痛みを忘れた愚か者共へ

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 廃墟にも見えるがらんどうなオフィス。そこには無彩色の家具たちと、うるさいほどに空間にて主張する人間とポケモン達。銘柄別に並ぶヴィンテージワイン。整然に揃うそれらに対して、そこに生活する人間達は、ひどく怠慢であった。
「おい、聞いたか。フラストベルの親分がよ」
 顔に特徴的なヤミラミの刺青の男は、酒瓶に埋もれる勢いの男に、話しかけていた。イザークと呼ばれるこの飲んだくれは、カビゴンの腹に半分横たわっている。
「あ? なんだって?」
「てめぇじゃあねえよ、阿呆のエディオン」
 エディオンは、道すがらに酒瓶の入った木箱を運んでいた。しかし、その荷物を手放すと。刺青の男、クラーソンの胸ぐらを掴む。
 酒臭い引き剥がしを受け、舌打ちしつつもエディは離してやる。持っていた木箱は、気を利かせたワルビアル、アギトによって運ばれてしまう。
「んで、フラストベル兄貴がよ……コーランド一派の手柄を、奪取しちまったらしいぜ」
「あぁ? そんなの、やべぇじゃあねえか」
 阿呆のエディオンと呼ばれる彼すら、状況の悪さは判っていた。
 フラストベルとコーランド。二つの一派は、共に麻薬担当のファミリー。大きく分ければ、『取引による流布』と『密輸』という役割分担がある。もし、同組織内で衝突すれば、意味もない消耗にしかならない。
「だろ、やべーんだわ」
 噂好きな男、クラーソンは実に愉快そうだ。ゴシップ通らしく、こうして自身には関係ない、他人の話をひたすらに広める。そのような卑しい男だった。
「うぃっ、じゃあよ……俺らギンティ一派にもなあ、火の粉が飛ぶとか」
「はー、やだね。ただでさえ、あのインテリ面の兄貴にはウンザリしてんのによ」
 珍しく、会話には参加している酔っ払い。呂律は回っていないが、考えていることは、至極真っ当である。噂好きが煙草を吐き捨てると共に、そのまま嫌味を続ける。エディにはむかっ腹も立つが、あまりファミリーを殴っても、いい気持ちはしないので抑えていた。
「大体あの人よう、襟一つにもうるせえし、女みたいな面だしよ。ギャングらしくねえんだよな」
「んだと……あの人はなんつーか」
 改めて問われてみると、エディオンには彼のことはよく分からなかった。名前や人柄は判っていても、どうしてここに居るのか等は、全く知らないのだ。神経質で血糊が苦手で、アルコール等の強い快楽も嫌う。考えれば考える程に、彼はここにそぐわない人物に思う。
 エディオンは、この不遜な噂好きに、暴力よりも優れた説得力を見せつけてやる気でいた。しかし、その言葉が自分にはないと、悟ってしまう。
「規律にうるせーし。何だって、社会の真似事をわざわざ俺たちに嵌めやがる。それが嫌だから、ここにいるんだろうが」
 せせら笑うような言葉は、ひたひたと迫る暗黒によって、断絶された。
「……人間が多数集まれば、そこが新しく“社会”になるからだ」
 石をも切断する、冷たく強靭な水のような声。それがエディオンの後ろから響くと、饒舌だったゴシップコレクターは、ピシャリと黙る。
 漣が引く様に、三者三様に酔いが覚めていく。顔色が変わっていく。
「社会ってのは、別に会社や政治の集まる国だけじゃない。同じ競技者、トレーナー……ゲームやSNSの趣味の世界にすらある。結局、そこでは人脈がものを言い、外交が苦手な野郎は淘汰されていく」
 トレンチガンを肩に、ゆっくりと辺りを歩く金髪の頭。処刑人が時刻を刻んで待つかのように、その靴音は規律正しい。
