【三十】どうして。どうして。

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 麓まで辿り着いたメグリは、慣れたいつもの遊び場を見上げて安堵しつつも、その場の異様な静けさを身に感じていた。
 頼れる兄から降り、礼を言って頭を撫でる。当然、とばかりに鳴き声を上げてメグリの頬を舐めると、早く行けと口でえんとつ山を指した。
「分かってるよ。ここからだもんね」
 身体に残るわずかな震えは、この山の雰囲気から来るものではない。あの大群に強く意思を持って対峙していたつもりだったとはいえ、今思い返せばほとんど恐怖で立ち尽くしてのだと、メグリは先程の自分に苦笑した。
 それでも、ここまで辿り着いた。
 意を決して、歩き始める。
 デコボコ山道を駆け上がるスピードは、ポケモン達にだって負けない自信がメグリにはあった。ギャロップは山歩きに不向きな身体をしているが、放っておく訳にはいかないと後ろをついて行く。
「ごめんね。大変だろうけど、隣にいてもらえると助かる」
 山道の入口まで来ると、一台のワゴン車が停まっていた。こんな時にえんとつ山へ入る人間がいるのかと心配になった。中を覗いても、誰もいない。一体誰がこんなところに。ポケモン達の大群が山へ戻って来るというのに、何かあっては大変だとメグリは思ったが、探してあげられる時間的猶予はない。
 仕方なく山道を駆け始め、昨日ヒノテに案内された元マグマ団基地を目指す。
 今ではもう、デコボコ山道をほとんど気にも留めず走り回れる程慣れていたメグリは、駆けながら辺りを見回す。襲われたバネブー達が、心配だった。
 真珠が奪われ倒れているという事は、跳ねる事が出来ない状況だ。彼等は跳ね続けないと生命を保てない。眠ったまま跳ね続ける生き物が、突然触媒としていた真珠を奪われ倒れたらどうなるだろう。
 絶命の危機が、彼等に訪れている。普段はサイコパワーを使って眠っていても綺麗に跳ねているが、真珠がない状態は危険なはずだ。
 さっきのブーピッグの話だと、もう命を落としている個体が出ているのかもしれない。
 自分を迎え入れ、一緒に遊んでくれたバネブー達を思うとメグリは怒りに震える。何故そんな事が出来るのか。一体彼等が何をしたというのか。
 助けに行きたくてもどこにいるのか分からない。仮に見つけてもメグリ一人では何もする事が出来ない。何より時間もなく、怒りの矛を一度収めた彼等に応えるため、メグリはこの騒ぎの犯人を追わなくてはならない。
 何の根拠もない。もしかしたら、という一縷の望みに賭けているだけ。もしこの賭けに負けたら、彼等は再び怒り狂って暴れるだろう。
 もう一度止められるかどうかなど、メグリには見当もつかなかった。
 身体が覚えている動きでデコボコ山道を駆け上がっていると、感覚的には明らかな違和感を感じていた。
 あそこまでの大群が山を出ているのだから、静かなのは当たり前なのかもしれない。だが、それだけが原因とは思えない、妙な不気味さも合わさった静けさを感じ取る。異常事態という雰囲気が、その足をさらに速めた。
 視線の先に、登山の方向を指し示す札が見えて来る。
 軽く後ろを振り向けば、ギャロップが走り辛そうに山を駆けていた。それでもついて来られるのは、流石ポケモンの運動能力と言うべきか。
「……こっち、だよね」
 札の前まで辿り着き、指し示す方向と直角に折れて、道なき道を行く。
 言われてみれば不自然だと分かる盛り上がった岩場の前まで辿り着いたメグリは、一度、二度、三度、大きく深呼吸。追いついたギャロップは平地を走るよりも体力を使うのか、息が上がっていた。
「ペースが速すぎたね。少し息を整えて行こうか」
 ギャロップと一緒に上下に動く肩を落ち着かせ、目の前の岩を見上げる。
「ここに何もなかったら、どうしよう。私、八つ裂きにされちゃうかな」
 ポケモン達の波に飲み込まれ踏みつぶされる自分を、メグリはコミカルに想像する。
 ギャロップは頭を横にふって、それを否定した。
「うん。分かってる。駄目だね後ろ向きになっちゃ。お父さんに啖呵切って出て来たんだもん。何がなんでもやらなくちゃ」
 頼れる兄に発破をかけられ、メグリは「よし!」と意気込み、よく見ると切れ目のあるその岩に手を当て、ぐっと押し込む。手触りで感じる岩、というイメージとは裏腹に、薄いその扉を押し開ける。
「熱い、ね」
 昨日感じた熱気と同じだが、自分の心臓の音が聞こえる程神経を尖らせている今のメグリには、より熱く感じられた。
 ギャロップと共に中へ入り、洞窟となっている空間を歩く。ライトがなくとも歩ける程には、ギャロップの身体がその役目を果たしていた。ごつごつした壁に手を触れれば、ほんのりと温かい。壁をつたってゆっくりと前に進み続ける。道など朧気にしか覚えていなかったが、案内された記憶を頼りに、あの大きく広がった空間を目指す。
 この奥で、ただ真っ暗な空間があるだけなのか、それとも何かあるのか。メグリにそんな事を考えている余裕は微塵もない。ただ照らされた道を歩くのみ。
