すみません、1日遅れの更新となってしまいました。
コイルたちの力もあって、なんとかディグダとダグトリオのことを助けることは出来たけど、エアームドが落雷に撃たれて墜落してしまったことがショックだ。これで“困っているポケモンを助けた”と胸を張って言えるんだろうか。
あのあとボクたちはバッジの脱出機能を利用して、自分たちの基地に戻ってきた。コイルたちやディグダ、ダグトリオが何かあったのかと尋ねてきたけれど、ボクたちは特に何も話さなかった。無事に仕事をやり遂げて力が抜けたんだということにして、話を進めたのだ。
(あれだけのことがあったのに何も知らない様子を見ると、きっとあの雷の光で目が眩んでいたんだろうな…………。仕方ないか。あのあとすぐ周りは暗転してしまったし………)
ボクもあまりにもショッキングだったために、記憶が曖昧になっている部分はあるかも知れないけど、まあ…………知らない方が良いってこともあるだろう。特に真実を話すこともなく、その場を過ごしていた。
「うう………ボク、とっても怖かったです。ずっと高いところにいたせいでしょうか…………。まだ足が浮いている感じなんです………」
何気なく談笑していたボクたちだったが、この発言に基地の前に集まっていた全員が困惑したような表情へと変わった。そしてそれぞれが心の中でぼやく。
(あ、あし?………)
(ア、アルノカ?………。アシガ…………)
とてつもなく微妙な空気が支配する中、思いきってチカが笑いながらこのように言った。
「でも、こうやって助かったんだから良かったよね」
「はい。本当にありがとうございました」
「そう言えば…………ダグトリオの姿が見えないね?」
「ダグトリオナラバ、ナニヤラオレイノシナガアルカラサキニイッテイテホシイトイッテイタゾ?ビビビ!」
「そうなんだ。別にそこまで気にする必要もなかったのに」
ボクは思わず苦笑いする。チカの言うように無事に助かったって十分なのだから。
「お待たせしましたー!!」
「ん?何だろう?声はすれども姿が見えず………」
その場にいたディグダを除くメンバーが辺りをキョロキョロする。チカの言うように姿は見えない。だけど聞き覚えがあるし、何よりディグダが目を輝かせているところを見ると、もしかしたら………とボクは思った。
「………あっ。もしかして姿が見えない?これはどうも失礼しました!」
「どわっ!!」
「キャッ!!」
次の瞬間、ボクたちの目の前の地面が盛り上がった。そしてボコッという音と共にダグトリオが登場したのである。
「どうも。ダグトリオです」
「パパー!」
「ディグダ、良かったな!」
「うん!怖かったけど大丈夫。ユウキさんとチカさんのおかげだよ」
「そうだな。…………おかげで助かりました。ありがとうございました」
ディグダが嬉しそうにしている。その様子に安堵したダグトリオがお礼を言う。
「お礼ならコイルたちに言ってよ。今回の救助は私たちだけじゃ無理だったんだから。ね?」
「そうですね!コイルさんたちも本当に本当にありがとうございました!」
チカの言う通りだ。ボクたちだけではきっと困り果てていただろう。コイルたちがいたから任務を果たすことが出来た。だから“メモリーズ”のメンバーでは無いとはいえ、彼らの活躍は讃えない訳にはいかない。そんなコイルはこのように言った。
「イヤイヤ。タスケタノハトウゼンノコトダ。ソレニ………シンカケイガサンミイッタイトイウアタリ…………シンキンカンモオボエテイルノダ。ヤハリポケモンドウシタスケアワナクテハ」
「いやはや。ほんとかたじけない」
ポケモン同士助け合わなくてはいけない。果たして現状この世界で救助隊ではない一般住民の中で、どれだけのポケモンが同じような気持ちでいるだろうか。何だか正式なチームであるボクたちよりも立派に感じた。
「それではユウキさん。チカさん」
『ありがとうございました!』
「ではっ!」
ディグダとダグトリオの父子は地中へと姿を消した。嬉しそうな表情をして。
(親子かぁ…………。やっぱり良いよね、家族って…………。ボクの人間だったときのお母さんやお父さんはどうしてるんだろうな………)