「社会を嫌うのは勝手だがな……何処に行こうが社会からは、コミュニティからは。逃れられん。人は孤独になんて、なれやしない。嫌なら、俺のクイーンに“研がれる”のも良いと思うぜ?」
 ギンティの足元にて安らぐ、闇に溶け込むレパルダス。暗殺者のように、気配をまるで感じさせない。彼女の瞳を、無邪気な血の気が彩ると。堪らず、短い悲鳴を上げるクラーソン。
「す、すいやせん! 兄貴……か、勘弁して下さい」
 さっきの威勢はなく。地面で跳ねるコイキングよりも、情けない土下座姿を、兄貴に見せつける。
「別に怒っちゃいねえよ。俺がブチ切れるのは、この図体だけデカい馬鹿が、阿呆した時だけだ」
「ちょ、兄貴! そりゃあんまりだぜ」
 トレンチガンにて指名され、大げさに嘆いてみるエディオン。戻ってきた兄弟のワルビアルにも、その悲しみを共有してみる。
 彼を除いた二人の弟分には。それが、このギンティという男の、特別であり信頼の証にしか見えなかった。
「ああ、それでだな……クラーソン、お前んとこのヤミラミを借りてって良いか?」
「へい、勿論構いませんが」
 あのゴシップコレクターが、口笛を吹くと。のたりのたりと、ビールクーラーの裏にいたヤミラミがやって来る。ギンティは彼に、チップ代わりの小さな紅玉。ルビーを渡してやると、たちまち笑顔で食べ尽くした。
「行くぞエディ。ボスからのコールだ」
「おう、支度は必要なんすか?」
 トレンチガンを担いだ男は、純然な黒いカフェインを飲み干すと、涼やかに一言。
「いつも通りだ。死ぬ覚悟くらいじゃねえかな」
 彼はワルビアルと顔を見合う。共に死線を潜り抜け、幾多の生命を葬り生き残った瞳を。自然とそこには、笑みというには邪悪な曲線があった。
「んじゃ、必要ないぜ」
 受け取るまでもなく、その答えは知っていたらしい。黒革の靴は既に出口を向いており、燻煙がうねるように、彼らの“社会”の境界線から逃げていった。





 運転席にいる目付きの悪い男は、珍しく兄貴分から仕事の概要を事前に聞いていた。だからと言って、彼が成すことも考える事も、さして変わりはないのだった。
「ポケモンハンターってのは、一人なんすか?」
「ああ。凄腕だがな、直近の案件でレンジャーに目を付けられてんだとよ……そいつのお守りをすりゃいいって訳だ」
 いつもの車内は、ヤミラミの分だけ少々狭かった。助手席のワルビアルが狭くてウンザリする様が、二人には嫌でも伝わってくる。何度も低い唸りを上げて、ヤミラミがいそいそとそれに萎縮する。
 後部座席のギンティは、やはり変わらない。淡々と連絡係を務め、時折わがままな自分のクイーンの相手をしてやる。
「しても、すげぇな兄貴は。いつの間に、イッシュまで足を伸ばしてたんすか」
「……別に必然だろうよ。親父も俺も、今は勢いあるイッシュの力を借りたいっつう、それだけだ」
 彼は、若頭のギンティは。『アルペジオ』の将来を本気で憂いているようには、見えない。そんな場末の淡白さだ。灰色の瞳は、やはり恐ろしく空虚で何も映していない。
 反社会的勢力への厳しさは、年々増すばかりで、昔のように“義理”だ“借り”だでは、通せなくなってきている。だからこそだろう。リーグ関係者や政界と通じ、“友人”になるのに長けた、ギンティのような男が大成したのは。
 信号待ちの停車中。エディオンは、タブレットを片手に、子供にも似た興奮を上げていた。
「すげー、グレードSのギャラドスに、遺伝技持ちの加速バシャーモ。果ては、真作の色違いポットデスって!」
