BW2よりプラズマ団に捕まる前、ヒュウくんの妹ちゃんとチョロネコの思い出のお話。
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ヒュウくんと妹ちゃんとチョロネコの幸せに光あれ。
雨上がりの朝、綺麗な虹がかかった空の清々しい青色が、どこまでも気持ちの良い日――ヒオウギの高台でヒュウのツタージャが生まれた。
ヒュウにとっても近所に住むメイにとっても、そしてヒュウの妹にとっても生まれて初めて肌で感じる、身近なポケモン。身体は小さくても、その存在は子供たちにとっては計り知れないほど大きくて、特別だった。
ツタージャが生まれて数日が経った、ある日の食卓。
テーブルの上にちょこんと座って、専用の器に入れてもらったポケモンフーズをもぐもぐと食べるツタージャ。
そんなツタージャを真ん中にして、隣はツタージャのトレーナーであるヒュウ、反対側にはヒュウの妹が椅子に座っている。
「ほら、あいぼう。これも食えよ。」
「タジャッ。」
自分が食べるのもそこそこに、ヒュウはツタージャに自分の分のごはんを食べさせる。
フォークに刺さったハンバーグに鼻を寄せ、フンフンと匂いを嗅いでからパクリと口に入れるツタージャ。
それを見たヒュウの母が、もうっと眉を寄せた。
「もう、ヒュウったら……ツタージャにばっかり構ってないで、ちゃんと自分の分のごはんも食べなさい。」
「だって、あいぼうはまだ生まれたばっかりだから、てつだってやらないとッ!オレはコイツのトレーナーなんだからさ!」
それにいっぱい食べれば、はやく大きくなれる。
ポケモンは進化をする生き物であることは漠然と理解しているのだが、ヒュウの中で大きくなったツタージャは、ツタージャのままヒュウよりも背丈が大きくなった姿がイメージされていた。
構わず、今度はニンジンのスープを掬ってふうふうと息を吹きかけてからスプーンをツタージャの口元に寄せる。
ツタージャも甘えん坊なので、はやく次の一口をちょうだいと尻尾を振って口を開けて待っており、その様子を見た家族の頬もついつい緩んでしまう。
「おにーちゃん、あたしもっ。あたしも、ツタージャにごはん、あげうの。」
「ん?いいぜ、ほら。」
「わあっ。ツタージャ、あーん!」
「タジャーっ。」
まだ5つに満たない妹に順番をねだられたヒュウが身を引くと、すぐさま自分のプレートから一番好きなおかずをスプーンで掬ってツタージャの口元へ運ぶ。
それも喜んで食べるツタージャに きゃっきゃとはしゃぐ妹とヒュウ。
「かわいい、ツタージャ。」
「タジャァっ、タジャーっ。」
あまりに嬉しくて、ツタージャが本当に可愛くて、子供用の椅子から身を乗り出してツタージャを抱きしめる妹。
ツタージャもいっそう尻尾を振って妹に甘えており、その様子を見たヒュウがこら、ズルいぞッと自分も腕を伸ばすが、そろそろ収集がつかなくなることを察した母親に腕を掴まれてストップさせられる。
「もう、いい加減に自分のごはんを食べなさい。冷めちゃうでしょ!ほら、あなたもごはん中なんだからちゃんとおイスに座って。」
母に言われ、はあいと返事をした二人とも椅子に座りなおして自分の晩ごはんを食べ始める。
「ツタージャが生まれてから、ふたりともすっかり夢中だなあ。」
「本当、これでしっかりしてくれるようになるのは嬉しいですけど、ちょっと構いすぎね。」
仕方ないじゃないか、とヒュウの父がおおらかに言えば、そうだよ、とヒュウが賛同の声を上げた。
「やっと自分のポケモンがゲットできたんだぜッ!こんなにうれしいことがあるかよ!な?オマエもうれしいよな、あいぼう!」
「タジャ!」
あたしもうれしーと妹ちゃんが笑う。
子供たちの笑顔に両親も顔を見合わせた。
「おじいちゃんのおかげですね。ふたりとも、あんなに喜んで……。」
ヒュウにツタージャのタマゴをプレゼントしたのは、ヒュウの祖父だった。
ヒュウの母が顔を向けた先で、上座側に座る祖父が孫たちの喜ぶ顔が見られて満足そうに微笑んでいる。
ツタージャが生まれたことで、ヒュウの家の食卓はいっそう賑やかで楽しい雰囲気に包まれていた。
夜、寝るときになるとヒュウの妹が「今日も一緒にねてもいい?」とヒュウの元へやってくる。
ヒュウはまたかよ、なんて口では言いながらも目は笑っており、実はすでに今日も妹が来ることを踏んで一緒に寝る準備はバッチリだった。
まだ小さい妹は両親と一緒の部屋で寝ているのだが、ツタージャが生まれる前からもたびたびヒュウと一緒に寝たがって両親の部屋からやってきていた。
近頃は、ツタージャが生まれてからはほぼ毎日ヒュウたちと寝ている。
水玉模様が可愛らしいナイトキャップを被った妹をベッドに招き入れ、ツタージャを真ん中にして寝る態勢に入る。
ツタージャの身体は触るとひんやりしているけど、こうしてベッドに入ってひっつくとあたたかく、ふふっと鈴を転がした声で妹は綻んだ。
「いいなあ、ポケモンさん……。いいなあ……。」
ツタージャの鼻先をツンツンと小さな、ツタージャの手とほぼ変わらない大きさの人差し指で突っついている妹が目をとろんとさせながら呟く。
