勇者ワンパチは1足りない

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作者:北埜とら
読了時間目安:13分
~ここまでのあらすじ~

 小さな畑に棲んでいるとあるオスのサッチムシ。力も弱く友達もおらず、ひねくれた性格でいつもムシャクシャしていて(ムシだけに)あとは枯れ葉をムシャムシャしている(ムシだけに)彼の趣味は、非力な自分をいじめてくる村のポケモンたちの噂話をサッチしてサーチすることだった。サッチムシはたくさんの噂話をサッチしてサーチしていたので、村の誰よりも賢いという自負があった。よって彼は自分以下すべての村ポケを心の中で虫けら以下!! と呼んでいた。更に、彼は暇だったので、ある頃から噂話をサッチしてサーチしたあと、村ポケたちにあることないこと吹聴してまわり、ポケ間関係をめちゃくちゃにするのを今生の喜びとしはじめた。ポケ間関係をめちゃくちゃにして喜ぶサッチムシは流石に村ポケに嫌われてしまい、彼は小さな畑を追い払われてしまう。
 サッチムシは賢いので、プライドが高く、自分を追い出した村ポケたちをめちゃくちゃ憎んで、そして恨んだ。村の隣にある深い森の中で、彼は彼らへ復讐することばかり考えた。復讐してやる! 復讐してやる!! 復讐ばかり考えているうちに、いつの間にサッチムシはレドームシに進化していた。固い殻の中で飲まず食わずであの脳みそスカスカの虫けら以下の村ポケどものことを考えれば考えるほど、彼の脳みそと自尊心はますますブクブクと肥え太っていった。
 そしてとある日、遂にイオルブへと進化を遂げた彼は、極限まで膨れ上がったこの強大な脳みそによって、あの村の虫けら以下どもへ積年の恨みを晴らすべく、復讐の大魔王へと成り果てたのであった……



(中略)



 数多くの仲間の犠牲と引き換えに、勇者ワンパチは遂に辿り着いた。大魔王イオルブの魔の巣窟――森の一番奥の大きな木の大きなうろの中にある、IQ10(愛・宮殿)という場所である。

「フハハハハハ!! 勇者ワンパチよ!! どうしてそこまで頑張ろうとする? あんなIQ10未満の虫けら以下どものために、命を削らずともよかろう?」

 大魔王イオルブが高らかに笑う。勇者ワンパチは、既に限界であった。息も絶え絶えで舌がぺろんと出っぱなしになっていた。サイコキネシスやサイケこうせんをたくさん食らい、もうHPは3くらいしか残っていない。それでも、勇者ワンパチは必死に立ち上がった。ぷりぷりのおけつを振りながら、舌を剥き出しにして懸命に吠えた。

「だって、村のポケモンたちが、大魔王イオルブを倒したらおかしをくれるって言ったから!!」
「おかし!! おかしのために、命さえ惜しまないと言うのか!! クーハハハハ!! IQ10未満の奴の考えることは違うよのォ!!」

 サッチムシの頃の貧弱な彼はもういない。大魔王イオルブは、固い殻に覆われた巨大な脳を青とかにビカビカ光らせながら、両手を広げて大笑いする。

「余のサッチしてサーチする能力は、もはや周囲10キロメートルにも及んでおる!! その中にIQ10以上の奴はおらんのだから、あの村はもう滅ぼす他にない!!」
「どうして、IQ10以下のポケモンたちを排除しようとするの!?」
「余の認めるIQは、最低でも10!『以下』と『未満』の使い分けもできん虫けら以下の犬っころには、説明したところで分からんわ!!」

 青にビカビカ光った脳から、ビカビカビカ!! とサイケこうせんが放たれる。

「わんっ!! くうぅん!!」

 勇者ワンパチのHPは残り2となった。

「ククク……10とは、美しい数字よの。サッチムシの『ムシ』は『4』と『6』、足して10。イオルブの名前には『イ』『オ』つまり『1』と『0』が入っておる、つまり10。つまり、余は完璧な存在!! それに引き換え、勇者ワンパチ。貴様の名前は……」

 難しい話をしながら迫ってくる大魔王イオルブに、勇者ワンパチはあとずさりする。さっきから、大魔王イオルブの使う言葉が難しすぎて、話が半分くらいしか頭に入ってこないのである。

