【第013話】駆け巡りて球技、魔の手は急に

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

アンコルシティにて様々なバトルと出会いを果たしたジャックとトレンチ嬢一向。
多くの経験・知見を得た彼らは次の目標へ向かって邁進する。
旅路を往く彼らの目は少しの濁りもなく澄んで……



いなかった。
死んだ目で彼らは前方に広がる光景を眺める。
「ねぇジャック、次の目標の街って……」
「はい、2つめのあるジムのあるノロポートですね……」
「まねね……」
そう、次の街はイジョウナ地方最大の港町『ノロポート』であった。
あちらこちらに積まれたコンテナとせわしなく走るトラック。
他地方との大規模な貿易が行われているこの地方の玄関であり、第三次産業の中心地でもある。
それでいて観光地としても栄えており、リゾートビーチや巨大な水族館がある素晴らしい景観がある……



はずだった。
実際に彼らが今目にしているのは確かに海は海だが、どちらかと言えば黒く濁った感じの海である。
街の外観も、今は稼働していない廃工場を中心とし、崩れかけたビルやあばら家が一面に並んでいるといった感じだ。
少しあたりを見回しても人の気配は一切なく、いわゆるゴーストタウンと化していた。
話に聞いていたノロポートとは雲泥の差、といった感じの光景であった。
まさかと思ったお嬢とジャックは少しだけ街へと踏み入り、入口の錆びた鉄看板を見る。



『ここは化学工場の街 ソロポート』



確かに『ソロポート』と書かれている。
そう、『ノロポート』ではなく『ソロポート』と書かれているのである。
この2つの港町は、1文字違いの酷く紛らわし街名なのだ。
地理的にも比較的近いせいで、彼らはノロポートと間違えてこのソロポートに来てしまったのである。



そんな2人をあざ笑うかのように、夕方の冷風が吹き抜けていく。
「……どうしましょうこれ。」
ここから隣の町へ向かうには既に時間も遅い。
泊まる場所を探そうにも、ポケモンセンターも見当たらない有様だ。
ジャックはなんとか風を凌ぐための場所を探す。
しかしどの建物もいわくつきの不穏な空気が漂っており、入るのは憚られる場所ばかりであった。



やがてジャックは廃病院と思わしき建物を見つける。
比較的綺麗なベッドがあり、窓も損傷が軽く泊まる宿としては及第点、といった感じの雰囲気である。
「……お嬢様。ひとまず本日はここの宿で……」
お嬢に話しかけようとジャックが振り向くと、後ろに彼女の影はない。
嫌な予感がした彼は右を見て左を見てそして最後に下を見る。



すると道端にしゃがんで何かを眺めるお嬢とマネネの姿がそこにはあるではないか。
もう何回目のデジャヴだろう。
一応、ということでジャックはお嬢に声をかける。
「……あの、何をされているんでしょうか。」
彼女らはゆっくりと振り返ると、何かを拾い上げてジャックの目の前に突き出す。
「これ。」
「あーこら、道端に落ちているものに触ってはいけないとあれほ……」
そう言いかけてジャックは息を呑む。



お嬢の手に握られていたのは黄金色に輝く球体であった。
どの方角から眺めてもきらびやかな光沢を放っており、なんとも高級感のある雰囲気を醸し出している。
「ジャック、これ何?」
「まね?」
ジャックは目を凝らし、球体に付いた汚れを払い落とす。
「あ……アレですね。『きんのたま』という貴重品です。」
「え、きんたま?」
「まね?」
「きん 『の』 たまです。以後お間違いなきよう。」
ジャックは『の』の部分を念を押して強く言う。
しかしきんのたまは希少価値の高いアイテムだ。
こんなゴーストタウンにゴミのように捨てられていることなどまずありえないのである。



「恐らく誰かの落とし物でしょう。これは後日交番に届けて……」
「えー……でもとても綺麗よ!アタシが拾ったんだから、このきんたまはアタシのものと考えたほうが自然じゃないかしら?」
「まねね?」
なんともまぁどこかで聞いたことがあるような山賊根性である。
お嬢はきんのたまを大変気に入ったようであり、大事そうに眺めては手放そうとしない。
落とし物は例え10円でも届けたい派のジャックとしてはたいへん腑に落ちなかったが、こうなったお嬢を説得するのは不可能と断じた彼は彼女の好きにさせることにした。



