1-5  荷台に揺られて

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「よお、嬢ちゃん。」

 歩き出してすぐ、後ろから声をかけられた。振り向くと、私の目の前にはポニータが二匹…。

「違うよ、こっちこっち!」

声の主は、そこから見上げた先にいた。ポニータが引く馬車の、運転席にあたる箱状の空間に座るブーピッグが、片手を挙げてにこやかに呼びかけていた。

「そうそう、こっち。…あんたら、いい度胸してんなぁ。気に入ったよ。どこまでだい?よかったら後ろ乗りな。」

彼は馬車の後方にある荷台を、顎で示す。私は、困惑している。どうしたらいいんだろう。ポッチャマも戻って来ていないし…。

「ヨコハマです。お気持ちは嬉しいんですけど…、友だちがまだですし。」

「あのボウズならすぐ戻るさ。大丈夫。それより、早く乗った方がいい。…あんたら本当に追われてんだろ?」

 笑顔交じりだったさっきの表情からは変わって、こちらに顔を寄せ、今度は声を潜めて少し焦るような様子で荷台の方に腕を回して見せている。

「…わかるんですか?」

「話はあと!いいから乗った。」

急かすような彼の雰囲気にも流されて、私は急ぎ足で荷台へ回り込む。中はざっと、奥行き3m、幅が2mといったところ。木箱や俵といった荷物が雑多に置かれているが、ポケモンが一、二匹乗るには十分な余裕があった。荷台は上部に円状の骨組みがあり、その上には白い布がかけられてちょうど屋根の役割を果たしている。飛び乗った。直後、私の隣にも重みがかかった気配がして…、何もないはずの空間からポッチャマが現れた。魔法だろうが…、先ほどの“道”とはまた違った仕様だ。一体彼の魔法はどういう絡繰りになっているのだろう。

「おお、ボウズも来たな。よぉし、出発だ!」

ブーピッグは、荷台との間に設けられた小さな窓枠から中の様子を確認すると、ポニータ達に出発を告げた。隣のポッチャマは私にガッツポーズをして見せる。

「うまくいったな!…乗せてくれるって?」

そして運転席のブーピッグをちらと見た。頷いて、私もそちらに視線を送る。

「ええ。…“度胸あるな、気に入った”って。」

 …それだけじゃない。彼は、私たちが追われていることにも気付いている。私はそのまま、小窓の奥のブーピッグに呼びかけた。

「あの!…どうして私たちが追われてるって?」

「んー?」

ブーピッグも、荷台の私たちを一度振り向く。そして、進行方向に視線を戻しながら答えた。

「そりゃまあ、見てたら大体わかるさ。門番は、明らかにお前たちを見てピンと来た様子だったし、あんたらはあんたらで…、特に嬢ちゃんだが、動揺を隠すのに必死って感じだったしな。」

「すごい。そんなことまで…。」

「俺だけじゃない。後ろで待ってた連中もみーんな、気づいてただろうよ。んでも俺たちは商売のポケモンだからな。お国のことなんて二の次。まずは、滞りなく自分の商売をしなくちゃならねぇ。その点で、俺たちとあんたらとは、利害が一致してたってわけさ。…それにしても、」

はははっ、と笑いをこらえきれない様子でブーピッグは続けた。

「門番を変態呼ばわりは笑えたぜ、ボウズ。若い奴は怖いもの知らずだから面白ぇ。」

そのまま、またこちらに笑いかける彼はとても愉快そうだ。

「おっちゃん!」

 今度はポッチャマが呼びかけた。

「ん?」

「どこまで連れてってくれんの?」

「ヨコハマでいいんだろ?送って行くさ。」

「いいの?」

「おうよ。俺たちもちょうど、ヨコハマに仕入れに行くとこだったからな。…それにこの感じじゃあ、外を歩かすわけにもいかないさ。上、見れるか。」

 上…?荷台の後方、ちょうど私が入ったところから私たちは顔を出して、すっかり暗くなりつつある空を見上げた。…ポケモンが飛んでいる。夕闇に同化して姿はよく見えないのだが、細くて長い、ひらひらとした翼のシルエットから察するにゴルバットやクロバットだろう。帝都の関門から一筋に伸びる街道上空に、…少なくとも数十匹はいるのではないか。ときどき通りのポケモンたちの近くへと滑空しつつ、注意深くその様子を観察 ーー正しくは、“聴察”なのだろうかーー している。驚いた。これが全部、私たちの捜索にあたっているのか。徒歩では到底無理だった。ブーピッグが荷台に乗せてくれたのは幸運だったと、心底思った。

