第62話 いのちが舞う夕焼け

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 少しずつ、日が沈む時が近づいていく。 容赦なく時は流れ、ゆったりとした素振りをしながらも太陽はどんどん西に傾いていく。
 恐らく、日が沈む時が全ての分かれ目。 宵闇に包まれる世界は、1つの命の終わりを示すのか。 それとも別の事を示すのか。 それは誰にも分からない。

 さて、ここで1つ問いかけよう。



 あなたの隣で笑っていたい。
 我儘だとしても一緒にいたい。
 この世界で、生きたい。

 ......さて。 その願いは、糾弾されるべきものですか? そして糾弾されたとして、それは捨てられるものですか?





 例え、どんな絶望がそこにあろうとも。


 




















 


 少しだけ、空白の時間が訪れた。 何も動かず、もしかしたら本当に時が止まってしまったんじゃないかとも思われた。 キラリはぐっと俯いていた。 それを見て、ユズは半分安心する。 彼女が分かってくれさえすれば、自分の最後の義務は果たせるのだから。
 大丈夫。 彼女は優しいポケモンだから、こちらの真意となればきっと受け入れてくれるだろう。
 
 (......いいんだ、これで......)

 さあ、これで何も無くなった。
 あとは、茨に身を委ねさえすればいいのだ。
 思考を止めればそれが最後。 ユズはもう一度目を閉ざそうとする。
 自分の時など、完全に止めてしまおうと。
 
 
 
 
 



 
 「よし」
 
 しかし。 一言と共に、時は再び動きだした。
 決意めいた言葉が、ユズの耳に刺激を与える。 キラリの顔を見ると、先程の俯き顔とはあまりに対称的な、強い眼差しがそこにはあった。
 彼女はぐっと身構える。 何かが彼女の背後で煌めいたと思ったら。
 
 「[スピードスター!]」
 
 右手に持つ星を1つ、斜め上へと思い切り投げ飛ばした。 これは、彼女の裁きだろうか? そう思ったユズは覚悟したように歯を食い縛る。 キラリ自身の成長によって、いつの間にか強い輝きを放つようになった星。 そんな光による断罪で死ぬのも、悪くないとは思った。
 けれども、少し思い違いがあった。 その方向は彼女とは若干ずれているように思われた。 キラリの方を見ても、別に悔しそうな素振りなど一切無い。 寧ろ狙い通りと頷いている。
 どういうことだと思う暇もなく、「上の方で」星が何かを切る音がした。
 その瞬間、足元の感覚がふわふわしたものになり、身体中に悪寒が走る。さて、こんな感覚になった後、彼女の身体はどうなる?
 落下する。 重力には抗えず、檻と共に広間の床へと落ちていく。
 
 「......うあっ!?」
 
 キラリが切ったもの。 それは檻と天井を繋いでいた茨であったということを、彼女はやっとのことで理解した。
 鈍い音を立てて落下した。 といっても床も植物なわけだから、そこまで痛いわけではない。 寧ろ、ユズの心がズキリと痛んだ。 どうしてだと怯えすくんだ。
 そして当のキラリはユズの落ちた場所に近づき、もう一度星を構える。 今度こそかとユズは思ったけれど、これもハズレ。 切ったのは檻の格子だった。
 そしてそのまま檻の内部にぐいぐいと入ってくる。 先程まであまりに遠かった距離が、彼女の毛並みが分かるくらいには急激に近づいてくる。
 ユズの思考はその一連の行動に追いつけなかった。
 
 「なんで......」
 
 分かってくれたんじゃなかったのか。 キラリは、自分の意思を汲み取ってはくれないのか。 そんな疑念に染まっていた。
 ああ。 こんなふうに疑いを向ける口調になってしまうのも、きっと記憶のせい。 信じられるものが何か分からないという、誘拐事件の後に芽生えてしまった思いのせい。

 そんな事はよそに、キラリは率直な答えを返す。
 
 「......遠かったから」
 
 ......それだけ? ユズが目を見開いていると、キラリはそこに捕捉する。 彼女の目を、真っ直ぐに見て。
 
 「ユズの顔、分からないんだよ。 遠すぎたから。 それにここ暗いもん。
 ......ちゃんと目を見て、話したかった」
 
 キラリがユズの前足を握る。 それに、ユズの身体がびくりと震えた。 丁度あの雨の日と同じように。 離してくれと、それを振り解こうとするけれど。
 
 「大丈夫」
 
 布団のような柔らかい語気で、キラリがその震えを鎮めようとする。 彼女も、あの雨の日の出来事に関してはダンジョンを進む中で把握していた。 あの罪悪感の重しが乗った記憶は、棘のようにキラリの心を刺してきた。 だから、ユズが誰かを傷つける事を恐れている事実は既に分かっている。
 でも、離してはいけない。 何となくではあるけれど、そんな気がしていた。
 今のユズは茨のように強張ってはいる。 でも、その中には小さく脆い花もあるのだ。 何もしなければ枯れゆくだけなのだ。

