バトルタワーの覇者

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:10分
 バトルタワーは、最初にガラルで訪れたシュートシティにあった。この街にはすべてが揃っている。世界中のあらゆる地から観光に訪れる人がいるというのも納得だ。
「バトルタワーは“ブラックナイト”騒動の前は、ローズタワーっていってね。マクロコスモス社の所有だったんだけど、一連の騒動の後は権利譲渡されて、今は前チャンプのダンデさんが取り仕切ってるのよ。オーナーと、あとリーグの委員長も兼務してる」
『マスターがガラルチャンプになる前の、チャンピオン?』
「あ、忘れてるな、サナたん。実は最初の頃に会ってるんだよ」
 記憶を手繰るが今ひとつ覚えていない私に、マスターは「ヒント」と言って、私の持っているガラルチャンプリボンを指さした。
『思い出した。モミアゲの人?』
 思い出した。あまりにあっさり倒していて、記憶になかったが、確かシュートスタジアムで最終決戦に当たった人のことか。
「サナたん、それしか記憶にないんだ……?」
『申し訳ないとしか言いようがないです……』
「まあこっちに来たばかりで混乱してたからね。しかたないよ」
 タワーの中に入るとリーグスタッフと同じ制服を着た人たちが居た。運営が同じだからだろう。
「今回はシングルで挑むから、基本的には普通のポケモンバトルだよ。いつものサナたんで行こう!」
 そして、何体か私の他に選出し、私たちはバトルタワーに挑んだ。

 *

 何人かのトレーナーを倒し、モミアゲと年齢がやや釣り合っていないトレーナーを最後に倒した。またもや、うっかり失念しかけていたが、彼こそがダンデだった。
「オレたちはオレたちを超えるぜ!」
 負けてなお気高い。
 しかし、穿った見方をすれば、そのようなカッコいいセリフがすらすら出てくるあたり、基本的にはナルシストなのだろうというのが、ダンデに対する私の第一印象だった。
 バトル終了後、ナイスバディな女性スタッフから“マスタータワーリボン”をもらう。マスターは私に早速それをつけて、よく似合うと褒めくれた。何だか照れくさい。
「なかよしリボン、がんばリボンは全国共通だから既にあるよね……あと、ここガラルでゲットできるリボンは“マスターランクリボン”だね。ランクマッチバトルのマスターランクは、このタワーのマスターランクとは全く違う次元、別世界のレベルの強敵たちがチャレンジしているから一筋縄ではいかないなあ……」
「いいや、残念ながら、君のサーナイトは参加できない」
 割って入った男の声は、聞き覚えがあった。
「ガラル出身じゃないと参加できないんだ。ランクマッチバトルはガラル出身者しか出られない規則でな。すまない」
「あ、ダンデさん!」
 マスターも気づき、声をあげる。
「よう、ガラルチャンピオン!」
 言われた瞬間、マスターはその場でクルクルっと回転し、天に手を突き上げ、「チャンピオンタイム!」と叫んだ。
 それを見て、ダンデは意表をつかれた様子だったが、腰に手を当てて、豪快に笑った。
「ハッハッハ! さすがはチャンピオンだ! すごくサマになってるぜ!」
 浅黒い肌に、紫の髪が印象的であった。瞳は金色でどことなくタンポポの花を思わせる。「ダンデさんも、腕あげてきたね」
「おっと、キミに言われるとはな。トレーナーとしての道を踏み出したのはついこの前だというのに。だけど、キミには旅立ちのあの日から素質があると思っていたんだ」
 ダンデはともすれば嫌味とも受け止められかねない言葉を、素直に真正面から受け止めた。明るい、裏表のない良い人というのが私の率直な評価に変わった。ナルシストというよりは、自分に素直で、周りの目線を気にせず真っ直ぐに思ったことを言うのだろうと思う。
 同時に、これがチャンピオンの器となる人たちの共通点なんだなと何となく感じる。今のマスターも、今までの私のマスターたちもみんなそうだったように思う。
「ねえダンデさん。サナたんは、ランクマッチバトルに出られるようにならないの?」
 ダンデはオーバーなジェスチャーを交えながら、首を大きく横に降る。
「すまない、チャンプ。これは規則なんだ。オレは確かにリーグやタワーを任されている。だがそれは好き勝手にやって良いわけじゃないんだ。委員会の承認を経て、委員長、副委員長、書記長の三役の決議をもって決めることになっている。まず、今回のような特例希望は委員会の過半数承認も得られないだろう。めんどくさいが、第二のローズさんを出さないためにも必要なことだ……」
 ダンデの人と成りは確かに聖人君子そのものかもしれない。だがその次に続く者がそうとは限らない。現在の制度は最も正解に近い形であると感じた。
「サナたん……そういうわけらしいから、リボンフルコンプしちゃったね」
 数にして二個。確かにこの地方のリボンは少なかった。月日が流れたら、リボンを提供する施設もこのガラルに現れるかもしれないが、今はそれが全てだ。
「そうそう、ダンデさんに聴きたいことがあるんだけど、“ダークライ”って知ってる?」
「うん……? ダークライ? ああ、シンオウ地方のミオシティに残る言い伝えのポケモンか」
 ダンデは少し考え込む仕草をする。
「……まだスマホロトムの図鑑アプリにも無いな。少なくともこのガラル地方では確認されていない。今後、アプリのアップデートの際には載るかもしれないが、そもそもこのガラルに居ないからな」
「ダンデさんも見たことないのかあ」
「すまないな」
 あまり事情は知らない様子だった。しかし、ダンデは思い出したかのように手をポンと叩く。
「そうだ。知り合いに、世界中を旅した男がいる。奴なら知っているかもしれない」
「世界中を!? まるでサナたんみたいだね」
 マスターは簡単に言ったが、ポケモンの転送システムとは異なり、この時代、人間が旅をしようとするとなかなか厳しいものがある。きっと、その男は相当腕に覚えがあるのだろう。
「生まれはカントー地方らしい。それから、ジョウト、ホウエン、シンオウ、アローラ。各地を旅してまわったと聞いている。チャンプ、キミも会ったことがあるぞ」
 マスターを見ると、首を傾げていた。心当たりがないらしい。
「一言でいうと、燃えるような男だ。情熱の赤だ。だが、ジムリーダーのカブじゃないぞ……よし、アポを取っておいてあげよう。今日はホテル・ロンド・ロゼに泊まるんだろう? 部屋はいつものとこだよな? そこに行くよう伝えておく」
 そう言うと、ダンデは何かから逃げるようにタワーの中へ逃げていった。私は振り返り、すぐに理解した。
 カメラを構えた集団がバトルタワーの玄関口を取り囲んでいる。めんどくさい報道陣だ。
「人気者は辛いわね……」
 口調を女優のそれっぽく変え、我がマスターは慣れた手でサングラスをかけ、玄関へ向かう。私もその後ろをついて行った。
「チャンプ!? 今日はまたなぜ久々に、バトルタワーに来たのですか??」
「すみません、事務所を通してくだい」
「巷では、BP稼ぎのためにダブルバトルでシルヴァディを爆発させすぎではとの声もありますが!?」
「それはお答えできません。事務所を通してください」
「シルヴァディと共に酷使されるエルフーンも毎回過労で倒れているという情報も入ってますよ! 安全配慮義務違反じゃあないんですか!?」
「お答えできません。すべて事務所を通してください」
「チャンプ!? ちょっと!! 質問に答えてください!!」
 そう遮ると、フラッシュがたかれる中、マスターと私はタクシーへ向かった。すべての質問に対しては肯定も否定もせず、「答えられない」とだけ伝える。徹底した対策だった。さすが有名人ともなると違うな、と改めてマスターを見直した。

