第7話 波導カクテル

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 しばらくして、ヒトカゲの元へルカリオが戻って来た。その様子を見ると、彼の方は手がかりが一切つかめなかったようだ。

「ヒトカゲ、そいつら誰だ?」

 ルカリオが指を差したのはふてくされた3バカだ。初めて見る顔ぶれに興味津々なルカリオに対し、ヒトカゲは面倒くさそうに答える。

「ただのバカ3人だよ」

 この3バカに対しては口を動かすのもかったるいとヒトカゲは言う。毎度とはいえ、紹介すらまともにしてくれないことに彼らは怒りを露にした。

「ちょっと! 紹介くらいまともにしてよ!」
「使えない泥棒。以上」

 何を言われてもヒトカゲはそれ以上言おうとはしなかった。それでルカリオも大体納得できたのか、キレている3バカをよそに2人は今後について話し合っていた。

「参ったな、誰が脱獄犯かさえわかれば早い話なのにな」

 おもわずルカリオが愚痴をこぼす。だがこの愚痴により事態は大きく急変することとなった。3バカの1人、アーボックがその愚痴を聞いた瞬間、思い出したかのように口を開いた。

「脱獄犯って、あのサイドンのことか?」
『えっ!?』

 その場にいた全員が驚きの声を上げた。その勢いある声にアーボック自身も驚いてしまった。

「な、なんだ、知らなかったのか?」

 とりあえず深呼吸して気持ちを落ち着かせると、アーボックはヒトカゲが現れる少し前まで読んでいた朝刊をテーブルの上に広げた。その新聞の地域欄にそれは掲載されていた。

「“囚役中のサイドン被告が脱獄! シーフォードに潜伏か”……マジかよ!」

 実はこのサイドン、数年前にアスル島で、サイクスがマグマラシだった頃に彼の活躍によって逮捕されたサイドンなのだ。数度脱獄を試みて、今回ようやく成功したと記事に書かれていた。

「ど、どうする? こいつ確か凶悪なのよね?」
「って姐さん、俺達に言われても……」

 オオタチとペルシアンはびくついて足が震えている。さすがに凶悪犯が脱獄したとなると怯えるのが普通だろう――ある1人を除いて。
 少し楽しげな表情を浮かべて、手を顎にあてながら考え事をしているのはルカリオだった。全く怖がっている様子はない。

(サイドンか。サイドンは確か……うん、間違いがなければそうだ。だけどどうする? どうやって接触を……あっ!)

 目を逸らしたその時、ルカリオの目にある看板が目に入ってきた瞬間、彼の頭上の電球が光った。サイドンを捕まえる作戦を思いついたようだ。

「なあみんな、ちょっと聞いてくれるか?」

 ルカリオはその場にいたヒトカゲと3バカを呼び集めると、円陣を組むような形になって小声で自分の考えをみんなに伝えた。少々不安は残るものの、みんなはその作戦に大方賛成した。

「じゃあ決行は夜だ。みんな、頼んだぞ!」
『了解!』


 数時間後、すっかり夜を迎えてしまったシーフォードは静寂していた。唯一活気付いているとすれば、路地裏に点々としている酒屋のみ。その中の1つに、穴場となっているバーがある。
 深夜0時頃だろうか、その店に1匹のポケモンが来店し、カウンター席に腰を下ろした。左腕をカウンターにかけ、斜めを向いて座っているそのポケモンは、サイドンだ。

「おい、ウォッカリッキー1つだ」
「かしこまりました」

 顔に似合わずカクテルを飲みに来たサイドンはカクテルを1つ、マスターに注文した。そのマスターをしているのは、バッチリ正装したルカリオである。
 ルカリオは慣れた手つきでシェーカーを振る。その姿が格好良かったのか、店にいた客のブニャットが失神して倒れてしまった。

「お待たせしました。ウォッカリッキーです」

 カクテルができると、待ってましたと言わんばかりの勢いでサイドンはそれを一気に飲み干す。ルカリオもその姿を見るが、やはり似合わないとしか思えないようだ。

「……ん? お前……」
「何でしょう?」

 突如、サイドンが睨むような目つきでルカリオを見た。何か気付かれてしまったのではないかとルカリオは焦り始める。お互いの目があったまま沈黙が続き、その沈黙を先に破ったのはサイドンだった。

「若ぇのにやるな、なかなかの味だ」
「……こ、光栄です」

 ルカリオはただ誉められただけで、サイドンは何も気付いていないようだ。彼に背中を向けると、安心したルカリオは大きく息を漏らした。

「次は何に致しますか?」
「スレッジハンマーをくれ」

 その後もサイドンは数杯カクテルを注文し、一気飲みをしている。しかしさすがに酔ってきたのか、目は虚ろに、顔はほんのり赤くなってきた。

(そろそろかな……)

