【第106話】身勝手な裁量、ふたりの外道(エンビvsクランガ)

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:12分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください




時間は再び遡る。
そこは地下の最奥部……既にMA-Ⅰとスエットの展開する精神領域から外れた現実世界。
理想郷へ繋がると言われている「扉」がある巨大な空間。



マホイップの群れに流されても尚、いち早くその場に戻ってきたのは……エンビただ一人であった。
彼は他の者よりもこの場所に精通していた故、アテ勘で早めの脱出が叶ったのだろう。
そして彼は迷わず、「扉」のある空間に繋がるドアを開けた。



「……おいおい、まさか最初に到着したのがアンタとはねぇ。」
ドアが開かれるや否や、「扉」の前に立っている男はそう言った。
その不快な高音に、エンビは返答する。
「……そうだ。だがお前にとっても悪い話ではあるまい。獲物が自分から飛び込んできたんだからな。」
極めて冷静な口調で話しつつ、彼は近づいていく。
「扉」を背中に悠然と佇む男……クランガの場所に。



「いやぁ流石はエンビさん、話が早いッスね!」
ヘラヘラと笑いながら振り返り、クランガはエンビを出迎える。
しかしその態度に対する彼の返事は、全く違うものであった。



エンビは腰元のボールを1つ取り出すと、即座に中のポケモンを呼び出す。
「ウラアアアアアアッ!」
呼び出されたのはファイヤー……いつもの人選だ。



「あー……なるほど?『俺に勝ったら身柄はくれてやる。だけど負けたらマネネとスエット……あとジャックを返せ。』的な?」
「話が早いのはお互い様のようだな。お前は聡くて助かる。」
口ではクランガのことを褒め称えるエンビであったが、表情は一切笑っていない。
今すぐにでも自らの職務を全うしよう、という本気の目であった。



しかしあろうことか、そんなエンビの目を見てクランガは……
「プッ………ハハハハハハッ!ウッソだろアンタ!」
そう、笑った。
腹を抱え、全力で嘲笑っていた。
「ハハハ……いやぁ失礼。アンタがそんな生き生きとした顔してるのが、あまりに面白くて!プッ……」
「………。」
「それもコレもトレンチちゃんのせいでしょ?ねぇ、教えて下さいよ。アンタにとっての彼女は一体何なんスか?」
「ウラアアアアアアッ!」



軽口を叩くクランガに、ファイヤーが痺れを切らして咆哮する。
しかしエンビはそれを制止し、表情一つ動かさずに答えた。



「………奴が素晴らしい人間だからだ。いずれ飽かれ、見放され、堕ちゆくかもしれぬ恐怖心を抱きながら……それでも高みに向かわんと生きる。自らの『弱み』すら、死に物狂いで執着する。……だからこそ、今度こそ失うわけには行かない。あの時のジャックのようなことを……起こさせてなるものかッ!」
「………ハハハッ、なるほどねぇ!なるほどなるほど!実に理屈の通った戯言だ!いやはや……















………笑いすら出てこねぇよこのクズ。何をほざくかと思いきや……。あ?」
クランガの様子が、先程から大きく変わる。
彼の脳内で、血管が数本切れる音がした。



「素晴らしい人間だ?よくもまぁそんな綺麗事をほざきやがる。アンタにとって価値があるのは、『自分より強い人間』だけだ。自分に益をもたらす人間だけ。それ以外は死のうが壊れようがどうだって良い。違うか?」
「………。」
エンビは押し黙る。
反論の言葉が見つからなかった。



「なぁアンタ、『ブレザ』の奴を覚えているか?……そうだ、アンタに惚れていた俺の姉貴だ。」
「ッ……!」
クランガの口から出てきたその名前に、エンビは覚えがあったのだろう。
彼の表情が僅かに強ばる。



「姉貴はアンタのせいで夢を追うことを諦めた。」
「ッ!?あ、アイツは今どうしている!?」
「え?今更気になってんのかよ。いやぁ笑えるわ。アンタ、ホンッッッット救えねぇ差別主義者だな。」



クランガは鼻で笑い飛ばし、エンビに対して最大限の軽蔑の眼差しを向ける。
そして腰元のボールを投げ飛ばす。
「ギャーーーーーッス!」
中から呼び出されたのはサンダー……彼もまた、クランガの右腕のポケモンだ。
その太い脚で足踏みをしながら、ファイヤーを強く睨みつける。



