【第015話】感じる体温、通う想い

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください




夜の海を走るコンテナ船の甲板にて。
船内で暴れまわった末に階段を駆け登ってくる2つの影を、暴力団の組員達が遅れて追いかける。



「オイッ、テメェ逃げんじゃねぇゴラ!」
「とっとと爆弾とやらを解除しろ!」
組員たちはコンテナ船の甲板前方にジャックとパルスワンを追い詰める。
……否、訂正だ。
ジャックがそうさせるように仕向けて逃げたのだ。
甲板の後方には逃走用の足となるアーマーガアが待機している。
アーマーガアの存在に、そしてお嬢の存在に気づかれてはいけない。
遠くにいるアーマーガアが飛び立つ瞬間、すなわちお嬢がこの船を安全に脱出する瞬間までジャックはここで組員たちを引きつけておく必要がある。
お嬢の安否に気を揉まれつつも、ジャックは目の前に押し寄せる敵たちを見据える。



「いやいや、ここまで追い詰められてしまっては仕方ありませんね。……パルスワン、行きなさい。」
「わわんっ!」
「行くぞ!やっちまえアリアドスッ!」
「しゃどーーッ!」
「しゃーーーー!」
甲板の上にて、多対一の勝負が繰り広げられる。
火花が散り、多くの怒号と鳴き声が飛び交う。



しかしパルスワンの実力は圧倒的であった。
間合いに踏み入って攻撃を仕掛けようとする敵を電撃で牽制し、正面視界に入った敵は強靭な顎で噛みつき返す。
糸の攻撃で拘束を仕掛けようとしたアリアドスは華麗にジャンプで攻撃を避けられ、その隙に上空からの体当たり攻撃を仕掛けられる。
パルスワンの動きに無駄は全くと言っていいほどなく、スピード、パワー、精度のどれを取っても一切の隙がない。
あっという間に4、5匹は居たはずのアリアドスはことごとく戦闘不能になってしまった。
「しゃど……!」
「チッ……強ぇぞ!おい早く次のポケモンを投げろ!」
「わかってる……クソッ!」
「その調子ですよパルスワン。規定の時間までたっぷり遊んでやりなさい。」
「わんっ!」





ーーーーー一方その頃船内では。
「みばっ!?」
「なっ……ヒバニー!?」
お嬢とスナヘビが侵入した暗室に居たのはマネネではなく、あの群れのリーダーである色違いのヒバニーであった。
アリアドスの糸によって胴を縛られて拘束されている。
「みばっ……みばばばっ!」
ヒバニーはパニックに陥っているのか、鉄格子の檻の中にてのたうち回っている。
「ちょ、ちょっと!落ち着きなさいってば!」
お嬢はなんとか言葉でヒバニーをなだめようとするが、残念ながら彼の耳にお嬢の言葉は届いていない。



とにかく、まずはこのヒバニーの拘束を解かなくてはいけない。
そしてマネネの行方を聞き出さなくては。
そう判断したお嬢はスナヘビにわざの指示を出す。
「スナヘビッ、『ぶんまわす』攻撃!」
「みしゃーーっ!」
スナヘビは小さく飛び上がると、尻尾の先端を檻の鍵穴に集中的にぶつける。
尻尾のスイングによるビンタが10と数回ほどヒットしたその後、凹んだドアが綻びだす。
その綻びに最後の一撃がぶつかり、やがてヒバニーが入っていた檻は粉々に砕け散ったのだった。



檻が砕け散ったことに気づいたヒバニーは、自らの脚力で自身を拘束していた糸を蹴り破る。
ヒバニーの得意技『ブレイズキック』だ。
そして自由の身となったヒバニーは、部屋を真っ先に飛び出すとそのまま暴れまわるように廊下を駆け抜けていったのだ。
「ちょっ……待ちなさい!」
お嬢とスナヘビは急いでヒバニーを追いかける。
助ける目的とは言え、いきなり乱暴に檻を壊されたのだ。
しかもそれ以前にも仲間たちから引き剥がされ、無理やり船に載せられている。
ヒバニーがパニックになるのも当然なのである。



しかしマネネのことを聞けず、間髪入れずに逃げられてしまったのは明らかな痛手であった。
それにあのパニック状態のヒバニーが万一甲板の方に出てしまっては、せっかくのジャックの陽動も無駄になってしまう可能性が高い。
なんとしてもあのヒバニーを一旦なだめなくてはいけないのだ。



「みばっ!みばばばっ!」
ヒバニーは狭い廊下を縦横無尽に駆け巡る。
見慣れぬ船内の景色を目にしてしまったことで、パニック状態は更に悪化する。
「くっ……速い!」
まともに追いかけていたのでは追いつけないと悟ったお嬢は、すぐにスナヘビにわざの指示を出す。



「お願いスナヘビ、『はいよるいちげき』ッ!」
「みしゃーーーッ!」
スナヘビは数回の蛇行の後、一瞬にして姿を消す。
そして次の瞬間、突然ヒバニーの目の前に現れたのである。
「みしゃ!」
「みば!?」
急にスナヘビの顔で視界を遮られ、ヒバニーは慌てふためく。
その隙にお嬢は廊下をスライディングし、ヒバニーを両手で掴み取った。
「っし……確保よッ!」
「みばばばっ!」



