第80話 生命を司る神

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 日が半分ほど地平線に隠れている中、まるでタイムリミットが迫っているかの如く、大慌てでオースへ向かっていたヒトカゲ達。目的地に近づくにつれて緊張も増す。
 そのせいか、時間が短く感じたようだ。緊張して頭の中が混乱気味になっている間に、オースにたどり着いてしまった。地に足がついたときの軽い衝撃でそれに気づく。

「着いたぞ。ここがオースだ」

 ルギアの背中から降りたヒトカゲがその景色を見渡す。岬、というだけあって岩場がほとんどで、少し歩くとそこには崖があり、その下を覗くと穏やかな波しぶきが立っている。
 夕方ということもあり、どことなく淋しさが漂っているように感じる。自分達以外に誰かいるわけでもなく、耳に入ってくるのは波の音だけ、そんな場所である。

「ここのどこかにいるんだ。どこだろう?」

 右を見ても、左を見ても、ホウオウの姿はない。軽くため息を吐いた時、ふとヒトカゲの目に1つの岩場が飛び込んできた。まるで洞窟のような形をしている、とてつもなく大きな岩の塊だった。

「あそこ……?」
「案外、当たりかもしれねぇな。見えるか?」

 ルカリオの指差した先はその岩場の端。目を凝らしてよく見ると、岩に穴があるのが確認できた。その穴はルギアの翼を広げたくらいの大きさだ。

「あっ、見えました。もしかしてあの中に?」
「可能性はなくはない。今期待できるのはあそこだな」

 目を細めながら、ラティアスとジュプトルもその穴を見ていた。彼らもあの岩場の中にホウオウがいるだろうと確信している。他に考えようがなかった。

「見てみよう。ここからなら歩いて行けるはずだ」

 ルギアの言葉に一同頷き、目的の岩場へ向けて歩き始める。自分達はゆっくりのつもりでも、その足取りは誰もが速まっている。ホウオウに逢いたい、その一心で。


 数分とかからずにその岩場の前へ到着した。全員が入り口を囲うように並び、中の様子を窺おうとする。しかし当たり前だが中は暗く、何も見えていない。
 そこでルギアがテレパシーでホウオウに呼びかけてみる。聞こえていたら返事をしてくれと数回念じてみるが、一切返事は返ってこない。それが気がかりになっていた。

「何故テレパシーが通じないのだ……理由がわからぬ」

 20年間、ずっと考え続けている謎である。テレパシーさえ通じてしまえば、ホウオウの行方などどうにでもなることだった。それが不可能ゆえ安否すら確認できずにいたのだ。

「ヒトカゲ、入って中の様子を見てきてくれないか?」
「ぼ、僕が?」

 エンテイがヒトカゲに穴の中に入るよう頼んだ。どうして自分が行くのだろうかと思って戸惑うが、自分の尻尾を見たらなるほどと言った顔になる。

「頼んだぞ。私達はここで待っている」

 深く頷いて、岩の穴へと入っていこうとした。だがヒトカゲは穴の入り口直前でその足を止めざるを得なかった。まるでそこに壁があるかのような、熱い空気の塊を感じたのだ。
 その空気は彼でさえ熱く感じさせるほど強力な、否、“特殊な”ものであった。みんなは彼が足を前へ踏み出さないのを不思議に思ったその時、中から声が聞こえてきた。


「我に用ある者か?」


 わりと低めの、よく通る声だ。その場に居た全員がこの声に敏感に反応した。特にルギアやエンテイ、スイクン、ライコウに至っては驚きに近い反応だ。
 久しく聞いていない、だが聞きなれた声。ルギアにとっては自分の分身と言っても過言ではない、そして番人達にとってはルギア同様に崇(あが)めるべき存在の声だと確信できた。

「私だ、ルギアだ。姿を見せてくれ」

 その声が届いたのか、穴の中から岩にツメが食い込む音がガリッと聞こえてきた。音はだんだん大きくなっていき、こちらに近づいてきているのがわかる。
 足音に合わせて全員の胸が高鳴っていく。ホウオウに逢うということに対し、すでに覚悟はできている。緊張していた時間はあっという間に過ぎ、ついにその時を迎えた。


 暗闇から出てきたのは、虹色を象徴するかのような色合いの翼。ルギアほどではないが、ヒトカゲの何倍もある大きな体。そして、ヒトカゲ達の想像以上に神々(こうごう)しい出で立ちだ。
 光の当たり具合によって七色に変化する翼を持ち、見たものに永遠の幸せを約束されるという、神話にも語り継がれている、生命を司る神――ホウオウが姿を現した。


「久しぶりだな、我が一族の同士ルギアよ。それに我に仕えし番人達よ」

 20年ぶりの再会であるにも関わらず、ホウオウの表情は特に変化しない。無表情のまま、安堵しているルギア達をゆっくりと見回していた。

「……話してもらおう。20年もの間、どこで何をしていた?」

 再会の喜びを味わう間もなく、早速ルギアはホウオウを問いただす。神が不在という事態を重く見ているため、まずこの理由から解明するのが先決と考えたようだ。
 この質問に対して特に驚くこともなく、さらに焦ることもなく、一貫して感情を表に出さないままホウオウは質問に答えていった。

