第１２話 観光
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安：10分
「金額はこちらになります」
その日の晩、ヒトカゲ達は道中にあった宿の中にいた。受付カウンター上に置かれた請求書を見て目から涙を流しているのはルカリオ、その様子を黙って見ているのはヒトカゲとアーマルドだ。
「くぅっ、お前らいつか払えよ、畜生！」
今までは何だかんだ言いつつも何とか間に合っていたのだが、今日からアーマルドが仲間に加わったことによって、彼の分まで負担しなければならなくなったのだ。一応、アーマルドもお金を持っている――何も買ったりすることはできない金額だが。
「…………」
ごめん、いつか必ず払うから、しばらくはよろしくな、と彼は心の中で言った。もちろん本人には伝わっていない。これと正反対の事を実際に口にしたのは、ヒトカゲだ。
「やっぱり払わなきゃダメなの？」
ポフィンの件といい今といい、ヒトカゲは自分からお金を払おうという意思表示は1度もしていない。何気なく言った一言でルカリオはプッツン。
「今すぐ逝かせてやる……歯ぁ食いしばれ！」
「お客様、騒ぎは止めてください！」
「ごごごごめんなさいもう言いませんから！」
「…………」
騒がしい奴らだな、と思いながらアーマルドはカウンターに置いてあった試食用のきのみを食べながら黙って傍観していた。
次の日、次の街へ行く道程がわからなくなってしまった3人は、行き先を確認するためにもう一度インコロットに戻ることにした。今の彼らに地図を買う余裕はない。
街に到着すると、道行く誰もがヒトカゲ達の方を見ながら驚いていた。その要因となっているのは、もちろんアーマルドである。今まで決して心を開こうとしなかったアーマルドが他のポケモンと一緒に歩いている事など、誰も想像すらできなかったからだ。
「お、おい見ろよ！ あれって……」
「嘘だろおい……」
街中のポケモンが口あんぐりといった状態だ。ヒトカゲとルカリオは、どうだ参ったかと言わんばかりの笑顔で歩いているが、当のアーマルドは指を差されるのが嫌なようで、俯きながら2人の後ろにピッタリくっついて歩いている。
「そんなに驚くことなのかな？」
「そんだけこいつが辛い想いしてきたってことだろ」
2人は自分達の方を見て驚いているポケモン達を見ながら話をしていた。ふとヒトカゲが目線をルカリオから自分の正面に戻すと、目の前にクリーム色のふさふさしたものがあった。
これは何だろうと不思議に思いながらさらに顔を上げると、ふさふさの中に橙色が見えた。そう、彼の記憶によれば、これは犬だ。しかも自分がよく知る犬だと確信した。
「お、お父さん!?」
「ヒトカゲ、何してるんだこんな所で？」
そこにいたのは、船でアイランドまで帰ったはずのウインディであった。さらに彼の隣を見ると、これまたいるはずのない友達の姿があった。
「何してんのー？」
ウインディの隣にいる、骸骨をかぶったような頭をしている黒い犬・デルビルがにこやかに話しかけてきた。ヒトカゲはただただ驚いている。
前回のように心配して様子を伺いに来る距離でもなく、なによりデルビルまで一緒にいる。一瞬思考が停止したが、はっと何か思いついたようだ。
(なるほど、僕が忘れたお財布、わざわざ届けに来てくれたんだ！ やっぱりお父さんだな～)
ウインディ達がいる理由をこう考えたヒトカゲの顔は綻(ほころ)んでいる。ようやく貧乏生活から脱出できる、そしたら美味しい物がいっぱい食べられる、そう確信していた彼の考えは、脆くも崩れ去ることになる。
「せっかく船使ってポケラスまで来たんだ、観光したっていいだろう」
彼にとって絶望的なその理由は、自分の考えは甘かったと反省させるにはちょうどよいものであった。
「でもビックリだよ。まさか会えるなんて思ってなかったもん」
嬉しそうにデルビルは言う。その証拠に、うなだれていたヒトカゲに擦り寄って顔をペロペロと舐めている。それを見たウインディはじゃれ合っているヒトカゲをくわえて自分の目の前に立たせると、恥ずかしそうに小声で質問した。
「なあヒトカゲ。あ、あそこにいるのって……」
彼の目線の先にいるのは、本人は隠しているつもりだがハッキリと見えている、左胸に赤い稲妻印を持つルカリオだ。その熱い視線はルカリオ本人に届いていた。
「な、何ですか？」
ウインディにじっと見られているルカリオは少し焦っていた。ウインディが見ているのは、もちろん彼の父であるライナスのファンだからであるが、彼はヒトカゲに行ってきた所業をバラされたのかと思っていたのだ。