「ワンパチ、つまり『1』と『8』。足すと、9!! 10に満たない貴様ごときに、負ける余ではないわ!! くらえ!!」
「わんっ!! くうぅん!!」

 勇者ワンパチのHPは残り1となった。

「くうっん……ここまでなのか……!」

 地面に這いつくばって、ぷりぷりのおしりをちょっと突き上げ、ぺろりと舌を出している勇者ワンパチ。大魔王イオルブは羽音を響かせながら、じっくりとまわりを飛び回る。

「勇者ワンパチよ。貴様に足りないものがなんだったのか、冥土の土産に教えてやろう」

 おみやげをくれるなんて優しいところあるな、と勇者ワンパチはちょっと思ったが、空気を読んで黙っておいた。

「ぼくに……足りないもの……」
「それは…………1だ」

 大魔王イオルブは、片手に二本ある爪を、一本だけ立てて示した。

「お前には1が足りなかったから、10になることができなかった。1が足りないお前は、10――美しい存在になれなかったことを悔いながら、10である私に倒されるのだ!!」
「くぅっん……!!」

 勇者ワンパチは、それでも――ぷりぷりのおけつを振りながら、ペロ舌をして立ち上がった。

「でも、それじゃ、これからもキミはIQ10以下の村ポケたちを苦しめる。IQ10以下の村ポケにだって、ぼくにおかしをくれるとか、いいところがいっぱいあるんだ。賢いポケモンにも、そうでないポケモンにも、IQ10以下の村ポケにだって、みんな等しくポッ権があるんだ!!」
「『以下』と『未満』の使い分けをしろ!! 何度言ったら分かるんだァーーー!!」

 勇者ワンパチがあまりに『以下』と『未満』の使い分けができないので、遂に大魔王イオルブの逆鱗に触れてしまった。ゴゴゴゴゴ……と地響きのような音を立てながら、IQ10(愛・宮殿)が崩壊していく。大魔王イオルブの巨大な脳みそが並べ立てる屁理屈の重さに、遂にIQ10(愛・宮殿)が耐えられなくなったのだ。

「くうぅん……!!」

 勇者ワンパチは残りのHP1を振り絞って、青っぽい感じにオーラを放つ大魔王イオルブを睨みつけた。

「くっくっく……さあ、勇者ワンパチよ。IQ10未満のポケモンの力とやら、見せてもらおうか」

 大魔王イオルブは、両手を広げながら言った。

「お前の全国図鑑ナンバーは、835。この三つの数字を組み合わせ、完璧な数である10を作ってみよ」
「三つの数字を、足したり引いたりしたら……10を『作れる』……ってコト!?」
「掛けたり割ったりしてもいいぞ。IQ9未満の貴様如きに、かけ算やわり算ができればの話だがな」

 とんでもない。勇者ワンパチはたし算もひき算も苦手であった。

「このくらいの計算は、余なら10秒で事足りる」
「たったの10秒で……!?」
「さあ、いくぞよ。10、9……」
「わわわん!」

 あわてふためいて2秒を浪費し、勇者ワンパチは目を閉じる。骨だ、骨に換算すればいい! 勇者ワンパチは8本の骨を持っていて、お気に入りの場所に埋めました。そこに3本の骨を拾ってきました。でも、最初の8本を埋めたお気に入りの場所って、どこだったかなあ? あれれ?

「8、7、6……」

 まずい! 勇者ワンパチは埋めた8本の骨を諦めて、新しく8本の骨を拾ってきました。そして、その骨を3本だけ埋めました。でも埋めてる最中に、さっき埋めた8本の骨のうち、5本を掘り起こしてしまった。あれれ? ということは……?

「5、4、3……」

 もう、なにがなんだか、こんがらがって、わかんなくなっちゃった!! わかるのは今勇者ワンパチの手元に、10本の骨が残っているということだけです。落ちついて考えて! 勇者ワンパチは最初8本の骨を持っていた。それを3本だけ埋めて、そしたらなんか5本増えた。ということは、

「2、1……」

「――――くらえ!! (8-3+5)万ボルトオオオオオオオ!!!!!!」

 勇者ワンパチがあたりをめちゃくちゃ走り回って、そのしっぽの根元から発生した(8-3+5)万ボルトの電流が、大魔王イオルブへと襲いかかる!!

 バリバリバリバリバリ!!!!!