少しずつ日が傾いてきた。夕方は近い。この世界にやってきて6日目が終わろうとしている。真っ白になっているはずの時間………何にも思い出が残っていないはずの人間時代のことが、ボクにはふと懐かしく感じた。
足元にはお礼の品なのだろう。500ポケというお金、チカから教えてもらったどくから身を守ってくれるというスカーフ、“モモンスカーフ”、それから“カテキン”と書かれている栄養ドリンクが入っているカゴが置いてあった。チカはそれを拾うと小さく「ありがとう♪」と微笑むのであった。
「デハ、ワレワレモ………」
「あっ!ちょっと待って!」
「ナンダ?」
コイルたちも帰ろうとしたときだった。チカが慌てた様子で彼らを呼び止めたのである。不思議そうな表情をしている彼らに向けて、チカは恥ずかしそうに顔を赤くさせ、言葉を詰まらせながらも勇気を出して言った。
「あの……………その………私たちの仲間にならない?」
「ナカマ?」
その誘い方がボクには懐かしく感じた。そう、“ちいさなもり”でチカと出会ったときのこと。ダンジョンの最深部、そしてチーム“モーニング”に言い掛かりをつけられて涙ながらに決意したときのことを思い出したのだ。
「うん。今回はコイルたちがいなかったら救助出来なかったワケだし………今後は救助するにも仲間が必要だなって思ったんだ」
「ソウナノカ…………キモチハアリガタイガ、チカサントタイプガカサナルンダゾ?」
「そんなことなら気にしないで!それよりも私、仲間が欲しいんだ!ねっ、ユウキもそう思うよね!?」
「え!!?」
目を輝かせ、若干上目遣い。そんな風に急にチカが同意を求めてきたものだから、ボクも一瞬答えに困った。
「いらないよ、仲間なんか」
「ええ~っ!?どうして!?仲間欲しくないの??」
ボクの結論としてはこうだ。今でさえ自分たちの管理さえできていない。そこにメンバーが増えてしまったとき、ピンチで守り抜けない可能性だって高い。そうなるとそのメンバーに迷惑をかけてしまう。だから拒否した。チカの叫びたくなる気持ちはわかるけど。
「二匹で十分だよ。コイルたちだって困ってるじゃん」
「そんな………。でも私たちだけじゃディグダたちは助けられなかったんだよ?コイルたちが空中から助けなきゃどうしようもなかったよ。それともユウキが救助出来たって言うの?そんな特殊な能力、ユウキなんか持ってたっけ?」
「うっ…………」
チカの言葉に心が揺れ動く。珍しくここまで詰め寄られてしまうと切り返しも難しい。………でも、ボクは諦めない。全く我ながら素直じゃないなぁ。
「教えてあげよう!実は体が伸びるんだ~!」
『ハアアアアアアアアア!?』
苦し紛れにどや顔で放った嘘にコイルたちの強烈な声が響いた。そりゃそうか。さすがにこれでチカの疑問を晴らすことなんて無理ゲーだと思った。恥ずかしい…………。
「え~!!ホントー!??………じゃちょっとやってみてよ」
『ハアアアアアアアアア!?』
だが、チカは違った。というか純粋過ぎるでしょ、さすがに!!そりゃコイルたちもビックリするわな!!言ったボク自身が一番ビックリだよ!!仕方ないここはしっかりと謝ろう。
「あの~すみません。………やっぱムリです。ウソです………って………あれ?怒ってる?」
次の瞬間、強烈な電撃がぶつけられたボクの叫び声が世界中に響いたことは言うまでもない。
「だー!!!もうっユウキのことなんか知らない!!私のことからかっただけ!?まったく!ふざけないでよ!!」
「ご………ごめんなさい………」
女の子を怒らせたら怖い…………。黒焦げになり右足を空に向けてピクピクさせるボクをよそに、チカは満面の笑みでコイルたちに話をかけた。
「ねえ!どうかな?私たち救助隊の仲間になってくれないかな?」
「キュウジョタイカ………。ナンダカタノシソウダナ!ビビビ!」
「でしょう!?」
説得が彼らに届いたのだろう。嬉しそうに笑顔になるコイル。チカもすっかり上機嫌となった。しかし、ここであるひとつの問題に直面してしまう。