だが、サンダーの様子がおかしいことにはエンビもすぐに気づいた。
「……いや、待てクランガ……ソイツは……!」
「おっと、流石。気づいたか……。」
全身の体毛から青い火花がバチバチと飛び散っており、僅かに身体が金色に輝いている。
本来でんきにまつわる能力は持たないはずのサンダーが……だ。
その様子は、まるでカントー地方に居る方の種族のようである。



この現象には、エンビも見覚えがあった。
「ま……まさかお前……!?」
「あぁ。丁度テイラーのやつが、アレを切り落としてきてくれたんでね。」
そう言ってクランガが指し示したのは、彼の脇に置いてあった黒く細長い物体……そう、『レインの右腕だったもの』だ。



ソレが指し示されたということは、答えは一つ……
「そういうことか……貴様、サンダーに無理矢理SDを発動させたな!?」
「おぉ、ご名答!いやはや、やはり6年モノの腕は質が違う!お陰で適合者ナシでSDが出せる。」
クランガは軽い拍手と共に、エンビを称える。



「まぁ、アンタを仕留めるならコレくらいの対策は必要かなぁって。興味本位でやってみんスよ。」
「なんてことをしたんだッ……そのサンダーと接続されているのは、ただの右腕の断片!おまけにそのサンダーは『迅雷の秘鍵』を持っていない!そんな不完全な状態でSDを発動させてみろ……お前ならどうなるか分かってるだろ!?」
「ウラアアアアアアアッ!」
エンビの怒鳴り声と共に、ファイヤーが『もえあがるいかり』のブレス攻撃を放つ。
既に言葉による話し合いは不要……一刻も早くあのサンダーを無力化させねばなるまいと、互いの考えが一致したゆえの行動であった。



だが残念……その攻撃はサンダーのひとっ飛びで完全に回避されてしまった。
「ギャーーーーーッス!」
飛び上がるや否やサンダーは足を壁につけ、爆速キックでUターンタックルをかましてくる。
「ファイヤー!『ふいうち』だッ!」
「ウラアアアアアアッ!」
ファイヤーの翼がサンダーの足元に直撃し、その力を無駄なく別方向へと受け流す。
力の向かう方角は見事に転換され、サンダーは近くの床へと叩きつけられた。



形だけ見れば、ファイヤーが攻撃を防ぎきったかのように見える。
しかし実際には……
「ウラッ……ラッ……!」
「ファイヤー……なっ、痺れだと!?」
そう、ファイヤーの様子が明らかにおかしい。
まるで電撃を食らった直後であるかのように、翼が痙攣しているのだ。



「いやいや、まさかひこうポケモンが『らいげき』を無傷で受けられるとでも?」
「チッ……もうその攻撃が使えるレベルにSDが進行してるとは……ッ!」
そう、本来であれば『らいげき』は普通のでんきポケモンですら取得は困難な技だ。
しかし法則を乱すSDであれば、それは可能となる。
だがそれは適合者との融合が進んだ場合に限る。



つまり何が言いたいか。
このサンダーはかなり前からSDを仕込まれていた……ということだ。
「お前ッ……自分が何をしたか分かっているのか!?」
「えぇ、分かってますよ?俺はサンダーの命を削ってアンタを仕留める計画を立てた。当然、人様に褒められるようなことじゃあねぇ。」
「ッ……!?」
クランガは開き直って言う。
あまりにも平然と……悪びれもせず。



「決まってるじゃないッスか。俺たちバベル教団のやってきたことなんてロクなことじゃあない。その証拠がコレだろ?」
そう言ってクランガは僅かに身を退き、眼前に広がる「扉」の方を指差す。









そこに立ち並んでいたのは、「扉」の周辺に打ち捨てられた無数の『人』だ。
その誰もがバベル教団にまつわる装飾品を身に着けている……即ち、この教団の信者たちである。
彼らは皆、スエットの如く全身にケーブルを巻かれており、意識のない状態に合った。



「コレは………!?」
「おいおい今更聞くなよ。アンタと俺で集めてた信者だよ。」
「違うッ……彼らに何をしたのかと聞いてるんだ!」
「ハァ……とぼけてんのか察しが悪いのか……」
クランガは半笑いの表情で溜息を漏らす。