「ぐっ………………ぐわああああああああああああああああ!!!!!!!!」










 見事、勇者ワンパチによって倒された大魔王イオルブは、あの小さな畑で磔にされて晒し者になっていた。

「見ろ、頭でっかちのイオルブだ!」
「屁理屈ばっかりこきやがって! これでもくらえー!!」

 大魔王イオルブのIQハラスメントによりたくさん苦しめられてきた村ポケたちが、こぞって石とかを投げている。
 もらったおやつを食べながら、IQが高くても低くても、やることは変わらないんだな、と、勇者でなくなったワンパチは思った。自分の価値観と違うもの、受け入れられないものと出会ったとき、ポケモンは自分の価値が否定されたような気持ちになって、それを排除しようとしてしまう。
 ――伸びをして、ワンパチは立ち上がった。


 8-3+5=10


 この計算を、即座にできるのは、この村ではもう僕とイオルブだけかもしれない。イオルブと勇気をもって直接語り合ったことで、ワンパチの知能は飛躍的に上がり、今やIQ10くらいになっていたのだ。

 ワンパチは昔、この小さな畑が好きだった。
 用を足したり、お気に入りのおやつを埋めておいたりするのに、ちょうどよい加減のやわらかな土。サッチムシがムシャムシャ枯れ葉を食べる(ムシだけに)ことで、この土を作っているのはなんとなく勘で理解していた。
 サッチムシのことも、ワンパチは昔好きだった。周囲のことをサッチしてサーチするサッチムシは、とびきり頭が良くて、物知りだった。夜空の星が動いているのではなく、この地球が回っていること。森と山を越えた先には海という途方もないものが広がっていること。ワンパチが考えたこともないような、たくさんのことを知っていた。
 ワンパチは正直バカすぎたので、会話が成立したことはあまりなかったが、頭の良いサッチムシに憧れていた。彼自身は、自分を害そうとするものをサッチしてサーチするのに必死すぎて、そばにいるワンパチのことはまるで覚えてもいなかったけれど。

 昔の、とびきり頭が良くて物知りな、ワンパチのあこがれだった頃の彼に、僕が戻してあげることができたら……。

 ……首を振る。叶わない願いだ。脳が発達すれば発達するほど、根本的な性格を変えるのは困難になるのだと聞いている。

 もう、僕があこがれていた彼は、死んだのだ。この世に彼はいないのだ。
 石を投げられて耐えているイオルブに、ワンパチは黙って背を向ける。

 それでも――それでも、もう一度――あの頃のように、一緒に夜空を見上げることができたら、それだけで僕は――

「ギャハハ!! IQがなんだってんだ!」
「イオルブは『1』と『0』、1+0は『1』だから、お前はIQ1未満なんだよ!!」

 ――僕は、もう一度。あの頃のように。

「…………『以下』と『未満』を、間違うなああああ!!」

 ワンパチは吠えた。
 吠えて村ポケを追っ払った隙に、磔になっているイオルブの拘束を解き、その手を咥えて走りはじめた。

 たくさんの村ポケが、追ってきた。あのポケモンはワンパチにおやつをくれたポケモン。あのポケモンも、ワンパチにおやつをくれたポケモン……。たくさん投げつけられる石に、当たったり、当たったりしながら、二ポケはどこまでも逃げた。

 夜まで逃げ続けて、命からがらに、森の中へと逃げ込んだ。

「……なんのつもりだ、勇者ワンパチ」
「僕はもう勇者じゃないよ」ワンパチは緩慢に首を振る。「そして君も、もう大魔王でいなくてもいいんだ。イオルブ」

 ここに僕たちの畑を作ろう、と、ワンパチは言った。

「大きな宮殿じゃなくていい。ささやかな、小さな畑でいいんだ」

 イオルブはあたりを見回した。ほどよい木の匂い。ほどよい水の匂い。静かで、開墾さえすれば、昼間はよく日が当たりそうだ。イオルブの発達した脳が、この場所は良い場所だと認識している。

「僕は、ワンパチ。1と8で、足して9」

 ワンパチはその聡明な視線を、イオルブへと移して、微笑む。

「そして君はイオルブ。1と0、足して1。……君だったんだよ。僕に足りない1って、ずっと、君のことだったんだ」

 二ポケは、寄り添いあって空を見上げた。
 満天の星空が、二ポケのこれからを祝福するかのように、美しい明滅を繰り返していた。

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