【二十四】無茶

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 犯行が夜中に行われているのだとすれば、あとどれくらいの時間的猶予があるのだろうか。メグリの言う通り、動き回れる内にとにかく町中は出た方が良いのかもしれない。
 荷物をフロントに預け、チェックアウトした山雫を飛び出す。ヒノテはえんとつ山までの道のりを、何度か往復しただけあってだいたい覚えていた。
 ボールからラグラージを出して、すぐに事情を話す。
「頼む、えんとつ山まで走れるか?」
 辛いのは間違いなかった。何が起こるか分からないのに、えんとつ山まで行ってラグラージの体力がないのは痛いが、もしアテが外れてエンイ達を捜索なんて事になったとすれば、グラエナの嗅覚が必要になる。えんとつ山に着く前に疲れ果てさせる訳にはいかない。
 ラグラージはヒノテの目を見て頷き、すぐにその願いを了承した。
 背中にしがみつき、覚悟を決めて出発しようとしたところで再びポケットの電話が震え始める。
「なんだ、今度は」
 格好つかない出発になってしまった。ラグラージに謝り、背中から下りて携帯を取り出す。今度はヒノテの知らない番号からだった。
「はい」
「サクサというものだが、この番号はヒノテ君であっているかい? 骨董品屋をやっている者で、先日一度お会いしているのだが」
 メグリを優しく見つめていた、白髪のおじいさんをヒノテは思い出した。
「は、はい。合ってます」
「今どこにいる?」
「山雫っていう旅館の前です」
「そうか。ならばそこで少し待っていなさい。なるべく人目に付かないところにいるんだよ」
 それだけ言って、電話は切れた。
 待てと言われてそう簡単に待てるか、とラグラージの背中に乗ろうとしたが、サクサはヒノテの携帯番号を知っている。という事は、それは誰かから聞いたからだ。
「……メグリか。わざわざ人を寄こすという事は、何かあるな」
 落ち着かないが、そちらも気になる。どうしようか数舜考えた後、ヒノテはラグラージに謝りつつボールへ戻し、言われた通り山雫の玄関口にある柱に寄り掛かり、サクサを待つことにした。
 急ぎたい気持ちと落ち着かない身体がヒノテを苛立たせる。何度携帯を確認してもそんなにすぐ時間は過ぎ去ったりしないが、一分また一分と時間が進む毎に、間に合わなくなってしまうのではないかと焦る気持ちが膨れ上がる。
 キョロキョロと辺りを見回す回数が増え、もう我慢出来ないとばかりに再び携帯を取り出し、かかって来た番号へ掛け直そうとしたところで、山雫の玄関前に、一台のワゴン車が停まる。運転席側のパワーウインドウが下がると、窓からサクサが顔を出す。「乗って!」と大きな声を出し、手でジェスチャーした。
 車で迎えに来た理由は分からなかったが、その剣幕に圧倒され、ヒノテはすぐに助手席へ乗り込んだ。
「ポケモンは持っているかい?」
「は、はい」
「どんなポケモンだ?」
「ラグラージと、グラエナと、ヤミラミです」
 数舜考え込んだサクサは、人差し指を上に向ける。
「よし、ラグラージだ。車の上にスタンバイさせてくれ」
 一体何を、と聞ける雰囲気でもなく、急かされたヒノテは外に向かってモンスターボールを開き、再びラグラージを外に出す。
 出たり入ったり忙しいラグラージも困惑の様子を見せたが、車の上に乗ってくれ、というヒノテの指示にとりあえず従った。下りている両側のパワーウィンドウの窓枠に掴まった事を確認すると、サクサはアクセルを踏み込んだ。
「どういう事なんですか?」
 走り出したタイミングで聞くしかなかった。何かをやらかそうとしているのはヒノテにもよく分かる。
「メグちゃんから電話があったんだよ。君の助けになって欲しいって。テレビを見ていないのかい? 大変な事になっているみたいだ」
 そういえば確認していなかった、とヒノテは自省する。一番落ち着いていないのは自分なのかもしれないと自覚した。
「やっぱり、ポケモン達の鳴き声なんですか?」
「ああ。山から下りてバネブー達がやられた怒りをこちらに向けているみたいだ。もの凄い大群だよ。君、その身一つで行こうとしたのかい? そりゃ無茶だ」
「す、すいません。でも、もうそこまで分かってるんですね」
「報道ではそこまでだがね。よりにもよってバネブー達に手を出すとは、バチあたりな。今警察とフエンジムが連携して、ポケモン達の進行を食い止めようとしているところだ。移動規制もかかってるから、町はからっぽさ」
 赤信号の交差点でもおかまいなしにアクセルを踏み込み、車を唸らせる。ヒヤっとしてヒノテは身構えたが、サクサの言う通り走っている車は一台もない。
「そこまで、って事は、メグリから聞いてるんですか?」
「お兄ちゃん、元マグマ団員なんだろう? この騒ぎの犯人も、元マグマ団員という話じゃないか」