ーーーーーその夜。
ジャックはうなされていた。
ひどい夢を見ていた。
否、夢ならばどれほど良かっただろう。
彼が肩と首に異様な重量感と不快感に目を覚ますと、凄まじい寝相のお嬢に逆十字絞めを食らわされていたのであった。
流石に命の危機を感じたジャックは、ゴニョニョの鳴くような声でお嬢に訴えかける。
「ぢょ………ぎぶ………ぎぶでず………!」
「Zzzzzzzz………」
だが彼女は大きな寝息を立て、一向に起きる気配がない。
最早この状況から助かることは絶望的であった。
彼は薄れゆく意識の中、辞世の句を考えていた。



その時。
お嬢の拘束が唐突に解ける。
ジャックは何が起こったのか全く分かっていなかったが、それでも間一髪垂らされた救いの糸を逃さずにベッドから離脱する。
なんとか助かった彼は起き上がり、その直後にお嬢の叫び声が夜中の廃病院に響き渡る。
「……ったいわね!!誰よアタシの顔を踏んだ無礼者は!!」
お嬢は眠気眼であたりを見回すと、そこに居たのは困惑するジャック……



……と、もぞもぞと動くお嬢の鞄であった。
明らかに小さな何かがお嬢の鞄を漁っている。
そしてジャックは足元にうごめく数個の白い影の存在に気づく。
そう、お嬢を叩き起こしたのはこの病室に侵入してきた野生のポケモンたちであったのだ。



ジャックは手元の携帯端末で周囲を照らす。
照らされたのは大きな耳が特徴のほのおタイプのポケモン・ヒバニーであった。
サッカーのような遊びを好む活発なポケモンである。



「みばっ!」
「みばばっ!?」
ジャックとお嬢に気づかれたことを察した野生のヒバニーたちは、バチュルの子を散らすように病室を後にした。
最後の1匹は遅れてお嬢の鞄の中の荷物を取り出すと、病室の窓を飛び出していく。
その姿をお嬢は見逃さなかった。
「あーーーっ、アタシのきんたま!!」
ヒバニーは夕方に拾っていたきんのたまを奪い去っていったのだ。



前述の通りヒバニーはサッカーを好んでおり、球状の物体に目がない。
自分らの縄張り内に入ってきたお嬢たちが何かいい感じのボールを持っていないかと物色をしていたところだったのだ。
夜襲を仕掛けたところ、丁度お嬢が持っていたきんのたまを手に入れたというわけだ。



「よしッ、マネネ!追いかけて!」
「まねッ!」
逃げ去っていくヒバニーの群れを、マネネは先行して追いかける。
「アタシのきんたま返せーーーーッ!」
そしてそれに続くように、お嬢も窓を飛び降りて夜の街を駆け抜ける。
「あーーーッ、お待ち下さいお嬢様ーーーーーッ!あときん『の』たまですッ!!」
遅れて彼も窓を飛び降り、お嬢たちを追いかける。



「みばばっ!」
「まねねっ!」
ヒバニーたちは目にも留まらぬコンボを決めながらきんのたまをパスしていき、屋根から屋根へ、塀から塀へと飛び移っていく。
だがしかし、マネネも負けてはいない。
得意の模倣によってヒバニーたちの技術を瞬間的に盗んでいき、なんとかあと一歩のところまで食らいついていく。
すぐに敵のヒバニーに奪い取られるものの、何度かはボールを奪い返すことに成功しているのだ。
体躯の差を考慮すればかなりの健闘であると言ってよいだろう。



「みばーーっ!」
だが、そんなマネネも集団の連携には敵うことはない。
特に中心部にいるひときわ大きいサイズの個体が正確な指揮を執っていることが問題だろう。
群れのリーダーと思わしき黄色のヒバニーは、自身のフットワークもさることながら全体を見渡すことにも長けている。
やはりマネネ側にはかなり厳しい戦いである。



「みばっ!」
「みばばっ!」
更に、戦いは長引く一方だ。
時間が経つにつれて徐々に地の利が勝負に左右する。
この街を正確に理解しているヒバニーたちのほうが、僅かなアドバンテージを徐々に広げていく。
マネネ側も体力が尽き始めており、いよいよヒバニー達に追いつくことすらも限界が見え始める。



