HR37:「姿なき主人公!始まる劇場!?」の巻

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 せっかく僕の出番が来たのに、なんでこんなときに怪我なんかしちゃうかなぁ。守備練習をヒート先輩は相変わらず自分勝手な振る舞いをしちゃうし、新入部員もミスがちょくちょく出ていたりしてなんかしっくり来てない感じ。こんなんで2カ月後の大会、ちゃんとチームとして機能するのかなぁ。


 「練習、どうなっちゃうのかなぁ」
 「心配だよね」
 「大丈夫でしょ。それよりもカゲっちくんの方が心配だよ」
 「そうですね。大したことなければいいんですけど…………」


 僕の思わぬアクシデントにより練習が中断となり、グラウンドにいたメンバーは一塁側、三塁側、それぞれのベンチに散らばっていた。ガヤガヤと話し声がしている。そんな時間がどれくらいの間続いたのだろうか。しばらくしてキュウコン監督、それからシャズ先輩がバックネット近くに姿を現した。そしてベンチにいたメむねンバーたちに集合するように指示をしたのである。


 「監督、カゲっちの様子はどうなんですか?」


 集合するや否やチコっちがキュウコン監督に僕の様子を伺う。そんな彼女に監督は「落ち着くんだ。私にもまだわからない。ラプたちが戻ってくるまでは」とだけ伝える。当然だろう。なぜなら監督は練習中断後も特にこの場所から動くことが無ければ、特に慌てる様子も無かったのだから。そんな無関心でどこか他人事のような振る舞いなのだから、ぶっちゃけ彼には質問するだけ無駄なようにも思われた。そんなことを悟ったのか、チコっちは不満そうな表情を見せていた。


 (これならピカっちと一緒に保健室に行けば良かった。あの娘はここに残っていて欲しいってお願いしてきたけど、私だって心配よ………)


 とはいえ、今の自分には“頼りない幼なじみ”が無事に帰ってくることを願うことしか出来ない。そうやって彼女は割り切って、監督の話に耳を傾け始めた。


 「コホン。みんなもわかってるように、カゲっちが負傷したことを受けてメンバーの何匹かがその付き添いに向かった。きっとチコっちのように動向が心配なメンバーもいるだろう。だが、大会までの時間に決して余裕がある訳でもない。そこで我々としてはこのまま練習を再開させようと思う」
 『え!?』


 その内容に動揺したのはチコっちとリオの二匹だった。早い話が一部のメンバーを見捨てたことになるのだから。対象的にヒート先輩は不敵な笑み。それだけでなく「ようやく足手まといがいなくなってくれて清々するぜ」とか言い出す始末。力の差が無ければきっとそれぞれの技でその怒りをぶつけていたことだろう。それくらい自分たち新入部員が見捨てられたような気分になってしまったのだ。それだけではない。普段バッテリーとしてコンビを組んでいるラプ先輩さえも、彼は見捨てている印象を受けたのである。


 「そうと決まったらさっさと練習に戻らねぇとな!キャッチャーは…………おい、そこのミジュマル。お前しかいねぇんだからしっかりやれよ?ミスしやがったらただじゃ済まねぇからな」
 「言われなくてもわかってらぁ。お前こそちょっと面白くないからって、すぐに1年生に八つ当たりしたり、練習投げ出すんじゃねぇよ」
 「なんだと…………舐めてんのか、てめぇ?」
 「ちょ………!ユーマさん、ケンカはやめてください!」
 「そうだぞ。ヒート、お前も後輩相手にみっともない真似するな」


 ヒート先輩とユーマ先輩がお互いに牽制しあう。シャズ先輩がユーマ先輩を、ラージキャプテンがヒート先輩を抑える形でひとまずやり過ごすことは出来たけど、二人ともお互いに相手を睨み付けるだけで険悪な雰囲気が漂った。何もなければ良いが…………と、他のメンバーは心配するが、ここでもキュウコン監督が何か動く気配は無く淡々と練習再開に向けて準備をするだけであった。


 とはいえ、ひとまずメンバーはそれぞれのポジションへと散らばる。念のため布陣を確認すると次のようになる。


 ◎ピッチャー→ヒート先輩(#1)
 ◎キャッチャー→ユーマ先輩(#24)
 ◎ファースト→チコっち(#8)
 ◎セカンド→リオ(#16)
 ◎ショート→ブイブイ先輩(#25)
 ◎サード→チック先輩(#3)
 ◎レフト→ルーナ先輩(#13)
 ◎センター→ジュジュ先輩(#2)
 ◎ライト→ラッシー先輩(#9)