 
 暫しの沈黙。 ユズの息の流れが落ち着いたところで、キラリは再度語りかける。

 「......ユズ。 もう一度、聞かせて。 本当に、消えたい?」
 
 脆い花に対して、究極の問いを目の前で投げかけた。
 そして少しだけ、キラリは期待していた。 向き合えば何か変わるのではと。
 今までのは虚言で、本音はこの先にあるのだと。
 
 だけど。
 

 「......うん」
 
 そう簡単に、奇跡が起こるわけがない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「そう、か」
 
 少し、キラリは押し黙る。
 分かってしまった。 ユズの思いが一時の気の迷いではないと分かってしまった。
 ずっとずっと蓄積されたものが、こぼれ出してしまったのだと。
 ......これは紛れもない、彼女の本音だと。
 
 
 
 キラリの本質は我儘だ。利己的かそうでないかに関わらず。
 太陽のようになりたいという大それた願いを持ち、出会ったばかりのユズに対しても遠慮なく自分の願いをぶつけた。 共感だけでは救えない相手もひっくるめて救う方法を探そうとした。
 今回だってそうだ。 全部キラリの我儘だ。 場合によってはユズの道を縛る行為ともいえる。死こそが安楽という者はいるけれど、もしそれが今のユズならば。
 キラリは、彼女に苦痛の道を歩かせる事を強制することになる。
 
 「......ねぇ、ユズ」
 
 キラリはユズの方を見つめた。 葛藤の中に立たされながらも、目だけは逸らさなかった。
 
 「ユズが、本当にそう思うなら、私に止める資格は無いかもしれない。
 でもなぁ......。 ユズ、私ね、あなたを助けたくてケイジュさんに戦い仕掛けたんだよ。
 まだ一緒にやりたいこともいっぱいあったから。 一緒に生きたかったから。 だから私は戦って来れたの」
 
 暗い世界の中に、1つ水滴が落ちた。
 死を望む誰かの生を求める我儘は、完全に要らないものなのだろうか。
 答えはきっと簡単には出ない。 永遠に議論しても纏まらない問題だろうけども。
 誰かの正義は誰かの悪。 かつてのレオンの言葉は何度もこちらに問いかけてくるけれど。
 
 「だから......やっぱ、止めたいなぁ」
 
 声が涙で滲み出す。 止まらない涙は、床の茨を絶え間なく濡らしていく。
 難しい事を考えて自分なりの答えを出すなんていう、有名な哲学者みたいにはなれないけれど。 完全な答えが出なくとも、キラリには駄目だった。 抑えられなかった。 無理だった。
 我儘な思いを、強欲さを、断ち切るなんて出来はしなかった。
 
 
 
 ただただ、一緒に生きたかったから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ユズは思わずきゅっと口を結ぶ。 余計な事を言うなと、わざと口内を噛んだ。 痛みがどれだけあろうとも、噛み締め続けた。 そうでなければならなかった。
 
 「教えてよ」
 
 でも、キラリは問いかける。
 黒曜の岩場で、ユズはキラリの本心を引き出してくれた。 だからこそ予想がつくのだ。 まだ何かあると。「迷惑をかけたくない」の裏に「嫌われたくない」があったように。
 確かに虚言ではなかった。 消えたい思いは本音だった。
 でも本音とは、常に1つだけ存在するものだろうか?
 
 「ユズの思い、全部聞きたいよ。 ユズがそうしてくれたみたいに。
 ちゃんと聞くから、お願い」
 
 ユズはぶんぶんと首を振る。 これが全てなのだと、無理矢理自分を納得させる。
 言うな、言うな、何も言うな。

 「......ねぇ、本当にそうなの? 消えたい思い以外は何も無いの?」
 
 やっとのことで潰した思いなのに、呼び起こしてはその苦痛の意味が無いんだ。
 固く口を閉ざさなければ。 余計な事を思わないように強く心を締め付けなければ。 その度に胸が強く痛んだって、構うものか。
 
 「ユズの......ノバラの。 『あなた』の心は、それ以外空っぽなの!?」
 
 やめろ、やめろ、何も言うんじゃない。 希望なんかない、未来なんていらない、諦めろ!
 
