第5話 お守り

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「はあっ!? おまっ、元はリザードンだったって!?」

 その日の夜、街まで戻って宿に泊まることにしたヒトカゲとルカリオ。2人は夕食を終えて、部屋でお互いの事について話をしていたところだ。

「うん。まぁ、一応」

 ヒトカゲが自分の過去について話すと、ルカリオはおもわずその場から飛び上がってしまうほど驚いた。そんなに驚くことはないだろうとヒトカゲは思いながらも彼を見ているが、驚かない方がおかしい。

「え、あっ、だからさっき、“ブラストバーン”が使えたんだな」
「そういうこと。1年前にようやく、僕がリザードンだって思い出せたからわかったんだ」

 ヒトカゲは話を続けた。記憶喪失になった原因、アイランドで起こった出来事、そして今の旅の目的など、全てを話すと相当な時間を要した。だがルカリオは嫌な顔1つせずじっと聞いていた。それほど彼に興味を持っていたのだろう。

「……お前、本当に凄い奴なんだな」
「えへへ♪」

 一通り話を聞き終えたところでルカリオは感嘆の声を上げる。凄いと誉められたヒトカゲは右手を頭にやりながら、顔をほんのり赤らめて照れている。

「そんじゃあ、次は俺の番か。って言っても何話せばいいんだ?」
「僕がいくつか質問していいかな?」
「おっ、それナイス! 順番に答えてくよ」

 何がいいかな、と頭の中で質問を考えているヒトカゲは、ふとルカリオの右手に目をやる。すると突然はっと何かを思い出し、それを尋ねてみることにした。

「そういえば、さっき詠唱してなかった?」

 それは先程2人がポフィン代弁償戦(?)をしていた時のこと。ヒトカゲしか使えないはずの詠唱をルカリオがしていた事に驚いたことを思い出していた。

「あーあれか! あれはただのおまじないだよ」

 少々苦笑いしながらルカリオは答える。そのおまじないについて、何かを思い出すように目を閉じながら静かに呼吸する。しばらくして目を開けると、彼は話を始めた。

「【万物が持ちし躍動よ 我が命に従いて 我が手に集いて力となれ】これは俺の親父がよく言ってたんだ。親父曰く、『強くなるおまじないだ』なんだってさ」

 昔を懐かしむようにルカリオは語る。父との数少ない思い出の1つなのだろう。

「あの頃は忙しかったはずなのに……俺のわがままを聞いてくれて、よく遊んでくれたよ」

 窓辺に座りながら、深めの溜息を1つ。少々しんみりした雰囲気になってきたので、ヒトカゲは話題を変えることにした。

「あっ、あのさ、ポフィン好きなの? いっぱい注文してたじゃない」

 ヒトカゲは敢えて明るい話題に持っていった。それによってルカリオの気分のスイッチが切り替わったようで、表情も明るくなった。

「おう! ポフィン大好きだぜ! 特にあますっぱポフィンが好物なんだ!」

 嬉しそうにその話題に食いついた。食べ物の話ということもあり、ヒトカゲも楽しく話をしていた。だがしばらくすると、再びルカリオの表情が曇る。

「そういや親父も、家でよくポフィン食ってたよな……」
(あらー……)

 これはどの話題で話をしても暗い雰囲気になってしまうなとヒトカゲは感じ取った。だが別の言い方をすると、それほどルカリオが父親を愛しているということになる。
 ヒトカゲはふと彼の方に目をやると、彼の首から何かがぶら下がっていることに気付き、それが何かを聞いてみた。

「ルカリオ、それ何? さっきぶら下げてたっけ?」

 ルカリオが彼の指差す方向を見ると、自分の首からぶら下げている石のようなものがあった。これのことかと、石をひょいと持ち上げる。

「これか? これはお守りだ」

 ルカリオが大切そうに持っているのは、直径10cm程の、色々な色が絶えず交じり合いながら輝いている、水晶のような玉だった。

「ちょうど親父が行方不明になる前の日だったな。親父がこれを俺に渡してくれたんだ」

 その玉の色が変わっていく様子をじっと見つめながら、彼は続ける。

「そん時親父が、『これはお守りだ。絶対に傷つけたり無くしたりするんでない。大切に持っているんだぞ』って言ったから、こうして大事にしてるのさ」
「へぇ~。お父さんがくれたものなんだ! 大切にしなきゃね」

 ヒトカゲはどこか羨ましそうにその玉を見ていた。ルカリオもずっと玉を見つめたままで、しばしの間2人はどこか神秘的なその光に癒されていた。

「この玉が何なのかを調べれば、何となくだけど、自(おの)ずと親父の事もわかるんじゃないかって思って、俺はこれについて調べているんだ」

 そういい終わると、ルカリオは再びその玉を首からぶら下げた。昼に玉をつけてなかった理由をヒトカゲが尋ねると、寝る時のみ肌身離さず持って盗まれないようにしているのだとか。

