第41話:試練の再会――その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 キズナのシアンに、いつも心強い味方でいてくれるメル。広場で顔なじみのソプラとアルルに、何故かキズナとは仲の悪かったブレロとブルルも共にいる。そのメンバーをライコウが率い、そこに居るはずのヴァイスがいない。――飛び込んできた現状はあまりに不可解すぎたが、彼らの深い傷が思考に余裕を与えない。エンテイが傷ついたシアンたちとライコウを治癒能力で癒すと、セナたちは意識が戻った皆にオレンの実を配った。
 セナとホノオとの久々の再会をシアンは喜んで身体をスリスリ。しかしメルに「今はそれどころじゃないんだ」とたしなめられ、ハッと大人しくなる。そのままメルとライコウがセナたちに事情を説明し、彼らは“雷鳴の山”へと駆けだした。
 ライコウは、ここ“灼熱の火山”に来た時と同じくシアン、メル、ソプラ、アルル、ブレロ、ブルルを背中に乗せる。エンテイはセナ、ホノオ、ポプリ、スザク、ウォータを乗せてライコウの後を追う。小さなポケモンを数匹乗せて駆けることなど、ライコウとエンテイには造作もないことだった。ただし、限りある背中の面積に全員は乗り切れず、一同は頭に乗ったり脇腹にしがみついたり。振り落とされないように必死になりながら風を切っていた。

「ヴァイス……」

 今、ここにいないヴァイスを想い、セナは風にかき消されそうな声で呟いた。メルとライコウが聞かせてくれた、ヴァイスの身に起こった異変の話をもう一度振り返ることにした。




 ――時は、救助隊FLBが正気を失ったライコウからヴァイスたちを助けてくれた直後に戻る。FLBのリザードンが、自分の父親レッドにあまりにも似ている。抱えてきたモヤモヤした気持ちを、ヴァイスはとうとうリザードンに直接ぶつけたのだった。
 返ってきた答えは、嬉しいはずなのに痛烈な悲しみも孕んでいて。FLBのリザードンは自らをレッドと名乗ったが、かつて同じチームで活動していたブルーとグリーンが共にいない――この世にもういない。その知らせを聞いて、ヴァイスはうずくまって泣き出してしまった。シアンが背中をさする。仲間たちが困惑しながらも見守る。

 頑張って戦って、傷つきながらも生き残って。そうしてたどり着いた真実が、あまりにも不都合で残酷で。――もう、ボク、頑張るのに疲れちゃった。
 心が折れて立ち上がれなくなったヴァイスを、リザードンは後ろから優しく抱きしめる。温かくて力強い。そんな大きな力に、ヴァイスは身を委ねたくなった。自分の足で歩くことに疲れ果ててしまった。その心の隙を、リザードンは見逃さず。

「ヴァイス。お父さんだよ」

 ヴァイスに言い聞かせるように、全身に言葉を染み込ませるように、リザードンは深く呟いた。直後、ヴァイスはピタリと泣き止むと、しゃんと立ち上がる。

「……ヴァイス?」

 頬に残るしずくが一瞬にして似合わなくなった彼に、メルは違和感を覚えた。何か、おかしい。

「大丈夫だよ、おねえちゃん。ボクには、お父さんがいるから」

 ヴァイスはリザードンのお腹に頬をくっつけながら、うっとりとそう言った。その声は可愛らしく純粋だが、しかしなぜだろう。いつもより暗く沈んだ瞳の色が、メルは気になった。おかしい。

「でも、ヴァイスさん――」

 同じく違和感を感じたのか、アルルが呼びかけた。が、ここでヴァイスはアルルに微笑みかけた。有無を言わせぬ迫力を感じ、アルルは言葉を飲み込んだ。アルルの身体が震えているのを、ソプラは見逃さなかった。

「ヴァイス。会えて嬉しいよ。大きくなったね。せっかくの再会だ。お前も、お父さんたちと一緒に行かないかい?」
「うん。ボク、お父さんとずっと一緒にいたい」
「ちょっと、ヴァイス!?」

 仲間のどよめきの中から、シアンの甲高い声が飛び出す。

「FLBはセナとホノオを狙っている救助隊なんだヨ? お父さんに会えて嬉しい気持ちはよく分かるケド……そんなに簡単に、セナとホノオの敵になっちゃうノ!?」

 一同はシアンとヴァイスを交互に見ながら状況を見守るが、ヴァイスと目が合うことに恐怖を感じていたアルルはよそ見をしている。それ故、目撃してしまった。
 ネロは、ヴァイスとリザードンを交互に見つめては深刻そうな顔つきになっている。明らかに、彼は選択するべき道に迷っている。その迷いに、リザードンも気がついたようだ。
 ネロとリザードンの目が合った。
 直後、ネロのルビー色の瞳が、スっと濁って暗く沈んだ。ヴァイスと同じように。
 おかしい! 気がついたアルルの心臓が暴れ始めた。仲間に直ちに異常を伝えるべきなのだろうが……声帯がきゅっと締まって、声が出せなかった。

「うん……いいんだ。もう、いいんだよ。お父さんが見つかったんだ。ボクの旅はこれでおしまい。これからは、お父さんと一緒に過ごすんだ」
「そう……だよネ。ヴァイスは、それで幸せだもんネ。でも……でも、シアン……ヴァイスとずっとお友達でいたいヨ。ずっと一緒に、救助隊キズナでいたいヨ……」

