第32話 またかくれんぼ

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 サイクスと別れてからというものの、ヒトカゲ達は数歩歩く度に溜息をついている。よほどサイクスと別れるのが嫌だったのか、それとも彼の持っていたブラックカードがないせいかはわからないが。

「僕達って、不幸なポケモンだと思わない?」
「あぁ、俺達は不幸の塊だ。明日の飯のメドすらつかねぇ、とてつもない不幸のな……」
(俺は君という、見た目からは想像もつかない短気な奴にボコられる方が不幸だけどな)

 3人はそれぞれ“不幸”について思っていた――アーマルドだけは他の2人と違う意味での“不幸”であったが。そんな気持ちを表すかのように、雨が降り始めた。
 濡れないようにすぐさま近くにあったお店の雨避けへと入る。雨が降ったことでますます溜息が重くなる3人は、その場にどっかと座り込んでしまった。

「な~んか幸先悪い感じかも~」

 地面にツメで落書きしながら、ヒトカゲはやる気を損ねる。それに応えるように、ルカリオとアーマルドも「う~ん」と唸る。
 ホウオウとディアルガの情報収集、ルカリオを殺そうとするジュプトルの真意を掴む、そしてガバイト達の計画を阻止する。考えるだけで頭が痛くなる事ばかり抱え込み、気が滅入っていたのだ。
 そんな時、ヒトカゲは背後から不意に声を掛けられた。

「君、ロホ島のヒトカゲ君?」

 自分みたいに子供っぽい声がヒトカゲの耳に入ってくる。ヒトカゲは声のした方を振り向くと、そこには1匹のポケモンが宙に浮いていた。
 自分と同じくらいの背丈、ほっそりとした、薄いピンク色の体。そこから生える長めの尻尾。澄んだ青色の瞳。ヒトカゲの目の前にいたのは、超がつくほどお目にかかれないポケモンだ。

「き、君だれ?」
「僕はミュウだよ。ねぇ、質問に答えてよ~」

 “ミュウ”という単語を聞くや否や、ルカリオとアーマルドもばっとそちらを振り返る。2人の目にも、はっきりとミュウの姿が入ってきた。あまりの衝撃に口が開きっぱなしだ。

「お、おま、お前って、ま、幻のポケモンって言われる……」
「……拾った本で読んだことある。滅多に姿を見せないっていう、あのポケモン?」

 3人の酷く驚いた表情を見ると、ミュウは呆れた顔をする。幻のポケモンだからという理由で特別視されるのが嫌なようで、少し冷たい態度をとる。

「だから何なのさ~、僕だってみんなと同じポケモンなんだからね?」

 ほっぺを膨らませてミュウはふてくされてしまった。ヒトカゲ並みに子供っぽいポケモンだとわかると、ルカリオの顔が渋くなる。

(ヒトカゲと同じくらい扱いにくいな、こいつ。はぁ……)

 とりあえずミュウの機嫌を直すべく、ヒトカゲが頭に手を当てながら軽く謝る。すると、案外すんなりとミュウの態度はころっと変わり、機嫌が戻った。

「ところで、僕に何か用があるの?」

 当然だが、ヒトカゲはいきなり現れたミュウの事が気になっている。首を傾げながら質問したが、ミュウの返事は誰も想像のつかないものだった。

「遊ぼ♪」
『……は?』

 目が点になる3人。突如現れた幻のポケモンがヒトカゲ達を尋ねてきた理由が遊ぼうというものだったことに、調子を狂わされる。一瞬、場の空気が固まる。

「な、何で遊ぶの?」
「いいじゃない、遊びたい時に遊んで何が悪いの?」

 アーマルドの質問にも、ミュウはただのわがままのようにしか聞こえない答えを返す。だがミュウが言うには、ただ遊ぶわけではないという。

「もし僕にかくれんぼで勝ったら、君達の知りたいことを教えてあげてもいいよ。例えば……ホウオウの事とか?」

 ここでもまさかの発言に驚かされる。ミュウ曰く、その他にもディアルガの事、ライナスの事など、知りたい情報どれか1つを教えてくれると言う。だが何故自分達が知りたいことを知っているかと聞いても、ミュウはそれをはぐらかした。

「かくれんぼしようよ~! ねぇってば~!」

 ヒトカゲの手を引っ張ってミュウは遊びたいとせがむ。遊ぶことで何かを損するわけでもないし、何か意図があるようには思えなかったので、ヒトカゲはOKを出した。

「やった~! じゃあ僕が鬼ね。それっ!」

 次の瞬間、強く降っていた雨が一瞬にして晴れに変わった。ミュウが“にほんばれ”を使ったようだ。晴れたのを確認する間もなくミュウはカウントを始め、唐突にかくれんぼが開始された。

「まずっ!? 仕方ねぇなぁ、早く行こうぜ!」
「ルカリオ、カバン俺が預かっとくよ」
「あ、あぁ……」

 どういうわけか、アーマルドがルカリオの背負っているカバンを預かるという。何でだろうと思いながらも、走るのには邪魔だからかえってありがたいと思ったルカリオはそれ以上何も言わなかった。

「ルカリオもアーマルドも、早く!」
『わかってるよ』

 3人はミュウから離れ、各自自分の隠れるところを探しに走り出した。



「……99、100! さぁて、どこかな~?」

 カウントし終わったミュウは上空へと飛び上がった。街全体を見渡せる位置まで上がると、そこから目を凝らし3人を捜そうとする。

「見えないや。やっぱ普通に捜そっと」

 さすがのミュウでも、建物だらけの大きな街に潜んでいるヒトカゲを見つけられるほど視力は良くない。諦めて地上まで降下し、街中を捜索することにした。
 ミュウはまずターゲットをヒトカゲに決めた。ヒトカゲを捜すためにはどうしたらよいか、頭を捻って考える。しばらくすると、ある名案がミュウの頭に浮かんだらしく、顔をニンマリとさせる。