「コレは今は電脳要塞の追加オプションとして使っている『ドライブディスク』だ。MA-Ⅰだけではここまで広大な世界は築けないもんでね。」
「ッ……!」
「まぁ、『扉』を開く準備ができたら、今度は先遣隊として使ってやる予定だ。」
「それって、まさか……!?」
エンビはクランガの次の言葉を予見し、生唾を飲む。
予想通り、彼から紡がれたものは最悪な単語だった。
「あぁ。要するに『生贄』……否、『捨て駒』ってやつさ。ま、敬虔な信者である彼らなら喜んで扉に突っ込んでくれるだろ。」



そう……これがバベル教団が「教団」たる理由。
彼らが多くの人民を集めていた理由だ。
この「扉」を開けるには、大量の人柱が必要なのである。



「え?まさか信者たちがこうなるってこと、アンタは知らずに勧誘してたワケ?マジかよ!これはとんだ笑い草だ!」
「……もういい!俺も貴様も外道であることは認めよう!だがそれが貴様を許す理由にはならんッ!」
エンビは怒りに身を任せて叫び、ファイヤーに指示を送る。



「ファイヤー、『ぼうふう』だッ!サンダーが起き上がる前に仕留めろッ!」
「ウラアアアアアアアアッ!」
痺れた翼をものともせず、ファイヤーは空気の塊を叩きつける。
「ハッ、SDの力を知らねぇアンタじゃないはずだ!『らいめいげり』ッ!」
「ギャーーーーッス!」



だがサンダーも負けじと、暴風の中を蹴りの一撃のみで貫いてきたのだ。
ダメージを真正面から受けつつも立ち向かうその精神は、最早異常としか言いようがないソレであった。
「そこだ穿てッ、『らいげき』だッ!」
「ギャーーーッ!」
サンダーの全身に雷が纏われ、下側からファイヤーを突き上げる。
効果は抜群……大ダメージを与えたのである。



「ウラッ……!」
「クソッ……『まひ』か!」
身体が痺れ始めたファイヤーは、徐々に高度を保てなくなる。
そしてついには、その背中を地面に打ち付けることとなってしまったのだ。



「ふぁ、ファイヤーッ!」
「ウラ……」
痺れる身体を起こし、なんとか攻撃の体勢へと戻ろうとするファイヤー。
だがそれを、SDの超強化で復帰が早まったサンダーが許すわけもない。
「これで終わりだッ……『らいめいげり』ッ!」
「ギャアアアアアアアッス!」
上空から迫りくるサンダーの攻撃が、ファイヤーの首筋を踏み潰す。
「ウ………ッ」
致命的な大ダメージを受けたファイヤーは、その場で動けなくなった。





「ッ………!」
エンビはファイヤーをボールへ戻す。
だが彼らの策が甘かった訳ではない。
……明らかにサンダーの身体能力が異常なのだ。
やはりSD相手に勝てるのは、SDだけなのである。
「……なぁ、いっつも思うんだけどよ。アンタっていつもファイヤーばっかり使うよな。」
「……それがどうした?」
「カラカラが居る割に、SDの力を使わねぇよなって言いたいんだわ。」
クランガはエンビに近づき、長身の彼の顔を覗き込むようにして話す。



「なぁ……アンタは『ちゃんとした敗北を知りたい』んだよなぁ?その割には本気を出さねぇ。最初からSDを使っていれば良いものを……。」
「……黙れ。」



「アンタ……怖いんだろ?全力を出すのが。SDの力を使うのが。」
「黙れッ………!」
「アンタはSDの力を副作用無しで使えるんじゃねぇ。『ただSDを使っていないだけ』だ。それはアンタがビビってるからに他ならない。」
「黙れと言っているッ……………!!!」







その言葉は、エンビの逆鱗に触れた。
事実は時に、何よりも残酷なものであった。
彼の中で、リミッターがいくつか外れる音がした。
顔つきが完全に変わったエンビは、次のボールを取り出す。







「………良いだろう。そこまで言うなら見せてやる。貴様が満足するだけの『全力』とやらをッ……!」
「……来いよ半端者。テメェに『敗北』を教えてやるよ。」

評価・ご感想お待ちしております。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想