 ヒノテは何も言えなくなり、ただ黙り込んだ。
「ああ、違う違う。君を疑っている訳ではないんだ。この町に、君以外の元マグマ団員がいて、やったのはそっちなんだろう?」
 マグマ団という言葉は、フエンでは特に禁句となっている。被害を直接受けている事もあり、アレルギーが強い。元マグマ団員だというだけで石を投げられる事だってあるだろう。それなのに、サクサは特に偏見もなくヒノテに接する。
「いや、まだそう決まった訳ではないんですが、その可能性は高いのかもしれません。あの、でも、どうして俺なんかを助けてくれるんですか? マグマ団員というのは、フエンの人々にとって憎しみの対象であったはずですが」
「それは間違いないが、君は罪を償った”元”マグマ団員だろう。憎しみの対象にはならないよ。過激な奴等もいるが、フエン人の器を小さく見積もってもらっては困るよ。それよりも何よりも、あのメグちゃんの頼みだからね。聞かない訳にはいかない」
「もしかして、ご親戚だったりするんですか?」
 勢いそのまま交差点を右へ曲がり、ヒノテは喋りながらも遠心力で左に引っ張られる。
「まさか。可愛い可愛いフエンの町娘だよメグちゃんは。ただ、あの子が抱えている辛い事情は知っているつもりだ。フエンの人々に迷惑をかける事を極端に嫌う彼女が、元マグマ団員である君の助けになって欲しいとフエン人である私に頼むんだ。その意味が分かるかい?」
 町中を走るスピードではない。うっかりぼうっとしていると、舌を噛みそうな程だ。
「迷惑を掛けてでも助けたい人がいて、自分が嫌がっていた事も厭わず勢いだけで電話を掛けて来るんだ。あのメグちゃんがだよ? 彼女が自分に正直になれる瞬間なんだと思ったら、私は本当に嬉しかったよ。そんなの、手伝わずにはいられない、よ!」
 町の中心部に入って来た。パトカーがチラホラ見えるが、おかまいなしに右に左にハンドルを切って駆け抜ける。警察の声がスピーカーから聞こえるが、全て無視。
「お、お、おじいさん! いくら手伝うって言っても、こ、これはまずくないですか!」
「急ぐんだろう? これくらいやらないと、今のフエンからは外に出られないよ!」
 メグリの逃げて! という言葉をヒノテは思い出す。
「えんとつ山方面に向かっていただいてるんですよね? それなら、デコボコ山道前で停めて下さい。そこまでで構いません」
「外に逃げないのかい? それはメグちゃんも分かっているのか?」
「いえ、メグリには言ってません。でも、これは恐らく俺にしか出来ないんです。絶対に無事に戻って後で連絡すると、メグリには伝えて下さい」
 後ろから一台のパトカーが追ってくる。「停まりなさい!」の声が後ろから響いた。サクサは一瞬だけヒノテの方をちらと見て、さらにアクセルを踏み込む。
「分かったよ。君も譲らないんだろう?」
「……ありがとうございます」
 視線の先では、パトカーが横並びになって道を封鎖していた。町外れの一番端に位置するこの先は、道も舗装されていない。最終防衛ラインだ。ポケモン達の鳴き声は山雫にいた時より大きい。もうすぐだ、というのが分かりやすい。
 ここを突破すれば町を完全に抜けられる。ただ、どうやってこの封鎖された道路を突破するのか。停止して説得でもしようと言うのか。
「あ、あの、どうするんですか。え、ちょ、あの、このままだと、ぶつかりますよ!」
「大丈夫だ! 捕まっとれ!」
 慌てた警察がこちらに向かって手を振る。止まれ! の合図だ。しかし取り合わない。アクセルを全開まで踏み込み、そのまま突っ走る。左右を流れる景色が速い。思わず目を瞑ってヒノテは身構える。
 猛スピードで駆け抜ける車の中で、サクサはハンドルから片腕を離す。腰のホルダーからボールを一つ掴み、後部座席に向かって開いた。
 赤い光源と共に、中からはバネブーの進化した姿、ブーピッグが現れる。
「サイコキネシス!」
 サクサはドスの効いた圧のある声で叫んだ。
 その声に驚き目を見開いたヒノテは、途端に目の前の景色が変わる様子に息を飲む。ふわりと浮かんだ車は、そのまま封鎖していたパトカーや警察を飛び越え、雄大な景色が見慣れぬ方向に動き、エンジン音を高鳴らせたまま着地。衝撃と共に地面を迎え、そのまま再び走り出す。
「な、な、なんて無茶をするんですか!」
「無茶なんてしてないよ。無茶をするのはこれからさ」
 ヒノテが後方を振り返ると、ブーピッグがご機嫌そうに一仕事を終え寛いでいた。リアウィンドの向こうには、騒いでいる警察や彼等のポケモン達が見える。
 ここまでとは考えていなかったが、元々無茶をするつもりだった事を思い出し、ヒノテは思わず笑ってしまう。
「すいません。こんな事に付き合わせてしまって、でも、お願いします!」
「あいよ!」
 町を抜け、舗装されていない道へ入るとフエンの町中から抜け出せた実感が湧いて来る。いよいよ、響く鳴き声の元に突っ込んでいく。ヒノテは遠い視線の先に、ポケモン達の大群を確認した。
