第2話 新たなる旅へ

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「えぇーっ、また旅に出るのかよ~!?」

 ディオス島から戻って来たヒトカゲは、その場でずっと待っていてくれていたデルビルに、再び旅に出なければならない事を伝えた。ここ1年何事もなくヒトカゲと平和に暮らしていたせいか、また寂しくなると落胆している。

「うん、またしばらく遊べなくなっちゃうんだ、ごめんね」

 ヒトカゲも残念そうな顔をする。ホウオウを捜す、それはまた仲の良い友達と離れるだけでなく、この世界で何か起きていることを意味していたからだ。

「はぁーあ、寂しくなるな。今度はちゃんと連絡しろよ!」
「わ、わかったわかった。手紙書いたり電話したりするからさ」

 渋々ではあるが、デルビルは納得してヒトカゲを応援する。そんな彼を見て、持つべきものは友達だなとヒトカゲはしみじみと思ったようだ。

「じゃあ、今日はうちに泊まってってよ。お父さんもOKしてくれるだろうし!」
「えっ、ホントか!? ヒトカゲ大好き~♪」

 あまりの嬉しさにデルビルがヒトカゲに抱きつき、彼の顔を舌でペロペロとなめ始めた。くすぐられるのに弱いヒトカゲは仰向けになったまま大笑いした。


 しばらくして、ヒトカゲとデルビルはとある家の前に来ていた。ヒトカゲの家の近所に位置する、そこそこいい造りの家。その家の住人は、ヒトカゲのお兄さん的存在・バクフーンのサイクスの家である。どうやら旅に出ることを伝えにきたようだ。
 数ヵ月前にバクフーンの本名がサイクスだと知ったヒトカゲ達だが、それでもヒトカゲだけ、この世界では“バクフーン兄ちゃん”と呼んでいた。

「バクフーン兄ちゃ~ん。僕だけど~」

 ヒトカゲは扉の前で呼びかけるが、返事がない。ふとデルビルが彼の方を向くと、何やら扉に張り紙があるのに気づく。ヒトカゲはそれに気づくことなくサイクスを呼び続けていた。

「おい、張り紙貼ってあるぜ。見ろよ」
「へっ?」

 ようやく張り紙の存在に気づき、2人でそこに書かれている内容を読んでみると、こう書いてあった。


“しばらく留守にします。ファンレターやお土産は隣家へ預けてください。 サイクス”


「ま、まぁ、相変わらずだな」
「そだね」

 何を思うわけでもなく、2人はサイクスの家を後にした。


 夕刻、ヒトカゲとデルビルはウインディの家にいた。ぐっすり寝ていたウインディをたたき起こすと、ヒトカゲは今日あった事をありのまま話した。

「えっ! また旅に出るのか!?」

 それを聞いた途端、ウインディはどうしようどうしようと右へ左へとうろうろし始めた。まだ旅に出てもいないヒトカゲの事を心配してしまっているようだ。

「嗚呼、もしまた敵に襲われたら……はっ、食料が尽きて倒れ……はたまたケンタロスの大移動に巻き込まれたら……」

 何やらウインディの妄想は徐々に現実離れする方向へと向かって行った。もう慣れたせいか、そんな父を無視してヒトカゲはデルビルとお喋りとしていた。

「で、ヒトカゲ、いつ出発するのだ?」

 いきなり気持ちが切り替わり、ウインディは今後の予定が気になったようだ。しばしの間ヒトカゲはうなりながら考え、突然思いついたかのように目を見開いて大声で答えた。

「明日行く!」
『明日!?』

 いくら何でも急すぎるのではと2人は焦る。しかしここ数年間ホウオウの消息がつかめていない事を考えると、本当なら今すぐにでも出発すべきなのではとヒトカゲは思っていた。
 だが一旦旅に出ると長い間帰って来られない。前回のように黙って出て行くのも悪いと思い、今晩だけ思いっきり楽しんで気持ちを満たしてから行こうと決めたのだ。

「そうか、わかった! なら早く準備しなさい。その間に夕食の準備をするからな」
「じゃ、俺手伝いま~す♪」

 ヒトカゲは荷造りを、ウインディとデルビルは夕食の準備へと取り掛かった。全てが整うと、この日の晩は3人で、ずっと笑いっぱなしの時間を過ごしたようだ。


 次の日、ヒトカゲ達はウインディの家の玄関先にいた。荷物を持った彼はデルビルとウインディを少し寂しそうに見ながら、「行ってくるね」と小さく呟く。
 お互いに軽く手と前足を振ると、彼は海のある方へ向かって歩き始めた。それを後ろから、その姿が見えなくなるまで2人は玄関先からずっと眺める。