ツタージャもトレーナーであり、自分の"おや"でもあるヒュウと同じほどヒュウの妹にとてもよく懐いており、ヒュウにとっての一番の加護対象ゆえにツタージャにとっても妹は何があっても守るべき存在として認識されていた。
自分が生まれて間もなくも妹がよちよちと寄ってくる姿は、どうしようもなく健気で可愛らしかった。
自分がこのコを守らなければ、ちゃんと面倒を見なければという責任感さえ生まれさせて、最近では彼女の"もうひとりのお兄ちゃん"である自覚まで芽生えつつあった。
実際には甘えん坊のツタージャの方がヒュウの妹に面倒を見てもらっている方が多いのだが、当人たちはさして気付いていない。
「へへ、あーいぼうッ。」
「タージャーッ。」
しかし、やはりツタージャのトレーナーであり、"おや"はヒュウであるため、ツタージャが一番懐いているのは紛れもなくヒュウだった。
そのことが、妹からしてみればある種の寂しさを覚えるきっかけの一つだった。
幼いが、ヒュウやメイよりも感受性が豊かで、どこか人一倍察しの良い勘の良さを持ち合わせているヒュウの妹は、お互いがお互いの一番なヒュウとツタージャが羨ましくて仕方ないのだ。
だから、一緒にいるたびに気持ちが零れ落ちてしまう。
自分も自分だけの生涯のお友達が欲しいな、と。
その呟きを口にしながら眠りについた妹の寝顔をツタージャ越しに見ていたヒュウは、その夜とある決意を胸に翌朝を待った。
次の日、ツタージャを連れて家を飛び出したヒュウは、おもちゃの木剣を腰に携えて一直線にゲートへ向かう。
「オレは妹のために一肌ぬぐぜッ!」
ヒオウギシティの北にあるゲートの先は19番道路に続いている。
そこには川や草むらも多くあり、きっとたくさんのポケモンが潜んでいることだろう。
そうなれば、妹のために捕まえられるポケモンもたくさんいるかもしれない!
自分だって、もう立派なトレーナーなんだから、バトルくらいできるんだという意気込みを胸に抱え、意気揚々とゲートを潜る。
妹のためという大義名分を掲げるその実、ポケモントレーナーとしての一歩を踏み出せるワクワクに駆られていることはナイショだ。
さあ、いざ!妹のために19番道路へ!
「こら!ヒュウ!待ちなさい!」
行けなかった。
ゲートの受付けを担当しているガイドのおねえさんが19番道路側の出入り口へと走っていこうとするヒュウを呼び止める。
彼女はよく隣町のサンギタウンへ親と出掛けるときや、メイたちとちょっと19番道路へ遊びに行く際によく声を掛けてくれる世話好きのおねえさんである。
普段は優しいが、怒らせると怖いタイプであり、責任感が強い性格のため、ポケモンを持っていない子供が19番道路へ出ることに対しては特に厳しい一面を持っていた。
その厳しさも外の危険を知っているからこそであり、子供好きで優しい性質が厳しくさせているのだが、幼いヒュウには伝わっていない。
「なんでだよ!オレ、自分のポケモンもってるんだぞ!ほらッ!コイツ、オレのあいぼうのツタージャ!」
「いくら自分のポケモンを持っていても外は危ないからダメよ。あなた、その様子だとまだバトルもしたことないでしょ!」
一瞬、図星を突かれたヒュウが言葉に詰まる。
確かについ昨日自分はツタージャを生まれたばかりといったばかりだ。
ポケモンは元来持ち合わせている闘争本能から生まれてすぐでもバトルができる生き物だ。
だが、全くバトルの経験がないヒュウの指示で生まれて間もないツタージャが戦えるのかと聞かれたら、それはもちろんだと即答が出来なかった。
けど!
「それでもいかなきゃなんだよ!妹のために、オレは……!」
「おや、ヒュウじゃないか。なにをしているのかね?」
「あッ……じいちゃん!」
そこへ偶然、ゲートまでやってきたヒュウの祖父が騒ぎを聞きつけて声を掛けてきた。
あっ!とヒュウとおねえさんの声が重なる。
「こんにちは、ヒュウのおじいさん。それが、ヒュウったらポケモンをゲットするんだーってゲートを通りたがってて……。」
「ポケモンをゲット?どうしたヒュウ、ツタージャだけでは物足りないのか?」
「そうじゃないよ!」
もちろん、いつかはツタージャ以外のポケモンもゲットしたいが、今はツタージャだけで十分すぎるくらい充実してる。
そうではなく、妹のためなのだとヒュウが事情を説明すると、ヒュウの祖父はなるほどと納得して顎をさする。
妹にはまだまだポケモンは早いかと思っていたが、寂しい思いをしていることはもちろん、このままではヒュウが妹のために無茶をしかねないことを危惧すると可愛い孫のために頷く他なかった。
ガイドのおねえさんにワシが付き添うから心配いらないと言えば、大人が一緒ならばと途端に快く頷いたおねえさんが掌で19番道路を指す。
「はい、お気を付けていってらっしゃいませ~!」
その変わり身の早さは、ヒュウのことを完全に小さな子ども扱いしていることへの裏返しのように感じられる。
事実そうなのだが、認めるのが尺でヒュウはジト目でおねえさんを見たが、笑顔で手を振られてスルーされてしまった。
……いつの日か、堂々とこのゲートを相棒と一緒に一人で通ってやるッ!
