『誰にも見せたことのない戦法?』
やはり隠していたのか、といった顔のゼニガメとチコリータ。そんな2人を見ながらにやりと口角を上げるブラッキーは、自信満々に応じる。
「そうよ。私らしさが出ている戦法、とでも言いましょうか?」
ブラッキーらしさが出ているというのは、相手をじわじわと追い詰める嫌なタイプの戦法であることは容易く想像できる。もちろん、この2人も例外ではない。
「ならやってみろよ。言っとくけど、俺らだって前回みたく簡単にはいかないぜ」
ゼニガメが胸を張って宣言するが、内心はものすごく焦っていたに違いない。冷や汗が頬を伝って落ちていくのを感じとれないほどだ。
「あら、自信たっぷりね。ならいくわよ」
そう言うと、ブラッキーは天を仰ぐように上体を反らし、瞼を閉じて何かを念じるような態勢に入った。空からの攻撃かとゼニガメとチコリータはぐっと構える。
「“のろい”」
次の瞬間、ブラッキーから黒に近い紫色のオーラが噴出したのと同時に、彼女が若干苦しそうに呼吸を荒げる。体力が消耗されているわけではないのだが、確実に体の中で何かが起こっている。
(“のろい”? 素早さを下げて攻撃と防御を上げる技だけど、何を考えているのかしら?)
チコリータは彼女が次にどのような行動に出るのかを黙って見続けていた。しばらくするとそのオーラは霧の如く消え去り、いつものブラッキーがそこにいた。
「さぁ、かかってきたらどう?」
何事もなかったかのようにブラッキーは挑発する。何か裏がありそうにも思えたが、また前のように攻撃すらできない状況に追い込まれるよりはマシと考えた2人は攻撃を放った。
「なら遠慮なくいくぜ! “みずでっぽう”!」
「“マジカルリーフ”!」
“のろい”のせいで素早さが下がったせいか、いつもなら難なくかわさせる攻撃もブラッキーに当たった。ゼニガメとチコリータは「よしっ!」と声を上げて喜んだ。
だが、それは甘かった。彼女は始めから2人の攻撃を避けるつもりはなかった。むしろ命中するのを待っていたのだ。嬉しそうな表情のブラッキーは、攻撃を仕掛けてきた。
「“しっぺがえし”!」
相手が先に攻撃すると威力が2倍になる技“しっぺがえし”。彼女が“のろい”で素早さを下げた理由がここにあったのだ。
『うわあぁ!』
強烈な攻撃が2人に当たり、その衝撃が大きかったせいで吹っ飛ばされてしまった。彼らは重力により地面に容赦なく叩きつけられた。
(そういう事だったのね。じわじわ追い詰めるのじゃなく、不意を突く攻撃を仕掛けてくる。どちらにしろ厄介だわ……)
痛みを堪えながら体を起こしたチコリータは冷静に判断する。そして対処法も思い浮かんだ、「一気に攻めるしかない」と。
隣のゼニガメも起き上がると、すぐさまチコリータは彼に耳打ちで作戦を伝えた。それに了解が得られると、攻撃できるよう構える。2人が互いに目を合わせて準備ができたのを確認すると、彼女は何故か前方へ走り出した。
「“ハイドロポンプ”!」
攻撃しないチコリータとは反対に、ゼニガメはその場から“ハイドロポンプ”を放った。強烈な水がブラッキーへと向かっていく。
「これくらいならかわせば……」
“ハイドロポンプ”をかわすためにブラッキーがその場から飛び上がろうと、その場で一旦しゃがみこんで力を溜め、足を地面から離した、その時だ。
「“ひかりのかべ”!」
(“ひかりのかべ”?)
