【第020話】届かぬ言葉、呼び起こす経験(vsボア)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



現在の戦況は2vs1。
数の上ではトレンチ嬢が優位に立っているが、水位がお嬢の身長よりも上の位置に来てしまっている。
最早タイムリミットは秒読み……否、解釈によっては既にオーバーしているとも考えられる。
足は床についておらず、たまに水面に顔を出しては短く息継ぎをしている……という状況だ。



だがお嬢は決してこの勝負を投げることはしなかった。
「……わかった。だったら最後まで続けてやるぜ……ッ!」
ボアはお嬢の折れないメンタルに尊敬の念を抱くと同時に、最後のポケモンを繰り出す。



「しゅびびーーっ!」
ボールの中から飛び出して来たのはカマスジョー。
スクリューのような尾ひれを持つ、水中最速を誇るポケモンだ。
既にスタジアムの大半が水没している現状、このポケモンは最適なチョイスというほかないだろう。



「よし、仕掛けろカマスジョー!『かみくだく』だ!」
「しゅびっ!」
カマスジョーは先制攻撃を仕掛け、マネネの喉元に牙を突き立てようとしてくる。
そのスピードは中々に速いが、現在水泳技能を得ているマネネにとっては避けられなくもない。
お嬢はマネネに『アクアジェット』の指示を飛ばそうとする。



……が、ここで彼女は気づいたのだ。
この勝負の真の恐ろしさに。
「……っ!……けっ………!」
お嬢は言葉を紡ごうとするが、それは全て襲いくる水にかき消されてしまう。
水中を藻掻き、呼吸をすることに精一杯なせいでポケモンに指示を出すどころではないのだ。



そしてお嬢の指示はマネネには届かない。
「まねっ……!」
反応が遅れたマネネはカマスジョーの餌食となる。
マネネを加えたカマスジョーは首を大きく振りかざし、そのまま水底までマネネを投げ飛ばす。
そして叩きつけられらマネネに更に畳み掛けるように次の攻撃を繰り出した。



「カマスジョー次だッ、『アクアブレイク』ッ!」
「しゅびびーーっ!」
カマスジョーは大きく身体を歪めると、尻尾の一撃を加えようとする。
お嬢は再び回避指示を飛ばそうとするが、やはり自身がもがくばかりでそれどころの様子ではない。
それを悟ったマネネは、自身の判断によって『アクアジェット』を繰り出しカマスジョーから逃げ出す。
勢い余ったカマスジョーはそのままスタジアムの床へ『アクアブレイク』を叩きつける。
だがカマスジョーは衝突の反作用を活かし、すぐに逆方向に動き出してマネネの前方を先回りして陣取った。
「まねっ……!?」
そう、復帰があまりにも早すぎるのだ。



「行けカマスジョー!『かみくだく』攻撃だッ!」
「しゅびびーーーッ!」
カマスジョーは牙を突き立てて再びマネネを仕留めようとする。
既に連戦を経ているマネネにこの攻撃は耐えられるものではない。
マネネは最後の力を振り絞り、カマスジョーの喉元を目掛けて最後の『サイケこうせん』を解き放つ。



しかし残念。
水中において力の競り合いでマネネが勝てる道理は存在しなかった。
『サイケこうせん』はその光を放つ前にカマスジョーに上から喰らいつくされ、その勢いでマネネは大ダメージを喰らってしまったのだった。
「ま……ねね……」
マネネは力尽きて戦闘不能……起き上がってくることはなかった。
「………!」



マネネはスタジアムの角にて仰向けのまま浮かされることになった。
これでお嬢のポケモンはスナヘビを残すのみである。
……既に賢明な読者諸君ならばお気づきだろう。
スナヘビは陸地を這い進むポケモンであり、摩擦力の生じない水中においては不利どころかまともな行動すらままならないのだ。
一方の相手は水中戦のスペシャリスト・カマスジョーだ。
ただでさえ互角に戦えるかどうか怪しい敵なのに、そこにスナヘビで突っ込んでいくのは自殺行為にも等しい。



……だが、それでもお嬢は諦めない。
ものすごい速度で減っていくお嬢自身の体力を振り絞り、最後のボールを投げる。
「みしゃっ!」
スナヘビは水の張り巡らされたフィールドへ勢いよく飛び出すが、すぐに水面に呼吸を求めて顔を出す。
やはり水中はスナヘビにとっては地獄そのもの、とても戦いどころではない。



そこにお嬢は手をのばす。
スナヘビはそこに縋るように尻尾を巻きつけてなんとか流されないようにする。
本来であればトレーナーが直接手を下すことはタブーだ。
しかしこのままでは勝負にならない、と判断したボアはやむなく黙認する。



