Box.40 こうサてん

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読了時間目安:18分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


 カザアナへの交通ルートは主に2つ。バスやトラックの通る主要輸送路と自然の坑道。坑道は現在危険なので、バスを利用することとなった。

「えっとぉ……〝お客様各位へ 崩落の危険があるため、ゴート―カザアナ間のバスはしばらく運休となっております〟だって」

 バス停の張り紙を読み上げ、コダチは「どーするの?」と眠そうな目を擦りながら二人を見上げた。「となると、坑道くらいしかないけど」ソラはじっとコダチを見つめた。「え? なになに?」

「コダチちゃんってレンジャー見習いだけど、キャプチャは出来るの?」
「へへーん! コダチちゃんは優秀なのでキャプチャは得意なのでーす!」

 どや、と胸を張り、「でもスタイラーはないです!」と言った。悪用防止のため、レンジャー本部でスタイラーはしっかりナンバリングされて管理されているそうだ。「イワークとかキャプチャ出来たらと思ったけど、駄目か」ソラが肩を落とした。
 主要輸送路はバスの代わりに時々トラックが通過していく。ガタゴトと過ぎ去るトラックを見送りながら、コダチが言った。

「トラックに乗せてもらうのは駄目かなぁ」
「荷台に載るつもりなの?」
「駄目なの?」
「普通捕まるよ。普通ね」

 ソラはちらっとリクとリーシャンを見た。リーシャンはボールがないのでいつもの定位置の頭に掴まり、タマザラシは足下でちゃしちゃしと身繕いをしている。エイパムは夜明けまでバトルしていたので、今はボールの中でぐっすり眠っていた。リク自身も止まらないあくびをしながら、目の下に隈を作っている。

「徒歩だと時間がかかりすぎるし、坑道をマウンテンバイクで行くのもな……となると、背に腹は代えられない、か」

 ソラはポケナビでどこかに連絡をとった。「はい……はい……そうですカザアナへ……そうですか……ええ、承知してます」すると突然、ポケナビ向こうから悲鳴のような野太い歓声があがった。『Hey you! もしやその声、仮面Sでは!?』

「ヒトチガイです」

 『Oh……』と残念そうな声がした。気落ちしてもでかい声だ。ソラはややポケナビから耳を離していた。それでも馬鹿でかいはっきりした声は、未練がましく追求してきた。『Meは声の聞き分けには自信があったんですけどねぇ……』ソラは片手で額を抑え、声だけはにこやかに平静を保った。

「仮面Sはいません。舞台上だけの幻の存在です。けど、同じ大会参加者のコダチちゃんならいますよ」
『Wow!! 是非ともVoiceが聞きたいでーす!』
「だってさ。はい」
「はい?」
「声が聞きたいんだって」
「ええ!?」

 流されるままにコダチはポケナビを受け取った。「もしもし!」コダチがしゃっきりと背筋を伸ばして答えると、鼓膜を賛辞が突き刺した。『YouのStageも見ましたYO! Nice Fight!』ポケナビを耳から離すが、口元がニヤニヤしている。ルンパッパのモンスターボールをポケナビに近づけニコニコしていた。
 ポケナビ向こうの声は喋り方こそ似ているものの、声質はアイドルキングのものではない。こそっとリクはソラに訊いた。

「あの喋り方、流行ってるのか?」
「違う違う、多分アイドルキングのファンだ。コダチちゃん、そろそろパス」
「へぇ!? うんうん、応援ありがとう!」

 徹夜明けで若干やつれていた顔をツヤツヤさせて、コダチは名残惜しそうにポケナビを返却した。
 
「それで、話は戻るのですが」
『もしやユキノBoyやライカGirl、リクBoyもいるのでは!?』

 興奮しきった声が叫ぶ寸前、ソラはポケナビから耳を離した。「その質問に回答しても良いですが、その前にお願いを聞いてもらえませんか?」『OK! なんでも聞きまショウ!』

「荷台に3人、こっそり載せてもらえませんか?」





 ガタン、と薄い暗闇の中、移動していること、揺れていることだけが分かる。思っていたより荷台は暗かった。気分が落ち着くようにと小さな電気式ランタンを置いてくれたが、荷物が四方八方に積んであるので圧迫感に息が詰まる。使っていない古い毛布を引っ張り出し、クッション材代わりにしていた。途中途中で休憩を挟んでくれているとはいえ、結構キツいな、とソラは嘆息した。
 コダチは揺れるトラックの中、熟睡している。リクが配送されたと聞いた時よく耐えられたなとソラは思ったが、理由の全てがそこにあった。リクもよほど眠かったのか、気絶するように眠っている。
 トラックの運転手はリーシャンを一目見て、「You! トレーナーと再会出来たのですネ!」と言った。リーシャンも覚えがあったようで、目を丸くした。彼は最初に、谷底に落ちかけたトラックの運転手だった。主にゴート―カザアナ間の担当をしている、と話した。怖くないのか、とリクが問うと「生活がかかってるんデネ」と苦笑いした。「なので、この道行きはナイショですよ」
 リクもコダチも完全に寝入っていることを確認し、ソラはポケナビで連絡を取った。リマルカはすぐに出た。『……どうしたの?』昨夜の出来事をかいつまんで報告する。