 ルーナ先輩は持ち前の俊足を活かすために外野手の練習をするように指示されていた。第一に外野手レギュラーが全員3年生ということ、それに関連して第二に外野手経験者が少ないため、レギュラー陣に何かアクシデントがあったときに同じ2年生のラビー先輩と共にバックアップとして機能するように、そして第三に何より本人が強く望む試合の出場機会を得やすいようにする…………という三つの理由があった。もちろん本人は凄く動揺した様子ではあったが、試合に出たい熱意が最終的なモチベーションにつながって、すんなりとシャズ先輩とキュウコン監督の指示に従うことができたようだった。


 「全員ポジションに就いたな?それじゃ練習を再開する!もう一度ランナーなしの状態だから、みんな気持ちを入れ直して集中して頑張るんだぞ!」
 『ハイ!!』


 キュウコン監督の言葉に全員が再び集中力を高める。こうしてまだ僕のアクシデントによって広がった動揺なんかが落ち着かない中で守備練習が再開されたのである。








 「カゲっちくん…………大丈夫かな?」
 「心配ですね、ピカっちさん」
 「帽子も被っていたし、そんなに強い衝撃じゃないからそこまでマズイ状況ではないと思うけど…………」
 「苦しそうにしている感じでも無さそうだし、しっぽの炎も安定して燃えているから大丈夫だろ」
 「そうだよね、きっと」


 その頃、保健室前…………。ラッキー先生に僕に起きた状況を説明したメンバーは廊下で話をしていた。先生からは「グラウンドに戻っても大丈夫」という指示を受けたが、マーポ以外のメンバーが不安を口にしていた。その中でも特にピカっちの心配の仕方は普通ではなく、ずっと保健室のドアを見つめていたのである。


 「気にしていても仕方ないわ。とりあえずグラウンドに戻りましょ?他のみんなだってカゲっちくんのことを心配しているでしょうし、早く報告しないとね」


 普段生徒会の役員をしていることもあってか、ラプ先輩は“れいせい”に指示をする。他のメンバーもちゃんと先輩の言うことにうんと頷いて従い、ひとまずは中断されたままであろう練習に戻ることにした。


 …………しかし、


 「すみません!!私、ここに残っています………」
 「え?ピカっちちゃん…………?」


 ピカっちだけは違った。彼女はずっとその場から動こうとしなかったのである。そんな風に厳しい表情で訴えかけてくるものだから、ラプ先輩も一瞬驚いた表情をしてしまう。しかし、なんとなくその理由を察したのか一言、「そう………」とだけ伝えた。すると途端に恥ずかしくなったのか、ピカっちは表情を赤くして「すみません」と、気まずそうにペコペコと頭を下げるのであった。


 そんな彼女へラプ先輩が小さく笑いながらこのように伝える。


 「それじゃピカっちちゃん、先に行ってるわね?彼が起きたら練習が終わるまで休むように伝えてもらえるかしら?」
 「わかりました。昨日と今日、迷惑かけてすみませんでした」
 「いいの、気にしなくても。あなたがいることで彼が無茶しないように見守ることも出来るでしょうから。逆にみんなに必要以上な動揺を与えないためにもよろしく頼めるかしら?」
 「はい!ありがとうございます♪」


 ピカっちは役目を与えられたことが嬉しかったのか、まるで町のシンボルである「朝日」のような明るい笑顔で頷いた。そんな彼女のことをラプ先輩は妹のように可愛く感じたのか、こちらも笑顔で「ウフフ」と小さく笑いながら最後にこのように言った。


 「良いのよ。昨日から思っていたけど、ピカっちちゃんって、カゲっちくんのことがよっぽど気になるのね。まるで恋人みたい♪」
 「恋人//////!!?…………そ、そんなことないですよ!カゲっちくんとは幼なじみだから…………それで私がちゃんとしっかりしないと………って!!」


 思わぬ言葉を聞いて顔から火を出してしまったピカっち。それまでの落ち着いた雰囲気から一転、急にパニックになったようにその辺りをチョロチョロしてしまう。赤いほっぺたからパチパチと小さく放電していることからも、その動揺っぷりが相当なものだと言うことがわかる。マーポやララ、ロビーはしばし苦笑いしながらその場をやり過ごしていた。