ブラッキーは空中に浮かびながら、チコリータのくりだした“ひかりのかべ”を不思議がっていた。目線を下にやると、自分の真下あたりに彼女がやや斜め上を向いて“ひかりのかべ”をつくっていた。
刹那、“ハイドロポンプ”が“ひかりのかべ”にぶつかった。そしてその大量の水が反射し、何とブラッキー目掛けてやって来たのだ。
「なっ……!?」
空中ではどうする事もできないブラッキーは反射された“ハイドロポンプ”を背中に受けた。今度はバランスを崩した彼女が地面へと叩きつけられた。
「やるじゃない、痛かったわよ。“つきのひか……”」
「させない! “にほんばれ”!」
ブラッキーの体力を回復させまいと、月光を遮るようにチコリータが“にほんばれ”をくりだし、辺り一帯が一時的に昼間の明るさになった。これでは“つきのひかり”は使えないとブラッキーは舌打ちする。
「や~い、ざまーみろって……?」
ブラッキーを追い込んだことを嬉しがっていたゼニガメが、突如自分の体の異変に気づく。苦しい。何かに蝕まれているような感覚だ。
「ようやく効いてきたのね、“どくどく”が」
「い、いつの間に?」
「さっき“だましうち”した際に、ちょっとね。驚いたかしら?」
ゼニガメの顔が険しくなり始めた。苦しんでいる様子を見ながらブラッキーはほくそ笑む。このまま放っておけば彼が倒れるのも時間の問題である。
「“アロマセラピー”!」
慌ててチコリータはゼニガメの状態回復をせねばと“アロマセラピー”を放った。“ちょうはつ”されていないのですんなりとゼニガメは毒状態から回復できた。
「ふぅ、サンキュー」
ゼニガメが回復したのを見計らうと、ブラッキーは彼らの元へと近づいてきた。その様子を、少し離れたところからカイリューがヒトカゲ達の相手をしながら横目で見ていた。
「あら、すっかり忘れてたわ、あなたが“アロマセラピー”使えることを」
ついうっかり、と自分を嘲笑するかのように笑いながら、ブラッキーは続ける。
「まぁ、2人がかりでも私にあまりダメージを与えられないなんて、やっぱり弱いのね、あなた達って」
「なんだと」
ブラッキーお得意の“ちょうはつ”が始まった。頭ではわかっていても、ゼニガメとチコリータはついカッとなってしまう。先程のように抑える余裕が今はない。
しかし彼女の“ちょうはつ”は、思いもよらぬ形で自身を追い込むこととなる。本人はそれを知らずに、淡々と挑発する言葉を述べていく。
「そんなんじゃ、大切な人を守ることなんてできないわね」
ブラッキーがそう言ったその瞬間、1人はっと何かを思い出したかのような顔つきになったポケモンがいた。
(大切な人を、守ることができない……)
そのポケモン――カイリューは動きを止めて、その話を聞きいった。
「そう、もし自分のせいで大切な人が死んだら、情けなくなっちゃうわよね」
この時カイリューの頭の中では、数年前の出来事がフラッシュバックしていた。彼女・リユには何もしてやれずに、永遠に別れる羽目になったこと。自分があの時、もっとリユに危害が加わらないようにできただろうと後に何回も後悔したこと。
何回思い出しても、自分を責めることしかできない。それは“壊れる”までのカウントダウンが始まった証である。頭を抱えて狼狽している彼を傍から見ていたヒトカゲとカメックスは、彼が何を考えているか理解できなかった。
さらに追い打ちをかけるように、ブラッキーは続けた。
「結局、何をやっても無駄なのよ。あなた達は黙って見てるしかないの」
そこまで言うと、ブラッキーはふと何者かの気配を感じ後ろを振り向いた。おぼつかない足取りのカイリューが自分の方へ向かってきているのが見えた。
「あら、そっちは終わったの?」
彼女は何気なく声をかける。いつもなら笑顔で応えるカイリューだが、今回は違った。無表情かつ沈黙。それに気づいたのは、自分の目の前まで彼が近づいた時だった。
「なに、どうかした?」
不思議そうにブラッキーが尋ねるが、返事が返ってくる様子もない。無言のままのカイリューは立ちすくんでいる。明らかに様子がおかしい、誰もがそう思いながら黙ってカイリューを見つめていた。
それからすぐのことであった。彼は自分の右手を高らかに上げ、それを勢いよく彼女に振り下ろしたのだ。“きあいパンチ”だ。
「がっ!?」
ブラッキーは訳も分からずに、仲間であるカイリューに攻撃された。強力な“きあいパンチ”をくらい、空中へその身を投げだされる。
「……“きあいだま”」
空中に飛び立ったカイリューはそう呟くと、“きあいだま”をブラッキーに放った。自分の技で相殺できる状況でなかったため、彼女はまともに攻撃を受けた。
一気に2つの技を受けた彼女は大ダメージを負い、力なく地面へと落下した。何が何だかさっぱりわからないヒトカゲ達4人は、彼女の元へと駆け寄る。
「だ、大丈夫か?」
やっとの思いでヒトカゲ達に顔を向けたブラッキーは、息も絶え絶えになりながら彼らに警告した。
「し、死にたくないなら、は、早く、逃げなさい……」
一方、神殿の裏側でも、カイリューがブラッキーに向けて“きあいだま”を放っていたところが見えていた。突然の事態にその場にいた者達は驚愕する。
「ま、まずいぞ……」
そう言ったのは、ブラッキーと同じく動けないくらい負傷しているプテラだ。バンギラスとドダイトスはどういう事なのかと尋ねると、彼は冷や汗を流しながら2人に説明する。
「あいつ、今のカイリューはただの殺人鬼。つまり……“壊れた”んだ……」