第69話 不屈の心

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「もう攻撃できまい。大人しく俺の攻撃を受けるがいい」

 唯一ルカリオが使えるのは足だけ。攻撃できないわけではないが、この状態では返り討ちにある可能性の方が高い。今はジュプトルの攻撃から逃れる以外方法はなかった。
 怒りを示すように、ルカリオはジュプトルをキッと睨みつける。しかしそれに動じるはずもなく、冷めた目で彼はただじっとルカリオを見ていた。

「“エナジーボール”!」

 次の瞬間、一方通行の攻撃が始まった。両手に深い青色のエネルギー弾をつくり、ルカリオに向けて放つ。このくらいならかわすことができると、余裕を持って彼は避けたが、誤算が生じた。

(なっ、もう1発あったのか!?)

 ルカリオが集中して見ていたのは、1発目の“エナジーボール”。実はジュプトルは2発連続で放っていたとは思わず、気づいた時にはすでに自分の近くまで迫っていた。
 いつものように技で相殺させようと構えたが、手を縛られていることを忘れていた。何も出来るはずなく、無抵抗のまま“エナジーボール”をくらってしまう。

「“いわなだれ”!」

 すかさず次の攻撃を仕掛けてくるジュプトル。いくつかの岩を空中へ移動させ、ルカリオの頭上へと持って行く。“エナジーボール”によって起こった砂埃が消えたと同時に両手を下ろすと、その岩を落とした。
 大量の岩がルカリオに向かって降り注ぎ、体中に走った激痛に悲鳴を上げた。辺り一体に響き渡るほど、大きな悲鳴だ。うつ伏せのまま岩の下敷きになっている。

「“リーフストーム”!」

 それでもジュプトルは容赦なく、攻撃の手を緩めない。一刻も早く岩から脱出したいルカリオだが、予想以上に岩が重いことに加え、“いわなだれ”の追加効果による怯んでいた。
 植物の葉が渦を作りながら彼に突っ込んでいく。その威力は凄まじく、岩をふっ飛ばし、さらに彼自身をもふっ飛ばしてしまうほどだ。


 互いに体力があまり残されていない状態。ましてやルカリオに至ってはジュプトルからの攻撃を受けっぱなしだ。相当なダメージを負ったに違いない。
 うつ伏せになったまま動こうとしない彼を見て、ジュプトルは腹を括る。彼とて好きで殺しをしているわけではないからか、自然と手が震え始める。

「終わりだな。とどめを刺してやる」

 ゆっくりとルカリオの下へと近づいていく。確実に息の根を止めるために“リーフブレード”の準備をしている。だがすぐに、溜めていたエネルギーが一瞬にして放散してしまう事態に陥った。
 ジュプトルの耳にあるものが聞こえてきたのだ。それは彼が1番恐れていて、今までやってきたことが崩れ去るほど、聞きたくないものでもあった。


【……無辺、時に切り立ち大地よ……】


 紛れもなく、それはルカリオ固有の混沌語(カオス・ワーズ)であった。これが耳に入った瞬間、ジュプトルは後退してしまうほど驚愕した。その間にも、詠唱は続けられる。


【静寂、時に荒々たる海原よ そこから得ん万物が持ちし躍動よ 我が命に従いて 我が手に集いて力となれ】


 ジュプトルが驚いている間にも、ゆっくりとルカリオはその場で立ち上がり、詠唱を終える。そして口元はというと、きつく縛られていたはずの蔓がすっかりなくなっていた。

「ば、馬鹿な! 蔓を解いただと!? 一体どうやって……!?」

 頭の中が混乱状態にあるジュプトルに対し、ルカリオは傷の痛みに若干辛そうにしているものの、状況が変わったことに笑みを浮かべていた。

「へっ、残念だったな。こんなもの、縄抜けの手品とおんなじなんだよ!」

 それは至って簡単な方法だ。ルカリオが行ったのは、口が縛られるとわかった瞬間に口を半開きにして、そのまま縛られただけである。そして口を閉めることで若干の隙間が出来、蔓を解くことができるのだ。
 すぐに蔓を解かなかったのは、ジュプトルを油断させる必要があったからだ。そのため自分の体力をギリギリまで削ってでも、蔓を解くタイミングを窺っていたのだ。