「ごぼっ……ごぼっ……!」
お嬢はなにかをスナヘビに伝えるが、最早それは言葉ではない。
ただの気泡と化した音でしか無い。
……だがスナヘビにはこれで十分だった。
「……みしゃっ!」
スナヘビは軽く頷くと、頭を水中に沈める。



次の瞬間だった。
スナヘビはお嬢の手首を蹴り飛ばし、ミサイルの如き勢いでカマスジョーに突撃する。
「速ッ……!?」
「しゅびっ!?」
まさかあの位置からいきなり奇襲をかけてくるとは思っていなかったボアとカマスジョーは判断が遅れ、『はいよるいちげき』を喰らうことを許してしまう。
スナヘビは不利な水中であろうと、勇猛果敢にカマスジョーに立ち向かったのだ。



……しかしこれはあくまでも初回限定の奇襲に過ぎない。
スナヘビは最大の切り札を今この場で使ってしまったのだ。
おまけに此処は水の底。
スナヘビがまともに戦うためには浮上してもう一度呼吸をしなくてはいけない。



だがそこまでの長い時間をカマスジョーが見逃すわけもない。
カマスジョーは浮き上がろうとするスナヘビに攻撃を仕掛ける。
「行くぞカマスジョー、『アクアブレイク』だッ!」
「しゅびーーーっ!」
真上からは無情な尻尾のビンタが炸裂する。
これを喰らえばじめんタイプのスナヘビにとってはひとたまりもない。



しかしスナヘビはこれを思いもよらぬ方法で回避する。
なんと頭を引っ込めた状態の見事なとぐろ……お嬢風に言えば『巻【自主規制】ソスタイル』を瞬間的に作り出し、『アクアブレイク』を回避したのだ。
「しゅびっ!?」
「なっ……!?」
カマスジョーは再びわざを外し、ほんの少しの隙を見せてしまう。
そこに付け入るようにスナヘビは『ぶんまわす』攻撃を繰り出し、カマスジョーを足場にするとすぐさま水面まで高速で浮上する。



「しゅび……!」
「バカなッ……速すぎる!」
ここまでの正確な判断は、いくらスナヘビの中にインプットされているとしても、単独判断ですぐに出せるようなものではない。
スナヘビの行動の精密性の正体はなにか。
答えはそう、お嬢の手にあった。



なんとお嬢は水中でハンドサインを送っていたのだ。
言葉による指示が困難だと判断したお嬢は、ハンドサインを用いる指示に即座に入り変えたのだ。
しかしハンドサインのみで意思がここまで正確伝わるものだろうか。



だが伝わるのだ。
スナヘビはここまで、お嬢に『一【自主規制】ソ』『巻【自主規制】ソ』など曲芸を仕込んでいた。
その際にハンドサインは必要なものであったため、それを覚えていたスナヘビは即座に正確な判断を行うことが出来たのだ。
「言葉が使えない」という状況においてはこのお嬢のスナヘビはある意味では適した存在だったのである。
こんなところにまさかの伏兵が潜んでいたのだ。



「……なるほどな。これは俺もそろそろ本気を出さねぇと不味そうだ。」
そう、水位は既にボアの顎の下あたりにまで迫っている。
ボア側も既に余裕はなくなってきているのだ。
スナヘビにとどめを刺すべく、彼はわざの指示を出す。



「行くぞカマスジョー、『スケイルショット』だ!」
「しゅびびーーーーッ!」
カマスジョーは尻尾を振り上げると、自身の鱗を弾丸のように投げ飛ばす。
高速で突き刺さる鱗は、水面のスナヘビに小さなダメージを与える。
「みしゃ……!」
そしてその攻撃に怯んだスナヘビのところへ、更にカマスジョーは畳み掛ける。



「『アクアブレイク』ッ!!」
「しゅびびーーーーッ!」
水面に浮かぶだけのスナヘビにこの攻撃を回避する手段はない。
『アクアブレイク』は効果抜群……スナヘビには大ダメージだ。
「み……みしゃ……!」
「(ごぼっ……ごぼぼぼぼ………!)」



スナヘビは次の攻撃の起点を探そうとお嬢の腕に向かって泳ごうとするが、カマスジョーは『スケイルショット』の牽制に寄ってそれを妨害する。
こうなってしまえばスナヘビ側から逆転の手段はない。
既に手詰まりだ。



だが、勝負の展開は急変する。
……スナヘビの体力が尽きかけ、審判がフラッグを降ろそうとしたその時だった。
スナヘビの身体が突如として七色の光を放ち始めたのである。
そしてみるみるうちに身体が伸びていき、姿が大きく変化していく。
「こっ……これは……!?」
「……進化、ですか。」



果たして、スナヘビの身に起こったこととは。

スナヘビを腕に巻きつけて発射するってコブラみてぇだなって思ってましたが、良く考えたらこいつはコブラじゃなくてガラガラヘビですね。
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