 彼が見つめるのは、一人のハンターがこれまでに捕らえたポケモン達。そして、世界的な大規模な、ブラックシティ・オークションに出品された商品達。
 どれもこれも、コレクター魂に火を付けそうな、珍しいポケモンや、とりわけ戦闘に優れた個体ばかり。わずか一週間の間に、国家一つ分もの金が動くという闇市の主役たち。
「……面倒くせぇ」
 それは、珍しい彼自身の吐露。剥がれた自分の欠片。連綿とした感情の解れで、ある意味この日のトリガーであった。
 車線に目を戻したエディは、今までだって面倒事は山ほどあったのに、そんなことを零す彼が不思議だった。その証拠に、無糖のコーヒー三缶では飽き足らず、僅か一時間程で『Peace』の箱を二箱も開けていたのは、初めてだったのだ。





 そぞろと行進を成す、黒服の処刑人と獣たち。乾いた大地に緑を生やすかのように、薬莢を撒いていく。熱を吐き切った黒鉄の屍を棄てていく。
「なあ、人間って自転車のようだと……思わねぇか」
「何すか、またインテリジェンスっすねえ」
 彼が移動の最中にそのような質問をすれば、やはり図体のデカい弟分は聞き耳立てた。エージェントの指示により、街から街へと、歩いてはトラックで移動する彼ら。その轍には、時折、野生のポケモン達が血溜まりになる姿。
 ちょっと油断してお喋りしたエディに、一発トレンチガンにて、灸を据えてやると。「あっぶねえな!」と声を上げる男と、目を丸くしてやや間抜けな驚きを見せる、ワルビアルとは対照的に。ひどく色を失くした瞳を据えたギンティが言う。
「しっかり前へ漕がなきゃ、進めねえだろ」
「おー! 確かにな! 兄貴にしちゃ分かりやすい」
 邪魔だてする生命を、彼らは区別しない。そういうオーダーであったが、そうでなくても彼らは変わりやしない。ポケモンも人間も、そういう意味では彼ら『アルペジオ』のギンティ一派は平等に見ていた。その冷徹にも程があるフェア精神を、引き気味でエージェントが見ていても、気にする通りはなんらない。

 そうして、彼らのワイヤーに掛かった獲物は、また一人。しかしこれまでとは違い、無神経にも、その均衡を打ち破ろうとした。
「こ、コイツら……ギャング組織です!」
 身軽なオレンジの制服の男に、勇敢な顔つきのウインディ。彼らの目標は、ギンティらのエージェントである、ポケモンハンター。しかし、思わぬ大物と出くわしてしまい、緊張と興奮に戦いていた。
 この時は野外テラスにて、マシンガンを構えて座っていた、金髪の男。彼は至極退屈そうに、煙草を蒸かしていたが、彼を見て顔つきが変わる。やや顔を顰めてから、ギンティが冷ややかに告げる。
「おい偽善者。それ以上“射線”を踏み越えたら、お前はヨマワルとランデブーしちまうぞ」
 廃墟然とした街の中でも異質な、黒光りする機関銃。若き青年は、目を血走りさせながら叫ぶ。
「ふざけるなよ! お前らにこれまで、何匹の罪のない……ポケモンが」
 しかし、そんな英雄めいた怒りは、この場に於いては死角にしかならない。男が言葉を言い終わるまでに、相棒の右脚は削がれていた。左脚は咄嗟に回避したものの、自慢の神速は死んでいる。
「エース! お前、このクソ野郎ォオ!!」
 怒りに煮え立つレンジャー隊員。しかし、怒りというのは人を惑わせ、冷静さを欠く。彼が歯をすり潰すように、囂々と怒りを燃やす間に。
 ギンティはもう片手のトレンチガンにて、腰元の補充要因らのいるモンスターボールを、破壊してしまった。非常に鮮やかに、彼は戦力を優位にしたのだ。
「弱いクソ野郎共が……易々と正義を語るんじゃねえ」