「き、貴様ぁー!」
「思わぬ誤算だったな、ジュプトル。だがお前の誤算はもう1つあるんだぜ」

 悔しさのあまり歯軋りするジュプトルを見ながら、歯で手を縛っていた蔓を引きちぎり、両手も自由になったルカリオは彼の犯したもう1つの誤算について語り始めた。

「お前が俺にダメージを与えるつもりでやった“いわなだれ”。この技の追加効果が相手を一定の確率で怯ませることだって知ってるよな?」
「それが何……ま、まさか!」

 ある事実に気づいたジュプトルは驚きのあまり目を大きく見開いた。この瞬間を待ってましたと言わんばかりの表情でルカリオはこう言い放った。

「そうだ。俺の特性はな、俺の座右の銘でもある『ふくつのこころ』なんだよ!」

 不屈の心――それは技を受けて怯むと、自分自身の素早さが上がるという特性だ。もともと素早さの面で言えばジュプトルはルカリオより少し素早いだけなので、今のルカリオはジュプトルより素早く動けるのだ。

「そんじゃ、今度は俺がお前をボコる番だな。容赦しねぇからな!」
「ち、調子乗りやがって!」

 完全に形勢逆転の状況に変わってしまった。しかしながら、ルカリオも体力が有り余っているわけではない。時間との勝負になると自覚していた。

「“あくのはどう”!」
「“エナジーボール”!」

 黒と青のエネルギー弾が互いの手から放たれる。だが青、つまり“エナジーボール”はそのまま“あくのはどう”に飲み込まれていった。それは運よくジュプトルの軌道から逸れ、余裕が生まれた。

「“リーフブレード”!」

 その余裕を利用し、一気に攻めに出るジュプトルは距離を縮めてルカリオに斬りかかるが、素早くなった彼は容易くかわす。それどころか、彼は振りかざされた右腕を思い切り掴んだ。

「なっ!」
「いっくぜー! “インファイト”!」

 がら空きになっている部分を狙い、ルカリオは右手の拳に意識を集中させ、“インファイト”を放った。威力抜群のパンチに耐えることができるはずもなく、ジュプトルの体は軽々と宙へ投げ飛ばされる。
 相手の位置を確認しながら、彼は最後の1発を放つ準備をしていた。両手で青白い“波導”を集め、球状にしてその大きさを徐々に大きくしていった。

「『波導は、我にあり』なんだよ。“はどうだん”!」

 ルカリオの十八番とも言うべき技“はどうだん”が放たれた。狙い通り、宙を舞っているジュプトルに命中する。それを確認し、彼はガッツポーズをとる。
 遠くへ飛ばされたジュプトルは力なくそのまま地面に落下する。うなり声を上げているが、もう体を動かすことができない状態になっていた。そこへ、ゆっくりとした足取りでルカリオが近づいていく。

「俺の勝ちだな、ジュプトル……?」

 悔し顔を拝もうとルカリオが覗き込むと、ジュプトルの意外な表情に思わず困惑してしまった。この時彼は、ツメで土を掻きつつ、目から大粒の涙を流していたのだ。

「……くそっ、ここまでだというのか……!」

 確かに悔しそうにしているものの、目に涙を浮かべているということを考えると、相当ルカリオに負けたことが悔しいのだろう。土をひっかけながら拳で地面を叩きつけている。

「そんなに俺を殺したかったのか?」

 今の様子からして、かける言葉がこれくらいしか思い浮かばなかった。ジュプトルに同情しているわけではないが、今がこれを聞くいい機会だろうとのことだ。この問に対し、彼は怒号で答える。

「ああそうとも! お前を殺して、お前の父親に一生残る傷をつけさせるつもりだった!」
「……俺の親父に、一生残る傷を?」

 この言葉で、ジュプトルが父親のライナスに恨みを抱いていると確信をもつことができた。問題は、その理由だ。一見してルカリオと同じくらいの若さでありながら、20年前に消息を絶っているライナスに何の恨みがあるというのだろうか。

「お前だけじゃない! ライナスに関わりのあった探検隊のメンバーも同じだ!」

 全てはライナスを絶望の淵に追いやるため、そのような意図があるように聞き取れる。命を奪うまでジュプトルを駆り立てた原因を、ついにルカリオは尋ねることにした。

「な、何で、何で俺の親父にそんなに恨みがあるんだよ?」

 ルカリオはその場にしゃがみこみ、目線を低くした。依然として涙が止まらないジュプトルも彼の方を見上げる。そして小さい声で、ジュプトルはこう言った。

「……20年前、俺は見たんだ……」
「見た? 俺の親父をか?」

 その言葉を聞くや否や、再びジュプトルの目つきが鋭いものへと変わった。同時に、怒りが最高潮へと達したかのごとく大声で、ルカリオにとって衝撃となることを言い放った。

「そうだ! そしてライナスのせいで……俺の故郷、グロバイルが……壊滅したんだよ!」

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