19番道路に出ると心地良い風が通り抜け、街にはない草木の匂いや川のせせらぎが聞こえてくる。
直に触れた自然の雰囲気にくさタイプのポケモンだからだろう、ツタージャは尻尾の先の葉を小刻みに揺らしてヒュウの肩の上で歌うように鳴き声を上げた。
今にも遠くまで駆け出していってしまいそうな気配を察してヒュウが腕に抱くと、それはそれで嬉しいようで、ニコニコとご機嫌な様子を見せていた。
「さて、どんなポケモンがいいかのう。」
ゲートから出て、手近な草むらの前で立ち止まった祖父の横から顔を出したヒュウが腕の中のツタージャと一緒に首を傾ぐ。
「じいちゃんがゲットしてくれんの?オレ、ポケモンバトルを生で見るのはハジメテだぜ!」
テレビでしか見たことのないポケモン同士のぶつかり合いを実際にこの目で見られるとなったら、男の子の性なのか自然と高揚してしまう。
急かすように草むらに入ることを勧めてくる孫のクセっ毛すぎてトゲトゲした頭に手をポンポンと置いて、やさしいしゃがれ声が問いかける。
「ヒュウは妹にどのポケモンをプレゼントしたいんじゃ?」
この辺りに生息しているのはミネズミやバスラオなど、身体も小さくてゲットしやすいポケモンばかりだ。
アイツだったら、どんなポケモンも喜ぶだろうが……。
うーん、と考え込むヒュウ。
妹のためにポケモンをゲットする!と息巻いたものの、実際どんなポケモンがいいのかまでは考えていなかった。
うんうんヒュウが唸っていると、ふいに腕の中でツタージャが「タジャッ!」と甲高い鳴き声で何かを示す。
ヒュウの腕に両手を立てて身を乗り出したツタージャの視線の先を祖父と共に辿ると、木の上に座って毛繕いをしている1匹のチョロネコを見つけた。
「チョロネコだッ!そうだ、じいちゃん!アイツ、アイツがいい!」
「チョロネコか……。」
一見すれば愛くるしい子猫なのだが、チョロネコは困った顔が見たいからと人の道具を勝手に盗むイタズラ好きで、性格にクセがあるポケモンだ。
そんなポケモンを、まだヒュウよりも幼い妹の傍にいさせて泣かされやしないか、それが心配で祖父は悩んでしまう。
だが、横から服を引っ張って、「いいだろ、じいちゃん!たのむよ!」とヒュウに懸命にお願いされてしまい、仕方がないと頷く。
いいじゃろう、そう言ってチョロネコのいる木の下まで歩いていく祖父の後をツタージャを抱いたヒュウがついていく。
「……?」
祖父に気付いたチョロネコだが逃げる気配は見せず、木の上に座ったままちょこんと首を傾げてヒュウたちを見下ろす。
さて、と祖父が懐に手を入れた。
妹のためのポケモンゲットとはいえ、この目で初めて見る派手なポケモンバトルを期待したヒュウが、おお!と両手で拳を作る。
バッと祖父が取り出してチョロネコに向けて翳したのはモンスターボール――ではなく、いかりまんじゅう。
「どうじゃ?降りてきて食べんかい?」
「へッ?」
拍子抜けするヒュウ。
思わずツタージャを落としそうになってしまった。
「なにしてんだよ、じいちゃん!それじゃあ、ゲットできないだろ!」
「そんなことはないよ、ヒュウ。」
「そんなことあるよッ!だって、ポケモンをゲットするにはバトルして、相手をよわらせてからボールをなげなきゃ、」
「果たして、そうかのう。」
穏やかに言う祖父にヒュウはますます意味がわからないとばかりに足元をばたつかせる。
はやくしないとチョロネコが逃げてしまうかもしれない。
ポケモンを出して、バトルを仕掛けて、それで相手を弱らせたところにモンスターボールを投げれば、それでポケモンはゲットできる。
粗方の方法は知っているだけにポケモンも出さず、モンスターボールも持っていない祖父が何をしようとしているのかヒュウにはちんぷんかんぷんだった。
もう一度チョロネコに向かって、どうだい?と祖父が柔らかく問いかけると、二つ瞬きしたチョロネコが音もなくするすると木の上から降りてきて、祖父の前まで寄ってくる。
掲げていたいかりまんじゅうを持つ手を下ろし、膝を折ってチョロネコと目線を合わせるように顔を覗き込んだ祖父の隣で、ヒュウとツタージャが目を丸くさせた。
チョロネコは、数回いかりまんじゅうの匂いを嗅いで、スッと二本足で立ち上がった。
立った!?と驚くヒュウとツタージャ。
前足でいかりまんじゅうを器用に持って、はぐはぐと食べ始めるチョロネコに「おいしいかな?」と祖父が穏やかな顔のまま尋ねると、チョーロ!とチョロネコの可愛らしい笑みが返された。
よしよし、そう言いながら頭を撫でる祖父にゴロゴロ喉を鳴らすチョロネコは、すっかり警戒心がなくなった様子で、祖父と仲良しだ。
その様子をヒュウはポカンと眺めている。
そうして、いかりまんじゅうを食べ終えたチョロネコに祖父が手を差し出す。
もう おまんじゅうは乗っていないが、その手を匂い、再びゴロゴロいいながら顔を寄せるチョロネコを撫で、
「どうじゃ?お前さん、ワシらと一緒に暮らさんか?」
「チョロ!」
問いかけるとあっさりとOKの返事なのだろう、屈託のない笑顔で鳴き声を返され、そこで初めてモンスターボールを取り出した祖父がチョロネコにそれを見せる。
お入り、と促すとチョロネコは前足で開閉スイッチを押し、自分からボールに吸い込まれた。
そして、祖父の手から地面に転がり落ちたボールがもぞもぞと三回揺れ、カチリとロック音が鳴る。
チョロネコが飛び出す気配はない。
ゲットが無事に完了した合図だった。
祖父はチョロネコが入ったモンスターボールを拾い上げると、中腰だった姿勢を戻して未だポカンとしているヒュウに声を掛ける。
「さて、では帰るかの。」
「ち、ちょっとまってよ、じいちゃんッ!ほんとに今のでゲットできたのか?」
「できたともさ。ほら。」
チョロネコの入ったモンスターボールを見せてくる祖父に「でも、」とヒュウは思わぬ形のゲットに理解が追い付いていない様子で眉を下げている。
そんなヒュウの頭を撫でて、祖父はやさしく語り掛けた。
「ヒュウや、ポケモンのゲットはなにもバトルがすべてじゃない。
何事もそう、争わずに平和に解決できるのならそれでいいじゃろう。」
それに、バトルをしてチョロネコがケガをしたことを知ったら、せっかくプレゼントしても妹が悲しむんじゃないかな?