「………シカシ、キュウジョニスグカケツケルニハ………チカクニワレワレガスムバショガヒツヨウダヨナ?コノヘンデワレワレガスムバショハアルノカ?」
「…………う~ん。それは………」
そう。コイルたちの拠点問題だ。ボクの場合は既に空きとなっていたこの基地があったから事なきを得たが、さすがに毎度毎度都合よくそんな場所が見つかるとは限らない。痛いところを突かれたように、途端にチカの表情が曇る。
「ソウカ…………。ナイノカ…………。ショウガナイ。ザンネンダガナカマハアキラメテクレ。ジャ………ビビビ!」
「あっ…………!」
チカの表情で何かを察したのか、先ほどまで笑顔だったコイルたちの表情も落ち着きを取り戻す。一言告げると彼らは去っていった。
「うーん、残念…………。仲間を増やすためにはポケモンたちが暮らす場所が必要みたいだね………」
「仕方ないじゃん。別にボクは仲間なんかいらないし…………今のままじゃ迷惑かけるだけだよ」
「そんなことないよ!!ユウキ、絶対仲間はたくさんいる方が楽しいよ!!」
チカの言葉をどうも受け取れない自分がいる。さっきはからかったけれど、本音としてはボクは仲間を増やすことには反対だ。自分でもわからないけど、酷く拒絶反応を起こしているのがわかった。
「そうだ!いいとこがあった!明日、“ポケモンひろば”に行ってみようよ!“ともだちサークル”っていうちょっと変わったお店があるんだ!」
「“ともだちサークル”?」
「うん!この間広場へ行ったときは誰もいなかったけど…………明日になればやっているんじゃないかな。お店の場所は“ペルシアンぎんこう”の隣。いつもならプクリンがいるはずだよ」
「そう………なんだ」
じゃあなんで昨日は誰もいなかったんだ。そんなツッコミが心の中に浮かんだけれど、そこはいわゆる“大人の事情”ということにしとこう。でないと話が進まなさそうも気がする。
「そう。そこに行けば何かわかるかもしれない。そうと決めたら………じゃ、明日!広場に行こうね!」
「そ、そうだね」
もはやボクの意見など知らないというように、話を一人歩きさせるチカ。渋々同意したことで満足そうに彼女は帰途につこうとした。
「それじゃ、また明日!」
「うん、きょうもありがとうね」
ボクは笑顔でチカを見送る。彼女もそれに応えてくれて、あの………ボクの気持ちを癒してくれる笑顔を見せてくれる。
(色々あったけど、きょうも一日終わったんだなぁ………)
フーっと深い息を吐きながら、そんなことを心の中で呟くボク………と、そのときだ。
チカが帰途につくその足を止め、重苦しそうな表情でこのようにボクに聞いてきたのだ。
「ユウキ……………もしかして気にしてる?」
「え?何のこと?…………あ、きょうのことか…………」
「うん。“でんじはのどうくつ”のことを思い出したんじゃないのかなって…………」
「そうだね。ハハハ……………」
「……………」
チカには見破られていたようだ。無言のジト目で見つめられてしまう。まさか目の前でショッキングな出来事を間隔を二度も見てしまうことになるなんて………自分でもまだ受け入れがたいのだ。そして恐怖まで感じる。これからも救助隊を続けるとなれば、依頼主を助けようとする過程で当然ダンジョン内のポケモンたちとバトルする可能性がある。そうなればまたお互いに傷付けあわないといけない………。もしかしたら命さえも落としてしまうような。
(ダンジョン内のポケモンが傷ついたり、命を落とさせてしまうリスクがあってでも依頼主のポケモンを救い出せば、凄いことと言われる…………。でも、誰かを犠牲にして目的を達成することは…………本当に自分やチカが追い求めている姿なのかな…………)
心の中に迷いが生まれていた。だから仲間を増やそうとか、そんな話題に気持ちが乗らなかったんだと思う。段々と気持ちが沈む感じがした。…………と、そこへ。
「大丈夫。あなたが迷ったときは…………私がいるよ♪確かにあんなショッキングなことがあったから、私も救助隊の本当の辛さみたいのを感じてるよ。だからきっとエーフィさんたちも反対していたのかなって。でも…………大丈夫。だって私にはユウキがいるから。上手く言えないけど、私は温かい力に支えられている。いつも頑張っているあなたという温かい力に。だから、私もあなたを支える力になるよ。約束でしょ?」