 「冗談よ。からかってゴメンね。それじゃ改めてだけどラッキー先生に伝えておくわね。そうしてから私たちグラウンドに戻るから………あとはよろしくお願いね、ピカっちちゃん♪」
 「もう…………」


 気づけばピカっちは恥ずかしさで涙目になってしまった。さすがに申し訳なく思ったのか彼女を慰めていた。


 ………まあ何はともあれ、保健室にはピカっちが残ることでなんとかこの場のやり取りは終わることになった。






 一方、時を同じくして再び野球部グラウンド。守備練習は一旦リセットしてランナー無しから再開された。メンバーに緊張感が漂う。そしてキュウコン監督が「それじゃあ行くぞ!」と言ってノックをしたのである!


    カーーーーン!!
 「うわっ!!ピッチャー返しだ!!」


 ボールが弾き返された瞬間、このように叫んだのはヒート先輩。投球する一連の動作をしてからキュウコン監督がノックをしているわけだが、何とこのボールが物凄い勢いで自分に向かって飛んできたため、彼はすぐさま赤いグローブでそれをキャッチしようと試みた。が、さすがに間に合うはずもなく、ボールはそのまま鋭く二塁ベースを越え、センターのジュジュ先輩の前で弾んだのである。


 「ちくしょう…………。いきなりランナー一塁かよ………」


 ヒート先輩が悔しそうに舌打ちする。一塁にキュウコン監督が作り出した“みがわり”がランナーとして登場した。あこうなってくるとまた話が面倒になってくる。ファーストのチコっちは牽制に備えて一塁ベースに入り、セカンドのリオは一塁ランナーが盗塁したときに素早くキャッチャーからの送球に備えて、若干二塁ベースへと近づいていた。つまり必然的に一塁と二塁の間が大きく空いている状態になったということになる。


 (一番良いのはサードやショートに鋭いゴロが転がってダブルプレーを取ることだ。落ち着け、俺) 


 実際の試合と違って自分で投げて打者を打ち取る………ということはできないため、キュウコン監督のランダムに打つボールがどうにか望ましい場所に飛んでいくように………と、ヒート先輩は願うのであった。果たして結果はどうなるだろうか。監督が再びノックをする!!


     カーーーーン!!!
 (ん!?)
 「俺のところだな!!」


 そうやって気合いを入れて走り出したのはブイブイ先輩だ。つまり打球方向はヒート先輩が目論んでいたショートということになる。ところがボールはゴロではなくバウンド。それも高く弾んでいたため、ブイブイ先輩もキャッチするタイミングを合わせるのに時間がかかってしまった。


 「…………しゃーねぇ!!ランナーが溜まるよりマシだ!!チコっち!!」
 「えっ!?う………うん!!」
 「おりゃあああああ!!」


 一塁ランナーを二塁でフォースアウトすることが難しいと判断したブイブイ先輩は、バッターランナー(打球を放った打者。一塁に到達する前はこのように表現している)をアウトにすることを考えてチコっちへと叫び、そして目一杯送球をした。


 一方でチコっちは最初に自分の方に送球されると考えてなかったのか始めはかなり慌てていた。しかし、それでもしっかりとボールから目を離さないように………と考えてブイブイ先輩からの送球をしっかりとキャッチしたのである。


 「アウトー!!」


 一塁塁審………つまり一塁ベースの白線の延長で判定をしている審判のコールがグラウンドに響く。これでランナーは二塁に進んでしまったが、新たなランナーを増やすことは阻止することは出来たのである。


 (本来ならここでピカっちと交代する場面だけど、このまま続行だ。頑張らないとな!)


 イーブイの持つ特性、「てきおうりょく」が発動しているのだろうか。他の野球未経験者に比べると動きに慣れるのが早い。ましてや9つあるポジションでも色んな役目や判断力を求められるショートというポジションで、彼はその輝きを放とうとしていた。


 「次、行くぞ!二塁にランナーがいる。油断していると失点につながるからしっかり集中するんだぞ!」
 『はい!』


 キュウコン監督からメンバーに指示が飛ぶ。それを聞いてグラウンドにいるみんなはますます真剣な眼差しになる。そこにまた白球が放たれていく!果たしてどこへ向かうのだろうか!?