『じゃあリク君は、帰るんだね』
「はい。サニーゴのことが終われば帰ります。お爺さまはいらっしゃいますか」
『ううん。ゴルトさんが動けなくなったから、ポケモンリーグに行ってるよ』

 リマルカの祖父は四天王の一角である。この状況になる前から頻繁にカザアナに足を運んでいたが、崩落事件以後はずっとカザアナにいた。『そもそもこの状況で、僕にかかりきりになるのは不味いでしょ』リマルカは呆れた口調で言った。サニーゴと話せそうか尋ねるとリマルカは少し黙考した。

『ヒナタさんのサニーゴだから、心も強いしまともに話せるだろう……とは、思う。でも、引っかかることがひとつある』
「なんですか?」
『いや、ひとまず、サニーゴと話してから考えるよ』

 引っかかりはソラも感じていた。サニーゴのことをリクに頼んだのが、ゴルトだという点だ。サニーゴの心残りを解決してやりたいとか、そんなことを考える人物では到底ない。必ず裏がある。何か、ゴルトが得をするような何かが。それが全くもって分からないのが嫌に気持ち悪くて堪らない。飲み込んで、分かりました、と言った。今考えても仕方ない。

「もう一つご報告があります。ゴートで前ジムリーダーと接触しました」
『父さんと?』
「はい」

 ゴートのカジノテーブルでのことである。テーブル外の騒ぎに顔を上げれば、雑踏に紛れようとする姿がひとつ。ミミッキュを連れた背の大きく曲がった男なんて一人しかいない。すぐに分かった。思い出して、苦虫をかみつぶしたような顔になった。テーブルゲームに誘い出したまでは良かったのだが、結局逃がしてしまった。

『父さんはなんて?』
「カザアナの現状についての警告及び、四天王のゴルトさんにも報告しました。戻る気はなさそうでしたが」
『……戻ってくるさ。あの人の居場所はここだ』

 リマルカは生まれたときからゴーストポケモンに親しみ、3歳でポケモンバトルを学び、8歳にして父親に勝った。それ以来、前ジムリーダーの父親は失踪し、街の人々の意向でジムリーダーに祭り上げられ、今に至る。

「それでも、勝ったのは貴方で、今のジムリーダーは貴方です。リマルカ」

 ソラは強い口調で断じた。周囲の期待と立場を踏まえて、今のカザアナのジムリーダーはリマルカしか務められない。
 ソラは旅立つとき、リマルカとバトルし、ジムバッジを与えられた。強いとはどういうことなのだろう。与えられたジムバッジと彼我の本来の実力差を思った。年下の天才に背中を追いかけられ、並び立たれ、あっという間に追い越された。
 ――数多が渇望する〝才能〟の二文字を与えられたものは、すべからく先へ進むべきだ。与えられなかった者達の恨み辛み、羨望、期待、嫉妬、悲嘆、全て背負って先へ。

『分かってる。勝ったのは僕、今のジムリーダーも僕だ。それで、君はサニーゴのことが終わればどうする?』
「リクをマシロまで送るか、カザアナでレンジャーに預けます。その後は地方の状況を見て、また旅に戻ります」
『そう。マシロからはサイカが近い。カイトさんに挑戦してくると良いよ』
「……そうですね、それも良いかもしれません」

 ぴりぴりした空気をお互いに感じていた。揺れるトラックの中、カザアナに近くなっていることを改めて感じる。じわじわと、蓋をした嫌な感情が広がっていく。ゴーストポケモンに引きずられてはいけないと思いつつも暗い感情が顔を出す。
 ジムトレーナーの大半は、ジムにいる間はそのジム特有のポケモンを扱う規定となっている。各地を巡る時も同じポケモンを連れることが多いが、ソラは選ばなかった。調べてわざわざ避けるほど兄と同じポケモンは持ちたくなかったのと同様に、リマルカと同じポケモンも使いたくなかった。元々持っていたゴーストポケモンは、理由をつけて家族の元に置いてきた。
 いくらかやりとりをして、ポケナビを切る。リクもコダチも目覚める気配はない。もうすぐ、長いようで短かったリクとの旅も終わる。そう思うと感慨深かった。素直で単純で意地っ張りで、正しいと思えばそれを貫いて、馬鹿だなと思うくらい無謀で。こちらが躊躇うようなことを、捨て鉢の度胸で飛び越えていく。
 でも、もう終わり。
 ソラは目を閉じた。まだ1時間ほどカザアナまでかかる。カザアナタウンは多くの場所と繋がる街。地方の巨大な交叉点。生きとし生けるもの、死したるもの、正負の感情、無数の人々、あらゆるものが交差する。交わっては離れ、離れてはまた交わる。彼らと自分の生もまた交わり、そしてカザアナで別れる。
 きっとこの先、再び交わることはない。