「行っちゃったか」
「そうですね……」

 ヒトカゲが見えなくなっても、ずっとその方向を見続けるウインディとデルビル。2人の顔からは物寂しげさが滲み出ており、デルビルに至っては泣きそうなのを堪えている。
 2人は気持ちを切り替えて家の中に入ろうとした時、猛ダッシュでヒトカゲが慌てた様子で戻って来た。それに気づき、2人は彼の元へ駆け寄る。

「どうした!?」
「はぁ、はぁ……港どこ?」

 港の場所もわからずに、ただ海のある方へ向かっていたという彼に口をあんぐりさせて呆れるウインディとデルビル。それにしても、ヒトカゲは何度か船に乗っているにも関わらず未だに港の場所を覚えていないとは、余程の方向音痴なのだろう。
 港の場所をわかりやすく教えてもらうと、ヒトカゲは港のある方へ向かって再び歩き始めた。今度こそお別れか、そう思いながら2人は彼の姿を見つめていた。
 が、またしても彼は走って戻って来た。この一瞬で港の場所を忘れるようなバカではないはず、と少々疑いながらも、2人は再び彼の元へ駆け寄る。

「今度はどうした?」
「僕、1人で船乗れない……」
『あっ……』

 ウインディとデルビル、そして船に乗る当人であるヒトカゲもうっかり忘れていた。この島には掟があり、進化で最終形態になる、もしくはそのポケモンと同伴でなければ島を出ることができない決まりなのだ。

『…………』

 3人は黙ってお互いを見つめている。



「うわーヒトカゲ、あれ見てみ!」
「あっ、ホエルオーの大群だ~♪」

 あれから話し合い、結局3人で船に乗ることになった。ヒトカゲの目的地である、アイランドから少々離れたところに位置する『ポケラス大陸』までは約1日かかる。それまでは船上で有意義なひと時を過ごすことにした。

「海を渡るのは何年ぶりだろうなぁ」

 太陽の光が反射して一層綺麗さが増した海を見ながら、ウインディは過去を振り返り始めた。小声で呟いたはずだったが、ヒトカゲとデルビルの耳にしっかと届いていた。

「お父さん、船に乗った事あるの?」
「昔にな。1度だけ、どうしても会ってみたかったポケモンに会うためにな」

 ヒトカゲも初めて耳にする、ウインディの昔話。これを聞かなくては夜も眠れないといったほど興奮した2人は続きを話すようせがんだ。

「気になる~。おじさん続き教えてください!」
「わかったわかった。そのポケモンの名前はライナス。ルカリオのライナスだ。今から20年前に突然消息不明になった、伝説の探検家だ」

 “伝説”という言葉にさらに興味を抱き、2人はさらにウインディの話に集中した。

「当時、彼はアイランドやポケラスでは知らない者はいないほどの有名な探険家で、いろんな調査を1人でこなしていたんだ。その姿がカッコよくて私は彼のファンになり、実家へ押しかけようとした事があるんだ」

 話を詳しく聞くと、ライナスは、ゼニガメの兄・カメックスの現在の職業である“ポケ助け”の礎を築いた存在だという。各地を回っては宝を探しつつ、困っているポケモンを助けたりする、誰もが憧れる探険家だったそうだ。
 だが、約20年前に妻と子供を残し、突如として行方がわからなくなったようだ。警察や他の探検隊が必死で捜索したものの、何一つ手がかりを得られないまま捜査は打ち切られたのだという。

「へーすごいや!」

 ヒトカゲとデルビルは目を輝かせている。話を聞くだけでもライナスをカッコよく思ったのだろう。そしてウインディはある事を思い出した。

「そうそう、ライナスの家系はみんな、左胸に赤い稲妻印がついているんだ。それもまたカッコよくてな……」

 そこからウインディの、ファンならではの少々マニアックな話が3時間ほど続いた。だがライナスについての伝説はヒトカゲとデルビルをさらにライナスを惚れさせたようで、恍惚(こうこつ)した様子で話を聞いていた。


 約1日後、船は目的地であるポケラス大陸の『シーフォード』という街の港に到着した。船に乗っていたポケモン達が次々と下船する。

「それじゃあ、今度こそ行ってくるね」

 ヒトカゲは乗降口付近でウインディとデルビルに別れを告げる。今度こそ本当にしばしのお別れだ。

「頑張るんだぞ!」
「はやく戻ってきてくれよな!」

 2人の励ましを受け、ヒトカゲは嬉しさのあまり泣きそうになってしまった。腕で目を擦ると軽快にタラップを駆け下り、地面に足をつけるとウインディ達の方を振り向いた。

「行ってくるね~!!」

 ヒトカゲは元気よく腕を大きく振った。ウインディとデルビルも前足を振ってくれたのを確認すると、2人に背中を向けて街へ向かって走り出した。

 新たなる旅が、今、始まった。

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