「あっ……。」
祖父の言葉に妹の笑った顔が思い浮かぶ。
小さくて、とびきり心の優しい妹のことを考えれば、自分のためのポケモンがバトルをせずに仲良くなってゲットできたという方が喜びそうだ。
タージャ!とツタージャも同じことを考えたのか、ヒュウの腕の中で笑顔を見せる。
「わかったよ、じいちゃん。あんがとなッ!アイツ、これできっとおおよろこびだぜ!」
はやく帰ろう!と手を引っ張ってゲートに向かうヒュウ。
祖父は無邪気な孫の様子が何より可愛らしく、ホッホと笑い声を零しながら帰路につくのだった。
「じゃーんッ!」
ヒュウの妹は、突然目の前に掲げられたモンスターボールにぱちぱちと両目をしばたかせた。
きょとんとしている妹に何してんだよとヒュウが問うと、首を傾げる反応を返される。
意味が分かっていないらしい。
ならば、教えるまでである。
「このモンスターボールはオマエのモンスターボールだ。」
「?どーゆーこと?」
「つまり、このボールの中にはオマエのポケモンがはいってるってことッ!」
「!ポケモンさん!あたしのっ?」
途端にきょとんと丸まっていた瞳にキラキラと星屑が生まれ、その様子を鼻高々に見つめながらヒュウは歯を見せて笑う。
ほら、ともう一度モンスターボールを目の前に突きつけるも妹は受け取ろうとはしない。
どうしたんだよと尋ねたら、「だって」と言いながら、もじもじと身体をくねらせている。
突然、自分のポケモンをもらえるだなんて、それも今ここで対面できるなんて、嬉しさ余ってなんだか恥ずかしくて、少し緊張しているようだった。
しかし、そんな妹の些細な機微に気付くことが出来ず、どころかモンスターボールを受け取ろうとしない妹が本当は気に入らなかったんじゃないかとヒュウは不安に息巻いた。
てっきり手放しで大喜びする顔がすぐにでも見られると思ったのに!
オマエ、イヤなのかッ!?と怒鳴り声にも等しく声を上げる兄に詰め寄られ、驚いた妹はひゃあっと頭を抱えて蹲った。
そんな幼い兄妹を遠くから眺めていた祖父が「これこれ」と諫めにやってくる。
「ヒュウや、そうせっかちになるのはいかんよ。
大丈夫じゃよ、突然ポケモンをもらえるからお前の妹はびっくりしているだけなんじゃ。」
なあ?とやさしい祖父の眼差しに促されて、そして自分の気持ちを言い表してくれて、妹はこくんと頷く。
ヒュウはなんでだよと不服そうだが、祖父に諭されて仕方なく一度身を引いた。
それから不安げにこちらを見上げてくる幼い目に気付くと、途端にバツが悪くなって、すっとボールを持っていない方の手を差し出す。
「わるかったよ……。ほら、立てよ。」
「うん……。」
妹の小さな手が重ねられ、やさしく引っ張って立ち上がらせると、改めてヒュウは「ん!」と妹にモンスターボールを差し出した。
妹も今度はきちんと手を伸ばし、おずおずとそのボールを受け取る。
見た目はただのモンスターボールだけれど、この中には確かに自分のポケモンが入っているのだ。
両手でボールを包み込むと、中にいるポケモンの体温が伝わってくるようで、どくんどくんと小さな胸の内で心臓がだんだん忙しなく脈打ってくる。
「あけてみろよ。」
兄は、まるでプレゼントボックスのリボンを解くのを指示するように言い放つ。
妹にとってはこれまでもらったクリスマスや誕生日プレゼントよりも重大な意味を持つ行為だった。
「おにいちゃん、いっしょにあけて。」
「ええ?なんで。」
「だって~……。」
一緒に開けるも何も開閉スイッチを押すか、ボールを床に放ればいいだけなのに。
ヒュウが首を傾ぐと妹は瞳を揺らしてうつむきがちにか細い声を漏らす。
近所に住んでいる幼なじみのメイよりも幼いが、そのメイよりも泣かないコである妹がこんなことでぐずったりはしないのはわかっているが、先程祖父が言っていた「不安」の気持ちをその様子からヒュウはようやく察した。
「わかったよ、ほら。いくぞ。」
「うん!」
ボールを持つ妹の両手に自分の手を重ねて、せーのと言いながら床に放る。
コロコロと転がるモンスターボールが口を開き、中から白い光が零れ出すと、それは子猫の姿を象って紫色に色付いた。
「……チョーロ!」
「わああっ……!」
ピンク色の瞼を持ち上げて見開いた目は、見たこともないくらい綺麗な緑色をしていた。
紫色の短い毛と長い尻尾がスマートで、そして何より妹を見つけて鳴いた声の可愛らしさに妹は歓喜の声を上げる。
「どうだ?今日からコイツがオマエの、オマエだけのポケモンだぜッ!」
腰に手を当てて自慢げに笑うヒュウだが、妹はもうそれどころではなく、今は大好きな兄の声さえ届いていない。
生まれて初めて対面する自分のポケモンにすっかり高揚して、ドキドキとひっきりなしに脈を打つ心臓によってほっぺたが真っ赤に染まっている。
目の前にいる妹にチョロネコはきょとんとすると、トトトっと四本足で歩いていき、より妹に近くなった場所でちょんと座る。
下から見上げる顔を首を傾げて斜めから見たり、反対側に頭を傾けて違う角度から見たりを繰り返すチョロネコに妹はきゅううんと締まる胸の奥に息が詰まりそうだった。
そろり、と小さな手がチョロネコの顔に伸ばされる。
ぱち、と一つ瞬きをしたチョロネコはためらわずに妹の指先に鼻を近付けて、スンスンと匂いを嗅いでみた。
