不思議の国

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 太古の昔からあり続けるというトキワの森。
 キャタピーなどの虫ポケモンを中心に、コラッタやポッポといった雑食系のポケモンで生態系が形成されている。町は違えど、かの著名な博士が研究所を比較的近くに構えたのもそういった多様な生態系調査が目的だったと言われている。もっとも今となっては日進月歩でポケモン研究は飛躍的に進んでおり、トキワの森で何かを研究するといったことも無くなって久しいという。
「ボクの知っているピカチュウはもっと丸っこかったんだけどな。同じトキワでも月日が経つと変わるもんだね。ん……ロケット団?」
 マスターが木々の合間に、黒を基調とした服装の男女数名を見つけた。マスターは赤いキャップをくいっと上げ、普段とは打って変わった鋭い眼で森の奥の動向を伺った。
「サナ、キミなら聞こえる?」
 私は全神経をこめかみに集中させ、黒い連中の言葉を感じようと力を込める。距離があるため、断片的に感じられたそれを列挙する。
『例のモノ。高値。ハーフバック。取引。探究心の果て? コードネーム、レインボー……?』
「――ピッカー!!」
 眼前に邪魔が入る。通りすがりの野生の電気鼠によって思考が寸断される。

 *

 ――瞬間、覚醒した。
 飛び起き、状況を確認する。ここはカントーでも、トキワの森でもない。ホテル・ロンド・ロゼの一室であった。
 私の包まっていた毛布では、一緒に寝ていた少女の薄い胸が軽く上下していた。あどけない寝顔を見せる、私の今のマスターだ。
 古い夢を見たのだろう。全て大団円で終わった過去のことだ。
 カントー地方……何世代前のマスターだったか。ガラルに来てから、過去の記憶がどうも定まらない。しかし、振り返ると断片的ではあるが広範囲に記憶はあるのだ。
 その中には楽しかったことも悲しかったこともある。数々の冒険の旅で、数多の喜怒哀楽を経験し、私はここにある。
「あれ、サナたん。起きたの……?」
 起こしてしまったことを詫び、サイドテーブルのメガネをかけた。
「いいよ。そろそろ起きなきゃいけないしね! 今日はワイルドエリアに珍しいポケモンが居るらしくて。それに行かなきゃいけないから」
 少女は慣れた様子で身支度を整え始めた。
 見たところ、人間の年齢では十歳かそこらだと思う。人間の寿命は八十あたりだと聞いたことがあるが、それを考えるとまだ幼い。
『あなたたち人間は、旅が怖くないの?』
 思わず聞いてしまっていた。
 少女は私の顔をじっと見つめ、一瞬考え、微笑んだ。
「楽しいよ。だって、部屋にとじこもってちゃわからないことがいっぱいあるんだからさ」
 そう話す少女は、強く、美しく見えた。
「さあ、行こう! 今日は……ピカチュウゲットだぜ!」
 ――どこか遠い昔に聞いた台詞と同じだった。

 *

 アーマーガアタクシーに乗り、辿り着いたのは、少女が昨日教えてくれたワイルドエリアだった。赤い光の柱が幾つもそびえ立っており、広大な自然が広がっている。私たちは今、そのワイルドエリアの最南端、ガラルを縦断する列車のステーション前に居た。
 ここから視界に映るのは木々と草原であるが、空から見たところでは、湖や川、荒野、遺跡のようなものもあったように思う。ワイルドという名称がなるほどぴったりである。
「ねえ、サナたん。ここは少し変わった場所でね。あたしよりもずっと強いトレーナーや、レアポケモンを集めるコレクター、普段は会えないような人とも会えるんだよ」
『ガラルチャンプの貴方より強い……?』
「そ、世界は広いってことだねえ。ここはホントに不思議なところでさ。訪れる人の見た目も千差万別だし、他人とは思えないような人がいる」
『ちょっと意味がわからないのですが』
「あの柱の光の源のせいかな? あたしにはよくわかんないけど、星の命みたいなものなのかも。それが、色んな幻想を現実にする……って感じなのかもねえ。どっちにしても、サナたん? 迷子になったり知らない人についていっちゃだめよ」
 と、少女はまるで母親のように諭すのであった。
「……なあ、1(ワン)と言えば?」
 話し込んでいたところに急に声が掛けられ、一瞬身構えたが、一人の警官が立っていた。無線かと思ったが、どうやらイヤホンに繋がっているのは何かミュージックプレイヤーのようなものらしく音楽が漏れている。
 少女の様子が変わったのが空気感でわかった。そして、慎重に答える。
「億(オク)」
 少女がそう答えると、警官は嬉しそうに「ロックだねぇ!」と笑った。意味がわからないが、何かの符号らしい。
「よし。今回は、キョピカだ。もちろん、色レイド。入るにはいつもの四桁」
「ありがとう、コウタロー。取り分は?」
「馬鹿野郎。コードネームを使え。ハーフバックだ。わかったな? しっかり見てるからな、イカサマすんじゃねえぞ」
「わかったわ。コードネーム“不思議の国のアリス”。いつもどおり、あたしの身内の子たちの取り分だけでいい。あとは貴方で好きにして頂戴」
「今から半刻後に開始だ。いつもどおり、時間になれば出発する。遅れんじゃねえぞ」
 男は低い声音で告げ、その場を去っていった。
 ただならぬオーラを放つ男に、少女は物怖じ一つせず答えていた。一体、今の短いやりとりは何だったのだろう。
「さあて、間に合ったことだし、ちょっとロトムラリーしてるね! なかなか目標更新できないんだよねえ。サナたんはちょっと待ってて!」
 短い時間も有効活用しようということらしい。少女は急ぎ早に告げると、自転車に跨がり物凄いスピードで去っていった。

