第47話 永遠の守護

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 それから2日間、ヒトカゲ達は次の街へと続く1本道をひたすら歩いていた。途中何度か休憩小屋へ立ち寄った以外は、ずっと歩きっぱなしだ。
 会話をしようにも、会ったその日にベイリーフとドダイトスに旅の目的などを話してしまったため、ネタがない。2人についてあれこれ聞いても、結局はにやけるばかり。苛立ち半分、呆れ半分といった具合だ。

「おっ、そろそろ着きますよ」

 そう言ったドダイトスの目線の先には、木造の小さな小屋が1つ、広大な草原の中に置かれていた。家の周りには、おそらく家主が植えたであろう花が咲き誇っている。

「ここが、ベイリーフの友達の家なの?」

 ヒトカゲが尋ねると、ベイリーフは何も言わずに首を縦に振る。これを見たルカリオは不思議に思う。仲のいい友達に会いに行くような空気ではないのはどうしてだろうかと。
 実際、ベイリーフの表情もそんなに明るくない。ヒトカゲはどうしたのかと問いたくなるが、聞かないほうがいい事なのかもしれないと表情から察し、口を噤(つぐ)んだ。

「お嬢、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ」

 ドダイトスが心配そうに声をかける。何ともなさそうにベイリーフは返したが、何かを堪えているのか、声が少しばかり震えている。

「おい、俺達も行っていいのか? とても友達とわいわいする雰囲気じゃねぇみたいだし……」

 やはり、どう考えても“そういう”雰囲気でないらしい。ルカリオが念を押すかのようにベイリーフとドダイトスに言う。ドダイトスは返答に困っていたが、ベイリーフはすぐに答えを出した。

「うん、来て。むしろ来てほしいくらいだもの。大勢の方が喜ぶだろうからね」

 そう言うと、先導するようにその家に向かって歩き出す。いまいち状況がつかめないでいるが、とりあえずみんなは彼女の後ろをついていった。


 家の前までたどり着くと、ベイリーフは一呼吸おいて、自身の“つるのムチ”で扉をノックする。みんなは扉の向こう側の存在を気にしているせいか、うずうずしている。
 間もなく、ゆっくりと扉は開かれた。扉の奥からは少しだけ顔を出しているポケモンが1人。赤と白色の戦闘機を思わせる体と、可愛らしい大きな目をしている♀のポケモン・ラティアスだ。

「あっ、ベイリーフ」

 小さな声でラティアスはベイリーフを呼ぶ。依然として扉から顔しか出していないことから、おそらく極度の恥ずかしがり屋なのだろうという印象をヒトカゲ達は受けた。

「ごめんねラティアス。来るのが遅くなっちゃって……本当はあの時すぐに行きたかったんだけど……」
「ううん、気にしないで。来てくれただけでも嬉しいもの。あっ、入って」

 ラティアスは大きく扉を開ける。その時に初めてヒトカゲ達の存在に気づいたのか、扉に隠れるようにして顔だけ出している。
 入り際にヒトカゲ達は軽く自己紹介していく。ルカリオが挨拶しようとラティアスの方に目をやった時、あるものが目に飛び込んできた。
 ルカリオが見たもの、それはラティアスの首からぶら下げられていた、透き通った、薄い青色の宝石のようなものであった。それが何なのかをルカリオは瞬時に理解した。

(あれは……そっか、だからか……)

 何も言わずに、そっと会釈してその場を通り過ぎる。あまり賑やかにしてはいけない雰囲気になっていた理由がようやくわかった瞬間であった。



「み、皆さん。来てくれてありがとうございます」

 藁でできた座布団に腰掛けたみんなに、ラティアスがお礼を言う。神妙な面持ちのヒトカゲ達に向けて、ラティアスは首からぶら下げていた宝石らしきものを手に取る。

「……きっとこうなってしまった兄も、嬉しがっていると思います」

 こうなってしまった、その言葉で全員が俯いてしまう。そう、ラティアスが持っているものは、“こころのしずく”――今は亡きラティアスの兄・ラティオスの魂が結晶化したものである。


 1年程前、ラティオスは病を患ってしまった。何の前触れもなく突然降りかかった災いはラティオスだけでなく、妹であるラティアスの心をも蝕んでいった。
 日に日に衰弱していく兄の姿を見ているだけで酷だった。どうして自分の兄だけ……と嘆く度に、ラティアスを気遣ってラティオスは優しい言葉をかけた。

「泣くなよ……泣いた分だけ、楽しいことが逃げちまうぜ?」

 その言葉を聞くと、自然と勇気付けられたという。それでもどうしても涙が止まらない時があり、その時はラティオスに気づかれないように声を殺して泣いていた。
 そしてとうとう臨終の日を迎えてしまった。笑顔を保とうとするも、どう頑張っても涙が出てくるラティアスの腕の中でラティオスは天へと旅立っていったという。その直前、最後にラティオスはある言葉を残していった。