「20年……もうそれほどの時間が流れたのか。我はいくつもの世界を移動し、その状況を見てきたのだ」

 神様は、どの世界においても唯一無二の存在。いくつもの世界を統括するため、別世界へと移動することは珍しくないことなのだ。もちろんホウオウであっても、目の前にいるルギアであっても。
 しかし、連絡なしにこれほど長い間この世界を不在にするのは未だかつてなかった。連絡ができなかった、その訳を、ホウオウはこの場では答えようとしなかった。

「今は言えん。すまないが、ディオス島へ帰る時にさせてくれ。その時に話そうではないか」

 敢えて今話さない理由があるのだろうか、他の者に聞かれたくない事情が絡んでいるのかとルギアは推測する。納得いかないが、話すと言ってくれている以上一旦受け入れるしかなかった。
 そして、ホウオウはヒトカゲ達の方へ目をやる。ヒトカゲの顔をしばらく見て、次はルカリオ、そしてラティアスにジュプトルと、全員の顔を見覚えたところで口を開く。

「この者達は、何者だ?」
「この者達が、私の頼みを聞いてお前を捜してくれていたのだ」

 それを聞くと、初めてホウオウは表情を変えた。小さくではあるが、嘴を開けて驚いている。ホウオウが驚くのは極めて稀なことらしく、番人達はそれに対して驚いていた。
 そのままヒトカゲの方へと顔を近づける。しっかと目を見つめている。彼はというと、神を目の前にして緊張しすぎて全身が震えていた。

「そうか。汝が、我が行方を……」

 だんだんと落ち着いてきたようで、ホウオウの言うことに頷けるようになる。だがその落ち着きが、その直後に聞いたホウオウの一言に対して疑問を抱かせてしまう。

「初めて会う顔だな。よく我が行方を突き止め、同士の願いをかなえてくれたな。礼を言おう」

 ヒトカゲは、しばらくの間固まってしまう。ホウオウに頭を下げられ再び緊張したせいであるが、それ以外の要因もある。どうも気になることができてしまったようだ。
 そんな彼をよそに、間に割って入ってきたものがいた。ここまで来る目的がホウオウに会うためであった、ジュプトルである。

「いきなりですまない。俺はホウオウの加護を受けた村で育った者だ。頼む、今壊滅状態にある村を元通りにできないだろうか」

 彼の最大の目的、それはホウオウにグロバイルの再復興を願うこと。長年願ってきたことが今この場で叶いそうというところまできているのだ。落ち着けるはずがない。
 勇気を出して言い放ったジュプトルの真剣さは、しっかとホウオウに伝わっていた。少し間をおき、言葉を選んでいるような様子を見せながら、ホウオウは口を開いた。

「今すぐ、というわけにはいかないが、必ず復興せんことを誓う。よいか?」
「……はい!」

 待ちに待った返事だ。グロバイル復興が確約され、ジュプトルは半泣き状態だ。今まで抱えていた曇り空が快晴に変わり、全てが報われた、これで再び村の時間が動き始める、そう思っていた。


「ホウオウ様、これからどうなさるおつもりで?」

 一段落したところで、ライコウが今後について伺う。心配そうな表情から、再び行方不明になっては困ると思っていることが容易に窺える。

「心配などいらぬ。当分はこの世界にいるつもりだ」

 再び、番人達は安堵の表情を浮かべる。これで以前のように各地を見回る、自分達の本来の活動ができると思うと、肩の荷が下りたように息を大きく吐いた。

「さて、汝らが出向いてくれた以上ここに止まる所以なし。ディオス島へ戻らん」
「そうだな。一旦アイランドへ戻るとしよう。お前達は先に行け」

 ルギアの合図と共に、番人達は今まで来た道を駆け足で戻っていった。そして同時に、ホウオウとルギアが飛び立つ姿勢を取る。ヒトカゲ達の方を再度振り向き、こう告げた。

「ホウオウに会わせてくれたこと、本当に感謝する。一旦戻るが、近いうちに改めて礼を言いに顔を出させてくれ」

 そう言い終わると、2人は地面を強く蹴って空中へと飛んでいった。2人並んで南へと飛んでいく様子をただヒトカゲ達は見つめていた。見えなくなるまで、ずっと。



「それで、あの理由は何だというのだ?」

 飛行中、周囲に誰もいないのを確認したルギアがホウオウに再度問いただす。おそらく、誰にも知られたくないような理由であるため先程答えなかったのだろうと、あれからずっと思っている。

「……ルギア、汝なら、今起こっている事態を把握しているだろう。それがどの世界でも起こっていた」
「どの世界でも……」

 ホウオウはまた、無表情のまま淡々と話を進めていく。重大な話であるにもかかわらず、表情を変えないのが逆にルギアに緊張感を与えていた。

「そろそろ、気を引き締めていくべきだ。徐々に、近づいているぞ――“崩壊”への時期(とき)が――」

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