 ようやく降ろされた場所では、まだ足下で地面がぐらついているような気がした。運転手は美味しい水を3本くれた。これからまだ仕事があるからと握手とハグを交わし、ご機嫌に去って行った。
 土の匂いがする。砂埃というよりも、石と土の匂いだ。地面は平らに均され、壁はレンガで覆われていた。トラックやバスが通る通路のため天井は高い。ソラがクロバットを出し、モンスターボールから出たそうなタマザラシを横目にした。「タマザラシは仕舞っておけよ。転がると砂だらけになるし、坂道も多い。ジムはこっちだ」案内に従い歩き出した。
 四方八方壁に囲まれていたが、不思議と圧迫感はない。土壁に触れるとぬくもりを感じる。地下は寒いかと思っていたが、ほんのりと暖かいくらいだ。通路に足を踏み入ると接触灯が点き、次の通路へ移動すると消える。居住区に近づくと天井も低くなっていき、分かれ道には記号と数字が刻まれていた。
 広い空間にはお馴染みのポケモンセンターが半分埋まっていた。進む。分岐はたまに、打ち込まれた釘と鎖で封鎖され、〝崩落により通行禁止〟との札がぶら下がっている。追記の札もかかっていた。〝××家はB-5へ移動しました〟〝避難済み〟〝関係者以外立ち入り禁止〟封鎖通路は奥に行くほど暗く、闇に住まうポケモンの鳴き声がかすかに聞こえる。灯りの照らす通路にも気配は感じるものの、彼らは息を潜めている。
 壁に塗料の走り書きが散見された。〝◆◆を見かけたら××××までご連絡ください〟〝××、どこ?帰っておいで ○○より〟〝◇◇◇はサイカヘ避難しました。△△もこれを見たらそっちに来るように〟殴り書きのような彫り込みもあった。〝地上になど いくものか〟〝いまさら! いまさら! いまさら!〟〝ここがいい ここで いきて しぬ〟ぬらぬらと動き出しそうな、生々しい想いが籠もった言葉だった。下の方に、子供が書いたような文字もある。〝きぷか はやく かえってきてね〟
 すれ違う人は、ほぼいない。ごくたまに見かけても、皆、レインコートのような服を着てフードを降ろしており、一言も発せず過ぎ去るものだから幽霊じみていた。「みんな元気ないね~」「元々よそ者相手にはこんなもんだよ。あの服も、天井からたまに水滴やポケモンが降ってきたりするから、街にいる間は着てる人が多い」言ったそばから水滴が頭に落ちた。「うわっ!?」リクが飛び上がる。先導するソラが言った。「特に今は、何処の水道管が破裂してるかも分からない」リクは濡れた顔を袖で拭い、滴下のあった天井を見上げた。影のような染みが、メタモンみたいに蠢いている。
 一番奥まった場所まで来ると、土壁に埋まった木の扉が待っていた。木と言ってもかなり重厚感があり、表面は艶々している。何か塗ってあるのかもしれない。「戻りました。……ジムリーダー? ソラです」中に入ったソラの背後から、コダチとリクも覗き込んだ。ジムの内部は真っ暗という訳ではなかった。「きれ~い! キノコだ!!」コダチが歓声をあげた。ジムの中では大小様々なキノコのかさが、夜空に散る星々のように光っている。
 内部はしんと静まり返っているのに、薄皮の下で生き物が蠢いている気配がある。「クロ、ちょっと見てきてくれ」クロバットがすいっと入り込み、羽音も立てず奥まで飛んでいく。コダチも続いて足を踏み入れ、リクも興味津々とばかりに首を伸ばした。
 途端、ドン! と誰かに背中を押されてリクは転げそうになった。「リ!」リーシャンが念力で止める。前のめりの姿で静止したリクの背後でケラケラと笑い声がした。乱暴な音を立て、扉が勝手に閉まった。笑い声がジム内部のそこかしこから、反響するように聞こえてくる。リクの全身が粟立った。
 ガン! とソラが扉を蹴り開ける。途端、ぴたりと笑い声が止まった。

