ヒトとポケモンの家

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 そわそわと周囲を見ている少女がこちらに気づき、その表情がぱっと明るくなった。マッシュの合図で、ベーコンと名付けられた青犬は減速し、その少女の前で止まった。両の目尻に涙を溜めている。
「待たせたな。……と、その前に面倒だけどやっとかねえとな。たまたま似たような背格好の奴もいりゃあ、レイドや交換のためにワザと似せてくる奴もいるからな……1(ワン)と言えば?」
「億(オク)!」
「ロックだ、間違いねえな。“聖母”の落とし物、届けに来たぜ」
 あの符号を用いた。一種の儀礼だが、ここでは必要な慣習なのだと、今の私には理解できた。
 マッシュは私に降りるよう促し、ゆっくり地面に足をつける――と同時に少女は凄い勢いで抱きつく。そして、肩を震わせる。
「ごめんね、ごめんね……」
 泣きじゃくる少女に抱きつかれ、困った私はマッシュを見た。マッシュは笑うとニット帽を深くかぶり直した。助けてくれそうにはない。
「コウタローから伝言だ。レイドは仕切り直し。今日の宵の刻、ここで待ってるぜ。ハイヨー、ベーコン!」
 掛け声を出すと、ベーコンは「ウルォード!」と奇妙な遠吠えをあげ、地を蹴った。みるみる小さくなっていくマッシュの姿を私は茫然と見送った。
「ごめんね、サナたん……ごめんね? コウタローから聞いたの。サナたんが野生のポケモンと間違われたことも、大怪我をしたことも。あたしがサナたんをひとりにしたばかりに……。ずっと探してた。でも見あたらなくて。このまま会えなかったらどうしようって思って……。よかった。本当によかった! ……ごめんね、ごめんね?」
 私は答える代わりに少女をぎゅっと抱きしめることにした。その方が良いと思った。なぜか、遠い昔にそんなことをしたような気がしたから。

 ※

 その日、私は少女が作ったという孤児院に来た。建物は古びた洋館であったが、窓ガラスは綺麗に磨かれており、また、入り口には『ようこそ、HOMEホームへ』と書かれたプレートが取り付けられていた。元々あったものをリフォームしたようなちぐはぐな印象であった。
 この洋館は、ワイルドエリアのステーションからほど近い森の奥にあった。近道があるというので、木々の合間をすり抜けていく。少女いわく、禁術バグわざの類ということであり、モロ一族の里に行くのと似たような手法であるようだ。
 そういえば、私がシンオウ地方に居た頃のマスターも似たようなことを試していた記憶がよみがえる。あれは、そういうことだったのか。
「マグノリア博士の家の湖からも来れるんだけどね。これが近道なんだ」
 孤児院の名前はあえてつけていないらしい。ただ、『HOMEホーム』と自然と呼ばれるようになり、少女自身もそう呼ぶようになったらしい。
「あ、おねえちゃん」
 ホームの前でポケモンたちと遊んでいた子どもたち3人が駆け寄ってくる。三階建ての洋館の窓から色んな子どもたちが顔を出しており、少なくとも十人、いや二十人ほどは住んでいるのだろう。
「姉ちゃん、チルマーしよ? 今日相方な?」
「あ、レオン。ずるい。私がお姉ちゃんと組むの!」
「ナギサちゃんは前やったでしょ?。今日はわたし! レオンは男の子なんだからワガママ言わないでよ」
「ニットは黙ってろ」
「レオンが黙れって言ったー!」
 目まぐるしい会話について行けず、思わず目眩がしたが、少女は優しい笑顔で微笑みかけ、「マルチバトルは後でやろうね」となだめた。
 チルマーとは、マルチバトルのことらしいが、そもそも私はマルチバトルは未経験で、いずれにしてもあまり馴染みのない単語だった。
 そんな子どもたちの喧騒を抑えるように、少女が声を張り上げる。
「今日はあたしの新しい友だち紹介するよ。あと、明日には何と……巨大ピカチュウが来まーす!」
「え、マジ? ワイルドエリアの駅で前に巨大ピカ持っている子がいて、めっちゃ羨ましかったー! イーブイのモフモフ感もいいけど、ピカもいいよなー! よーし、みんなに言ってこよ!!」
 そう言って、レオンと呼ばれた男の子が洋館の中に走っていく。その後ろを色々なポケモンが追いかけていった。
 辺りをよく見ると、たくさんのポケモンがいるのがわかった。色違いと呼ばれる、私と同じ異端が多かった。同じ種類のポケモンが複数いるが、どうやら一人につき一体ということらしい。喧嘩しないようにという少女の配慮だろう。コウタローに言っていた取り分はこのことだったのだ。
 人間とポケモンが共に生活する。ここはどうやら、『ポケモンHOMEホーム』でもあるらしかった。

――――――――――
【補足】禁術バグわざとは?
 通常では考えられない方法を言う。
 シンオウ地方のポケモンリーグのとある四天王の部屋で扉に向かって波乗りをすると、通常は行けない座標軸の場所へ行けるという噂が巷を当時にぎわせた。噂は事実であり、しっかり準備し情報収集しているトレーナーは探検セットを用いて問題なく生還したが、そうでいない者もおり、波乗りをした後、帰ってこれないトレーナーが続出した。
 これを重く見た当時の運営サイドは救助プロジェクトを立ち上げ、『修正パッチ』を開発。その後の被害は抑えられたが、既に生還を諦めたトレーナーは自らの手でその命を絶ってデータを削除していたこともあり、その被害の爪痕は大きかった。一方で、専門家は「バグ技はそもそも自己責任」という見方もしており、一概に運営サイドが非難されるような事態にはなっていない。
――――――――――