 「わ、私の方だわ!!キャッ!!!」
 「落ち着け!!!痛いかもしれないけどボールから逃げるんじゃなくて、前で落とす気持ちでキャッチしに行くんだ!!」


 打球はチコっちの方へと飛んでいた。しかもそれなりにスピードのあるライナーとして。動揺しているのか、一瞬動きが固まっている彼女にブイブイ先輩がアドバイスを送る。


 「そ、そんなこと言われても………!!」
 「がんばって、チコっちちゃん!!イケメンからのラブコールだと思って受け止めてみると良いんだよ!!」
 『え!?』


 誰もがその大胆な発言に度肝を抜いた。発言主はセカンドのリオ。彼女らしい遊び心満載な価値観が生み出したアドバイスに、みんなが酷く赤面した。中には拍子抜けして苦笑いしているメンバーだっていたほどだ。


 「あのさぁ………そんなアドバイスで急に上達するんだったら、誰だって苦労するわけないだろう…………って、えええええええええええええええ!!?」


 もちろんブイブイ先輩だって例外ではなかった。呆れて思わずリオに苦言を呈してしまっていたのだが、チラッと目に飛び込んできた次の光景に思わず二度見することになってしまう!


  パシィィィ!!!
 「イケメンからのラブコールなら…………逃すわけいかないわああああああああああああ!!」


 なんと彼女は目一杯横っ飛びしてボールをキャッチ、そのまま一回でんぐり返しをして右前脚にはめた緑のファーストミットを天高く突き上げて見せたのである!!頭の葉っぱに合うように特注になったベレー帽型の野球帽が取れてしまおうが、その体が土で汚れてしまおうが関係ない。正にファインプレーである!!が、これにはブイブイ先輩はあんぐりと口を大きく上げて唖然とする以外のリアクションを取ることが出来なかった。一方でアドバイスを送ったリオはウキウキしてるような笑顔で「スゴいね、チコっちちゃん!!やるじゃ~ん!!」な~んて賞賛の拍手をチコっちに対して送っていた。


 その瞬間グラウンドにいた誰もが彼女のある意味での恐ろしさみたいのを感じていたことは言うまでもない。ただ一匹、ヒート先輩を除いては。正にチコっちの独壇場、「チコっち劇場」の開幕である。


 「なんと…………」
 「す、凄いですね………監督」
 「ち、くだらねぇ………」





 何はともあれ、ランナーは二塁から動かずに済んだ。良い感じでみんなが集中力を高めていく。そこに「カーーーン!!!」という音と共に再び打球が飛んでいく!!


 「今度は僕のところだ!!えいや!!」


 打球は勢いのあるゴロとなってセカンドへと転がっていた。リオはそのボールを後ろに逸らすことを避けるために正面へと回り込み、それから腰を下ろす。そうしてからグローブで確実にキャッチをして、一度二塁ランナーの動きをチラッと確認をする!


 (よし、三塁に向かって走り出していないな!!それなら一塁だ!!)


 彼女は一塁へと振り向いて送球した!!一方のチコっち。彼女はさっきと違って心の準備が出来ていたこともあり、リオからの送球も難なく緑のミットに収めることが出来た。一塁塁審の「アウト!!」と言うコールが直後に響く。少しずつではあるけども、チコっちも段々この雰囲気に慣れてきたようである。


 「お見事。みんなさっきに比べたら動きも良くなってるな。この調子でがんばれよ」
 『あ、はい!!』
 「良かったですね、みなさん♪」


 キュウコン監督から声をかけられて少しばかり驚いたのか、ブイブイ先輩もリオもチコっちも背筋をピンとして返事をする。周りの先輩たちは複雑な表情をしていたけれど。


 「アウトー!!」


 次の場面。左中間へ大きな打球となったが、センターのジュジュ先輩が自慢の身軽さ、俊足を活かしたダイビングキャッチでそれをキャッチ、中継に入ったショートのブイブイ先輩へ送球し、ブイブイ先輩は二塁ベースカバーに入ったリオへと送られて、既に三塁回ってホームへと向かっていた二塁ランナーの“みがわり”をアウトにした。打球がノーバウンドでキャッチされた場合、ランナーは自分が元いた塁へと一旦戻らないといけないからだ。


