ガラルを縦断する鉄道は、文明の利器としてこのガラル地方の発展を支えてきた。空を飛ぶタクシーの技術向上により、ポケモンリーグ関係者は鉄道を使わないが、それ以外の一般市民にとって、鉄道は無くてはならないインフラの一つだ。
「サナたん、駅弁が美味しいよ?」
『マスター……太るよ?』
私もそう言いながら、ボングリ弁当2つ目である。
車内は蒸気機関により揺れることはあるが、基本的には快適だ。椅子も座り心地よく作られており、ゆったりと腰を下ろせる。
ガラル鉄道の始まりは、ポケモンのセキタンザンにヒントを得たことだと駅員さんに聞いた。おそらくは特性のひとつ、蒸気機関だろう。
ふと、孤児院で皆としたマルチバトルのことを思い出した。レオンのセキタンザンの特性は蒸気機関だった。彼らは今も元気にバトルしているだろうか。将来が楽しみなトレーナーのタマゴ達だった。
「見て、サナたん。ワイルドエリア!」
車窓から、広大な自然が見える。赤い光の柱が何本も立っている。今走っているこの下は、預かり屋さんの辺りだろう。
ワイルドエリアを横切る煉瓦の橋を通り、エンジンシティへ差し掛かると、車内放送が流れる。
『エンジンシティです。お降りの方はお忘れもののないようご注意ください』
列車は駅に停車し、乗り降りするための待機時間となる。私たちはそのまま終点まで乗る予定のため、座ったままだ。
「さて……ここで売り子さんがデザートを販売しにくるはずだよ。お腹が鳴るね、サナたん!」
『マスター……太るよ?』
かく言う私もお腹が鳴った。
マスターの予想通り、乗客の乗り降りの合間に売り子の女性と、マホイップがスイーツの販売に回っている。
マスターはアイスとフルーツが沢山盛り付れたケーキを頼み、私も同じものを頼んだ。アイスを一口食べると、マスターは目をうるうるさせながら、感嘆の息をこぼす。私も食べてみると、口の中に濃厚なミルクの香りが広がった。これは美味しい。
アイスを食べ終わり、ケーキに手をつける。マホイップのいるお店のスイーツは間違いないというジンクスがあるが、そのとおり、素晴らしい味だった。たくさんのフルーツの甘味と酸味が絶妙なバランスで舌の上を駆け巡る。そして、その後に続くのは生クリーム。複数の味が、クリームでまとめられる。そして最後にスポンジ部分で強烈な甘みを和らげてくれて、ほどよい余韻を残す。最高だった。
「フルーツの宝石箱やぁ……」
また何かのモノマネをするマスター。
気づけば電車は出発しようとしていた。退屈紛れにマスターが思いつく。
「ねえ。サナたん、ポケモンしりとりしようよ? いくよ〜、まずはサーナイト!」
『トサキント』
「やるな、サナたん。トドゼルガ!」
『ガチゴラス』
「ス……スターミー」
『ミカルゲ』
「ゲ? げ、げ、ゲゲゲのゲンガー?」
『ガーメイル』
「ル? ル……ルカリオ。どうだ?」
『オーダイル』
「また、ルかあ……んー、ルージュラ!」
『ランドロス』
「ストライク!」
『クルマユ』
「ユ……ユ? あ、ユンゲラー」
『ランクルス』
「また、ス? あ、バウタウンで見たストリンダー!」
『ダーテング』
「グレッグル!」
『ルンパッパ』
「うーん、あ。パールル! どうだ、ルはもう無いだろ〜」
『ルナアーラ』
「う、やるな……ライボルト!」
『トルネロス』
「ス……ストリンダーは言ったなあ……。ス? ス……? うーん……あ、スイクン!」
こうして、ポケモンしりとりは呆気なく幕を閉じた。
列車はエンジンシティを抜け、トンネルに差し掛かろうとしていた。
周囲の乗客が一斉に窓を締め始める。蒸気機関車は石炭を燃やすことで動力としており、煤が大量に出る。空気の流れないトンネル内は、車内に石炭の煙が流入する恐れがあるのだ。
「トイレ行きたくなってきた、お腹痛い……サナたん。ついてきて」
これだから女子というものは、と呆れると同時に微笑ましく思う。何故かトイレにひとりで行けない生き物なのである。車両と車両の間に設置されたトイレに向かい、私は扉の前で待たされる。
何か遠くで物音が聞こえた気がした。私たちの居た車両、それから隣の車両の両方だ。乗客のざわつきが聞こえた。私の第六感が異変を察知している。
「サナたん。食べ過ぎたみたいで、ごめんね……お待たせー、ん!? むぐ!?」
私はマスターの口を手で塞ぎ、トイレに押し込む。狭い個室でマスターの体温を間近に感じる。心臓の音が間近に聴こえた。
静かにするようジェスチャーで伝える。マスターは頷き、扉の外に神経を集中する。声が聞こえる。
「――おとなしくしろ! 騒げば命の保証はない。お前たちは人質だ!」
聞き取った言葉のどれを取っても、これは輸送機関強奪に間違いなかった。