 しかし、実は今回の報道陣は、後から知ったところによると、マスターが芸能人ごっこをしたいがために、アラベスクタウンのジムリーダーをしている知人の劇団に頼んだということだった。単なる、なりきりの芸能人ごっこである。
 そんな芸能人ごっこより気にかかることがある。カントー出身。燃えるような男、情熱の赤。気になるフレーズをダンデは並べていた。それに合致するトレーナーは、私の中にはひとりしか居なかった。

――――――――――
【補足】爆発するシルヴァディ
 BPを稼ぐため効率化を追い求めた結果、バトルタワーのダブルバトルにおいて構築された戦術である。
 初手は、シルヴァディ(いのちのたま保持)とエルフーン(特性いたずらごころ)を出し、エルフーンが追い風をすると同時に、シルヴァディが最短で爆発する。これにより、相手のポケモンをあわよくば2体道連れにすることができる。その後、エルフーンが生き残っていれば、エルフーンはがむしゃらをする。
 4体のうち、シルヴァディとエルフーンを除く残る2体は、トゲキッスとホルードであり、後はひたすら全体攻撃(トゲキッスのマジカルシャイン、ホルードは地震)をするだけという、何の面白みもない消化試合となるが、バトルタワーにおいてはほぼ最速で勝利することのできる戦術である。
 あまりにも無慈悲な闘い方に当局からも指導が来ているが、そもそも、ポケモンバトルにおける「爆発」とは技のひとつであり、死亡するわけではない。トレーナーとポケモンの信頼関係に基づき行われる戦略のひとつである。
 過去に最高裁でポケモン愛護団体が原告としてポケモンリーグ協会と争ったことがあるが、好んで爆発するマルマインがいることを根拠として棄却されたことがある。
――――――――――

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想