その様子をじいっと見ているヒュウ。
始めこそ笑っていたが、いつの間にか見ているうちに妹の緊張が移ったようで、食い入るように真剣な眼差しになっている彼の小さな肩に祖父の手が優しく置かれた。
ハッとしてヒュウが顔を動かすと、大丈夫だというように頷く祖父の顔に微笑が湛えられている。
「……チョロンっ。」
「!わあっ……あ、ふふっ、かわいい。」
「チョロロ~。」
「ふふっ、きゃははっ。」
妹の手をペロペロと舐め始めたチョロネコは、妹の笑い声を聞くとますます嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らして、その場にコロンと転がった。
前脚でちょいちょいと妹を手招きすると、先程よりもずっとナチュラルに手を伸ばした妹の手を自身のお腹に導くよう仰向けになった。
なでて、と甘えた声を出せば、妹の小さな手がチョロネコのお腹に当てられて、ナデナデと動かされる。
くすぐったそうに身をよじり、笑うチョロネコに妹はすっかり不安や緊張をなくして思うままに笑い声を上げていた。
「おにいちゃん、おじーちゃん、ありがとうっ!あたし、とってもうれしーわ!」
「チョーロー!」
チョロネコをだっこした妹がヒュウと祖父にお礼を言う。
同じほどの背丈のチョロネコを抱いている妹の姿はまるでペアマスコットのようで、否応なしに頬が緩んだ。
「ほうれ、もうすっかり仲良しじゃよ。」
「うん……。あのさ……。」
「?」
大喜びで一生懸命じゃれ合う妹とチョロネコの光景に胸があたたまる思いで目を細める祖父にヒュウは、ポツリと。
「……今日はあんがとな、じいちゃん。」
そこには、おおはしゃぎの妹の姿を同じだけ喜び、はにかむ孫の顔があり、より一層祖父の顔は綻んだ。
妹想いの立派な兄に育っていってくれていることも、ポケモンが一目で懐くほど心のやさしさがよくわかる妹も、どちらもたまらなく いとおしかった。
夜、ヒュウはツタージャと一緒に寝る準備をしながら、ふと相棒のツタージャにこんなことを零してみた。
「今日からはアイツ、チョロネコが一緒だから、かあさんたちとねるかもな。」
「タジャァ……。」
今までは、ツタージャがこの家で唯一妹に一番近しいポケモンだったため、常にくっついていたのだが、今日はさすがにチョロネコにべったりだった。
チョロネコも妹を気に入り、ごはんの時もツタージャの隣はヒュウと妹だったのだが、妹がいた場所はチョロネコが居座ることになり、妹はすっかりチョロネコにお熱を上げている。
自分のポケモンがゲットできたなら、必然的にツタージャは妹の2番目のポケモンになってしまったことを察知し、なんだか悲しい。
今日も今日とてヒュウの妹の訪れを待っていたツタージャは、ヒュウの言葉にあからさまにしょんぼりする。
「おちこむなよ、オマエにはオレがいるだろッ!さあ、ねるぞ!」
ツタージャは幾分か取り直して、頷く。
掛け布団をめくって、シーツをぽんぽんと叩くとツタージャはくるんと身体を翻してヒュウの布団の中に潜り込んだ。
それを確認したヒュウが部屋の電気を消そうとしたとき、こつんと部屋のドアが控えめに叩かれる音がして、ん?と振り返る。
次いで、コンコンと連続して小さく叩かれるノック音がしたため、ベッドから下りたヒュウはパタパタとドアの近くまで駆けていった。
「はあい、だれー?」
ノブを回して開けてみると、ドアの向こう側からチョロネコを抱いたヒュウの妹が顔の半分を覗かせる。
「あのね、ヒュウおにいちゃん、きょうはチョロネコといっしょにねてもいい?」
「チョーロ。」
妹がドアの向こうにいたことにも少々驚いたが、今し方ツタージャと話していた内容とは逆のことが起きていることにもヒュウは驚いた。
だが、妹からの申し出にヒュウが断る理由はなく、わざわざ断りを入れてきた妹に「いいにきまってるだろ!」と返し、半開きだったドアを思いきり開放する。
妹の姿を見止めたツタージャがヒュウのベッドから跳ね起きて、タージャッ!と高い声を上げた。
「ほら、はやく入れよ。いっしょにねようぜ。」
「うんっ。」
嬉しそうに返事をしてヒュウの部屋へと入ってきた妹は、ヒュウのベッドに乗り上げて、妹のの来訪に喜ぶツタージャの頭を撫でる。
いつもヒュウの部屋で寝るときはツタージャを真ん中にしていたため、一番奥の端っこへいそいそと移動した妹。
チョロネコは布団の中には入らず、横になった妹の隣に移動するとフミフミと掛布団越しに妹の腕を前足で踏んでいた。
タジャーッとツタージャがヒュウを呼ぶ声に急かされ、部屋のドアを閉めたヒュウは今度こそ電気を消して、自分もベッドに寝転がる。
みんなで一緒に寝るベッドはいつもよりも狭くて、いつもよりもぬくく感じて、心地良い眠りにつけたのだった。
ハアッと吐き出した息が熱く、それでも一生懸命に走り抜ける。
階段の一番上まで上りきったところで、もうクタクタにくたびれて座り込んだヒュウの妹に向かってチョロネコが「チョーロっ」と可愛らしく鳴きながら、その膝の上に飛び乗った。
ヒオウギの高台までかけっこをしたのだが、今日は自分がビリだった。
一等賞は、チョロネコだ。