「ふぁ……ねみぃや。今日はもう寝るか」
「そうだね。僕もそろそぐー……」
「早っ!?」

 ヒトカゲの行動はもはやコメディーの域に達している。そんな子供な大人のポケモンを笑いつつ、ルカリオもベッドに正面から倒れこむようにして眠りについた。


 眠りについてから数時間後、ルカリオは夢を見ていた。自分の視界には、幼い日の自分――リオルが鮮明に映っている。

「リオル、こっちおいで」
「どうしたの? お父さん」

 リオルを呼んだのは、父親のライナスだった。リオルはてくてくとライナスの元へと近づいていくが、その時の父の表情がどこか悲しげだったことに、夢を見ているルカリオがこの時初めて気付く。

(親父……?)

 どことなく心配になりながらも、夢の続きを見る。

「リオル、お前にこれを渡す」

 そう言ってライナスはリオルの目線までしゃがむと、自分のカバンからあの玉を取り出した。受け取った本人は嬉しそうにその玉を受け取る。

「お父さん、これなあに?」
「これはお守りだ。絶対に傷つけたり無くしたりするんでない。大切に持っているんだぞ」
「うん、わかった!」

 リオルの返事を聞くと、ライナスは少々乱暴に息子の頭を撫でる。

「どれ、抱っこさせてくれ」

 ライナスはリオルを抱っこした。親子の微笑ましい光景を見てルカリオは懐かしく思っていたが、よく見ると、ライナスの表情が暗い。
 抱きかかえられているリオルは満足気な顔をしているが、ライナスは正反対だ。何かを惜しむような顔にも見える。ルカリオは不思議そうにその様子を見ていた。
 しばらくして息子をそっと降ろすと、ライナスはいつもの優しい父の表情へと変えた。

「それじゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃ~い!」

 リオルが大きく手を振っているのを一目見て、大好きだった父は家を離れた。

(……親父! どこ行くんだよ!?)

 ルカリオが手を伸ばした瞬間、いきなり視界が闇に染まってしまった。1人だけその場に取り残されて、他には何もない空間ができてしまった。


「……はっ!」

 その瞬間、目を覚ましたルカリオ。不意に窓を見ると、数匹のポッポとムックルが囀(さえず)っていて、現実世界では朝を迎えていた。隣のヒトカゲはぐっすり眠ったままだ。

「夢、なのか? 親父は一体……?」

 夢か現実か、混同するほど鮮明な光景だったのだろう。それでも間違いなく言えることは、今あった事は実際に20年前に起こった出来事、そして息子の中にある父の記憶そのものだ。
 何かを振り払うように彼は首を数回左右に振り、気持ちを落ち着かせた。今のが何だったのかは別として、父親への気持ちがさらに強くなったのは言うまでもない。


「ん~さわやかな朝だね♪」
「……もう昼だぜ」

 あれから数時間後、太陽が真上にある時間帯にヒトカゲは目覚めた。おおよそ半日程睡眠に費やしていたせいか、関節の鳴り具合が半端ない。

「あれ、ルカリオそれどうしたの?」

 ヒトカゲがルカリオの方を見ると、ルカリオの右手と右腕に包帯が巻かれていることに気付いた。それを指摘されたルカリオの頭は徐々に沸騰し始めている。

「お、俺が起こそうとしたらお前がかじりついてきたんだろーが……」
「あーごめんね。でも包帯巻くなんて大げさだよ」

 その言葉に、ルカリオは心の中で抑えていたものを爆発させた。声をひっくり返させてヒトカゲに怒鳴る。

「て、てめぇよく見てみろ! このキバの跡は何なんだよ!?」

 ルカリオは包帯を取って傷跡を見せる。彼の右手にはくっきりと赤い点が表裏に2つずつついていて、まだ血がうっすらと滲んでいる。噛まれた時は相当痛かっただろうと窺える。

「あちゃ……で、でもさ、昨日の“ブラストバーン”よりはいいでしょ?」
「まず謝れ!!」

 ルカリオはヒトカゲの頭をゴチンと音が鳴るくらい強く殴った。殴られた彼は頭を押さえて痛がったが、痛い思いをしたのは彼だけではない。

「痛えぇぇ――!!」

 うっかり右手で殴ってしまったため傷口が開いてしまい、大声を上げてルカリオは痛がった。血がポタポタと床に垂れている。
 こいつと一緒になるんじゃなかった……と、彼は心の底からそう思った。

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