【十六】違和感

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「この人! 大盛ごはんなのにごはんが少ないってだけで怒ってるんだよ! しかも全部食べた後!」
「ガキは黙ってろ! 俺は店員と話してんだ!」
 メグリの元に駆け付けたヒノテは、想像通りの難癖理由に苦笑した。
「おい」
「ん? お? ヒノテ? ヒノテじゃないか。お前、こんなところで何やってんだ?」
 ゴツゴツとした無骨そうな顔は変わっていないが、昔と違って髭を生やしていた。店員に目配せし奥へ戻したヒノテは、そのまま向かいの席に座る。
「俺はただの観光だ。お前こそ、ここで何やってんだ」
 フエンタウンは、二人にとって特別な場所だった。目の前の髭面を見ていると、メグリと一緒にいる時や一人でいる時とは違い苦い記憶が思い出され、ヒノテの頭を駆け回る。
「俺もまあ、似たようなもんだ。お前とまさかここで会うとはなあ。変な偶然ってのもあるもんだ。やっぱりまだ、忘れられねえのか?」
 かっかっか、と笑って、エンイは机を叩く。
「お前と一緒にすんな。本当にただ観光に来てるだけだ。何もしてない」
「何かしたくても、一人じゃ何も出来ないもんな。こんなガキを連れ歩いてるなんて、相当困ってるのか? 一緒に俺の下に付けてやってもいいぞ?」
「冗談は顔だけにしとけ」
「相変わらずいけすかねえ奴だ」
 ふん、と鼻を鳴らし、不機嫌そうな顔を浮かべたかと思えば、今度はメグリに視線を送る。
「この嬢ちゃんはなんだ?」
「この子の事は気にするな。お前の手に負えるような子どもじゃない」
 さっさとケリを付けた方が良い。こんなところでメグリに視線を集めるのは良くない。すぐに店から連れ出す方が良いと判断したヒノテは、簡単な挑発に乗って来る事を知りながら、エンイを煽る。 
「なんだそりゃ。こんなガキに一体何が出来るってんだ」
「何でも出来るさ。俺達より、よっぽど大きな可能性の塊だよ」
 エンイが睨みつけても、メグリはまったく動じなかった。それどころか、同じようにふんと鼻を鳴らして、睨み返す始末。町長の娘っていうのは、随分肝が座っているもんだとヒノテは感心した。
「表出ろ。元気が有り余って仕方なさそうだから、俺が相手してやる。この子の出る幕じゃない」
「おいばあさん! お代置いとくからな!」
 しめた。勢いよく立ち上がって挑発に乗り、ガンを飛ばすエンイの視線を落ち着いて受け止める。
 興味は移った。金を払って出て行けば、この場は収まる。想定通り、後はこちらで引き取り適当にあしらって終わりだ。面倒事にならなくて良かったと、とりあえずは安心する。
「ひひ。何やってんですか」
 妙な笑い声と共に傍観を決め込んでいた弟分が、面倒を大きくしたいのか間に割って入って来た。
「おう、今から久しぶりにヒノテとやるんだ。痛い目に合わせてやる」
「そうだ。今からこいつと外に出るから、邪魔すんな」
 今は店の外に出る方が大事だった。余計な事を言って、うまく行きかけていた展開を妨害されたくない。ヒノテは弟分を睨みつけた。
「ヒノテさん、そう怒らないで下さい。何もしやしません。兄貴も、落ち着いて下さい。今はそんな事やってる場合じゃないでしょう。ちゃんとやる事やらないと、まずいですって。ね?」
 そんな宥め方で落ち着くような男ではない。ヒノテはエンイの気性の荒さを良く知っている。
「……まあ、そうだな。久しぶりに叩きのめせないのは残念だが、仕方がない。とりあえず、お預けって事でいいな?」
「あ、ああ……それでいい」
 一体この男に何があったのか。
 お代を置き、じゃあなという言葉を小さく吐き捨て、弟分を連れて去って行く。
 面倒を起こさないならそれに越した事はない。だが、これで引き下がるという点がヒノテには解せない。らしくない、という言葉が一番当てはまった。
「ねえ、ぼうっとしてないでごはん食べようよ。私、お腹空いた」
「そ、そうだな。厄介な事にならなくて良かった。これでゆっくり飯が食えるな」
 これで良かったんだと思いつつも、消えない違和感を抱えたまま戻ると、いつの間にかヒノテ達のテーブルには蕎麦とカツ丼が並べられていた。空腹には、抗えない。
 違和感を一旦隣に置き、今はただ、腹を満たす。

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