 「よっしゃ~!!すげぇぞ、ジュジュ!!」
 「さすがッス、先輩!!」


 グラウンドに歓声と称賛の声、それから拍手が響く。それでも背番号“2”が刻まれた野球帽を被るジュジュ先輩は至ってクールだ。帽子を脱ぎ汗を腕で拭いながら「ふぅ~」とひと息ついただけ。特に煽てる様子もなく元いた場所に戻るだけだった。


 「アイツ聞こえてんのかよ。またヒートやルーナの機嫌が悪くなるんじゃねぇのか!?ま、アイツらしいっちゃらしいけどよ!ガッハッハッハ!!」


 ライトにいた背番号“9”、ラッシー先輩がその様子を観ていて豪快に笑い飛ばす。何はさておき、これで再びランナー無しという状態に戻ったのである。











 (みんな良い感じ。この調子で自分のポジションに慣れていけば確実に野球部のチームレベルは向上するわ。絶対に廃部なんてさせるものですか。見てなさい…………他校のみなさん)


 そんな様子をベンチから練習を見守るシャズ先輩は確かな手応えを感じていた。メガネを前脚でクイッと動かして不敵な笑みを浮かべる。それにはポジションの特徴にピッタリ合うであろうメンバーを選出していることが背景にあった。


 外野手に関しては以前HR34にて取り上げたり、或いは今話冒頭で記述したのでここでは割愛させて頂く。今回から内野手に関しても守備練習を観ながら解説しよう。………偉そうな感じだけど、聞いた話で僕自身もまだしっかりと把握している訳ではないが。


 まずはファースト。チコっちが守っているこのポジションは基本的にゴロやバウンド、ライナーなどを処理した他のポジションから送球が来るため、それをキャッチ出来る能力が必要である。同じキャッチをするという意味では、一塁ランナーがいるとき、ピッチャーからの牽制球もしっかりキャッチ出来ないといけない。他の内野手からの送球をキャッチすることでもそうだが、ファーストがここでエラーをしてしまうとピンチが拡大してしまうのだ。


 しかし、ファーストの役割はそれだけではない。



     カーーーン!!
 「キャッ!!!」
 「落ち着いて!!ラブコールだよ!ラブコール!!」
 「そうだったわ!!いっくわよーーー!!」
 「それはもう良い!!!」


 ブイブイ先輩のツッコミが響く。次に飛んできたのはチコっちの前。強烈なゴロだったので一瞬怯んでしまったのだが、リオの呪文のような「ラブコール」という言葉にハッとして逆にそのボールへと突っ込んでいったのである!


 「ラブコールを逃すわけにはいかないわああああああ!!!どいてえええ!!」
 「はあああっ!?」
 

 しかもキャッチしたあとは、一目散に一塁ベースへと走り始めたのである。これにはベースカバーに入ろうとしたヒート先輩も拍子抜けしたようにツッコミを入れてしまう。いや、確かにファーストが声を出して自ら一塁ベースを踏むってこともあるけどさ!何もそんな砂ぼこりを立てるほど暴走しなくても良いじゃない!ちゃんと周り見えてるの!?いや、見えてないでしょ!?ランナーとぶつからないようにだけは気を付けてね!!


 「アウト!!!」


 暴走チコリータと学ぶファーストの役割はまだ残っているけど、この先が不安だ。いや、早く僕も気絶から目を覚まさないといけないけど。これじゃ幽体離脱してグラウンドに来てるみたいだから。しかし、


 「さあ、次もキャッチするわよ!!」


 ………と、チコっちは気合い十分だったが、残念ながらキュウコン監督が次にノックした打球はその頭上を遥かに越えて、ライト前に落ちた。一瞬「何よもうっ!!」なんて不機嫌だったけど、ボールが越えたことは仕方ない。気持ちを切り替えてラッシー先輩からの送球を中継する方へと回ったのである。注意したいのはこの状況だとヒート先輩が一塁ベースカバー、リオが二塁ベースカバー、ブイブイ先輩がリオのカバーに回っているということである。


 「そらっ!!頼むぞ、ルーキー!!」
 「言われなくても大丈夫よ!!」


 次の瞬間、ラッシー先輩からの送球をしっかりキャッチしたチコっちの姿があった。「バシッ!」という乾いた音がその何よりの証拠。単純で当たり前なことだけど、先ほどエラーをしてしまった”汚名返上”をするには十分だった。それでもまだ気を抜けない。キャッチしたボールをヒート先輩にキッチリ送球出来るまではまだプレーは続いているのだから。もちろんそんなことは彼女だってしっかりと理解している。