「あ…………」
「忘れてないよ。私はあなたの心の救助隊になるって約束。あなたが“ヒトカゲ”になった理由を突き止めるって約束も。だってあなたが力を貸してくれたから、私は救助隊の夢を叶えられたんだから。」
「チカ…………」
チカは笑いながらそっと手を差し出してくれた。そうだ。彼女だって本当は怖いはずなんだ。ボク以上に現実を見せつけられて。それでもボクがいるから…………見ず知らずだったボクとの約束があるからって、そんなどうでも良いような理由で怖い気持ちを我慢して頑張っているんだ。
…………だったらチカから“メモリーズ”のリーダーを任されたボクはもっと頑張らなくちゃ。彼女の夢を叶えられるように、一緒に力を合わせて………。そうやって約束したんだから。
「そういうことで………また明日からがんばっていこうね、ユウキ♪」
「うん!もちろんだよ!ありがとう!」
「どういたしまして♪」
チカの温かいフォローのおかげで、モヤモヤとした気持ちが晴れていくを感じた。彼女と一緒にいられるこの時間がとても幸せに感じた。だからこそだろうか…………、
(夜がなんだか寂しいな…………)
その夜。救助活動の疲れですっかり熟睡していたボクだったが…………、
(……。…………。……またあの夢だ)
そう。このモヤモヤとした感覚。だけど意識がハッキリとしている状態。まさしく自分は一昨日のように夢を見ているようだった。同じ夢を何度も見ているなんて、相当疲れているのだろうか………。そのように感じていると、
(人だ。あの人は一体誰なんだろう…………)
どうやら前回の夢にも登場した人物が今回も登場しているらしい。ところがその人物が何者かと言う、肝心なことがどうしても思い出せない。参ったもんだ。せめてこの人物が話している内容が聞き取れたら、何かヒントになるかもしれないのだが。
(ん?今度は少し聞き取れる…。……え?人間?役目?)
半ば諦めかけていたボクだが、今回は前回よりもさらにハッキリと声が聞こえた。もしかしたら自分が“ヒトカゲ”になってしまったヒントも得られるかもしれない………!そのように思い、必死で会話をしようと試みたが、
(ま、待って!もう少し話を聞かせてよ!………だめだ。意識が………。…………。…………)
またしてもチャンスを逃してしまった。なんたる無情。夢の中でこんな悔しい想いをしようとは、誰が想像しただろうか。
「きょうも頑張ったな♪」
私はいつものように木の幹の中で過ごしていました。最初の頃は悲観的な気持ちで丸くなっていたけど、きょうは違う。最後の出来事にはショックを受けたけど、ユウキと力を合わせてリベンジを果たせたことが何よりも嬉しかったから。
「ほんの少しだけど、ユウキが私の気持ちを汲み取ってくれたし。一緒にがんばるっていいね♪明日からもユウキをしっかりサポート出来るように頑張ろうっと!」
嬉しい気持ちに満たされてるおかげか、私はなかなか寝付けませんでした。でも明日からも救助活動は続く。それに、明日は“ともだちサークル”にも案内するって約束もしたし。楽しいことがたくさんあって、ワクワクしてきました。
(ユウキ………。仲間を増やすことにあまり良い顔してなかったのが気になるけど…………。でもきっとわかってくれるよね♪)
彼がどうしてあんな反応をしていたのかよくわからなかったけど、それでもそのうち仲間がたくさんいることの嬉しさもわかってくれるだろうと思い、私はすやすやと眠りについたのでした。
次の朝…………小鳥のさえずる声、窓から差し込む温かく眩しい光。これらによってボクはピョンと藁のベッドで跳ねるように起きた。
「よいしょっと!」
相変わらずヒトカゲの姿は変わらない。でも日が経つに連れて、悲観的な気持ちは薄れている。それよりも今は自分の出来ることを続けてみようと、そのように考えながら赤いスカーフを首に巻き、外に出てみる。
(チカはまだ来ていないのかな…………?)