(あ、あの野郎、チクリやがったな！)
勘違いしていたルカリオはヒトカゲを睨もうとするが、ウインディの目線を感じ、慌てて普通の表情に戻す。だが不運にも、ウインディが近づいてきたのだ。こうなるともう冷静でいられなくなる。
(お、おい説教か？ 俺は悪くねーぞ。逆に被害者なんだからな。そうだ、そうやって言えばいい。でもあの親父さん怖そうだな……ある意味ヒトカゲより強そうだし……)
色々な考えをめぐらせているうちに、ウインディが目の前まで来てしまった。はっとそちらを見ると、緊張感が一気に増し、思うように口が動かせないでいた。
「あ、あのっ、お、俺……その……」
「……君が、うちのヒトカゲを……」
ここまで聞いた瞬間、ルカリオの顔面に一気に汗が出た。絶対に、確実にこのウインディに半殺しにされる、そう思ってしまい反射的に目を強く瞑って下を向いて怯えていた――数秒間だけ。
「うちのヒトカゲを世話してくれているのは？」
「うわあっ……？ は、はい？」
ウインディが口を開いたと同時にルカリオは奇声を上げる。だがすぐにウインディが攻撃してくる気配がないとわかると、急に緊張の糸が解け、張っていた肩が緩くなる。
「え、ええ。俺がヒトカゲ君と一緒に旅させてもらってます、ルカリオです」
落ち着きを取り戻し、彼はウインディに自己紹介をする。このとき初めて彼に君付けで呼ばれたヒトカゲは複雑な心境になったらしい。
「実は私、君のお父さんの大ファンでな、君が小さい時に1度見たことがあって……」
そこから始まったのはウインディの思い出話。どれだけライナスを愛していたか等、話せば話すほど深入りしていくことに気付いたヒトカゲは話題を逸らす。
「お父さん。このポケモンも僕についてきてくれてるんだ」
そう言って紹介されたのは、少し離れた場所で成り行きを見ていたアーマルドだ。彼の心の中ではまだ挨拶できるまでに至っていないためか、ウインディとデルビルに軽く会釈するだけに留まった。
「初めまして～♪」
それを知らないデルビルは挨拶しようと彼に近づいたが、さっとルカリオの後ろに隠れられてしまった。
「えっ、俺、嫌われてるの？」
「違うよ。恥ずかしがってるだけだから、気にしないで」
ヒトカゲがすかさずフォローする。実際にアーマルドは本当に恥ずかしがっているようで、ルカリオの後ろから覗き見するように彼らを見ていた。
「頼りになりそうな仲間だな。よかったな」
だがウインディはそんな事を気にせず、仲間である以上きっと心配いらないと思ってヒトカゲに告げる。その反応が嬉しかったのか、彼は「うん！」と大きく返事をした。
「でも、ルカリオったらいつも……」
「いやーおじさんにそう言われると俺嬉しいです！ 頑張ってヒトカゲ君と旅していきますよ！」
ヒトカゲがよからぬ事を言おうとしたのを察知し、ルカリオは大声で彼の発言を遮った。さらに注意を自分に向けさせるために、ウインディの目を見つめながら両足をがっちり掴んだ。
「は、はあ、それならなにより……」
必死にまくしたてているルカリオに負け、これにはウインディもただ返事をするしかなかった。
「…………」
その横では、こんな奴だったんだ、とアーマルドはルカリオを見ながら思った。彼が黙っている間は誰かを観察するのがわりと好きなのだとか。
「あはは、ゼニガメ達と全然違うな！」
「うん。だから新鮮に感じるんだよね」
デルビルとヒトカゲは再びじゃれ合いながら話をする。ウインディもルカリオと話をしていると、ピンと名案が浮かんだ。
「そうだ。私達、今日の夕方の船で帰るんだが、それまでみんなでゆっくり観光でもしないか？」
せっかくならみんなでこの街で楽しい時間を過ごしたいと思っていたヒトカゲにとっては嬉しい話であった。二つ返事で賛同する。
「したいしたい♪ ルカリオ、アーマルド、いいよね？」
「あぁ、いいぜ」
ルカリオは親指を立てて、アーマルドは首を縦に振って返事をした。これにはヒトカゲとデルビルは大喜びで、まるでアルプスの少女を連想させるような踊りで喜びを表現していた。
「じゃあ、早く行こうよ！」
待ちきれない様子のヒトカゲを先頭に、みんなはインコロットをゆっくり見て回るべく歩き始めた。
そんな彼らの様子を、1匹のポケモンが息を潜めながら建物の影からじっと見ていた。
「ついに、見つけたぞ……！」
不敵に笑うそのポケモンは、獲物を射すくめるような目つきでヒトカゲ達を睨む。正確に言うと、その中の1人を見続けていた。