「おかえり……あれ、新しいポケモンかい?」
 玄関をくぐると、ダストダスで清掃している体格の良いメイド服の女性がいた。手際よく、ダストダスにゴミを食べさせ、掃除を行っていた。ポケモン側としてもお腹が膨れるし、館の中もきれになり、一石二鳥というわけだ。
「ただいま、サオリさん。あ、サナたん。この人はサオリさん。住み込みで働いてくれてるの。とても頼りになるんだ」
「どうも、サオリです。以前はカントー地方におりました。ここの一切を取り仕切っています。腕に覚えがあります故、仮に悪党が攻め込んできた場合であっても、鍛えあげたパートナーの連携でたちまち撃退する自信があります。もっとも、私一人で大体何とかできますけどね」
 少女は、私にメイドの女性を紹介した。サオリは軽く会釈し、二の腕に力こぶを作り、ポケモンを6体呼び出す――すべて、格闘タイプのポケモンである。一貫性がある分、特定のタイプとは相性が悪いような気はしたが、ここHOMEには様々なポケモンがいるので、そこで手持ちの調整をするのかもしれなかった。
「カイリキーは特にカントーで生まれたときから一緒でね。格闘家として過ごした時代も、その後の異国オーレの特殊部隊に所属していた時代も、その後も、ずっとずっと一緒なんです」
 カイリキーとサオリは強い絆で結ばれているようで、絶対の信頼と自信がそこにはあった。だからこそ、少女もこのサオリのことを信じてこの施設を預けていられるのだろう。

 私たちはサオリと別れると、3階にある書庫と書かれた部屋に向かった。
 扉を開くと、中には大量の書物が所狭しと並んでいた。壁面すべてが本棚である。入り切らなかった書物が床に山積みにされており、それを避けながら奥へと進んでいくとデスクがあった。その横に小さな扉があり、そこが寝室になっているようだ。
「一応ここがあたしの部屋……なんだけど、書庫の部分はマグノリア博士もよく使っているんだ。元々、博士の生家だったのをそのまま使わせてもらってるから」
 マグノリアという名には覚えがあった。ポケモンの生態を研究する博士号を有する者の中で最高齢の女性だったはずだ。オーキド、ナナカマドといった著名な博士とは異なり、ポケモン研究のみを専攻するのではなく、途中から分野を転向したという話を耳にしたことがある。
「あ、来たな? メロンパンちゃん」
 言うと、ベッドの横の窓に少女は駆け寄り、窓を開いた。窓からにゅっと何かのポケモンが顔を覗かせる。ここは3階であるので、そこに首が届くということは相当大きなポケモンである。
「サナたん、すべろう!」
 そう言うと少女は窓の柵を越え、奇妙な黄色いポケモンの頭から滑り台のように降りていった。慌てて、窓に近寄ると、キリンリキのようなポケモンであることがわかった。
 その背中に滑り降りた少女が声を掛けるので仕方なく私も勇気を絞り出し、頭から背に降りた。落ちるのではないかという恐怖と、おとなしく背に乗せてくれるだろうかという不安で、正直死ぬかと思った。
「やったね、サナたん。着地成功だね。紹介するよ、この子はメロンパンちゃん。なんか身体の紋様がメロンパンの焦げ目みたいでしょ?」
 キリンリキはこんなにも大きかったであろうか。その背中に乗りながら、考える。しかし、このガラル地方では巨大なイーブイが居たし、バンギラスだって普通の大きさから巨大化していたので、別に珍しいことではないのかもしれない。私の考えを見透かして少女は首を振る。
「違うよ、サナたん。この子はポケモンじゃないよ。ポケモン以外の生き物、動物。すごく珍しいけどね。キリンって言うんだ。ブラックナイトの騒動のときに、マクロコスモスの施設から逃げ出したのを保護したの」
『……もしかして、それを保護したのってマッシュっていう人?』
「そうだよ? よくわかったね。大きいし目立つから、ここで一緒に住むことにしたんだ」
 そう言って、少女はメロンパンの背を撫でた。ネーミングセンスから予想した通りだった。
 私は恐る恐るそのキリンという生物の顔を見上げてみる。とても優しい目をしていた。果たして、ポケモンとこの生物の違いは何なのだろうかと考えるか、答えは私の知識の中には見つからなかった。

――――――――――
【補足】サオリとマグノリアの関係は?
 サオリは特殊部隊を抜けた後、カントー地方のアキハバラシティで、メンバー全員が殺しの訓練を受けたプロという異色のユニット“AKB48”に加盟していた。なお、AKBが“All Kill Burningすべて殺し、燃やせ”の略であることは過去話を参照のこと。
 しかし、あるとき、先輩ユニット“BBA4.8”の一員であったマグノリアと出逢い、彼女の考え方に触れるうちに惚れ込み、助手として働きたいと思うようになった。BBA4.8が電撃解散した後、サオリもAKBを抜け、ガラル地方に渡り、今に至る。
 なお、BBAとは“ババア”の略であり、4.8とは常勤換算である。AKB48は実人数の48人であるのに対し、高齢化や持病による退職などによるメンバー確保の困難さから、実人数ではなく、実人数一人をおよそ0.6人とする特例措置を認められ結成された。
 従って結成初期から8名で通院や療養という各々が事情を抱えながら交代で活動してきたが、癌による入院や在宅看護、また老衰による他界などが重なり、最終的には、キクコ・キクノの双子、マグノリアとポプラの4名しか活動しておらず、実際には2.4人としか人員換算できていなかった。明らかな超過勤務でありキクコが過労で倒れたことをきっかけに、『老人を酷使し過ぎではないか。安全配慮義務違反の疑いがある』として、当局に摘発され解散に至った、今なお語り継がれる伝説のユニットである。

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