ボクはキョロキョロと右に左に確認してみるが、チカの姿は見当たらない。そうだよね。さすがにいつもいつもそんなに早く来るわけが無いか…………なんて思いながら空を見上げる。少しだけ冷たいこの空気が何とも言えない。
「ふわぁ~…………。でもなんだかまだ眠たいや…………むにゃむにゃ」
体を伸ばしていると自然とあくびが出てくる。気持ちが良いけど…………こないだといい、きょうといい、変な夢を見ていたせいか何となく疲れが残ってしまっているような気がした。
「おはよう♪ユウキ!」
「おはよう…………」
「あはは!どうしたの?ネボけたカオして」
そうしているうちにチカがやってきたようだ。彼女から見ても愉快な姿をしているみたいで、ボクは例の夢の話をする。
「…………え?最近変な夢を見るって?どんな夢観たの?」
「なんだかよくわからないんだけど、誰かに話しかけられてる感じがするんだ。所々だけど“人間”とか“役目”とか…………何か重要なことを知らさせてる…………そんな感じがするんだよね」
「うーん、なるほど…………」
急にチカの表情が曇り始めた。朝から気分が悪くなるような話をしてしまったかな?だとしたら申し訳ないな。
「ユウキ、実は人間だって言ってたよね?それってもしかしたら……ユウキがポケモンになったのと関係があるのかもね?」
「そうなのかな?」
ボクはチカの言葉に素直に納得しなかった。多分彼女は自分の不安な気持ちを少しでも和らげようと気遣ってくれたのかも知れないのに。そういう相手の気持ちをフイにしてしまうのがボクの悪いところだった。
「でも、何もわからなかったらどうしようもないよね。そういうのってあんまり気にしない方が良いよ。不安で悪い方向ばっかりに考えちゃうかもしれないから」
「ありがとう…………チカ」
「大丈夫だよ。また何かあったら相談して?話すことで不安な気持ちが無くなるってこともあるから♪私はユウキの力になれていることが嬉しくてたまらないんだ」
優しい。なんて優しいんだろうか。彼女は今まで「役立たず」っこ言われてきたなんて言っていたけど、一生懸命ボクのことを考えてくれている。こないだはその優しさに素直になれなくて衝突までしてしまったけど、そんなことさえも水に流して先を見据えているような…………そんな感じがした。
「ところでユウキはどうなの?人間に戻りたいの?」
「え?それは……………」
急に素朴な疑問をぶつけられてしまったボクは、一瞬答えをためらってしまう。本音では人間に戻れるなら今すぐにでも戻りたい。でも、チカとの「世界一の救助隊を目指す」という約束や、彼女の幸せそうな表情を観ていると………ウソでも良いからこの世界にずっといたいと言うべきなのか…………。思わず難しい表情をしながらその場でう~んと腕組みをして考え込んでしまう。そんなボクのことを期待しているように、目を輝かせながらチカが見つめてくる。
「ボクは…………」
「うん!どうなの?」
私は当然ながら、ユウキはこの世界で暮らしたいって言ってくれるものだと期待していました。だって彼には自分のそばにいて欲しかったから。ときには意見が食い違ったり、素直に気持ちを打ち明けてくれないときもあったけど、
(きっとユウキなら私の気持ち…………理解してくれるよね?だって一緒に救助隊をしてくれたんだから。私が寄り添っているし、ずっと一緒にいてくれるって信じても良いよね?)