いつも高台までの追いかけっこはツタージャが一番だったのに、そんなツタージャをひょいと簡単に追い越して階段ではなく手すりを伝って走り抜けたチョロネコが一番の座に就いたのはびっくりした。
惜しくも二番になったツタージャは、悔しさから不貞腐れて尻尾でバシバシと床を叩いている。
「くっそー、まけた!」
「うん。チョロネコ、すごいねっ、いっとーしょう、ね!」
三番のヒュウは、今日こそあいぼうに勝ってやるんだ!と息巻いていただけに思わぬダークホースにしてやられ、こちらもツタージャと同じく不服な思いを真っ赤なつり目に浮かべて頬を膨らませている。
華々しい一位を手にしたチョロネコは、ヒュウの妹の膝の上で頭や背中を撫でられて、ゴロゴロと喉を鳴らし、ご満悦の様子である。
そのとき、ツタージャがヒュウのズボンを引っ張り、タージャタージャ!とチョロネコを指差してしきりに鳴きだした。
今まで一番だった追いかけっこに負けたことを悔しがっての文句か、それとも妹がチョロネコを褒めるのにヤキモチを妬いているのかは判断が難しいところだが、ヒュウも似たような気持ちなのでむすっと頬を膨らませたままだ。
しかし、妹とチョロネコが笑い声を上げて仲睦まじくしている様子に自然と顔から力が抜けていく。
それはさすがのツタージャも同じらしく、ゆっくりと瞬きするたびに妹とチョロネコが笑う姿を映した瞳が穏やかに揺れ始めた。
「チョロネコ、あしはやーい!あしたのかけっこも、いっとーしょー!だねっ。ふふっ、あははっ!」
「チョロロンっ。チョローっ!」
――――まあ、いっか。
こんなに楽しそうな妹を見るのはハジメテで、そして、それはとても嬉しいことだから、ヒュウはツタージャと顔を見合わせると眉を下げて、歯を見せて笑った。
そうして、ヒュウが妹が立つのを手伝ってやりながら、景色の見えるベンチまでゆっくり歩いていく。
吹き抜ける風が火照った身体を適度に涼ませてくれて、気持ち良さにホッとした。
ベンチへ腰かけ、ふうと一息吐く。
少し遠くを見れば、風にそよぐ緑と太陽の光を吸い込んで反射させる綺麗な湖が見える。
遠く遠くの山々のてっぺんに雲がかかっていて、青空の中に佇む景色はいつ見ても素晴らしいものだった。
美しい絶景を眺めながら妹はヒュウに向かって、この場にはいない幼なじみの名前を出す。
「メイしゃんがいないの、さみしーね。」
「べつに、アイツがいなくてもだいじょうぶだけどな、オレは。」
「ほんとに?」
「ほ、ホントだよッ!」
まだ5つにも満たない妹に心の内を見透かされているようで、ヒュウは慌てて顔を妹から外して言葉の語尾を跳ね上げる。
「チョロン?」
妹の膝の上でお行儀よく座っているチョロネコが妹を見上げて首を傾げる。
メイってだーれ?というような顔に妹は「あのね」と答えた。
「ごきんじょにすんでる、おんなのこなの。」
ふうんという相槌のようにチョロネコの尻尾が上下に揺れる。
曰く、メイは今、家族旅行に出かけていて、しばらく帰ってこられないらしい。
普段、仕事で滅多に家に帰ってこられない彼女の父親が此度、長期の休みが取れたため、家族水入らずで海外旅行に行ったのだという。
いってきます!と母と父の手をにぎゅうっと握って、旅行へ出かけていったメイの嬉しくてたまらないという笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。
「ドジなアイツのことだから、りょこーさきでもころびまくってるぜ、きっと。」
「チョ~ロ。」
「な、なんだよチョロネコッ。」
ヒュウの心の内を察したようにチョロネコがイタズラっこな笑みを浮かべ、前足でつり上がる口元を隠すように抑える。
三日月型のエメラルドの瞳が頬に赤みを差し込んだヒュウの顔を捉えている。
ゆらゆらと長い尻尾が意味深に宙を泳いでいた。
しかし、こればかりはツタージャも庇ってやれないようで、赤い半目をさらに細めてヒュウを見上げている。
ポケモンたちのませた視線にフンっと鼻を鳴らしてそっぽを向いたヒュウに、妹がトドメの一言。
「はやくかえってきてほしーね、メイさん。」
「う……。ま、まあ……そうだな。チョロネコのこと、はやくしょーかいしたいもんな!」
「ん!」
帰ってきたメイがたくさんのお土産を抱えて、一歩歩くごとに零しているもそれに気付いていない姿と、結局最後には何もないところで派手に転んでお土産が宙に舞うドジな光景が容易に想像できた。
ただいま!と声高々に真っ先にヒュウたちの元へやってきたメイがチョロネコを見て、妹のポケモンだと説明したときの驚き顔を想像すると込み上げてくる笑いを抑えきれずに、ヒュウたちは揃って肩を震わせる。
「それじゃあ、あそぼうぜッ!」
「うん!」
一休みも終わり、ベンチから立ち上がったヒュウと妹はさっそく何をして遊ぼうか考える。
ハイド・アンド・シークは、この高台では隠れられる場所がほとんどないため、こういうのは19番道路などの森でやるのが適している。
ダッグダッググースは、なるべく大勢でやった方が楽しいため、メイが帰ってきてからにしよう。
そんな風に話し合う中、ヒュウの妹の「ホップスコッチがしたい」という発言を尊重し、さっそくチョークで高台の床に円や三角や四角などの図形を組み合わせて描いていく。