 ......心を殺せ!!!
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 「ユズ」
 
 呼び戻すような声。 ぎゅっと閉ざしていた目を、恐る恐るキラリの方に向ける。 日が傾いてきたせいか、広間の中にも光が多く入ってきた。
 涙を浮かべて、今にも潰れてしまいそうで。 でもその中に、こちらを救いたいという強い思いがあるのがわかって。
 祈るように、彼女はこう言う。
 
 「潰さないで、いいんだよ」

 ユズはびくりと震える。 これは悟られている。 完全に。
 潰さない? 何を言っているのか。 大きな罪を抱えてしまった人間に、そんな事許される訳がない。 そう跳ね除ければいいのだけれど、キラリの言葉が真摯なものだっただけにそれも出来ない。
 
 その言葉を、信じていいのか。
 
 潰した願いを叫ぶ、資格はあるのか。
 
 「できる、なら......」
 「うん」
 
 キラリが諦めて去ってくれたなら、心の半分は安心出来たろう。 でも、あとの「半分」は?
 絶望に苛まれながらも、消えなかった願望は?
 それを潰すのすら苦痛を覚えた願望は?
 
 ......目を背けようとしても、背けきれなかった、愛おしい未来は。
 
 
 
 
 



 
 
 
 「......そうだよ。 出来るなら、一緒にいたかったんだよ。 それぐらいに楽しかったんだ。 それぐらいに幸せだったんだ」

 割れそうなグラスみたいに脆い声で、ユズは思いを吐き出し始める。
 
 「小さい頃から、魔狼に怯えてきたんだ。 それを、一瞬でも忘れられた。 何が起きるかわからない怖さを感じる事も少なかった。 それが凄い心地よかった。
 色々なポケモンと出会えたり、沢山の心踊る場所に行けたり、本当に楽しかったんだ。 心が暖まったんだ。
 ......大好き、だったんだよ」
 
 最後の言葉に、キラリの表情が変わる。

 「だから嫌なの。 大好きなポケモンのいる世界を壊したくないの。 もう2度と、誰かの未来を潰したくないの。 それに1度潰した時点でもう駄目なの。 消えなきゃいけないの。
 それなのに......それなのに、楽しい記憶もちゃんと過ぎって......それが、どうしようもないくらい、懐かしくて、恋しくて。
 ......戻りたくてっ......」
 
 慣れない世界で生きた日々は、全部が大切な思い出になっていた。 だから、消えねばという1つの思いと天秤にかけた時に、どうしても選ぶ事ができなかった。
 幸せになっていい訳がないのに、矛盾した感情が消えなくて。 それが、どうしようもなく苦しかったのだ。 気づけば強迫観念となっていた希死念慮と、板挟みになっていたから。
 
 だって。 だってだって。
 一緒に、生きたかったから。
 
 
 
 
 
 
 「......そっか」
 
 キラリはただ頷いた。 それでいてユズをぎゅっと抱きしめる。 さっきの雨のせいか、秋の夕方の冷たさのせいか、はたまた別の理由か。 その身体は、信じられないほど冷たかった。
 
 「ありがとう、聞かせてくれて。 だよね、戻りたいよね」
 「......っ」
 「例えば、ケイジュさんとのんびり話した収穫祭の夜とか。
 死ぬほど楽しかったもんね。 そうだもんね」
 
 半端な共感は誰かの心を痛めるだけ。 夏の夜、焚き火によってオレンジ色に照らされた長老が教えてくれた言葉。 それは今でも、あの手の森の匂いと共にキラリの心に焼き付いている。
 でも、今回は。 半端な共感とは言われたくなかった。
 ユズの隣で世界を見てきた。 ユズの隣で沢山の経験を重ねてきた。 共に思いは共有してきた。 それを半端とは言わせない。
 それに。 その根拠がなくとも。
 
 「そうだよなぁ......私も一緒に、戻りたいよ......」
 
 ラケナのこと。 ケイジュのこと。 ユズの正体。 戻れない状況に立たされてしまい、レオンの言葉を借りるならひとつの命の審判となってしまった少女。
 予想を超える出来事が起こり過ぎたこの1日は、あまりにも長過ぎた。
 