 呆然と、腰のボールだった破片を見つめる男。だが、それで、黙っているレンジャー隊員ではなかった。正義の使命感がそうさせたのか、穴が開いたはずの燃え盛る意思が、金髪の機関銃を燃やしにかかる。
「ムックルみてえにうっせえ奴らだ」
 次には、恫喝にも似た励声。呼ばれた弟分達には、勿論意図が判っていた。自分を『かえんほうしゃ』にて、遠巻きに焼き払おうとするウインディに、冷静にもトレンチガンにて応戦する。街の屋根を破損させ、道を塞ぐように駆け巡る。
 流れるように退路を挟み。新たな機関銃と共に、細い十字路に逃げ込む。
 だが、彼らが合流するのと同時に、正義感の群れもその連携を固めていた。ギンティとエディオンらを追う影は増えつつある。
「こいつら、ボールすら持たずに」
「惨い……同じ人間とは思えません!」
 絶句したような言いぶり。隊長格らしいその男は、やはり、さっきの彼と似たような激昂を額に滲ます。三人の人間と、脚力に自信を持つだろう、その従者たち。ライボルトとレントラーが駆けつけていた。
「お前は、あの“羽虫”を何とかしろ……俺は」
 ヤミラミを手招きしたギンティが一言。散々、胃をいたぶって誤魔化してきた彼には、また違う憤慨が、ひしひしと湧いてきていたのである。
「正義とやらを蜂の巣にしてくる」
「イイっすねぇ!」
 軽々と壁を登って飛び越えていく、エディ達は映画のヒーローかのような、爽やかさだった。
 直後、再び灰色の町は銃撃の雨に打たれる。度重なる、リコイルによる照準のズレを、ヤミラミの『サイコキネシス』にて無理やり抑え込むギンティ。
 狭い路地は散弾に塗れるが、勇み足を止めないレントラーとライボルト。幾ら鉛玉とはいえ、真っ直ぐにしか飛ばない。彼らはそれを学んだように、壁を蹴りあげ距離を詰めていく。
 しかし、その自慢の反射神経を阻害する、光の弾丸を浴びてしまう。『パワージェム』。ヤミラミが放った弾幕は、たちまちに彼らの視界を、眩さにて奪う。見えていた弾丸を、隠してしまう。弾丸が次々突き刺さり、死の段階を深めていく。破壊と虐殺のアルペジオ。
「まずい! 機動部隊を戻せ!」
 そう指示した一番戦線にいた、隊長格の男は。その“救出”のひと手間に、鉛の塊に意識を奪われる事となった。手に持った二体分のボールが転がる。近くのもう一人が、サポートをしようとすると、さっきは、鈍器としてエディオンの手先になった、散弾銃が本来の姿を取り戻す。堪らず、壁に身を隠す女性隊員。
「こ、こんなの、戦争じゃない……しかも、ポケモンを、殺しに利用して」
 彼女は、震えていた。なりふり構わない人間の悪意に。これほどの暴力下にて、従わさせられたポケモン達に、勝手に同情してもいた。
 その高い壁は、四足の冷酷なる彼女にとって。愉快なる庭であった。ボールから新たに戦闘員を出す、そのひと手間に、彼女は命を落とした。呆気ないまでの、一瞬の顛末。そして皮肉にも、彼女が同情していた一匹の、そのレパルダスによって。

 残るのは、絶えずギンティを狙っていた空の舞台。エアームドの小隊。鋼鉄の翼にて、幾度となく致命傷を避けては、此方に鬱陶しい風を切り裂かせる。
 再装填。する間に、今まで全く暴れる姿を見せなかった、そんな大顎が牙を剥く。ワルビアルは、器用にも岩の弾丸を、尾を使ったパチンコの要領で弾き飛ばす。『うちおとす』を喰らった銀鳥達は、たちまち親愛なる空を失い。次には、銃口が装甲ごと彼らの羽をもぐ。
 ダイヤモンドがダイヤモンドでしか削れぬように。彼らを地に落としたのは、『はがね』ポケモンの特殊弾丸だった。

「クソったれ共が静かになった。お前は?」
