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読了時間目安:6分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「影分身は維持して! ――今! 凍える風!」
 室内だと云うのに霰が吹き荒ぶ中で声を張り上げる人間の若い雌。言下、幾多にも姿を投影して雪霰の中を駆ける氷獣は、虚実全てが顎門(あぎと)を開いて凍てつく烈風を放ってくる。
 不遜なマニューラを含め、その後出てきた者達を全て蹂躙した彼の前に最後に出てきた【ジムリーダー】なる若い人間の雌。
 それが()る氷雪を司る四足獣は、それまでの者達よりも格別に強かった。
 今までの者達は彼の放つ妖しい光に尽く惑乱し、彼の見せる幻に錯乱して自傷の果てに戦闘不能にまで陥っていたがこの人間と獣は巧みに回避し、食らっても瞬きよりも短く立て直してくる。
「――ッ」
 自在に宙を浮かび舞う彼だが、視界も体力さえも削り取る勢いで吹き荒れる霰の中を紛れるグレイシアの本体を捉える事は難しい。
 結果。逆巻く凍てつく風は彼を直撃した。パキ、と彼の躰が凍結し動きが鈍る。
 そこに。
「吹雪!」
 人間の雌が放つ追撃の指示。僅かの間もなく言下に遂行するグレイシア。
 場に吹き荒れる霰の中、放たれる大技が不可避の必殺となって彼へと襲いくる。
 それを。
「舐めるなッ!」
 全霊の力を込めた念動力でもって力尽くで霧散させる。
「お前もな!」
 弾け飛ぶ、絶大な質量を伴って吹き荒ぶ氷雪。それが周囲に撒き散らされる中、氷獣の声と共に氷の礫が飛んでくる。
「ああん?」
 中々の速度だが撃ち落とせないこともない。影色の光球で相殺。
 影色と氷塊が双方砕けて残滓が煌めく。その中を。
「行っけー!」
 電光石火の勢いで向かってくるグレイシア。
 だが彼我の距離は瞬く間に詰められる程度のものではなく、真っ直ぐに向かってくる的なぞ眼を瞑っていても当てられる。
 そこそこ強かった相手の自棄になっての突撃に、嘲笑しながら彼は周囲に影球を数多展開。次瞬にはそれら全てを哀れな的に放たんと意識を向けた。
それ(、、)は駄目だ」
 そこに。
 今の今まで彼の戦いに一切の口を挟んでこなかった奴がボソリと呟いた。
 意味がわからない。わからないがしかし、「戦いの最中に『カズヤ』が何か言ったら絶対に聞け。私達が気が付かない事が見えているから」と事あるごとに行ってくるいけ好かない奴の言葉と、弟分と妹分が「聞こえた時は防御が間に合った」やら「聞こえづらいけど聞こえたら避けられた」等とわけのわからない事を言っていたのが脳裏をよぎる。
 更に。彼へと肉薄せんと地を蹴る獣の体表の光沢が今までとは若干違う、ような気がする。
 それが何を意味するのかはわからない。気の所為だと云えばそれまでの微妙な違和感。しかし癪に障るがこのまま攻撃することは、相手の思惑通りである可能性が高いと彼の勘が言う。
 よって。彼は瞬時の思考で展開していた影球による攻撃を中止する。そして即座に迫る氷雪の獣へと向けて飛ぶ。
「ミラーコート解除! 氷の牙!」
 そんな彼の挙動を見て、相手の人間の雌が叫ぶ。
「遅えよ」
 グレイシアの攻撃よりも早く。拳に炎を纏った彼の一撃がその顔面を捉えた。
「ギャ――」
 ゴ。と鈍い音を響かせて、素っ飛ぶ四足獣。そのまま倒れ伏して動かない。
「グレイシア戦闘不能! 勝者、チャレンジャー!」
 そんな宣言を誰かがしている。
「お疲れ様。ありがとう『がが』」
 どよめく周囲に消し飛ばされそうな声で、勝手に付けた呼び名で彼を呼ぶ人間の雄。頼りなく、弱々しく、意志も薄弱そうな奴が軽く微笑みながら礼を言ってくる。
 それを見た彼は、只々苛つくので先程放とうとした影球を倍程の数で展開して放ったが、その致命の掃射を涼しい顔をされて避けきられ、突如として現れたバシャーモに殺されかけた。
 因みに、三悪霊の残り二体も同じようなことをして各々返り討ちにあっている。弟分は【バトル】とやらが始まる前に仕掛けて避けられ、現れた守護者によって瀕死の状態でその後を戦う事になった。そして妹分は戦いの最中に仕掛けたそうだがいとも容易く避け、(ついで)とばかりに例の聞き取りづらい言葉で彼女への痛打を回避させたらしい。勿論彼女もその後に虫の息にされた。
 昼夜を問わず、食事中、入浴中、排泄中に眠っている最中に至るまで殺してやろうと襲い続けたが、どうもこの人間の危機察知能力及び回避能力を著しく成長させる結果になっているらしい事実に、彼の頭は痛くなる。先日は完全に寝入っているのを狙って仕掛けたら寝たままに見切られた。
 何なんだいったいこの状況は。
「そろそろ諦めろ『雑魚』が」
 敵意と殺意に冷え冷えとした忌まわしい声が、地面に伏した彼の上から降ってくる。
五月蝿(うるせ)え。絶対にお前ら殺してやるよ『クソ鳥』共」
 苛立ちと痛みに苛まれながら憎まれ口を絞り出した彼は、そこで意識を失った。
「ああ、早くポケモンセンターへ行かないとね」
 落ちていく意識の中、感情の起伏の少ない人間の雄の言葉が聞こえた気がした。

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