「よし、決~めた!」



 その頃ヒトカゲは、雨宿りしていた位置から大分離れたところにいた。まだ隠れる場所を探しているのか、辺りをキョロキョロと見回していた。

「どこにしようかな~? 早くしないとミュウ来ちゃうよ~」

 隠れる場所は沢山あるが、いまいち自分にあったところがないらしい。そんな時、ヒトカゲの後ろから誰かが低い声で名前を呼ばれた。振り返ると、彼にとって少し厄介な存在がそこにいた。

「何してるんだ? こんなところで」
「えっ、お、お父さん?」

 その声の主はウインディであった。何故こんなところにいるのかヒトカゲは理解できず、とにかく混乱していた。彼の中では、“ウインディが突然現れる=お仕置き”と直感的に思ってしまうものがあるのだ。

「ちょっとこっちに来なさい」

 ヒトカゲの予想通り、ウインディが手招きをしている。彼の中では悪いことをした心当たりはないのだが、とりあえず従うしかなく、俯きながらとぼとぼとウインディの元へと歩き出す。
 足元まで辿り着くと、急にウインディから眩しい光が発せられた。あまりの眩しさのあまりヒトカゲはおもわず目を覆った。数秒後にそれは止み、彼がそっと目を開けると、可愛らしいあのポケモンがいた。

「み~つけた♪」
「……ミ、ミュウ!? もしかして“へんしん”してたの!?」
「あったり~♪」

 “へんしん”でミュウはウインディに変身していたのだ。ミュウ曰く、驚かせたかったのが1番の理由らしい。ヒトカゲは本物でなかったことにほっと胸を撫で下ろす。

「それじゃ、次はルカリオを捜そう。ヒトカゲ、ルカリオの苦手なポケモンわかる?」

 ミュウは次も同じ手でルカリオを捕まえようとしている。ルカリオの苦手なのは誰かと聞かれ、ヒトカゲが思いついたのはあのポケモン1匹だけだった。それをミュウに伝えると、ミュウは早速“へんしん”して姿を変え、ルカリオを捜しに行った。



「ったく、何でかくれんぼなんだよ……」

 愚痴をこぼしながらルカリオは街中をふらつく。どうせ見つかりはしないと思っているせいか、どこかに隠れようともしない。

「さて、あのヤクザに会って以来食べてないデザートでも食べに……」
「……誰がヤクザだって? あ?」

 物凄く聞き覚えのある声がルカリオの耳に入る。予想が当たっていれば、彼にとってはジュプトルよりも命を取られる可能性のある存在だ。
 頼む、外れてくれと思いながらゆっくりと後ろを振り返る。しかし神様の意地悪か、彼の予想は見事的中してしまった。

「カ、カメックス! ななな何で!?」

 背後にいたカメックスを見て、ルカリオは非常に驚くと同時に涙ぐむ。だが今更謝ったところでどうにもならず、カメックスはさらに脅しをかける。

「てめぇは1回、いや2回殺されなければわからんようだな。来い」

 無理矢理カメックスに手を引っ張られるルカリオは既に泣きながら命乞いをしていた。それを見ていたカメックスは十分に満足したのか、“へんしん”を解き、元のミュウの姿に戻った。

「ルカリオみ~っけ♪」
「……俺、マジで死ぬかと思った……」

 本来なら怒っているところだが、本物のカメックスでなかったことだけで彼は一気に脱力してしまう。ミュウはケラケラと腹を抱えて笑っていた。

「あとはアーマルドかぁ。でも、彼はさっき見かけたんだよね」
「えっ、どこで?」

 ミュウはルカリオを見つける前にアーマルドを見つけてしまったという。何故放っておいたのかとヒトカゲが尋ねると、「ついてきて」と彼らをある場所に案内し始めた。



「ジュースのおかわりはいかがですか?」
「あ、じゃあ下さい」

 とある喫茶店の中、そこにアーマルドはいた。彼はどうせ見つかるならそれまでの間ゆっくりくつろぎたいと思い、喫茶店に入ってずっとまったりしていたのだ。

「……だから俺のカバン預かってくれたんだな。財布の金使うために……」
「あっ!」

 くつろいでいたアーマルドの元に、笑っているミュウ、哀れんでいる目つきのヒトカゲ、そして怒りが込み上げているルカリオがやってきた。滝のような汗が彼の頭から流れ落ちる。

「覚悟はできてるよな?」
「…………」

 その後数分間、言葉では言い表せないほどの惨劇が繰り広げられた。



「この勝負、僕の勝ちだね♪」

 嬉しそうにミュウは3人の周りを飛び回る。3人はぐったりした様子でミュウを目で追いかける。

「でも遊んでくれたから、ちょっとだけ情報教えてあげるよ」
「ホント? 何の情報?」

 幸いにも、彼らが知りたがっている情報を少し提供してくれるという。ヒトカゲ達は一字一句聞き漏らさないように、ミュウにこれでもかというくらい近づく。

「“グロバイル”、これを知ったら道は開けるかもよ」

 彼らが1度も聞いたことのない単語“グロバイル”。これを調べていくことで何かが解決するとミュウは言う。

「それじゃ、頑張ってね。僕たま~に遊びにくるから、その時はよろしく♪」
「あ、ちょっ……」

 それだけ言い残し、ミュウはどこかへ飛んでいってしまった。多くの謎を残していったミュウの事を、3人はただ見ているしかできなかった。
 ミュウは何者で、一体どんな目的があるのか、全くわからないでいた。唯一わかったのは、今後非常に気にしなければならない存在ということと、ヒトカゲと同じくらい子供っぽいということだけだった。

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