恋愛感情とかはそこまで強くありませんでした。私はただ彼の「チカと一緒にいたい。チカと一緒の方が楽しいから」っていう、そんな温かい言葉が聞きたいだけだったのです。
…………それなのに、
「もちろんボクは人間に戻りたいよ」
「え!?」
「正直救助隊も大変だし…………」
「そっか」
「ゴメン………」
ボクは本音を伝えた。チカが相当ガッカリしたように、長い耳をだらんと垂らしてしまう。ちょっとばかり涙目になっているんじゃないのかな。それくらい寂しい表情をしていた。でも…………やっぱり優しいウソなんて自分には出来ない。
むしろまだ7日目って浅い付き合いのうちに予め本音を伝えた方が、いつかどこかで本当にその日が来たときに…………お互いのショックも少なくて済むだろうと、そのように考えたのである。
「でもまあ……………そうだよね。元々人間なら、戻りたいと思うのがフツーだよね。ゴメンね」
(チカ…………)
うつむいて間を作って、まっすぐとボクと向き合っている彼女は笑っていた。満面の笑みで。ショックを隠すためのものだったのだろうけど、ボクにはなぜかその笑顔が見ていて苦しかった。
「ちなみに人間のときのユウキってどんなヒトだったの?」
「え?そ………それは」
またチカはボクも………それから自らも落ち込まないように、こんな素朴な疑問をぶつけてきたのだろう。だけど、またしても答えるのが難しい。なんたって人間のときの記憶が存在しないのだから。
(人間のときは………。あれ?人間のときってどうだっけ?………)
なんて情けないんだろうか。冷や汗が段々と出てくる。せっかくチカがあんなに気遣ってくれているのに、それに応えることが出来ないなんてバカらしい。少しくらいなんか楽しい思い出が残っていれば良いのに………なんて残酷なことをしてくれたんだ。
(…………。だめだ。思い出せない………)
何とか懸命に頑張ってみたが、結局ダメだった。なんだか泣きそうになってきた。そんなボクを見てチカが焦った表情をする。
「大丈夫!?ゴメンね、変なこと聞いちゃって!?私のこと考えてくれて、頑張ってくれてありがとう!」
「チカ…………」
彼女がそばに寄り添ってくる。その優しさにまたボクは助けられたのである。お礼を言わなきゃいけないのは自分の方だ。逆にキミの気持ちを踏みにじったのに、どうしてそこまで自分のことじゃないことを頑張ろうとするんだろう。
「まあ、ゆっくり思い出せば良いよ。それに………私、あなたなら絶対いい人だって思っているから♪」
「チカ…………」
彼女はそうやって言うと、また笑顔になる。その温かさがなぜだか切ないものに感じた。
(そうか…………。やっぱりユウキは人間の世界に戻りたいんだ…………)
彼の気持ちを確認したのは、このときが初めてでした。少しずつ二人での救助活動に慣れてきて、この世界での生活にも慣れてきて…………、こないだは私のことを誘ったりしてたから、もしかしたらって思っていたけど。本音はやっぱり人間に戻りたいんだなって。なんだか寂しい気持ちになりました。そのおかげでつい下を向いてしまったのです。
(でも、…………それなら今のうちにユウキとの思い出をたくさん作らなきゃ。まだ“ピカピカタウン”で暮らしていたときみたく、凄く充実しているから♪)
私はそのように自分に言い聞かせました。元気が出るように。そしてこのように決めたのです。
(例えユウキが人間に戻っても、私との記憶が無くならないように…………たくさんの思い出を作っていかないとね…………♪)
そうして考えを頭の中でまとめて決めて、再び顔を上げました。そうして暗い気持ちに負けないように、彼が好きなとびっきりの笑顔で…………私はこう話しかけたのです。
「そうだよね。元々人間なら、戻りたいと思うのがフツーだよね」
それに…………よくよく考えたら私がユウキと約束したことですしね。彼が私と救助隊をやってくれる代わりに、私は彼が人間からヒトカゲになってしまった理由を一緒に探すってこと。
(ここで今、ユウキに迷わせちゃうのは良くないよね。私と違ってユウキには人間の世界で待ってる友達も家族もいるだろうし………ちゃんと元の場所に帰らせてあげるのが………役目なんだ)
残念ながらこれが現実。私とユウキは同じポケモンだけど、その間にある壁はとても厚く………決して乗り越えられないものだったのです。
………………メモリー41へ続く。
これで第4章:「ハガネやま」編は終わります。次回からは第5章。何事も無ければ5月29日(土)に更新します!お楽しみに!