「お腹すいたぁ……」
仕事を終えて部屋に戻るなり、真っ先にベッドへ飛び込んだ。ヒトの姿が泡のように消えて、わし本来の姿、赤き竜に戻った。
ぼうっと手足の先があったかくなる。ほどよい疲れは意識を眠りへと優しく誘っていく。いかんいかんと、わしは重い身体を起こした。
晩飯がまだじゃ。
のそのそとフードディスペンサー(食用分子複製機)の前まで飛んで、メニューを開く。選べば食事が出てくるが、選ぶことさえ億劫じゃ。食欲もいまいちそそられぬ。
困ったのう。無理に食ってもしんどいだけ、食事の楽しみを一食分損した気分になってしまう。一日の終わりを告げる食事はもっと味わって食べたいのじゃあ。
そんなとき、いいことを思いついた。そうじゃ、困ったことは専門家に頼ればよい。
「コンピュータ、わしをバーラウンジのカウンターテーブル席に転送しろ」
『転送します』
「それでお任せメニューを?」
コック帽が似合う腹の大きなヒゲ男、ラクールが、テーブルに顔を乗せて溶けるわしから事情を聞くなり呆れ果てた。
「わしの好きそうなのを適当によろしく」
「参ったな。普通なら断るよ、本当だ。しかし今日は本当に運がいい。今の君にぴったりなディナーができたばかりだ」
彼が大きな鍋を開くと、ふわりとコンソメの控えめな香りが漂ってきた。スープだ。それも野菜の。
「今朝、船の植物園で採れたばかりの根菜を煮詰めた。メガロポリスの伝統料理で、疲れた身体を芯からあっためてくれる」
目の前に少量のライスと、澄んだ透明のスープが並んだだけで、胃袋が恥ずかしげもなく鳴いた。
わしはヒトの姿を取ることも忘れ、皿に口を突っ込んだ。人参や蓮根から沁み渡る旨味が喉を流れた瞬間、根菜の天使が舞い降りてきて、その清らかな歌声を披露し始めたではないか。
「これじゃあ……これを求めておったのじゃあ……」
感動のあまり涙を流して貪るわしを、ラクールは満足げに眺めておった。
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