――――――――――
【補足】
※「1(ワン)」と言えば「億(オク)」、「ロックだねぇ!」
 筆者の知人コウタロー氏の愛してやまないバンドが暗号になっている。だからどうしたという完全な身内ネタであるが反省はしていない。
――――――――――

 ひとり残された私は周囲を見渡した。待てど少女は戻らない。
 無駄に思考が流れる。少女とあの“不思議の国のアリス”と名乗った警官(もといコウタロー)の関係性は? ただの警官では無いように感じた。
 二人は何を会話していた? キョピカ。ハーフバック。イロレイド。いつもの四桁。出て来たキーワードをざっくり頭の中に並べてみる。果たして何の隠喩だろうか。考え、今朝の夢を思い出した。かつて悪の組織ロケット団も同じようなことを言っていなかったか。胸騒ぎがする。不安がよぎる。
 ……私が何とかしなければ。それがトレーナーに仕えるポケモンの役目ならば。あれでも、一応は今の私のマスターである。

 ふと気配を感じ、振り返る。いつの間にそこにいたのか、ハット帽を被った、黒ずくめの男がいるのに気づいた。
 私は思い切って、ハット帽の男に思念で言葉を慎重に伝える。一縷の望みを託し、先程の符号を。
『あの』
「……頭を垂れて、つくばえ。平伏せよ」
 いきなり出鼻を挫かれる形になる。しかし、ここで諦めてはいけない。
『1(ワン)と言えば……?』
「下弦の5だ」
 億(オク)とは返ってこなかった。あのコウタローという警官の仲間ではないらしい。私の様子は気にせず男は続ける。
「私が問いたいのは一つのみ。何故デリバードがそれほどまで弱いのか。剣盾に残れたからといって終わりではない。そこから始まるのだ。ランクマッチで役に立つための始まり」
 何を言っているのかさっぱりわからない。そもそもそんなことを私に言われても――
「そんなことを私に言われても? なんだ言ってみろ」
 まずい。焦りのあまりいつの間にか思念が漏れ出ていたらしい。
「何がまずいんだ? 言ってみろ」
 私の直感が危険を告げる。慌てて私は普段のバトル用に四つに制約を課している技の中には無いテレポートを使用しその場を後にすることにした。
 瞬時に視界から男の姿が消え、同時に周囲の風景も変わる。先ほどとは異なる場所に私は居た。小さな家の前だ。自転車に乗った来客がしきりに訪れ、家の前にいる女性に話しかけ、ポケモンを預け、しばらくした後にまた現れ、タマゴを受け取っていた。不思議な光景だった。
 とにかく、私はあのハット帽の男から離れることに成功したらしい。思念で、男の名前が『ムザン』であることはわかったが、トレーナーなのか別の何かなのか謎のままだった。謎といえば、なぜかテレポートした瞬間に、パスタを押しつけられたのもよく分からなかった。
 ただなんとなく、二度と会うことはないような気がした。

 ――そのとき、少女を家の前に見つけた。背格好、服装、間違いない。私は慌てて駆け寄り、声をかけた。
 話しかけて気づく違和感。確かによく似ているが、彼女ではない。何から何まで瓜二つである。思念でリーグカードを読み取ると、『ユウリ』という名前であった。周囲を見渡すと、比較的似たような格好をしている者が多く、そのほとんどが『ユウリ』という名前であることに気づいた。念のため全員に語りかけてみたが別人であった。あと、何故かまたパスタやレトルト麺を押し付けられた。
“ここはホントに不思議なところでさ。訪れる人の見た目も千差万別だし、他人とは思えないような人がいる”
 私は、少女が言っていたことを思い出した。このことを言っていたのだ。近くにある光の柱を見上げる。少女が、星の命の源だと言った柱を。
 ワイルドエリア。不思議の国と呼ぶに相応しい場所だった。

――――――――――
【補足】ムザンというトレーナー
 かの有名な漫画「鬼滅の刃」に出てくる最凶の鬼の名前であり、そんな鬼に憧れて止まない筆者の身内(10歳)のトレーナー名である。頑張って服装も似せた、渾身のなりきりである。
 なお、サナたんは威圧されていたが、コスプレの完成度が高いだけで、トレーナーとしてのレベルはかなり低い。ろくに育てていないムゲンダイナでやたらとムゲンダイビームを撃つのが得意。また、パスタは彼でなくとも押しつけてくる。ワイルドエリアの風物詩である。
Special thanks,
『ONE OK ROCK』『鬼滅の刃』

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