 シアンはヴァイスのお腹に抱きついて泣き出してしまうが、ヴァイスの瞳も心も、その涙では揺らせなかった。

「うむ。よくぞ世界のために、わしらと共に戦うことを選んでくれた」
「さすがはレッドの息子だな」

 FLBのフーディンとバンギラスは、満足気にヴァイスの頭を撫でる。シアンの涙にぴくりとも動かなかったヴァイスが、フーディンとバンギラスの言葉には幸せそうにニコニコと微笑んでいる。
 心の動きが、明らかに正常ではない。メルは確信すると、FLBを問い詰めた。

「アンタたち。ヴァイスに何をしたんだい?」
「何のことだい?」

 ヴァイスを抱っこしたリザードンは、きょとんとした表情で聞き返す。それが妙に白々しく見えてしまい、メルの怒りが弾けた。

「とぼけるんじゃないよ! ヴァイスはそう簡単に友達を見捨てるような奴じゃ——」

 叫びながら、駆け出し、殴りつけようとした。そんなメルの言葉を、衝撃がさえぎる。

「うっ」

 腹を鋭く突かれ、甲羅越しでも耐え難い痛みが走る。その正体は、“リーフブレード”。メルは咳き込みながらも必死に顔を上げると、ネロの冷たい瞳が向けられていることがわかった。ネロは容赦なく、草の剣を振り下ろしている。
 メルの記憶は、ここで途絶えた。

 事態を把握できず、思考が追いつかず。そんなシアンたちに、ヴァイスとネロが容赦なく襲いかかった。シアン、ソプラ、アルル、ブレロ、ブルルの5人ではとても太刀打ちできなかった。

 ちょうどその時、FLBにやられていたライコウが目を覚ました。気絶したことで正気に戻っていたライコウは、とっさに危機的な状況を読み取る。雷のような俊足を活かしてその場に割って入り、ボロボロのメルやシアンたちを庇う。自ら酷い傷を負いながらも、どうにかその場から逃げ切り、エンテイの治癒能力を求めて“灼熱の火山”へ逃げ込んだのだった。




 メルから聞いた経緯を一通り思い返すと、セナはふさふさしたエンテイの体毛に顔をうずめ、じっと考え込んだ。
 ――ボクの旅はこれでおしまい。これからは、お父さんと一緒に過ごすんだ。
 その言葉が本心のものであるならば、それでヴァイスが幸せなのであれば……別々の道を歩むことを受け入れなければならない。――オイラには、ヴァイスの幸せを邪魔する権利なんてないのだから。
 でも。話によると、ヴァイスとネロというジュプトルは、FLBに洗脳されてしまったようだ。それならば、ヴァイスの言葉は、選択は、きっと本心からのものではないのだろう。――父親か、友達か。息子にその二択を都合よく選択させるために、心を操るなんて。黒々とした軽蔑の念が、セナの心の奥底で燻ぶる。エンテイの体毛を握りしめる、セナの両手に力が入る。

「む。どうした、セナ」

 強く毛を掴まれる感覚に気が付き、エンテイはセナに声をかける。

「あっ、ごめんエンテイ。痛かったよね」
「構わぬよ。お前に少し引っ張られる程度、たいした痛みではない」
「よかった。……なんだか、気持ちが上手く整理できないんだ。ヴァイスに会えるのは嬉しいけど、敵になっちゃったのは寂しいし。洗脳を解けば本当のヴァイスに会えるのかもしれないけど、ヴァイスの選択を受け入れられるかどうか……父さんを選ぶのか、オイラたちとまた仲良くしてくれるのか……覚悟が決まらなくて」
「そうか……。今までの仲間が敵になるのは、僕たちも経験があるから、セナ君の気持ちも少しわかるよ」

 ハスキーな声質で、力強いのに優しさを含んでいる。そんなライコウが優しく寄り添ってくれる。セナも素直な気持ちになり、静かに頷いた。

「それでも、ヴァイスと戦わねばならない。その事実から逃げていないのだから、大したものだ」
「そうだね。戦いが終わったら、ゆっくり休むといいよ」
「喋り方可愛いっすねライコウさん……」
「てへへ、よく言われるよ」

 ホノオの少々余計な指摘を、ライコウは褒め言葉と受け取って照れくさそうに微笑んでいる。厳格な見た目の割に柔らかい笑顔が、にゃんこみたいだと思いつつもホノオは余計な言葉を飲み込んだ。

「とにかく、セナ君、ホノオ君、シアンちゃん。ヴァイス君がちゃんと正気に戻ってくれるのか分からないし、正気に戻ったところで君たちの味方をしてくれるとは限らないけど……しっかり気持ちを届けてくるんだよ」
「っ……ふぁい」

 ライコウが大切そうに言い聞かせるが、久々に耳にした“シアンちゃん”という響きが面白くなる。セナとホノオは笑いを堪えようとしたが、耐えきれずに震えた返事をする。シアンは不満げに柔らかほっぺを膨らませていた。
 とは言え、ライコウの言葉は深く読み取って行動に反映させる必要がある。強くそう感じたセナは、自分なりの言葉で決意を形にした。

 ヴァイスは遠く離れていても、オイラが心を捨て去ろうとした時に夢の中で助けてくれた。ヴァイスが守ってくれたこの心で、オイラの正直な気持ちを伝えるんだ。

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