 もうすぐ姿が変わって、お前と喋ることもできなくなるだろう。だけどな、ずっと一緒だからな。死んだって俺とお前は兄妹なんだからな。忘れんなよ……



「そう言ってから直に、兄はこの“こころのしずく”に姿を変えました」

 ラティオスが死ぬまでの経緯を、1つ1つの思い出を思い出しながら彼女がみんなに明かした。友達であるベイリーフを始め、その場にいた全員が目に涙を浮かべていた。
 死という現実を1番受け入れたくないのはラティオスであろうに、それでも自分の妹のことを1番に考えてくれていた、その心意気に感動したようだ。

「そうだったの。ラティアス、本当にごめんなさい。すぐに行ってあげたかったんだけど……」
「いいのよ、事情も事情だったんだから」

 ベイリーフは深々と頭を下げる。実はラティオスが亡くなったのは、ベイリーフ、つまり当時のチコリータがヒトカゲ達と旅をしていた時だったのだ。その情報が入ってきたのは、旅を終えて実家に帰ったときからだ。ラティアスもそれを理解していたため、連絡を遅らせたのだとか。

「あ、あなたが、ベイリーフと旅してたヒトカゲ君?」

 一旦顔を見てしまえば慣れるが、それでも緊張した面持ちでラティアスはヒトカゲに話しかける。涙を腕で拭い、ヒトカゲが首を縦に振った。

「話は聞いてますよ。私、ちょっとヒトカゲ君に憧れてるの」
「えっ、僕に?」

 ここに来る前、ベイリーフがラティアスの所へすぐに行けなかったことを電話で話した際、ヒトカゲ達と旅をしていたことを話題に出したため、ヒトカゲの事は知っていたのだ。
 その話を聞き、ヒトカゲに憧れを抱いていたのだという。その理由について、ラティアスは目線を“こころのしずく”に向けて話し始める。

「私は、兄が生きていた頃は何でも兄に頼りっぱなしで、火起しすらままならなかったの。そしていざ兄がいなくなった後、私は1人で何もできなかった……何をどうすればいいか、全くわからなかったの」

 ヒトカゲ達はただ、哀れむことしかできなかった。小さく体を震わせ、必死に泣くのを堪えている彼女にかけてあげる言葉も見つからずにいた。

「だから、たとえどんな困難があろうと、いつも前向きに進んでいくヒトカゲ君が羨ましく思ったの。今だって、何か目的があって旅をしているのでしょう?」

 まだ旅をしていると明かしていなかったはずなのに、ラティアスに見透かされてしまう。語ると長くなってしまうので、ヒトカゲはとりあえず「うん」とだけ返事をする。

「いいなぁ、私も一緒に旅できたらなぁ……」

 ラティアスが小さく、ため息混じりに呟いた。そんな彼女を見ても、ヒトカゲもベイリーフもすぐには旅を勧めることができずにいた。
 アーマルドは別として、今回の旅の目的は相当危険を伴うものだとわかっている以上、はいどうぞと軽い返事をすることはできない。ベイリーフの時も、ドダイトスが同伴するということでメガニウムからOKをもらえたのだ。
 ルカリオも首を傾げながら唸っている。どうすればよいものか、誰もがそう考えていた時、突如として声を上げた者がいた。

「……俺は、来てほしい」

 そこにいた者達が声のする方をばっと振り返ると、みんなの目に飛び込んできたのは、真剣な眼差しをしているアーマルドの姿だった。さらに彼は続ける。

「俺は、ヒトカゲ達と一緒にいたから変われた。ヒトカゲとルカリオはどうしようもない俺を救ってくれた。だから、一緒に来れば何かを変えることができる。絶対に」

 初めて聞いた、アーマルドの本音。ヒトカゲとルカリオは確かに実感していた――彼がどれ程変わったか、どれほど心を開くようになったかを。
 ごめん、と一言だけ口を開いた日からそこまで月日は経っていないが、今は敵に立ち向かうことができる。意思疎通も難なくできるようになっている。それを考えると、短期間でここまで変化を与えたのはヒトカゲ達がいたからだとアーマルドは信じている。

「危険はいっぱいだけど……俺は、後悔してない。もし死ぬようなことがあったとしても、ヒトカゲ達といれた、それだけで生きていてよかったと思える。そのくらい、すげー奴だよ」

 彼の熱弁を誰もが聞き入っていた。もちろん、旅に出たいと言っていたラティアスも。説得力のある言葉1つ1つに心打たれていた。
 自分も、変われるかもしれない。兄に依存していた過去の自分を払拭できるかもしれない。その気持ちはもう抑えておくことができなくなっていた。

「……私も、一緒に行かせてくれないかな? 一緒に旅をして強くなって、今度は私が兄を護りたい――『永遠の守護者』になりたい!」

 ラティアスは決心した。彼らと一緒に旅をして、精神的に強くなること。そして今は亡き兄を永遠に守護していくことを、心の中で固く誓った。
 ここまで強い想いをぶつけられれば、断る理由はどこにもない。アーマルドはもちろん、ヒトカゲ、そしてルカリオも答えは決まっている。3人は同時に答えを出した。

『一緒に、行こう』

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