高台の端から端まで描いた図形の上をリズム良く跳んで、誰が一番上手にゴールできるかを競うことになり、一番手で飛び出したヒュウは見事ゴールまで辿り着いた。
子供たちの中では一番運動神経に恵まれており、ゴールできた喜びをガッツポーズで示す彼へ妹とツタージャの「すごい!」という賛美と拍手が送られる。
「えいっ。ほっぷ、ほっぷ……っ。ほーっぷっ。わあいっ。」
「チョーローっ!」
続いてヒュウの妹がホップスコッチをやれば、ヒュウよりもゆっくりめに、けれど、存外危なげなく無事にゴールまで辿り着いた。
最後の四角に両足を置いた瞬間、全部とべたことを喜んで両手をばんざいと上げると、妹の進行に合わせて両隣をちょこちょこついていっていたチョロネコとツタージャもばんざいと手を上げる。
チョロネコがぴょんとジャンプして妹に抱き着けば、妹もできたーと言いながらチョロネコを抱きしめた。
ゴロゴロと喉を鳴らすチョロネコを撫でながら、次はツタージャの番だねとツタージャに笑いかける。
「タジャッ!タジャ、タジャ、タージャッ!」
おお、とヒュウと妹の目が明るく見開かれる。
リズミカルというよりもスピーディーにチョークで描かれた図形を踏んで、ツタージャはあっという間にゴールしてしまった。さすが、一番すばしっこいだけあり、風を切るようだった。
えへんっと腰辺りに手をやって鼻をツンっと上に向けるツタージャに「すごいせ、あいぼうッ!」というヒュウの声が高らかに響く。
「ツタージャはやーい!チョロネコ、つぎ、あなたよ!」
「チョロ?」
褒められるツタージャを眺めていたチョロネコは、妹の言葉にきょとんと尻尾を揺らす。
はい、とスタート地点に下ろされて、さっきみんながしたみたいに図形を踏んでいくんだよと教えられると、沈黙の後、すくっと二本足で立ち上がった。
「チョロネコ、ふぁいと!」
「チョロ……。……チョーロっ。」
「あっ。」
バッとチョロネコが跳躍する。
すると一番最初の円を片方の前足で踏み、くるんと身体を縦に回転させて二つ並んだ四角を両後ろ足による着地で踏んだ。そうして、次の三角が二回続く図形は片足で、次は片前足で……と器用なジャンプを見せてゴール地点へと辿り着いたチョロネコ。
チョロネコ、すごい!とヒュウの妹が飛び跳ねると、褒められたことがわかったのだろう、チョロネコはご満悦の様子で妹の身体にすり寄った。
ヒュウとツタージャは、チョロネコの器用さにぽかんとしている。
一番スピードに乗っていたのはツタージャだが、リズミカルという点でも身軽さでもチョロネコの方が一枚上手で、無邪気に喜んでいる妹を見つめて、これは妹にスゴイ友達ができたな、と悟った。
続くボール遊びでも、せっかくだからとヒュウが勝負を持ち掛けてきた。
自分のポケモンができたから、どちらのポケモンがより多くボールを落とさずにヘディングできるかを競うルールだ。
「まけないぜッ!」
「チョロネコ、がんばってね!」
「タジャッ!」
「チョーロ。」
せーのっと掛け声を合わせて、同時にボールを自分のポケモンに向かって放る。
青いボールはヒュウのツタージャに、ピンク色のボールは妹のチョロネコに。
「タジャジャッ!タージャァ!」
「おッ!うまいぜ、あいぼう!そのちょーしだ!」
頭だけでなく尻尾も使ってボールを高く打ち上げるツタージャ。
時折高く上げすぎたボールが落ちてくるポイントがずれた際は、素早く移動をして元の位置に戻して、上手く落とさないよう努めていた。
この調子ならツタージャが勝てる!と踏んだヒュウがチラリと妹のチョロネコの方を見ると、あちらもあちらでかなり上手にこなしているようだった。
「チョーロンっ。」
「チョロネコ、じょーず!カワイイ~!」
「チョロロっ。」
こちらはツタージャのように高くボールを上げすぎたりなどはなく、一定のリズムを崩さず、調子よく綺麗にヘディングをこなしている。
先程のホップスコッチのときも思ったが、運動神経はひょっとすればツタージャを凌ぐかもしれない。
そんなことをヒュウが考えたとき、妹に誉められた嬉しさでついついボールが弾みすぎたらしい、チョロネコが「あっ」というような声を漏らす。
ボールが柵を越えて下に落ちてしまったのだ。
ヒュウと妹も「ああっ」と声を上げて、急いで柵まで駆け寄るが、それよりも速く顔の横を伸びていった細いツルが柵の下へ向かう。
「タージャ。」
そうして、ツタージャが首元から伸ばしたツルが落下してしまったボールを見事にキャッチして事なきを得たのだった。
伸ばしていたツルを引いて妹たちの元までボールを持ってきたツタージャは、タージャと鳴く。
そんな小さな彼にヒュウはすぐさま駆け寄って頭を撫でまくる。
「えらいぞ、あいぼうッ!」
「ツタージャ、ありがとう!」
「タジャァ~ッ。」
ヒュウから褒められ、妹からお礼を言われ、嬉しそうに尻尾を振って笑ったツタージャをじっと見つめるチョロネコ。
その視線に気付いたツタージャがチョロネコに向き合うと、はい、とボールを手渡すべく差し出した。
「…………。」
「……タジャ?」
チョロネコは依然としてツタージャを見つめており、ボールを受け取る気配がないことにツタージャが不思議に思って首を傾げると、ふいにニッとチョロネコの口角がつり上がった。