 彼らの、いつも通り掃除をし終わったかのような、そんな爽涼感に。ポケモンが、ごく自然に人間へと殺意を向ける、そんな姿に。彼に正義をぶつけたがった英雄は、震えていた。
「あと一人だけ……あ」
 エディオンは銃口を向けたが、レンジャー隊員の男は両手を掲げた。ギンティとクイーンは、その姿を認めると、歩いて行く。さっきまで憎んだ屍には目もくれず。
「……こんな、ポケモンに殺しをさせる外道共に命乞いなんてしたくない……でも、俺のエースだけは!!」
 一つのモンスターボールを手に、彼は枯れそうな声を振り絞る。手元に硝煙を咲かせる二人は、さして気にしていない様子だ。
 細い金髪の方の黒服、ギンティは静かな義憤を、額にはち切れさせていた。隣のエディには、こちらの方が気がかりで仕方ない。
「てめぇ、“ポケモンに殺しをさせる”とかほざいてたな?」
「それは、そうだろう! 生態系を壊し、暴力で従わせ!! お前らは最低だ、俺たち“人間とポケモンが築いてきた信頼”すらも!! 」
 端然と鳴り響く、破裂音。激情を伴うエンドコール。ひび割れた赤い球体は、熱を帯びて破片になっていく。
「……何で、てめぇらはこんな“モノ”にコイツらを閉じ込める? 」
 トレンチガンの銃口が指す、見慣れた友情の証。煙を上げながら、地面に帰っていくかのように、プラスチックの破片に戻っていく。
「小さくなる習性の利用、収納の問題、神経伝達の鎮静作用……幾らでも美辞麗句はあるが、違うな。だったら、ボールは10でも20でも持ち運べば良いじゃねえか。何なら、ボックスから直接、ファイルをポートするかのように、戦闘に出しゃいい」
 青ざめ、口ごもる男の前で、煙を吐くトレンチガンを肩にする黒服の男。その背後のレパルダスは、なんてことなさそうに彼に寄り添う。実に居心地いい、そんな自然体で。
「テメェらも、最後までこいつらの戦闘本能を、心ん中では恐れていたんだ。違うか?」
 沈黙には無情が詰まっていた。かつてない悔しさも詰まっていた。在るのは、また違う“ポケモンと人間”によって作られた凄惨。そして残酷な時間の空白。風が、夕景を攫っていく。虚実を剥がしていく。
「……こんのぉ!」
 それに耐えきれなかったのか、はたまた世界の矛盾に楯突くつもりか。勇猛にも、ギンティの足へと噛み付く。凶器のような鋭い金髪は、さらに血を上らせ、荒々しくも蹴飛ばす。
「この馬鹿がよ……俺に噛み付いてもな、無常感や喪失の痛みなんてのは、消えやしないんだ」
 そうして放たれた、煮え切らない二発。転がった紅白の破片には、鮮血が咲いていた。風に、埃に。答えられなかった正義は霞んでいく。
 隣で見ていたエディオンにも、それは不思議な光景だった。まるで、レンジャー青年の気持ちを代弁するかのようであったから。
 処刑人の群れは、黄昏を背景に保護対象の元に戻っていく。無力なる正義を打ちのめした、祝杯を上げつつ、陽気な足取りでハンターの元に向かう。
「あのよ、兄貴」
 赤黒い夕景は、エディオンの褐色肌を照らしていた。赤い光。真っ直ぐだというその話を思い出して、彼はずっとぶら下がった質問を、直球にもぶつけてみる。
「アンタは何で、アルペジオに?」
 黒服が、赤く染まる。確かに真っ直ぐ弟分を見据えていたが、灰色の瞳には向き合ったエディすら、何も映っていなかった。何度か瞬いてから、あの『Peace』の箱を持って一言。
「気にする必要ないだろう」
 あのお喋りで、如何にも哲学めいた講釈を垂れる金髪が。初めて、質問に向き合おうともしてくれなかったのである。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想