【第104話】あり得ざる存在、無力故に救えぬもの

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



「…………」
黙ったまま立ちすくむテイラーと、それを見つめるレインとお嬢。
彼女は今、向き合っている。
己の過ちを振り返り、傷つけたものを精算している。
しかしきっと、それでは足りないのだろう。
……足りないことを、自覚したのだろう。



お嬢はテイラーに、言いたいことが山ほどあった。
かけたい言葉もたくさんあった。
……だが、今はそれよりも大切な目的がある。
「……早く合流してジャック達のところに行かないと。………ねぇテイラー、ジャックの居場所は?」
「………。」
テイラーは押し黙る。



「……答えて。アンタ達がジャックを攫ったことは見当がついてんのよ。」
「……ちゃうんや。『アレ』はもうジャックやない……」
「はぁ!?何言ってんのよ!?」
「アレは………」
そうテイラーが言いかけた時であった。





暗闇の向こうから、何かが駆けてくる。
凄まじい音とともに、『ソレ』は現れた。
そこから先はあまりにも一瞬……一瞬の出来事である。
『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
駆け寄ってきた紫色の『ソレ』はテイラーに衝突し、凄まじい勢いで跳ね飛ばしたのである。
「………ッ!」
断末魔を上げる間もなく、テイラーは壁に頭部をぶつけて気を失った。
「て、テイラーッ!?」
「お前ッ!よくもテイラー………を……」
激昂とともに声を上げようとしたレインであったが、『ソレ』の姿を見て言葉を失った。



「な……!?」
そしてそれはお嬢も同様であった。
……否、お嬢のほうがより動揺していたかもしれない。
だって『ソレ』はここに在ってはならないものなのだから。



『ハァッ……ハァッ……!』
「れ……レイスポス!?」
お嬢とレインの目の前に現れた紫色のポケモンはレイスポス……そう、お嬢がジャックの精神世界で出会った『元のジャック』の別の姿だ。
別個体という可能性もない……明らかにお嬢のよく知る『元のジャック』そのものであった。
当然、精神世界にしか存在しないこのポケモンがここにいることなどありえない。



『ハァッ……ハァッ………!』
レイスポスは倒れ伏したテイラーから、ゆっくりとお嬢たちの方へ視線を移す。
彼に目はない……が、その表情に敵意が満ちている事は明らかであった。



「お、おいトレンチ……!こいつヤバいぞ……!早く逃げないと……!」
「待って!この子はジャックなの……!」
「はぁ!?」
お嬢は逃げたい気持ちでいっぱいだった。
レインの言う通り、この場が危険なことは確実だ。



しかしお嬢は、どうしても逃げ出すことが出来なかった。
「……ねぇ……どうしたのよジャック!?一体どうして……そんな苦しそうにしているのよ!?」
「……!?」
お嬢の言葉の後、レインはレイスポスを凝視する。
『ハァ゛ッ……ハァ゛ッ………』



よく見ないと分かりづらいが、彼の体表には多量の脂汗が流れ出ていた。
口元からは異常なほどの粘液が垂れ流されており、更には全身が激しく収縮……息をするのも苦しそうにしている。
お嬢の言う通り、確かにレイスポスは何かに苦悶している様子であった。
『ハァッ……オ゛ェェッ……』
息切れが更にひどくなったレイスポスは、紫色の液体を吐き捨てる。
それは、まるで血反吐のようであった。



「じゃ……ジャック!」
お嬢はレイスポスに駆け寄り、体温のない彼の首筋を懸命に擦る。
彼の身体は、明らかに生命的な危機を迎えていた。
『ハァ゛ッ……ハァ゛ッ……オ゛ェッ……!』
「ごめんなさい……アタシが弱かったから……アタシがダメだったから……!」
この状況でも尚レイスポスを……否、『ジャック』を助けられないお嬢は、自らの無力さを酷く憎んだ。
「アタシが悪かったから……だから許して……死んじゃダメ……!」
それでも彼女は懸命に、縋るようにレイスポスに触れた。



そしてレイスポスの痙攣が、僅かに収まった。
彼女の言葉が届いたのだろうか。
「じゃ……ジャック……!」
お嬢は彼の身体を抱き寄せる。













「………駄目だトレンチッ!ソイツから離れろッ!」
「え……?」
『オッ………オ゛ォオオオオ゛オオオオオ゛オオ゛オオオッ!』
レインの言葉の直後……否、同時だったかも知れない。



お嬢はレイスポスの頭突きによって、遠くへ跳ね飛ばされた。
「がっ……!?」
『ウォオ゛オオオオ゛オオオッ………!』
彼は立ち上がり、嘶きとともに再びお嬢たちに敵意を含んだ眼差しを向ける。
……否、目線なんか既に定まっていない。
おおよそレイスポスに、正気は宿っていなかったのだ。



『ッ……ハァ゛ッ……ウォエ゛エ゛ッ……!』
口から血反吐を垂れ流しつつ、レイスポスはゆっくりとお嬢へ迫っていく。
「に、逃げろトレンチッ……ソイツはもうジャックじゃない!」
「……ッ!」
だが駄目だった。
お嬢に意識はあったものの、両足首を強く打ち付けていた。
とても立ち上がれる状況ではない。



『オオ゛オ゛オオオ゛オオオッ………!』
レイスポスは己の力を全て振り絞り、自身の周囲に紫色の光弾を生成した。
「あ……『アストラルビット』……!」
その数は今までで最大……出力の調整すらまともに効かなくなっているようだ。
こんなものを人間が生身で受ければ、当然無事で済むわけがない。



しかし足の自由がないお嬢がこの猛攻から逃れることは不可……既に手詰まりである。
「………そうよね。アナタを助けられなかったアタシを、許せるわけがないわよね。」
お嬢は自らの最期を覚悟し、瞼を閉じた。
『ウ゛ォオオオ゛オオオオ゛オ゛オオオオオ゛オオオッ!!!!!』
凄まじい音とともに、攻撃が放たれる。
「トレンチーーーーーーーーッ!!!」

















……最も、それが直撃したのはお嬢にではない。
そう、攻撃を受けたのはレイスポスであった。
「えっ………!?」
レイスポスの身体には、黒い羽が数本突き刺さっていた。
この攻撃……『はがねのつばさ』には見覚えがある。
お嬢はその刃先と真逆の方角を向く。



彼女は驚愕した。
レイスポスを見たときよりも、さらに動揺した。
だって、本当に……その存在はもっと有り得ないものだったのだから。



「グアアアアアアアアアッ!」
「……ふぅ、危機一髪ですね。」
「じゃ……ジャック……!?」





そう、そこに居たのはお嬢の見知ったジャックと、彼の相棒・アーマーガアであった。

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