 「よーし!行くわよー!!」
 「イチイチうるせぇヤツだ。さっさと投げやがれ!!」
 (何もそこまで言わなくたって………。どうしてそんなにみんなを嫌な気分にさせる発言をするのかな…………)


 ヒート先輩の心ない発言にリオが心の中で文句を言う。彼にとってはチコっちの元気の良さもかなり鬱陶しいようだ。気分が盛り上がっていることもあり、それに水を差すような発言と捉えられても仕方ないだろう。チコっちも急にシュンとした表情になってしまった。心なしか頭の大きな葉っぱも萎れてるような雰囲気。その結果………………、


 「あっ!?」
 「!!?どこ投げてんだよ!!ふざけんじゃねぇ!!」


 送球が大きく逸れてしまい、がら空きになっているマウンド側に向かって飛んでしまったのである。サードのチック先輩がカバーをしてそれをキャッチする。そしてランナーが一塁を駆け抜けたところでストップしたことを確認してからラプ先輩に返球したのである。


 「余計なことしやがって………。ちょっと上手くいってるからって調子乗ってんじゃねぇぞ………」
 「は…………はい、すみません」


 ヒート先輩に睨み付けられ、チコっちは完全に萎縮してしまった。せっかく盛り上がった雰囲気も悪くなる。リオやブイブイ先輩は納得出来ない様子でいたが、まともにバトルをしたところで返り討ちになってしまうと無意識に感じたのだろう。グッと苛立つ気持ちを抑えようと必死になっていた。


 しかしすぐにその雰囲気も打破されることになる。なぜなら次の打球、再びチコっちのところへと転がっていくゴロだったからだ。迷わずそれに突っ込んでいき、しっかりとキャッチする。そこからすかさず流れるように二塁へと送球したのである!!


     バシッ!!!
 「アウト!!」
 「いいぞ!!そらぁぁ!!」
 「任せなさい!!!」


 ボールはしっかりと二塁ベースカバーに入ったブイブイ先輩のグローブに収まった。まずこれで一塁ランナーがフォースアウトとなった。そこから今度はブイブイ先輩からの送球をキャッチしてバッターランナーをアウトにすべく、一塁ベースを左の後ろ脚で踏みながら体を目一杯伸ばす。こうすること相手からの送球がミットよりだいぶ手前でバウンドしたとき、万が一予想外に高くなってしまってもしっかりと掴めるようにするのが目的だった。ちなみにこのだいぶ手前で弾むタイプのバウンドを“ハーフバウンド”と呼んでいるみたいで、逆に自分の目の前で弾むタイプのバウンドを“ショートバウンド”と呼んでいるみたいだ。いずれにせよファーストはどんな送球でもキャッチできる能力が必要だった。


 (ラプ先輩に言われたことをしっかりこなさないと………!!)


 先ほどのミスに何も感じなかった訳ではない。むしろショックは大きく、これがもしこのグラウンドという場所でなかったら大泣きしていたかもしれない。だけどそんなことを考える時間はない。それはラプ先輩からのアドバイスだった。試合が続いている限り、そのミスひとつで大きく結果が左右してしまう危険性もあるから。決して「失敗を忘れろ」とか「失敗を気にするな」という訳ではない。目の前への集中力を失うなと言うことだった。試練や逆風という形ではあるけれども、ピンチの後には必ず巻き返しのチャンスはあるのだから………。


 話は脱線してしまう。普段は強気で暴走しがちな彼女だったけれど、以前紹介したようにその内面は繊細で誰よりも弱い心だった。そしてしろそんな弱い自分を知ってるが故に、その姿を見せて周りを心配させないように…………と敢えて強気で馬鹿らしい姿を見せていることを僕やピカっちは知っている。別にそんなことしなくたって気持ちは伝わるのに、何というか恥ずかしいんだろうねってよく二人で苦笑いをしながら。


   バシッッッ!!!!
 「アウト!!」
 「やった…………ダブルプレー!!」


 まだまだ守備練習は終わらない!





 


 

 
 次回は5月15日(土)20時頃、更新予定です。お楽しみに!

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