標的を見つけることができて満足したのか、そのポケモンは足早にその場から立ち去った。
その日の晩、ヒトカゲ達は道中にあった宿の中にいた。受付カウンター上に置かれた請求書を見て目から涙を流しているのはルカリオ、その様子を黙って見ているのはヒトカゲとアーマルドだ。
「くぅっ、お前らいつか払えよ、畜生！」
今までは何だかんだ言いつつも何とか間に合っていたのだが、今日からアーマルドが仲間に加わったことによって、彼の分まで負担しなければならなくなったのだ。一応、アーマルドもお金を持っている――何も買ったりすることはできない金額だが。
「…………」
ごめん、いつか必ず払うから、しばらくはよろしくな、と彼は心の中で言った。もちろん本人には伝わっていない。これと正反対の事を実際に口にしたのは、ヒトカゲだ。
「やっぱり払わなきゃダメなの？」
ポフィンの件といい今といい、ヒトカゲは自分からお金を払おうという意思表示は1度もしていない。何気なく言った一言でルカリオはプッツン。
「今すぐ逝かせてやる……歯ぁ食いしばれ！」
「お客様、騒ぎは止めてください！」
「ごごごごめんなさいもう言いませんから！」
「…………」
騒がしい奴らだな、と思いながらアーマルドはカウンターに置いてあった試食用のきのみを食べながら黙って傍観していた。
次の日、次の街へ行く道程がわからなくなってしまった3人は、行き先を確認するためにもう一度インコロットに戻ることにした。今の彼らに地図を買う余裕はない。
街に到着すると、道行く誰もがヒトカゲ達の方を見ながら驚いていた。その要因となっているのは、もちろんアーマルドである。今まで決して心を開こうとしなかったアーマルドが他のポケモンと一緒に歩いている事など、誰も想像すらできなかったからだ。
「お、おい見ろよ！ あれって……」
「嘘だろおい……」
街中のポケモンが口あんぐりといった状態だ。ヒトカゲとルカリオは、どうだ参ったかと言わんばかりの笑顔で歩いているが、当のアーマルドは指を差されるのが嫌なようで、俯きながら2人の後ろにピッタリくっついて歩いている。
「そんなに驚くことなのかな？」
「そんだけこいつが辛い想いしてきたってことだろ」
2人は自分達の方を見て驚いているポケモン達を見ながら話をしていた。ふとヒトカゲが目線をルカリオから自分の正面に戻すと、目の前にクリーム色のふさふさしたものがあった。
これは何だろうと不思議に思いながらさらに顔を上げると、ふさふさの中に橙色が見えた。そう、彼の記憶によれば、これは犬だ。しかも自分がよく知る犬だと確信した。
「お、お父さん!?」
「ヒトカゲ、何してるんだこんな所で？」
そこにいたのは、船でアイランドまで帰ったはずのウインディであった。さらに彼の隣を見ると、これまたいるはずのない友達の姿があった。
「何してんのー？」
ウインディの隣にいる、骸骨をかぶったような頭をしている黒い犬・デルビルがにこやかに話しかけてきた。ヒトカゲはただただ驚いている。
前回のように心配して様子を伺いに来る距離でもなく、なによりデルビルまで一緒にいる。一瞬思考が停止したが、はっと何か思いついたようだ。
(なるほど、僕が忘れたお財布、わざわざ届けに来てくれたんだ！ やっぱりお父さんだな～)
ウインディ達がいる理由をこう考えたヒトカゲの顔は綻(ほころ)んでいる。ようやく貧乏生活から脱出できる、そしたら美味しい物がいっぱい食べられる、そう確信していた彼の考えは、脆くも崩れ去ることになる。
「せっかく船使ってポケラスまで来たんだ、観光したっていいだろう」
彼にとって絶望的なその理由は、自分の考えは甘かったと反省させるにはちょうどよいものであった。
「でもビックリだよ。まさか会えるなんて思ってなかったもん」
嬉しそうにデルビルは言う。その証拠に、うなだれていたヒトカゲに擦り寄って顔をペロペロと舐めている。それを見たウインディはじゃれ合っているヒトカゲをくわえて自分の目の前に立たせると、恥ずかしそうに小声で質問した。
「なあヒトカゲ。あ、あそこにいるのって……」
彼の目線の先にいるのは、本人は隠しているつもりだがハッキリと見えている、左胸に赤い稲妻印を持つルカリオだ。その熱い視線はルカリオ本人に届いていた。
「な、何ですか？」
ウインディにじっと見られているルカリオは少し焦っていた。ウインディが見ているのは、もちろん彼の父であるライナスのファンだからであるが、彼はヒトカゲに行ってきた所業をバラされたのかと思っていたのだ。
(あ、あの野郎、チクリやがったな！)