 正に自分の人生そのもの。生まれた頃からしっかりと道が照らされていたが、先は見えない。ただ目の前の道を歩くしかなかった自分が、今はこうして自分の意思で飛び出し行動している。それ自体に心地良さを感じてしまっている今、もう前のようには戻れない。いや、絶対に戻りたくないとメグリは思う。
 ここでポケモン達を落ち着かせる何かを見つけ彼等を鎮める事が出来れば、バネブー達に助けを呼べるかもしれない。助けられる命があるのなら、助けたい。自分の進みたい道について考えている場合ではないと頭を振り、歩く事のみに再び集中する。
 しばらく歩いていると、ギャロップが照らしているのではない、他の何かが灯した明かりが見える。視線の先を右へ折れれば、そこに辿り着く。
 何かある。誰かがいるのかもしれない。急に高まってきた緊張感に、メグリは唾を飲み込む。
 犯人がいるとして、戦えるのだろうか。こちらはギャロップだけ。数で来られたらどうしようもないのではないか。
「……いや、バトルじゃないんだ。勝たなくても、引き付けて誘き出せればなんとか」
 一歩一歩視線の先の明かりに向かって歩いて行くと、段々と声も聞こえて来る。誰かが喋っている状況なのは明らかだった。
 会話。会話をしている。一体何を? メグリは、真珠を奪ったのならそれを綺麗に梱包する作業も必要になるのではないかと睨んでいた。傷物にしてしまっては売り物にならないからだ。その作業場所として、ポケモン達が山からいなくなったこの元マグマ団基地は最適。だからこそ何かあるのかもしれないと思いここへ来たメグリだったが、まさか悠長に話などしているところに出くわすなど、思いもしなかった。
 明かりの差すところまで到着したメグリは、ギャロップを後ろで待機させ、岩陰からそっと顔を出してその先に何があるのかを確かめる。
 明るい空間だった。ポケモンが使う、「フラッシュ」の効果で浮かぶ、丸い光源が辺りを照らす。大きな空間が広がっていた。昨日見た、大きな窯のように広がった空間に目が行き、そこが目的地であると分かる。
 喋っている人間は一体誰なのか。
 視線が人を捕らえ、それを認識する。
「えっ……」
 メグリは思わず声を漏らす。自分の目を疑った。知っている姿、ポケモン。そして声。何故、こんなところに。逃げてと言ったはずの人間が、目の前にいる。
 どういう事か。
 単純に考えれば、その必要がないから。
 目の前の情報を、そのまま受け取るしかないメグリは、カっと身体が熱くなり、感じた事のない怒りが湧き出て来るのを感じた。
 自分の意思より先に足が動き、怒りそのまま身を乗り出す。
「ヒ、ヒノテ……どうして。どうして、どうして!」
 震えた声で叫ぶ。視線の先の四人が現れた一人の少女を見て口をポカンと開ける。
「メグリ。お前、どうしてここに」
 裏切られた。直感的にそう捉えたメグリの頭は、驚いたヒノテの顔を見てそれを認めたんだと判断する。ラグラージ達三匹も、驚いた表情でこちらを捉えていた。あんなに良くしてくれた皆が、自分を裏切ってここにいる。それだけが頭を支配する。
 バネブー達を助けたい。そのために犯人達の手がかりを見つけ、あわよくばそのまま捕らえる。無理なら外に誘き出す。そんな大事な役割自体が雲散霧消して、悲しみと怒りだけが表出する。
 フエンを危険に晒した裏切り者とその仲間が今ここにいるなら、標的に向かって全てをぶつけるのみ。
「ギャロップ! 火炎放射!」
 その言葉に少し躊躇したギャロップだったが、指示通りにメグリの横まで踏み込んで、反動をつけた頭を炎と共に目の前の四人に向けた。
 直線的で暴力的な炎を見て、右へ左へ散ってメグリ以外のその場の全員がそれぞれ攻撃をかわす。
「おい! メグリ、落ち着け! 違う! 違うんだ!」
 頭の中がぐちゃぐちゃで、今まで我慢してきたストレスと合わせて全てが崩壊した様子のメグリには、最早何かを悟る力はない。同じ技をただ叫び、ギャロップはそれに従った。
 聡明さも冷静さも、集中力も何もない。ただ駄々っ子が、ポケモンに技を打たせているだけ。そんな攻撃が当たるはずもなく、ただ躱され続け、とうとうギャロップはメグリの指示を聞くのをやめた。
「火炎放射!」
 メグリの声だけが響く。ギャロップはただ黙ってそこに立ち尽くしていた。
「お願い。ギャロップ。技を出して。ねえ、ねえ! お願い! ねえ!」
 叫び声に混じって、動き出すポケモンが一匹。
 ゴローンが身体を丸めて飛び出す。メグリはギャロップに突き飛ばされ、直線上から外れる。しかし狙いは、直接的にその身体をぶつける事ではなかった。
 突然突き飛ばされ何がなんだか分からなくなったまま横倒しになったメグリの上に、意図を理解したギャロップが覆いかぶさる。頼れる兄だけが、冷静に行動した。
 ポケモンが持つ生体エネルギーを外側に一気に解き放つ大技、白い光が視認出来る程のエネルギーと共に、ゴローンは全てを解き放つ。
「メグリ!」
 覆いかぶさったギャロップの向こうから、声を聴いた。優しく、自分を解き放ってくれるものだと信じた、大切な声。 
 次の瞬間には、轟音と衝撃が、何もかもを巻き込んでその場を支配した。

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