 
 
 
 


 
 ユズは、何も言わなかった。 思いは全部吐き出したわけだから、もう言える事など何も無かったのだろう。 消えたいと思っているのが事実である以上、「じゃあ帰ろう」ともはっきり言えないのだ。
 キラリも、だからといって急かすようなことはしなかった。 ただただ、ユズの感情の発露による嗚咽が収まることを待っていた。
 少しそれが落ち着いた頃。 キラリは1つピコンと思い出し、少しユズから離れて鞄を探った。
 
 「キラリ......?」
 「ちょ......ちょーっと待ってね? 確かここら辺に......あった!」
 
 微妙にごっちゃりした鞄の中身から出てきたのは、小さなホオズキの葉っぱの包み。 キラリはかなりきつく締められた蝶結びに苦悶しながらも、丁寧に葉っぱを開いた。
 
 「......あ」
 
 一瞬ユズの脳裏には、遠征での思い出の光景が蘇った。 微かな虹色が、彼女の目を惹きつける。
 そこにあったのは、キラリとの約束の象徴。
 素材を活かしたいと語っていたキラリの兄らしく、チェーンは普通の金色。 金だからといって主張してくるわけでもない質素なものだ。 しかし中心の宝石は、小さく慎ましさがありながらも質は一級品。 思い出の輝きはそのままに、更に高いレベルまで昇華されている。
 ──美しい虹色水晶のペンダントだった。

 「キラリ、これ、ペンダント......」
 「戦い、終わったもん。 だから渡したかったんだ。
 凄い綺麗だよねぇ、私も貰った時びっくりしたもん。お兄ちゃんもうまくやるよねぇ」
 
 キラリはまず自分のをよいしょとかけて、その次にユズにもスカーフの上からかけてやる。今までとは違う自分になるかのような、新鮮な感覚に包まれた。
 スカーフに重なって光る水晶を見て、枯れかけていたと思っていたユズの涙がまたほろりと溢れてくる。
 微かな光すらも受け取って、輝いて。 そんなひたむきな光が、とてもとても美しくて。胸を強く打たれて。
 だから涙は止まることなく、どんどん溢れていく。
 
 「なん......なんでっ......」
 
 いや、気づいているのだ。 これは、キラリとの思い出でもあり、約束の品でもあり、希望でもあったのだ。
 楽しみに思っていたのだ。 この戦いが終わったら、貰えるんだと。 今思えばクリスマスプレゼントを待ち望んでいた時の気持ちが、微かながら胸の片隅に置かれていたのだ。
 幸せな状況で受け取って、ありがとうってお礼を言って、そこから一緒につけてスキップして帰って。 そんな未来を想像していたし、今だってやろうと思えば叶う。 でも、願っていいとはどうしても思えなかった。
 
 本当にどうしたらいいのか。 改めて突きつけられた2つの選択肢を、ペンダントを通してユズは眺める事しか出来ない。
 相反する思いがまた暴れる。 生きたい。 消えたい。 帰りたい。 馬鹿な事思うな。 一緒にいたい。 消え去るべきだ。 希望があるかもしれない。 そんなものない!!
 
 ......だれか、助けて。
 
 
 
 「......怖い」
 
 思わず彼女は、そう呟いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 









 
 「ユズ、私はあなたが好きだよ」
 
 
 
 




 
 
 
 
 
 




 
 
 キラリの嗅覚が移ったのだろうか。 軽く、優しい花の香りを感じた。 キラリの手が、もう一度ユズの足を握る。 檻に囚われた少女の手を。
 
 「ユズのこと、全部分かったわけじゃない。 でも、1つだけは言えるよ。 ユズが消える事を望むポケモンは、誰もいなかった。
 人間もそうだよ。 ケイジュさんだって、ユズの事絶対大好きじゃん。 ......やり方、私は大っ嫌いだけど。 ヒオさんっていうお婆さんも、ユズのお母さんも、ユイちゃんだってそうだったでしょう?」
 
 ユズははっとなり回想する。 そういえば、ユイは生きてくれと言っていた。 最期の最期まで、痛みで苦しかっただろうに。 ユズ側の幸せを願っていてくれた。
 消えろと叫んでいたのは、紛れもない自分自身。 ......そう、自分しかいないのだ。
 