「これ、閉めとくか…。」

私が荷台の奥に戻ると、そう言ってポッチャマは荷台入り口の端に用意されたカーテンのような仕切りを閉じた。さすがに少し、彼も驚いた様子だ。

「見えたかー?…ったく、あんたら一体、何やったんだよ…。」

運転席からは、苦笑交じりにブーピッグがそう言うのが聞こえた。

 私たちは、荷台に揺られながら街道を進む。数時間が経ち、ウトウトとうたた寝をしていた頃、ブーピッグが私たちに声をかけた。

「おーい、そろそろメシにしようや。」

ハッと起き上がる。馬車はもう止まっていた。運転席の方を見るが、ブーピッグの姿はない。既に下車したようだ。隣ではポッチャマも目をこするようにしているのがわかる。カーテンを開けて、外に出た。

「いや、お休みのところ悪いかとは思ったんだがな。…腹ごしらえもしたいだろ?」

荷台の出口の辺りでブーピッグは待ってくれていた。ふと思い立って、上空を見る。綺麗な星空だ。遮るものはない。

「ああ、追っ手ならもういないよ。さすがに姿が見当たらないんで諦めたんだろうな。」

本当に諦めたのか…?と一瞬疑うが、それもそうだと胸をなでおろす。関門から出たはずの私たちは、街道をいくら探してもいない。そしてポッチャマは、瞬間移動にも似た魔法を使う、と彼らに認識されている。つまり私たちは神出鬼没の存在だ。街道にいなければ、再び帝都に潜伏したか、あるいは他の何かしらの手段で脱出を試みたと判断したのも頷ける。見ず知らずの行商ポケモンが手助けした可能性まで考慮するのは現実的じゃない。

 私たちが止まっているのは、野営地のような場所だった。広く円形に整備された空間に、他にも荷車を引くポケモンや、ブーピッグのように馬車を持つポケモンがそれぞれの場所を陣取って、焚き火や仮宿の準備をしている。そしてその野営地から100mほど離れた先には、暗がりの中に家屋が並んでいるような風景が見えた。シナガワという宿場町らしい。なるほどここは、宿場町に属する野営地のようだ。利用しているポケモンたちはみんな、町中の宿に持ち込むには多すぎるほどの荷物を抱えている。

 慣れているのだろう。ブーピッグが手際よく焚き火を準備し、そのうえ鍋を持ち出して簡単なシチューまで用意してくれた。私たちにも手持ちの食料があると申し出たのだが…、ブーピッグは頑なに材料として受け取ってくれなかった。焚き火を三匹で囲むようにして座る。ポニータたちは先に食事を済ませたのか、傍に座って仮眠を取っている様子だ。

「さあ、遠慮せずに食えよ。」

 ご丁寧にもブーピッグが器によそってくれたシチューを受け取り、味わう。…あったかくて美味しい。ポッチャマも、うまいうまいと言いながら、おかわりまでしてシチューを食べている。ブーピッグはそんな私たちを、笑顔で見守る。ふと思う。城の外のポケモンたちは、こんな風なあたたかさの中で暮らしているのだろうか。ポッチャマや、ブーピッグ。自らの心の動くままに、見ず知らずのポケモンたちに手を伸ばす彼らは、私にとって異質だ。変な例えだが、みんなウォーグルみたいなものだ。いや、私の育った城の中の環境こそが、異質だったのかも知れない。もちろん皆がみんな、というわけではないが、他のポケモンに手を貸すなんてもってのほか、隙あらば相手の弱みを掌握して支配を試みる。それが当たり前の環境だった。だから私は、驚いている。

「おっちゃん、国際機関って知ってる?」

ポッチャマが器を差し出しながら聞いた。

「ああ、もちろん知ってるよ。国をまたいで商売やるなら誰でもお世話になるところさ。」

ブーピッグは受け取って、おかわりをよそってやりながら答えた。ポッチャマは、軽くお辞儀しながらシチューで満たされた器を受け取る。

「その窓口ってさ、サガミ国内にもあんの?」

「あるよ、ヨコハマにな。確か国境を越えて、奥へ進んだ船着き場の近くにあったはず。」

「ヨコハマにあんのか!」

 私たちは、衝動的に顔を合わせて喜んだ。旅は短ければ短いほどいい。追われている今、一刻も早くその窓口へとたどり着きたいから。

「こりゃ思ったより早く着きそうだな、イーブイ!」

「えぇ…!」

「なんだ、そんなことも知らずにヨコハマ目指してたのかよ。」

私たちの様子を見たブーピッグも、愉快そうに笑っている。

「それであんたら、国際機関行ってどうする。商売でも始める気か?」

「まさか!…見ての通り、オレたちは帝国に追われてる。助けを求めるんだ。」

「あぁ、そういやそうだったな!」

言ってブーピッグは、一層愉快そうに声を上げて笑った。

「商売やるんなら、俺の弟子にしてやろうかと思ったんだが。」

はははっ、と勢いのまま、冗談の一つでも言っている。私は不思議だ。なぜブーピッグはこれほどまでに無頓着なんだ?私たちは明らかに、国の大罪人だ。私たちを見つけ出すためだけに、帝都の関門では突如検問が始まり、街道の上空は捜索のポケモンで埋め尽くされた。そしてその事実を、ブーピッグは知っているし気づいてる。どうして気にしない?どうして自然に振る舞える…?

