願いを叶えるなら今しかない、その共通の想いを胸に、アルセウスに答えを伝えた。

「私達は、アルセウス様と同じ考えです」
「このリザードンを冥界に残し続けるんでなく」
「再び生ける者として、現界へ戻せんと請い願わん」

 生き返らせてあげてほしい――それが彼らの答えであり、その場にいる全員が同じ想いである。それを見透かしていたのかは不明であるが、間を空けずにアルセウスが応じる。

「わかりました。再び現界へ戻り、生を全うしてください」

 刹那、歓喜の声が辺りを巡った。運動会で優勝した子供達のようにはしゃぐメンバーと、互いに顔を見合わせて微笑む神族。これで本当の意味で元通りになれる、いつも通りの日常がやってくると喜んでいる。

「それでは皆さん、彼らを現界へ送ってあげてください。見送ったら、今後について一度お話をしましょう」

 気持ちが冷めないうちにと、アルセウスが気を利かせて見送りと話し合いを神族に求めた。ギラティナを冥界に隔離した時とは異なり、意見を聞いた上で一緒に考えていこうという姿勢がうかがえる。
 この時ギラティナは、このような未来が待っているとは思っていなかったと、“奇跡”が本当に起こったのだとしみじみと感じていた。これまでの行いを深く反省し、改めて前へ進んでいこうと決心した。

「あ、あの……」

 いざ現界へ戻ろうかとメンバーが足を向けようとした時、リザードンが申し訳なさそうにディアルガに声をかけた。何か伝え忘れたことでもあったかと、ひとまず足を止める。

「どうした?」
「最後のわがままを、きいてほしいなと思って……」

 再び生き返りたいという事に加えて叶えたい願いとは何だろうかと、不思議がりながらもディアルガは耳を傾ける。

「リザードンに進化させてもらったけど……もう1回、ヒトカゲに戻してほしいなって」

 えっ、という表情で全員がリザードンの方を向く。元々リザードンに戻りたいという想いでディアルガに会おうとしていたこともあり、今ヒトカゲに戻りたい理由が何かを全員が知りたがっている。

「いいが、どうしてだ?」
「なんか、リザードンに戻って嬉しかったんだけど、現界に戻るんだったら、ヒトカゲの方が自分らしく振る舞えてたような気がして」

 さらに話を聞くと、旅を通じてヒトカゲに慣れてしまい、すっかり昔の感覚を忘れてしまったのだとか。そしてどうせなら一段と成長して、再度自然に最終進化したいと思っているようだ。
 その理由にディアルガはくすっと笑いながらも、リザードンの目を見て本気度合いを確かめる。ひと目見て、あぁ、こいつは本物だなと確信した。

「わかった、ヒトカゲに戻そう。また進化の必要があればいつでも私に声を掛けるがいい」
「ありがとう!」

 本当にどこまでもヒトカゲらしいな、と誰もが思いながら、ふっと笑みを浮かべる。現界に戻ったらヒトカゲに戻すと約束し、一同現界への入口へ足を運ばせることにした。


 現界への入口にてアルセウスは全員を見渡し、1人1人の顔を覚えていく。歴史を、世界を変えた勇気ある者達として、心に刻みこんでおくとのことだ。

「私が皆さんの目の前に現れるのはこれが最後かもしれませんので、いくつか伝えておきます」

 アルセウスからメンバーへ、最後の言葉がかけられた。真剣な表情で、1つ1つの話を聞いていく。

「まず、今回は本当にありがとうございました。神族を代表しお礼を言わせてください。

 次に、必要な時にはここにいる神族の皆さんを頼ってください。あなた達が困った時にお役に立てるはずです。

 そして最後に……これは難しいかもしれませんが、自分だけの世界を創ってください」

 最後の言葉だけ、誰もがすっと理解することができなかった。どういうことかと尋ねると、アルセウスは丁寧に説明を始めた。

「あなた達が見ている世界は、あなた達それぞれの世界です。ヒトカゲが見ている世界はヒトカゲの世界、ルカリオが見ている世界はルカリオの世界……みんな同じ時間や空間にいますが、目の間に広がる世界は見る者によって全く異なるものです。

 これからいろんな出逢いがあり、いろんな経験を積んでいくことで、あなただけの世界が目の前に創られていきます。絶対に他人に真似のできない、自分だけの世界を創ってほしいです。

 あなた達の描く世界は、どのようなものになるか、私は非常に興味があります。ぜひ、何かの巡り合わせで私と会うことがありましたら、自分が創った世界について聞かせてください」

 自分だけの世界――これまで意識してこなかったものであるが、実はもう創られ始めているのかもしれないと感じている。具体的に説明することができないが、キラキラと輝いているようなイメージを全員が想像している。
 そのイメージが具現化できるよう、これからどう歩んでいこうか。現界に戻ったらじっくり考えようとみんなが思い、アルセウスに向かって首を縦に振った。

「それでは、お別れです。皆さんの未来がよいものでありますように」

 メンバーはアルセウスに深々と頭を下げ、現界の入口へと入っていった。最後の1人が入っていき入口が消滅するまで見届けた後、アルセウスはその場で右前足を上げ、優しく地面へと降ろした。すると、地面が水面のように同心円状に波を立て始めた。

「私の生み出した世界――それは、あなた達のようなポケモンが数多く集まって、幾度となく再構築されているのですね。神だけでは創ることのできない、素晴らしい世界が――」




 現界に戻って数ヶ月後――。
 世界は異変が始まる前の姿にすっかり戻っていた。

 時空の歪みもなくなり、人間の世界から来てしまったハッサムも戻っていった。
 メンバーは現界に戻ってから、これまで何かしらの形でお世話になったポケモン達にいきさつを全て説明し、感謝の言葉を伝え回っていった。

 役目を終えるとそれぞれの故郷へ帰り、やるべきことを進めていた。

 ゼニガメとカメックスはポケ助けの活動を再開し、アイランドとポケラスを往復している。

 ベイリーフとドダイトスは実家へ戻り、家業と警備をこなす日々を送っている。

 サイクスは父親に頼まれた仕事の手伝いをするため、一旦実家で過ごしている。

 バンギラスはカレッジを拠点に警察官の仕事をしつつ、最近はトレーニングに励んでいるようだ。

 ラティアスは夢を見つけるために学校へ行き始め、日々いろんな勉強に勤しんでいる。

 アーマルドは今こそ自給自足で生活しているものの、近いうちに探検家になろうと弟子入り先を探している。

 ジュプトルはルカリオとライナスの提案でルカリオの実家に住むことになり、グロバイル復興の計画を3人で練っている。


 そして、リザードンから退化したヒトカゲは――。

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