ヒバニーはお嬢の手の中からなんとか逃げ出そうと、四肢をばたつかせて暴れまわる。
お嬢の腕力だけでは当然限界があるので、スナヘビも上から押さえつけることでなんとかアシストをする。
「み……みしゃ……!」
しかしそれでもヒバニーの脚力は凄まじいものだ。
「みっ……みっ!」
「おちッ……落ち着きなさいっ!ちょ、話を聞いてって!」
上腕がもげそうになるほどの痛みを感じつつも、お嬢は必死にヒバニーを押さえつけて説得しようとする。
今までマネネやスナヘビなどの比較的素直で大人しいポケモンしか相手にしたことがないお嬢にとって、本気で抵抗をしてくるポケモンと対話を試みるのは初めてであった。
お嬢は今、初めてポケモンの力を身を持って体感している。
本気のポケモンに触れ、その存在を痛みとともに確認したのだ。



「お願いだから言うことを聞いてってば!大好きなサッカーも出来なくなるかもしれないのよ!?」
お嬢はなんとかその言葉を切り出した。
するとヒバニーの動きが徐々に穏やかになっていく。
「……ね、アナタも元の場所に帰りたいでしょ?お願い、話を聞いて。」
「みっ……」
やがてヒバニーは抵抗をやめ、完全に落ち着いたのかおとなしくなった。



「ふぅ……」
お嬢はゆっくりと立ち上がり、思わずため息を吐く。
「……それでヒバニー?アナタ、マネネについて何か知らないかしら?」
「みっ……みばっ!」
ヒバニーは耳を使って階段の方角を指す。
行きとは違う、さらなる下層に続く階段だ。
どうやらヒバニーの仕草を見るにマネネとヒバニーはそれぞれ別の場所に運ばれたらしい。



「……よし、行くわよスナヘビ!」
「みしゃっ!」
お嬢とスナヘビは迷わずに階段を下る。
するとその後から、ヒバニーも駆け足で着いてくる。
「……みばっ!」
「……?協力してくれるの?」
ヒバニーはお嬢の問いかけに快く返事をした。
マネネも一度はボールを蹴りあったサッカー仲間だ。
であれば助けないのは不義理だということだろう。
「……ありがと。よろしく頼むわ!」
「みばっ!」



やがてお嬢らは階段を降りきると、目の前には再び鉄製の扉があった。
甲板のものとは違って鍵らしいものはない。
「……みしゃ!」
スナヘビが強く反応を示している。
どうやら熱検知によってマネネの存在を感知したようだ。
「……ここで間違いないようね。」
お嬢とヒバニーは互いにアイコンタクトを取る。
どうやら考えていたことは互いに同じだったようだ。
彼らはゆっくりと後ずさりし、扉から距離を取る。
「いち……にの………さぁーーーーん!」
「みばーーーーっ!」
軽快な3カウントと共に、彼らはドロップキックで扉を蹴り破った。





すると中に居たのは、透明なショーケースの中に厳重に閉じ込められたマネネと……
「おいおい、誰かと思えば……中々手荒いじゃねェか。」
色黒で大柄のタンクトップの男であった。
体中に傷やタトゥーが刻まれており、眉もなく明らかにカタギの人間ではない。
間違いなく、この船に乗っている暴力団の親玉だろう。
彼は倒れてぐったりしているマネネの入ったケースを、大事そうに抱えている。
「俺らは今ソロポートでの取引が終わって本拠地に帰るところなんだよォ。用があるならさっさと済ませろォ?」



お嬢は一瞬、男の威圧感に怯む。
が、すぐにこう切り出した。
「ちょっと!その子はアタシのマネネよ!返しなさいッ!」
「ほう……アイツらから聞いていたが、まさかホントに財閥ンとこの令嬢がこのマネネを持っていたとはなァ。」
男はニタニタと笑いながら更に続ける。
「だがよォ。こいつはもうこの俺・ダフの大事な商品だ。テメェには譲れねェ。」
「なっ……!」
マネネを返さないという旨の発言もだが、ポケモンを『商品』と呼ぶその価値観にもお嬢は本能的に嫌悪感を覚える。



「見ろよこのマネネの腹。突起の色が本来なら赤いところが、紫になってやがる。こいつァ巷で噂の『凍雪の秘鍵』と呼ばれる激レア個体だ!」
「と……とうせつのひけん?」
唐突に出てきたワケのわからない単語にお嬢は戸惑う。
それに普通のマネネと違う、と言われても素人目にはあまり大きな違いはないように見える。
「俺らの界隈では色違いポケモンの何十倍も高値で取引されるお尋ね者個体だ。部下の野郎どもは知らずに捕まえてきたようだが……こいつァとんだ嬉しい誤算だ!」
ダフは更に口角を上げ、気色の悪い笑みを浮かべる。



「なァ財閥の嬢ちゃん。せっかくだ、売上の何割かはテメェに分けてやるよ。しっかしテメェんとこの財閥も、綺麗な外面して中々エグい商売してやがるなぁ!」
ダフの笑い声が船長室にこだまする。
だがその言葉は、お嬢の逆鱗に触れた。
怒りが頂点に達したお嬢は、静かに、ただ静かに告げた。



「……もういいわ。アンタとは話をしても無駄みたいね。」
そして腕をかざしスナヘビとヒバニーに戦闘開始の指示を出す。
「お、やる気かァ?良いぜ、勝負ならいくらでも付き合ってやるよォ。」
ダフは気味の悪い笑みを崩さず、ボールを2つ構える。
「後悔しても知らねェぞォ!?」
組長のダフと怒り心頭のお嬢のダブルバトルが、ここに開幕する。

暴力団のセリフが三下感パない。
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