「…聞かないんですか?」

「ん?何をだい、嬢ちゃん。」

ブーピッグは、本当に不思議そうな顔をする。

「私たちがなぜ、帝国に追われているのか…。」

「どうして聞かなきゃいけないのさ。」

「だって、明らかに異常じゃないですか。…もしかしたら私たち、すごく悪いポケモンなのかも知れないんですよ。」

聞いて、ブーピッグは口元へ運ぶ途中だったスプーンを、手元の器に戻す。

「…そうだなあ。」

顎に手を当てて考えるそぶりを見せた後、彼はきわめて自然な様子で答えた。

「俺たちだって、商売柄、ちょっとしたズルのような形で法を犯すことはあるさ。だからと言って、それを仲間内で非難しあったりはしない。興味も持たない。」

「でも、それは…、」

自分たちには被害がないからだ。それに多分、誰かを傷つけたりもしない。取り締まるポケモンに捕まったって、咎められることはあっても大きな罪には問われない。そんな些細な、きっと商売をやるなら誰でも通る抜け道のような事だからだ。でも私たちの追われ方…、あれは他のポケモンや、ブーピッグ自身にも危害を加えうると、そう考えても不思議じゃない。

「ああ、わかってる。そんなんじゃあんたら程の騒ぎにはならない。でも、どうしてだろうな。あんたらは、悪いポケモンじゃない。それがわかるからなのかも知れないな。あんだけの追われ方をしてるってことは、それ相応の事情があるんだろうさ。そしてそれは、俺の突っ込むべき問題じゃない。だから気にしない。そんなところじゃないか?」

「じゃあどうして、私たちが悪いポケモンじゃないって…。」

食い下がる私に、ブーピッグはまっすぐな眼差しできっぱりと言った。

「見ればわかる。商売はモノを見る仕事だって思ってるかも知れないが…、結局のところ俺たちは、ポケモンを見てる。どんなモノを買って、売るのか。それはもちろん大事だが、どんなポケモンから買って、どんなポケモンに売るのかだって俺たちにとってはすごく大事なのさ。やっぱり、愛着を持って、本気でそれがイイと思ってるやつから商品は買いたいし、それを本当に欲しいと思ってるやつに商品は売りたいからな。そんな俺の商売の勘が言ってる。お前たちは、イイポケモンだ。まだ若いあんたらがこれから何を目指し、何を成すのか。俺にはさっぱりわからんが、これだけは言える。あんたらなら絶対、上手くいく。信じて頑張れ!応援してるぜ。」

言い終わると、ブーピッグは照れ臭そうに笑って頭をぽりぽりとかいた。

「あれ?俺、何言ってんだ…。おい、嬢ちゃんが焚きつけるからだぞ!」

わざとらしくしかめっ面をして見せるブーピッグを見て、私も自然と笑顔になった。

 絶対上手くいく、信じて頑張れ、か…。私の内側を曇らせる、漠然とした不安を吹き飛ばすような言葉だった。今日は、生まれて初めてのことばかりが起こった。今までほとんど単調な毎日を送っていた私にとって、これほど刺激的だった一日は他にない。城を逃げ出して、たくさんのポケモンに追われて。見知らぬ土地で、私はこれからどうなるのだろう。そんな不安が、心の片隅にはあったと思う。わからないことは多い。迷うことだってあるだろうけど、絶対にうまくいくと信じて歩み続けよう。ブーピッグの言葉が、私にそう思わせてくれた。

「片付けたら、出発しようか。」

 ひと通り食事を終えた頃、ブーピッグが言った。

「え?…泊まってかないの?」

ポッチャマは素直に驚いている。私もてっきり、ここで野営をするのかと思っていた。

「できれば早いうちに行きたいだろう?今出れば、明朝には着くさ。…ああ、遠慮はしなくていいからな!初めからそのつもりだった。ポニータたちも、そのために体を休めてたんだ。」

 ブーピッグの親切心に押し切られるような形で、私たちはまた馬車の荷台に乗り込む。…片付けもロクに手伝わせてくれなかった。ここまで親切にされるとさすがに気が引けるというものだが、今の私たちには素直に甘えること以外にできることがない。
 荷台が揺れる。馬車が動き出したようだ。決まったリズムで繰り返されるその揺れは心地よく、時が経つほどに眠気を誘う。明日は、ヨコハマ。そこでどんな出来事が私たちを待ち受けているのだろうか。そんなことを考えながら、私は眠りに落ちていった。

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