「どうするんですか? ブーピッグのサイコキネシスでまた飛び越えますか?」
「いいや、あの距離は多分越えられない。万が一攻撃でも受けて車が落ちれば、彼等を殺してしまうかもしれない。だから今度は、君達にも手伝ってもらうよ。いけるね?」
 サクサの声に、窓枠を掴むラグラージの腕が力を込める。ヒノテは色々ありすぎたこの間に、車の上にラグラージが乗っている事を忘れていた。助手席の窓枠に腰掛け身を乗り出したヒノテは、ラグラージと一度アイコンタクトを取った。
 あの時、最初にメグリと会った時にはうまくいかなかったが、今度は失敗出来ない。
「全部吹き飛ばそうとしなくていい! 車の道を空けるんだ! ハイドロポンプでも打ってやれば、ポケモン達は驚いて横に逸れる! 大丈夫、野生のポケモン達はちょっとやそっとじゃ死にはしない。思いっきりやりなさい! 残ったポケモンはブーピッグが端へ飛ばす!」
「分かりました!」
 目測を誤ってはいけない。このスピードでは距離なんか測れない。コントロールは利かないが、ラグラージのハイドロポンプの威力と距離だけはヒノテが一番良く分かっている。
 一か八か、思いっきりやるしかない。
 迫るポケモン達は、鳴き声を大きくしてこちらを威嚇してくる。どいてくれる気はない。目測よりも対象に近づくスピードが速い。車の上からハイドロポンプを打つのはもちろん初めてだった。
「よし、よし、構えろ!」
 車にしがみついたまま、反動をつけたラグラージはハイドロポンプを打つ体勢に入る。
 少しだけためを作る。ポケモン達が一体一体見えて来る。元マグマ団アジトで見たポケモン達がそこにいる。
「今! ハイドロポンプ!」
 今回は横やりはなし。勢いをつけたハイドロポンプが、一気にポケモン達の大群へ発射される。
 発射されたハイドロポンプは、ボウリングのピンを倒すかの如くポケモン達を弾いて行く。打たれたハイドロポンプに対抗する手段など、えんとつ山の野生ポケモンは持っていない。水というもの自体が彼等の弱点となる事が多い。
「勢いを緩めるなよ! もう少しだ!」
 発射され続けるハイドロポンプでも弾き切れなかったポケモン達は、サクサの叫び一つでブーピッグのサイコパワーによって端へ弾かれる。
「よおし、よくやった! 抜けるぞ!」
 爆走する車に威嚇はしても、攻撃を加えて来るポケモン達はいなかった。車はポケモン達の大群の間を猛スピードで抜け、えんとつ山へ向けてひた走る。
 視界の開けた道にヒノテは一先ず安心して、車内へ戻った。
「それにしても、ポケモン達は攻撃してきませんね。怒っているようには見えますが、どういう事なんでしょう」
「走る車に攻撃すれば、身の安全は保障出来ない。そう考えてるんだろう。野生のポケモン達っていうのは臆病で、基本的には皆命を守る事が最優先だ」
 それとね、とサクサは付け加えて、後ろのブーピッグを親指で指した。
「こいつ、元々山ででかい面して威張り散らかしてた、主みたいな奴なんだ。こいつのサイコキネシスは、えんとつ山のポケモン達にとっては恐怖でしかないんだよ」
 後ろを振り向けば、ブーピッグがまんざらでもなさそうな顔して鼻を鳴らす。確かに気の強そうな奴ではあると、ヒノテは思った。
「後はえんとつ山まで突っ切るだけだ。ポケモン達が車の直線上に入ってしまうかもしれないから、気を抜くな」
 再び身を乗り出し、ちらほらと見えるポケモン達の姿を確認する。
 えんとつ山まではもう少し。
 ここまで、ラグラージのハイドロポンプだけで来られたのは大きい。山で一戦交える事も想定すれば、ラグラージの体力を温存出来たのは嬉しい誤算だった。
「おじいさん、一体何者なんです?」
 身を乗り出したまま、ヒノテは車内の老人へ訪ねる。
「私かい? ただの骨董品屋のじじいだよ。元、ジムトレーナーのね」
 ジムトレーナーでこのレベル。
 ジムリーダーとは一体どんな強さなのかヒノテには想像もつかないが、この旅で”強い人”達がどんな人間なのか分かってきたつもりだった。
 ポケモンとの意思の疎通がうまくバトルが強い人達は、皆人間的にも魅力的だった。ポケモンからも信頼され、周りの人間からも信頼され、力がそこに集まって来る。
 ホウエンを救ったあの子どもも、きっとそういう奴なのだろうとヒノテは思う。
「メグリって、おじいさんから見るとどんな奴に見えます?」
「メグちゃんか? 気立てが良くて思慮深い、可愛い子だよ。考えすぎるのが良くないが、違う角度から見ればそれもあの子の良いところさ」
「同感です」
 メグリが好きなフエンを、えんとつ山を守りたい。
 それだけで動ける今の自分が、ヒノテは少しだけ好きになれそうだった。

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