 実は、ルカリオはサイドンの注意力が低下するタイミングを見計らっていたのだ。この時を逃してはいけないと気合いを入れ、作戦の1番重要な部分へと差し掛かる。

「お客様、私からのサービスです」

 そう言いながらサイドンに差し出したのは、何とも神秘的な青色のカクテルだ。ウォッカの中で青白い球体ができているように見える。サイドンは嬉しそうに受け取った。

「気が利くじゃねぇか。何てカクテルだ?」
「私のオリジナルでしてね……ブルー・ブレット、“青の弾丸”とでも言いましょうか」
「ほぉ、洒落てんな」

 ブルー・ブレットと呼ばれたそのカクテルにサイドンは見とれていた。一方のルカリオは少し緊張気味な様子だ。黙って彼の方を見たまま動こうとしない。
 そして彼がそのカクテルを口元まで持っていき、少量の酒を口に含んだ、まさにその瞬間だった。

「はっ!」

 ルカリオが腹から声を出すと、グラスから青白い球体がサイドンの口めがけて突っ込んだ。うまい具合にそれが口に入り、彼の口の中で爆発を起こした。

「……がはっ!?」

 口から煙を吐きながら、サイドンは気絶して倒れてしまった。その様子を影から見ていたヒトカゲと3バカがサイドンに近寄る。

「気絶してる……“波導カクテル”うまくいったんだな!」

 ペルシアンが言った“波導カクテル”、これこそがルカリオが考えた作戦だったのだ。おそらく真正面から立ち向かうと苦戦すると思った彼は、悪人が集うと有名なこのバーにサイドンが訪れると睨み、作戦を考えた。
 不意をついて1発攻撃をかますことはできないだろうか、それを考えた結果、カクテルの中に“はどうだん”を入れることを思いついた。とくぼうが低く、かつかくとうタイプに効果抜群な相手ならではの作戦だ。

「俺も初めてやってみたが、こんなにうまくいくなんてな、正直驚いたぜ」

 この作戦が成功した事にみんなは驚いているが、その中でも作戦の考案者でもあり、中心人物でもあるルカリオが1番驚いていた。


 間もなくして、3バカが呼んだ警察が店に駆けつけ、サイドンは再びお縄についた。連行される際、ヒトカゲ達を見ながらサイドンは苛つきながら口を開いた。

「何年か前にも、ガキの不意打ちで捕まっちまった。とんでもねぇ野郎だったが、お前らもそいつくれぇ憎たらしいぜ」

 言われた側にしたら、ガキというのが誰の事を言っているのかさっぱりわからないため、ヒトカゲとルカリオは首を傾げるしかなかった。ちなみに、これはサイクスのことである。

 誰のことか聞き返そうとしたが、その前に警察によって連行されてしまった。

「さて、3バカったっけか? 協力してくれて助かったぜ」

 ひと段落したところで、ルカリオが3バカにお礼を言いながら手を差し出した。彼らも褒められ慣れてないからか、照れくさそうにしながらオオタチが代表して握手を交わした。

「は、恥ずかしいじゃないか」

 顔を真っ赤にしながらオオタチは言う。単純に褒められ慣れていないからか、それともルカリオに惚れてしまったのか、どちらにしろ胸の鼓動が激しくなっているようだ。年齢から来る動悸とは違うと本人は主張する。
 しかし、まだ作戦は全て終わっていない事を、ルカリオ以外のみんなはまだ知らないでいた。
 ヒトカゲは照れていた3バカの後ろに誰かが立っているのに気付いた。よく見ると、それは手錠を持っているカイリキーだった。

「あ~君達君達。ちょっとちょっと」

 ペルシアンとアーボックの肩を軽く叩くカイリキー。警戒心ゼロのまま2人が後ろを振り向くと、そのカイリキーがさわやかな笑顔でこちらを見ていた。

「何ですか?」
「えー君達ね、窃盗容疑で逮捕だからね」

 そう言うと、カイリキーは強引にペルシアンの前足とアーボックの首に手錠をかけた。それはカイリキーの腕と繋がっているため、もう逃げられない。

「あ、そうそう、君もね」

 ついでにといった具合に、オオタチにも手錠がかけられた。ここにきてついに、3バカが全員お縄についてしまったのである。

『ちょ、ちょっと待ってよ!? どういう事!?』
「まだわからねぇか?」

 3バカの哀れな姿を見ながら口を開いたのは、ルカリオだった。あれで一件落着ではなく、実は作戦が続いていたという事実を彼らに伝えた。

「窃盗犯が自ら警察に顔出しといて、逮捕しない警官がいるか?」

 ルカリオの本当の作戦、それはサイドンと3バカの同時逮捕だったのだ。そのため、わざわざ彼らに警察を呼びに行くよう指示したのである。

「ちょっ、アタイ達をはめたわけ!?」
「悪いけど、俺は探検家。悪事は放っておけねぇのさ」

 そう言いながら、ルカリオは3バカ達に背を向け、右手を軽く上げて別れを告げた。立ち去るルカリオをヒトカゲが後ろから追いかけていった。

『最後くらい何か言ってけよヒトカゲ!!』

 こうして、3バカは無事に刑務所へ送られることとなったそうな。

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