第24話:友達

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読了時間目安:6分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 暖かな夢から覚めたセナは、ゆっくりと目を開けた。焼け焦げてボロボロの身体では、呼吸すら大変な労力となる。浅く息を吸い、わずかに肺が膨らむだけで、酷い痛みに襲われた。痛い。苦しい。――でも。それを感じ“られる”のも、あと少しの時間なんだ。
 痛みも苦しみも大事に抱えると、セナは視線でホノオを探す。もう、首も十分に動かせない。

「あ……セナ!」

 強すぎる刺激に揺さぶられ放心していたホノオだが、セナの目覚めにハッと反応した。セナが無事なら、それだけで救われる思いだった。ホノオは青いバッグからオレンの実を取り出し、セナに差し出す。

「ほら、オレンだ。早く食べ――」

 セナがかすかに首を振り、ホノオの言葉を無言で遮った。もう自分には、木の実を咀嚼する体力すらないと分かっていたのだ。

「えっ……」
「ホノオ……ごめんな。最後の、力で……お別れを、言わせて、欲しい……」

 ホノオの戸惑いに、セナは声を重ねる。かすれていて儚い、とても苦しそうな声だった。でも、久しぶりに“感情”が――“心”が宿った声だった。

「ば、バカ……。お別れ……? 何言ってんだよ……?」

 最後。お別れ。その言葉はホノオに深々と刺さり、混乱させる。

「ホノオ。今まで、ありがと……。あと、ごめん。お前を、追い詰める、ようなこと……いっぱい……」

 いつものセナが、帰ってきた。
 辛いはずなのに、セナは無理やり微かな笑みを浮かべている。謝ってばかりの悪い癖も、自責の念でいっぱいになる繊細な心も。それは、危なっかしくて愛おしい、ホノオがよく知る親友のセナだった。

「悪くないのに、謝るなよ……。お前を追い詰めたのは、オレだよ。辛かったよな。ごめんな、セナ」
「大丈夫……ありがと、ホノオ」

 最低限の生命維持すら困難になりつつある身体。多くは語れない。それでもセナは、ホノオの言葉の後で、心から嬉しそうな表情を見せて頷いた。ようやくセナと心が繋がった安堵で、ホノオの胸がいっぱいになる。つられて笑顔になるが、同時に頬を涙が伝ってゆく。

「ほら、せっかく仲直りできたんだから、早くその怪我治せ。オレン、食べろよ」

 ホノオが固いオレンの実を2つに割り、セナの口元へ持って行く。しかしセナは目を閉じ、悲しげに首を振った。息を吸うことや、話すことにも精一杯なのだ。食べ物を飲み込む力は、もはや残されていなさそうだ。

 ポトリと、ホノオの手からオレンのかけらが落ちる。残酷な運命の気配が迫る。いよいよホノオの視界は涙で満たされるのだった。

「そんな……。行くなよ、セナ」

 ホノオの震えた声が、洞窟に響き渡る。セナも自分を待つ運命を強く自覚し、表情を一瞬曇らせた。
 ――しかし。今まで傷つけあってしまったホノオと、これ以上の悲しい思い出を作りたくない。涙をこらえ、セナは“笑顔”を見せた。

「なぁ、ホノオ。1つだけ、聞きたいことが……」
「なんだよ……」

 ホノオは涙を拭いて、セナにつられて笑顔になった。

「お前、にとって……オイラは……“友達”、かなぁ?」
「……!」

 ホノオは驚いた。セナの言葉を飲み込むと、本当に、嬉しかった。
 “友達”がたくさんいるように見えて、明るい日向にいるように見えて、“友達”という言葉を口にすることを、瀬那(セナ)はとても恐れていた。――否定されるのが怖いのだろう。そう悟った時は、とても切なくなった。
 そんな彼が、今――。これは本当に、嬉しかった。

「ああ。友達だ。オレにとっては、お前が一番の友達だ」

 力強くホノオが返すと、セナは確かめるように、さらに質問を重ねた。

「オイラが、ここ、で……死んでも……ずっと?」

 返事に迷った。“友達”と“別れ”。その両方を、肯定、もしくは否定しなければならない。
 ホノオの返事が遅れると、セナは切なそうに笑い、

「ごめん……。変なこと、聞いて」

 そう言って、“目を閉じようと”した。

「待てよ、セナ!」

 とっさにホノオが呼びかけると、閉じかかったセナの目がゆっくりと開く。
 本当は繊細で臆病な親友が、永遠の友情を確認しようとしている。それはつまり――そんな途方もない幸せを求めたくなるくらい、今、セナは寂しくて仕方がないのだ。独りで暗闇に落ちるのが、怖くて仕方がないのだ。
 ホノオはそっとセナを抱き起し、冷たくなろうとする身体を温めた。こうすれば、きっと、セナは死なない。そんな頼りない可能性に、すがることしかできなかった。

「何があっても、オレたちはずっと友達。約束するから」
「いいの……?」
「ああ。もちろん」
「えへへ……。ホノオ……。あったかい……」

 セナはそっとホノオの体温を求め、手さぐりにホノオの背中を撫でる。安心しきった声で、幸せそうに笑った。
 悲しみと喜びのピークに達し、ホノオはぼろぼろと涙を流しながらニッコリと笑う。意味の分からない顔になっていることを自覚して、恥ずかしくなって。それでも、今この時が、とても幸せだった。

「ありがとう。これで、オイラ……安心、して……逝け…………」

 別れはあまりにも突然だった。セナは眠いときのように徐々に目を閉じ、ろれつが回らなくなった。言葉を言い切らぬまま、フッと体から力が抜けてしまった。ホノオの背中からセナの両手がスルリとほどけ、微かな音を立てて地面に落ちた。

 セナは、逝ってしまった。

「お、おい。嘘だろ……?」

 現実がホノオに牙をむく。ひどく動揺した声色でホノオは呟くと、セナの頬をさわる。傷だらけの頬はまだ暖かいが、セナは一切の反応を示さない。軽く、頬を叩いてみた。つついてみた。つねってみた……。
 セナは、もう動かなかった。

「セナ……」

 洞窟のヒヤリとした空気にひっかき傷をつけるように、ホノオの声は、重く響き渡った。

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