 「だけどこうも思う。 もしかしたら、ユズにとってそれは呪いだったのかもしれないんじゃないかって。
 ユイちゃんに言われたから、生きなきゃいけないっていう。
 でも、それはきっと祈りだよ。 本当は、ユズを縛り付けるような物じゃないはず。
 だから......自由に生きていいんだよ。 縛られないでいいんだよ。
 人間とかポケモンとか魔狼とか、そういうものより前に、ユズは......」
 
 そっと、もう一度抱きしめた。 水晶と水晶が触れ合い、小さな音を鳴らす。
 それはきっと、2匹の心が重なった瞬間だった。
 
 生きたい。 一緒に生きたい。 その我儘は捨てられない。
 
 だって。
 

 「私の、友達だもん」
 

 
 










 
 
 ぶわっと、またユズの感情が溢れ出しそうになる。
 
 ずっと、ずっと、大好きで堪らなかった。
 母親も、ユイもヒオも、ヒサメも。
 キラリもイリータやオロル、レオンやジュリ、他の多くのポケモンも。
 
 不幸と同じように、沢山の幸せが周りにあって。 ただただ生を肯定してくれる相手がいて。
 そしてユズには、それを全部無下にする覚悟は微塵も無かった。
 
 「わた、し......」
 
 ここまでやっておいて、戻れる訳がない。 分かっている。 分かっているけど。
 消えたい思いは、なくなることはないけれど。 どこまでも、燻り続けるけれど。
 

 









 
 ......消えたいけど、でも生きたい。
 我儘かもしれないけれど。
 この世界で、キラリと生きたい。
 
 
 
 
 










 
 「......ラリ......」
 「うん」
 「キラリっ.......ごめんなさい、ごめんなさいっ......!」
 
 やっと何かが解けた。 涙とともに、何かが解けた。 一気に心が溢れ出して、キラリに何度も謝った。 キラリはそれを静かに聞いた。 優しくぎゅうと抱きしめた。
 
 「うん。 大丈夫。 大丈夫だよ。
 ......一緒に、帰ろう?」
 
 顔は見えないけれど、キラリが涙声でそう言ってくる。 もう拒否する気は無かった。 2匹の思いは今、重なっている。
 
 
 
 
 
 
 ユイ、ごめんね。
 いつかあなたのところには行きたい。
 でも、この世界で、泣いてくれる相手がいるから。
 どうしても捨てたくない未来が出来たから。
 かなり、待たせる事になるけれど。
 
 
 もう少しだけ、生きててもいいかなぁ......?
 
 
 
 「......うん」
 
 
 





 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 その瞬間のことだ。 何処からかさらさらという音がした。
  
 「ん?」

 こんな時になんだとキラリは訝しげに周りを見るが、驚愕するタイミングが少し遅れた。
 何故か一瞬のうちに、さっきのユズと同じように足元の感覚が奪われる。
 ......要約しよう。 高く聳え立っていた茨の牙城は、ぱっと瞬く間に消え去ったのだ。
 
 「えっ......ちょ、うあああっ!?」
 
 ここからは平和に戻れるだろうとなった矢先だ。 もう今日死ぬほど起きている予想外の出来事にここでも苦しめられるとは。 キラリは困惑の波に再び晒されることになった。
 そもそも何で消えたのか? キラリは思わずユズに問いかける。

 「えええ待ってユズなんでっ......」
 「わ、私に聞かないで!」

 ......ああ、そういえばそうだとキラリは納得する。力を制御出来ないとはユズは言っていた。 でも、こういう時も駄目なのか!? キラリは再び慌てふためいた。 落ちて漫画みたいにぺしゃんこになるなんて事は起こり得るのか......?
 というか、普通に死ぬのだが!?
 
 「うおおいキラリてめえどうなってんだー!!」
 
 少し下の方を見ると、レオン達も一緒に落ちていた。 あちらも何が起きているか全く分からない訳であるから、もうパニック状態だ。
 
 「壊してないもん!! 勝手にだもん!!」
 「ユズは......いるな! いいんだよな!!」
 「多分ぐっじょぶ!!」
 「じゃあどうにか無事でいられる方法探ってくれー! 死ぬから! 最後の最後でゲームオーバーとか洒落にならんぞ!!」
 「分かってるよそれぐらい!」
 
 緊張感があるのかないのか。 こんながむしゃらに声をあげるのは果たしていつぶりだろうか。
 キラリは頑張って身体を上に向ける。 ユズもあわあわしながら落下していくようで、取り敢えず手を伸ばそうとする。
 ユズの方が身体をばたつかせてキラリの方に行こうとすることで、2匹の身体はなんとか近づいてくる。 互いのペンダントが丁度触れ合いそうな距離になった時。
 