そしていよいよ勝負も終盤に差し掛かる。
彼らは海岸線付近の工場地帯へと突入し、勝負をかけにいく。
入り組んだこの区域でヒバニーたちを見失えば、最早追いつくことは不可能だろう。
ここが最後の勝負区間となる。
マネネとヒバニーは早速、コンビナートの跡地へと踏み入った。



……その直後である。
彼らの活発な鳴き声が消失したのは。
お嬢は息を切らしながら工場地帯へと乗り込むが、そこで見たのは驚きの光景であった。
なんとそこに居たのはカナシバタウンにいた暴力団の組員数名とアリアドスたちであったのだ。
彼らはヒバニーとマネネを糸によって拘束し、なにか会話をしている。
「………ッ!」
お嬢は本能的に恐怖を感じ、息を殺して建物の物影へと潜む。



「……ったくよぉ。大事なきんのたまの数が合わねぇと思ってたら、コイツらの仕業だったのかよ。」
「まぁひとまずブツの回収ができてよかったすね。」
「っつーか色違いのヒバニーって珍しいな。……あれ?このマネネどっかで……」
「あれっすよ。こないだの社長令嬢の!」
男たちはその後も何かを話し続ける。
そして一通り予定がまとまったと思わしき彼らは、足早に工場地帯を後にした。



彼らの姿が消えたことを確認したお嬢は恐る恐る外へと出る。
糸に拘束されたヒバニー達が苦しそうにもがいている。
しかしそこにはマネネの姿はなかったのである。
マネネだけではない。
群れのリーダーと思わしき黄色ヒバニーの姿もなかったのだ。
「そんな……マネネは!?」
お嬢は辺り一帯を探すが、マネネの痕跡はどこにもない。
そして瞬間的に、マネネと黄色ヒバニーがあの組員達に連れ去られたことを察する。
希少価値の高い色違いのヒバニーとお嬢のマネネは金銭的に利用価値があると判断されたのだ。



お嬢はすぐに拘束されている群れの1匹を開放し、彼に問いただす。
「ねぇ、マネネたちは!?どっちに行ったの!?」
「みばっ……」
ヒバニーは耳で西側の方角を指す。
すぐさまお嬢はその方角へと走り、組員たちを追いかける。
いくら怖くとも、マネネが連れ去られてしまったとあればそんな事を気にしている場合ではない。



明かりのない工場跡地を駆けていき、転びそうなほどの急カーブで曲がり角を曲がる。
しかし3つめの曲がり角を曲がって海岸線に出た時、既に手遅れであった事を知る。
なんとそこからは大サイズのコンテナ船が出発していたのであった。
周辺に団員たちの足跡が無いことからも、お嬢はあの船に彼らとマネネが乗っていることを悟った。
「そ……そんな……」



絶望するお嬢の元へ、遅れてジャックが駆け寄ってくる。
「お嬢様!どうしてこんなと……」
「ジャック!マネネが……マネネが!」
お嬢は陸地を離れていくコンテナ船を指差して必死に訴える。
その言葉と状況を見たジャックは、おおよそ何が起こったかを察する。
そして判断が速い彼は、すぐにボールを投げてアーマーガアを呼び出した。



「グアアアッ!」
「……お嬢様はここでお待ち下さい。すぐに戻ります。」
そう言ってジャックはアーマーガアの背中に飛び乗り、船の方を目掛けて飛び立つ
……はずだった。
「グアッ!?」
「ちょ、ちょっとお嬢様!?」
なんとお嬢はアーマーガアの足元にしがみつき、彼らを引き止めていたのだった。
「ジャック!アタシも連れて行って!」
「だ、駄目ですよ!危険です!」
ジャックは説得し、アーマーガアも優しくお嬢の腕を払おうとするが彼女は折れない。



「……アタシのせいだもん。わがままなのは分かってるけど、こんな所で待ってるだけなんてアタシには出来ないわ!」
「お嬢様……」
ジャックはお嬢の意志の強さに驚き、そして悩む。
しかしそんなことをゆっくり考える時間はない。
お嬢の言葉を聞いたアーマーガアは小さく頷くと、そのまま高度を下げてお嬢に背中を差し出したのだ。
「ちょ、ちょっと!アーマーガア!?」
「グアアアッ!」
「……!ありがと!」
お嬢がすぐに背中に飛び乗ると、アーマーガアは再び船を目指して飛び立っていったのだ。



果たして、このコンテナ船にて待ち構えているものは何だろうか。

きんのたまおじさんって世襲制なのかな。
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