勘違いしていたルカリオはヒトカゲを睨もうとするが、ウインディの目線を感じ、慌てて普通の表情に戻す。だが不運にも、ウインディが近づいてきたのだ。こうなるともう冷静でいられなくなる。
(お、おい説教か？ 俺は悪くねーぞ。逆に被害者なんだからな。そうだ、そうやって言えばいい。でもあの親父さん怖そうだな……ある意味ヒトカゲより強そうだし……)
色々な考えをめぐらせているうちに、ウインディが目の前まで来てしまった。はっとそちらを見ると、緊張感が一気に増し、思うように口が動かせないでいた。
「あ、あのっ、お、俺……その……」
「……君が、うちのヒトカゲを……」
ここまで聞いた瞬間、ルカリオの顔面に一気に汗が出た。絶対に、確実にこのウインディに半殺しにされる、そう思ってしまい反射的に目を強く瞑って下を向いて怯えていた――数秒間だけ。
「うちのヒトカゲを世話してくれているのは？」
「うわあっ……？ は、はい？」
ウインディが口を開いたと同時にルカリオは奇声を上げる。だがすぐにウインディが攻撃してくる気配がないとわかると、急に緊張の糸が解け、張っていた肩が緩くなる。
「え、ええ。俺がヒトカゲ君と一緒に旅させてもらってます、ルカリオです」
落ち着きを取り戻し、彼はウインディに自己紹介をする。このとき初めて彼に君付けで呼ばれたヒトカゲは複雑な心境になったらしい。
「実は私、君のお父さんの大ファンでな、君が小さい時に1度見たことがあって……」
そこから始まったのはウインディの思い出話。どれだけライナスを愛していたか等、話せば話すほど深入りしていくことに気付いたヒトカゲは話題を逸らす。
「お父さん。このポケモンも僕についてきてくれてるんだ」
そう言って紹介されたのは、少し離れた場所で成り行きを見ていたアーマルドだ。彼の心の中ではまだ挨拶できるまでに至っていないためか、ウインディとデルビルに軽く会釈するだけに留まった。
「初めまして～♪」
それを知らないデルビルは挨拶しようと彼に近づいたが、さっとルカリオの後ろに隠れられてしまった。
「えっ、俺、嫌われてるの？」
「違うよ。恥ずかしがってるだけだから、気にしないで」
ヒトカゲがすかさずフォローする。実際にアーマルドは本当に恥ずかしがっているようで、ルカリオの後ろから覗き見するように彼らを見ていた。
「頼りになりそうな仲間だな。よかったな」
だがウインディはそんな事を気にせず、仲間である以上きっと心配いらないと思ってヒトカゲに告げる。その反応が嬉しかったのか、彼は「うん！」と大きく返事をした。
「でも、ルカリオったらいつも……」
「いやーおじさんにそう言われると俺嬉しいです！ 頑張ってヒトカゲ君と旅していきますよ！」
ヒトカゲがよからぬ事を言おうとしたのを察知し、ルカリオは大声で彼の発言を遮った。さらに注意を自分に向けさせるために、ウインディの目を見つめながら両足をがっちり掴んだ。
「は、はあ、それならなにより……」
必死にまくしたてているルカリオに負け、これにはウインディもただ返事をするしかなかった。
「…………」
その横では、こんな奴だったんだ、とアーマルドはルカリオを見ながら思った。彼が黙っている間は誰かを観察するのがわりと好きなのだとか。
「あはは、ゼニガメ達と全然違うな！」
「うん。だから新鮮に感じるんだよね」
デルビルとヒトカゲは再びじゃれ合いながら話をする。ウインディもルカリオと話をしていると、ピンと名案が浮かんだ。
「そうだ。私達、今日の夕方の船で帰るんだが、それまでみんなでゆっくり観光でもしないか？」
せっかくならみんなでこの街で楽しい時間を過ごしたいと思っていたヒトカゲにとっては嬉しい話であった。二つ返事で賛同する。
「したいしたい♪ ルカリオ、アーマルド、いいよね？」
「あぁ、いいぜ」
ルカリオは親指を立てて、アーマルドは首を縦に振って返事をした。これにはヒトカゲとデルビルは大喜びで、まるでアルプスの少女を連想させるような踊りで喜びを表現していた。
「じゃあ、早く行こうよ！」
待ちきれない様子のヒトカゲを先頭に、みんなはインコロットをゆっくり見て回るべく歩き始めた。
そんな彼らの様子を、1匹のポケモンが息を潜めながら建物の影からじっと見ていた。
「ついに、見つけたぞ……！」
不敵に笑うそのポケモンは、獲物を射すくめるような目つきでヒトカゲ達を睨む。正確に言うと、その中の1人を見続けていた。
標的を見つけることができて満足したのか、そのポケモンは足早にその場から立ち去った。