 「......?」
 
 ゆらゆら揺れる水晶に光が乱反射するのに、やっとのことで彼女の意識は向いた。
 
 「......あ。 キラリ、あれ......っ」
 
 ユズの顔が左を向いているのに気づき、キラリもそちらに顔を向ける。 そこには、普段では絶対に見られないような景色があった。
 目に、七色の光が映りこむ。
 
 「わぁっ......!!」
 





 丁度沈む準備を整えた太陽が、今日最後の輝きを放っていた。 存在を強く脳裏に焼き付けるような、強くも暖かい橙色の光。 そしてそれだけでなく、その光に当てられて水晶にもちらちらと虹色の光が舞っていた。 頂上で空を見上げた時よりも輝きは強く、今までで1番というレベルでその水晶は煌めいていた。夕日と調和して、揺れるたびに光がカタチを変えて。落ちていく事実なんて目に入らないくらい橙色と虹のコントラストは美しく、そして暖かい。
 まるで、光のオーケストラみたいだ。
 
 声も出ない。 ただ2匹は互いの顔を見やる。 涙で少し赤くなった目元もあまり目立たなかったから、優しい微笑みだけがそこにはあった。
 夕焼けそのものは、初めて出会った時となんら変わりはないのに。 だけど、一際輝いて見えるのは何故だろう?

 ずっとこのままで、2匹でこれを味わっていたい。 夕焼けと溶け合うようなこの感触が、ずっと続けばいいのにと思ってしまうほどには。
 この時間は、奇跡のようなひとときだった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「[こなゆき!]」
 
 夢の終わりを告げる音。 オロルが落下地点あたりの地面に大量の雪を積もらせてくれた。 6匹は順番に、その雪山に突っ込んでいく。 あらかた全員落ちてきたところで、レオンが感涙しながらオロルに感謝の言葉を飛ばした。
 
 「オロルお前ナイスっ!!」
 「どうも......でもごめんなさい。 咄嗟にやっちゃったけど、これユズきついかも」
 「あ」
 
 顔が青ざめたレオンはユズとキラリの方を見る。 一応ユズはふらふらながらも雪山から抜け出していたので、良かったと息をつく。
 だけど、やはりここでもユズはユズだ。 今度こそ、ぐらりと身体があらぬ方向に揺れる。 キラリはそれをキャッチして、心配そうな眼差しを向けた。
 
 「ユズ......!?」
 「ごめ......ちょっと、身体が、おもい......」
 
 それだけ言って、ユズの身体の力が抜ける。
 
 「えっ......ちょっとユズ!?」
 
 まさか。 そう思ってキラリはユズの脈やら何やらを確認しようとする。 確認といってもちゃんとしたものではないが、荒削りながらもやっとのことでキラリはユズの鼓動を掴んだ。そっちの方に耳を澄ます。
 大丈夫。 ちゃんと動いている。 生きている。
 
 「......大丈夫。 眠っただけみたい」
 
 キラリが言う前に、イリータがユズの状況を説明してくれた。エスパーの力でも使ったのだろうか。 どうかはわからないけれども、彼女の声が安堵に満ちたものだったのは確かだった。
 そこでレオンがうんうんと頷き、キラリの代わりにユズを背負う。
 
 「魔狼の力、死ぬほど使ったわけだからなぁ......ひとまず医者連れてくぞ。 街に俺達用のオレンも調達しに行かないとだし。
 諸々のめんどいことは、ユズが目覚めてからかな」
 「......そっか」
 
 確かにぐったりしている。 3匹衆との戦いが始まってからここまで。 長い半日を乗り越えた労いとして、キラリは「お疲れ様」と声をかけた。
 そして空を見上げてみる。 夕日は沈みだすと早いものであり、気づけば一面菫色。
 先程の風景に対して物思いにふける暇もなく、追い風が背中を押した。 後ろを振り向くと、一寸先は闇。 迫り来る森の闇は、明るい光が灯る街へ帰れと警告してくる。
 
 「帰ろう、か」
 
 一歩一歩、自分達の街の方へ。 涼しく、少し寒さも孕んだ風に当てられて歩く。
 でもあの夕焼けの暖かな余韻は、キラリをふわふわと包んで離さなかった。
 
 
 夕焼けに染まった世界は。 願いの果てにある世界は、果てしなく美しかった。

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