ボールを前足で受け取り、チョロンっと鳴くチョロネコ。
語尾が弾んでおり、何と言ったのかはわからないが、ボールを取ってくれたツタージャへのお礼を言ったのかなとヒュウと妹は顔を見合わせる。
ツタージャは、タージャと鳴いて腕組をした。
自分の方が多く回数をこなしたことを自慢する態度に対し、チョロネコはすかさずムっとパッチリ開かれた目を半分閉じてツタージャを見やり、それからボールをツタージャに向けて投げた。
「タジャッ!?」
とっさに身体を翻したツタージャが振り上げた尻尾でボールを捕まえ、打ち返す。
「チョロっ!」
とっさのことで勢いがついたボールへ、ジャンプしたチョロネコの前脚によるねこパンチが炸裂し、それはまっすぐにツタージャに向かっていった。
負けじとツタージャが低くさせた頭でボールを掬って返せば、今度はチョロネコが身体を縦に回転させて尻尾の先でボールを打った。
「あいぼう……。」
「ふたりとも、ボールあそび、じょーずっ。ね、おにいちゃん。」
「あ、ああ……。そうだな。……そうだな!よし、がんばれあいぼう!チョロネコにまけるなーッ!」
「チョロネコ、がんばってっ、がんばってーっ。」
ポケモンたちが始めたラリーにヒュウと妹は一瞬呆気にとられたのだが、次第に身体がうずうずとしだして、たまらず自分のポケモンを応援する声を上げる。
がんばれーという幼い声とボールを打ち返す音、ツタージャとチョロネコの鳴き声がヒオウギの高台にいつまでも楽し気に響いていた。
「ほら、チョロネコみてっ。とってもカワイイの!」
「チョロ~!」
リボンで髪を結んでいたら、ひらひら動くそれに向かって飛びついてきたチョロネコに驚いたこともあった。
リボンが好きなのかと思って、首や尻尾にリボンを巻いたり、頭の上におっきなリボンを飾ってオソロイだねと笑い合った。
「チョロ……チョロっ。チョロっ?」
「ふふふ、こっちこっちーっ。」
リボンで遊んでいたらすぐにボロボロになっちゃって、見兼ねたおじいちゃんがポケじゃらしをくれた。
ポケモンが遊ぶ用のオモチャだからリボンみたいにすぐにボロボロになったりはしなくて、いつまでもそれを追いかけて、おしりをフリフリ振って狙いを定めるチョロネコが可愛かった。
チョロネコはポケじゃらしで遊ぶのが大好きだったね。
「チョロネコ、キレイキレイにしてあげるね。」
「チョロンっ。」
髪を梳かしていると、いつもじいっと見てくるからチョロネコの毛もブラシで梳いてあげたらゴロゴロいって喜んだ。
梳かした後のチョロネコの毛並みがツヤツヤになったからいっぱいナデナデしたら、もっとゴロゴロいって喜んでくれたから、あたしもうれしかったんだよ。
「チョロネコ、きょうはなにをしてあそぼっか?」
「チョーローっ!」
チョロネコがあたしのポケモンに――おともだちになってくれた日から、毎日が楽しくて仕方なかった。
何をするのも一緒で、どこへ行くのも一緒で、毎日がキラキラしていたの。
ずっとずっと、こんな日が続くと思ってた。
ずっとずっと、チョロネコと一緒にいられるんだと思ってた。
ずっと、ずっと……。
「チョロネコ、きょうはとってもいいおてんきなの。
おひさまがキラキラしててね、かぜがきもちよくって、こんなひにね、タカダイへいったら、とってもキレイなケシキがみられるのよ。」
覚えてる?あなたが家へ来た次の日にヒュウおにいちゃんとツタージャと一緒に高台の景色を見たこと。
ツタージャもね、あの高台で生まれたのよ。
あたし、自分のポケモンがいたらおにいちゃんたちみたいに、あの高台の景色を一緒に見たかったの。
チョロネコのおかげでね、夢がかなっちゃった。
「ね?チョロネコ。」
思い出と変わらない笑顔に雫を乗せて、目の前のモンスターボールに語り掛けるけれど、何も反応は返ってこない。
記憶の中にあったボールよりも少しだけ表面が傷付いて、色褪せてしまっていた。
手を伸ばして、モンスターボールを撫でる。
チョロネコにいつもそうしていたように。
掌に伝わってくるのは冷たいモンスターボールの感触だけだけど、あの日おにいちゃんから受け取ったボールもきっと同じような感触だった。
ただ、中にあなたがいるとわかると、心があたたかくなって、それがボールにもあると思っていただけなんだって。
でもね、あの頃と違っても、きっとあなたに触ったらあの頃と同じあったかさがこの手の中に伝わってくるんだって、わかってるから。
あなたは忘れてしまったかもしれない思い出も、あたしはぜんぶ覚えているから。
一日だって、忘れたことなんてないから。
このボールの中に閉じ込められているのは、きっと悲しい想いだけじゃないはずだから。
きっと、あなたがあたしやおにいちゃんと遊んだ日のことを楽しくて恋しく思ってくれた時間があるはずだから。
いつかきっとあなたと前みたいにたくさん遊べる日が来るって信じてるから。
「だいすきだよ、チョロネコ。」
その日がくるまで、毎日あなたにお話するからね。
「チョロネコ、つぎはなんのおはなしをしようか?」
思い出の中と変わらない声で笑いかけた言葉を彩る鈴の音は、おにいちゃんからもらった、やすらぎのすずの音。
物言わぬモンスターボールがほんの一瞬、揺れた気がした。