「――リマルカは?」

 こしょこしょと囁き合う声。クロバットが戻ってきて、左右に何度か飛んでみせた。ソラはジム内を見回した。びっくりしたリーシャンが念力を解除し、リクがべしょっと落ちる。コダチはぷるぷると大きなキノコにしがみついていた。

「何処に行ったか知ってる奴はいるか?」

 奥の星がひとつ動いた。ゆらゆらとした星は、小さな灯りだった――ロウソクのようなポケモン、ヒトモシが歩み出る。ぞろぞろと列をなして扉を出て行くので、「一匹だけでいい」とソラが釘を刺した。ヒトモシ達は身を寄せ合って弱々しく火を揺らし、いっせいにソラを見つめた。

「火を消してやろうか」

 ソラが凄むと、先頭以外いっせいに暗がりへと戻った。

「コダチちゃん、リク。ヒトモシが案内してくれるって」

 コダチは大きなキノコの裏側に隠れている。リクがまじまじとソラを見つめると、きょとんとした顔が返ってきた。

「なんでそんな顔……いや、いい。なんとなく言いたいことは分かった。コダチちゃん、怒ってないから出ておいで。リクも、別に不機嫌とかじゃないから」

 コダチを引っ張り出し、ヒトモシの案内に従って歩き出した。
 ゴーストタイプは扱いが難しいポケモンなんだ、とソラは道々説明した。基本的に人の妬みや恨み、悲しみなどの負の感情を好んでいるため、半端な精神力のトレーナーは食われる。生身で扱いが難しい云々の話ではなく、心のありようの問題だ。同系列に染まるか完全なる支配か。前者は才能や本人の性格に左右される面が大きすぎるため、普通のトレーナーがゴーストタイプを極めようと思えば後者を選ぶ。

「下手に甘い顔をすると命を吸い取られたり、負の感情を引き出そうとしてくる。こっちも強気でいかないと足下掬われる。特にリク、お前は気をつけろ」

 何度も後ろを振り返っていたリクの肩が跳ねた。「お、あ、う……おう」思わず素直に返事をし、前を向く。リクは振り向きたい気持ちを抑えた。たとえ小さなヒトモシ達が、窺うようにちょこちょこと着いてきていても見ないふりを決め込む。ソラも気づいていたらしく、深くため息をついた。鞄からキャラメルの箱を取り出す。欲しそうな顔をしているコダチに一粒、前を歩くヒトモシに一粒、そして残りを地面に置いた。「お土産」少し歩いてからリクが振り向くと、ヒトモシ達はキャラメルをきゃーきゃーと奪い合っていた。
 やがて、細く暗い一本道へ歩き入る。ヒトモシの火がぽつんと先を歩いている。鎖が封鎖している道には、〝立ち入り禁止〟の札がかかっている。文字は赤い。立ち止まり、奥を見やった。道の先には今にも千切れそうな古いしめ縄が通せんぼうをしている。その手前に、真新しいしめ縄もかかっていた。ソラが眉を下げてこちらを振り向く。

「あのさ、悪いけど二人とも、先にポケモンセンターに行っててくれないか。クロに案内させるから」
「え? なんで?」
「どうした」
「この先はちょっと」

 言い淀んだ。リクとコダチが顔を見合わせる。先を行くヒトモシはどんどん小さくなっていっている。クロバットが反対方向へと導くように飛んだ。「なんで駄目なんだよ」不満げにリクは口を尖らせた。細く暗く長い道に踏み入らずにすんで、内心ホッとしていたが、それはそれ。コダチも怖いながらも気になるようで、「なんで?」と言った。

「この先は昔、地下に逃げ込んだ囚人達が追い詰められて滅多刺しにされた所以がある場所で――」
「帰りまぁす! 帰ります帰ります帰ります!」

 コダチが風のようにクロバットのそばへと逃げていった。それくらい怖くない、と言おうとしたリクにソラが囁く。
 
「今のは嘘だ」

 目を丸くして見返す。「言うなよ。コダチちゃんには秘密だからな。ただ……」ソラが目を少し伏せた。「お前は嘘も隠しごとも嫌いだろ。外の人間に話さないっていうなら教えてもいい」
 (「嘘つき」)あの言葉をソラが気にしていたことが意外だった。こちらの言葉など、とんと響いてはいないものだと思っていたから。「リクちゃん早くー!」コダチが大声で呼ぶ。「ちょっと待って!」叫び返し、リクは「聞く。話さない」と言った。ソラは声を低めた。

「この先はカザアナの兆域――死者を葬る場所だ」

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